「ぶれない」ことを売りにする愚かな日本の政治家


Diogenes (平和運動、特に核兵器の問題で)私を批判する人々は,一度ある政策を唱えたら,事情がすっかり変ってしまった後においても,その政策を唱え続けるべきだ,と考えているようです。これは,まったくばかげています。ある目的地に行こうと思って汽車(注:今なら電車)に乗った人が,途中で汽車が故障した場合,汽車から下りて,目的地に行きつくために別の乗物を用いたからといって,その人は一貫性のなさ(矛盾)という誤りをおかしたなどとは,あなたも考えないでしょう。同様に,ある一定の事情においてある一定の政策を唱える人物は,異なった事情においてはまったく異なった政策を唱えることでしょう。 

My critics seem to think that, if you have once advocated a certain policy, you should continue to advocate it after all the circumstances have changed. This is quite absurd. If man gets into a train with a view to reaching a certain destination and on the way the train breaks down, you will not consider the man guilty of an inconsistency if he gets out of the train and employs other means of reaching his destination. In like manner, a person who advocates a certain policy in certain circumstances will advocate a quite different policy in different circumstances.
出典: Common Sense and Nuclear Warfare, 1959, Appendix II: Inconsistency?
詳細情報:http://russell-j.com/cool/53T-AP02.HTM

[寸言]
「ぶれない」ことを売りにする日本の政治家。自分が間違っていると気づいた場合には、それを素直に認めて(つまり「ぶれて」)もらいたい。昔言ったことが明らかに間違っていたとわかっても、「あの発言の真意は・・・です。」と誤魔化しをする政治家がいかに多いことか。曖昧な発言をするからそのように弁解ができることになる。後付での理由付け(都合のよい「解釈変更」)によって誤魔化せないように明確な発言をしてもらいたい。

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