共産主義と社会主義の区別の不徹底


 ミルは,共産主義と社会主義を区別している。彼は後者の方を好み,一方前者を全面的に非難することはしない。彼の時代のこの(共産主義と社会主義の)区別は,それ以後ほどはっきりしたものではなかった。彼が説明しているように,大雑把に言って,(当時における)両者の区別は,共産主義者はあらゆる私有財産(私的所有)に反対するが,一方,社会主義者は単に「土地や生産機器は個人の所有(財産)ではなくて共同体や団体あるいは政府の所有(財産)であるべきである」と主張する,ということである。彼が共産主義についての意見をのべた有名な一節として次の文章がある。 (長い一文=このミル文章は悪文と思われます。誤読しないために,一番下に追加した松下注を必ずお読みください!)

「それゆえ,あらゆる好機にめぐまれている共産主義(注:「社会主義」と読み替える必要あり!)と,(1)もしも,あらゆる苦悩と不正とをもった現在の社会状態との間で選択がなされなければならないのであれば;(2)もしも,私有財産制度が,労働の産物(成果)を現在我々が目にしているように,ほとんど労働(量)に逆比例して分配されることを,必然的に結果としてもたらすならば -(つまり)労働の産物(成果)の最大の部分は全然働いたことのない人々に分配され,次に大きな部分はその仕事がほとんど名目的である人々に分配され,そうして仕事(労働)が厳しく辛くなればなるほど,報酬は減ってゆき,ついには,最も肉体を消耗する労働が生活必需品を購入することさえもこと欠くほどになってゆくとういのであれば;(3)もしも,こういう状態を選ぶかそれとも共産主義(注:「社会主義」と読み替え)を選ぶかが二者択一であるならば; 共産主義(注:「社会主義」と読み替え)のあらゆる難点も,つり合いから言えば,小さな挨のようなものであろう。しかし比較を適切に行うためには,その最上の状態における共産主義(注:「社会主義」と読み替え)と,現にあるままではなく,ありうべき形の私有財産制度とを比較しなければならない。私有財産(私的所有)の原則は,いかなる国においてもいまだ公平に試みられたことはないし,おそらくこの国(英国)においては他の国よりもそうであろう。」

(松下注:つまり,ミルがここで使っている “Communism” という言葉を「共産主義」ではなく,「社会主義」と訳さないと=解さないと誤解・誤読することになる,ということです。ロシア革命が起こる前であれば,”Communism” という言葉を「社会主義」という意味合いで使ってもそれほど誤解する人はいなかったでしょうが,ロシア革命以後は誤解のもとになり,その意味合いで使用しない方がよいという指摘です。
実際,ラッセルは,1920年に出した The Practice and Theory of Bolshevism で Communism を「社会主義」の意味で使っており,1949年版の第2版の「まえがき」では,次のページにあるように,「多くの箇所で「共産主義」という語を「社会主義」に変えた。・・・。このように訂正しなければ間違った印象を与えることになるであろう。」と注意喚起しています。
http://russell-j.com/cool/15T-NOTE.HTM
Mill distinguishes between Communism and Socialism. He prefers the latter, while not wholly condemning the former. The distinction in his day was not so sharp as it has since become. Broadly speaking, as he explains it, the distinction is that Communists object to all private property while Socialists contend only that “land and the instruments of production should be the property, not of individuals, but of communities or associations, or of the Government.” There is a famous passage in which he expresses his opinion on Communism:
“If, therefore, the choice were to be made between Communism with all its chances, and the present state of society with all its sufferings and injustices; if the institution of private property necessarily carried with it as a consequence, that the produce of labor should be apportioned as we now see it, almost in an inverse ratio to the labor the largest portions to those who have never worked at all, the next largest to those whose work is almost nominal, and so in a descending scale, the remuneration dwindling as the work grows harder and more disagreeable, until the most fatiguing and exhausting bodily labor cannot count with certainty on being able to earn even the necessaries of life; if this or Communism were the alternative, all the difficulties, great or small, of Communism would be but as dust in the balance. But to make the comparison applicable, we must compare Communism at its best, with the regime of individual property, not as it is, but as it might be made. The principle of private property has never yet had a fair trial in any country; and less so, perhaps, in this country than in some others.”
出典: John Stuart Mill,1955.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1097_JSM-090.HTM

<寸言>
時代によって言葉の意味は変化することを十分注意しないと,数十年前に出された本でさえ誤読をするということです。
日本の評論家の皆さん,安易な評論には注意してください!)

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