ミルの「知的」な面における先入観を植え付けたのは父親であり・・・


 ミルがダーウィン及び進化論によってほとんど影響されなかったことは非常に驚くべきことである。このことは,彼がしばしばハーバート・スペンサー(注:Herbert Spencer, 1820-1903:イギリスの社会哲学者。社会的ダーウィン主義者として有名)を引用しているので,よりいっそう奇妙に感ぜられる。
彼はダーウィンの理論を受入れたがそれが意味することがらを理解していなかったようである。彼の『論理学』の「分類について」という章の中で,彼は全くダーウィン以前のやり方で「自然種」について語っているが,ダーウィンの種の起源に関する本が,この立場は支持できないことを証明したのに,知られている動植物の種はスコラ哲学的な意味における「最低種」(注:infamae species)であるという意見をさえ述べている。
1843年に出版された彼の『論理学』の第一版が進化論を無視している(何の言及もしていない)のは当然であるが(注:ダーウィン『進化論』の出版は1859であるため),後の版になっても何の修正も加えられなかったのは不思議なことである。おそらくなお一層驚くべきことは,ずっと晩年に書かれた,『宗教にかんする三つの小論』では,動植物の環境への適応に基づいた神の意向による証明法(注:argument from design 「この世は万事人間がちょうどよく生存(適合)できるように(神によって)造られているのであり,もし今と少しでも違っていたら人間は生きていけない(いけなかった)だろう) といった考え方 を拒否してないこと,あるいは,この適応に関するダーウィンの説明を論じてもいないこと,である。
私は,ミルが人間を動物の一員として想像してみたことはなかったと思うし,人間は基本的に理性的であるという18世紀の信仰(理性信仰)から抜け出せなかった,と考える。私は,今,彼が明確に公言したことではなく,彼が用心深くない時にはいつも無意識的に想定していたことについて,考えている。
我々の大部分は,明確な論拠よりも我々の信念に影響するこのような意識下の前提をもって生活しており(世の中に対処しており),これらの前提は我々の大部分においては25歳になるまでにすっかり形作られている。ミルの場合にはテーラー夫人(注:Taylor と結婚していたが後にミルの夫人になった。)が一定の変化を及ぼしたが,それらは純粋に知的な領域においてではなかった。(即ち)この知的領域においては,(父親の)ジェームスが息子(ミル)の意識下を支配し続けた(のである)。

It is rather surprising that Mill was so little influenced by Darwin and the theory of evolution. This is the more curious as he frequently quotes Herbert Spencer. He seems to have accepted the Darwinian theory but without realizing its implications. In the chapter on “Classification” in his Logic, he speaks of “natural kinds” in an entirely pre-Darwinian fashion, and even suggests that the recognized species of animals and plants are infimae species in the scholastic sense, although Darwin’s book on the Origin of Species proved this view to be untenable. It was natural that the first edition of his Logic, which appeared in 1843, should take no account of the theory of evolution, but it is odd that no modifications were made in later editions. What is perhaps still more surprising is that in his Three Essays on Religion, written very late in his life, he does not reject the argument from design based upon the adaptation of plants and animals to their environment, or discuss Darwin’s explanation of this adaptation. I do not think that he ever imaginatively conceived of man as one among animals or escaped from the eighteenth-century belief that man is fundamentally rational. I am thinking, now, not of what he would have explicitly professed, but of what he unconsciously supposed whenever he was not on his guard. Most of us go about the world with such subconscious presuppositions which influence our beliefs more than explicit arguments do, and in most of us these presuppositions are fully formed by the time we are twenty-five. In the case of Mill, Mrs. Taylor effected certain changes, but these were not in the purely intellectual realm. In that realm, James continued to reign supreme over his son’s subconscious.
出典: John Stuart Mill,1955.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1097_JSM-050.HTM

<寸言>
ミルの「知的」な面における先入観を植え付けたのはミルの父親であり,生涯それを払拭することができなかった,ということ。

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