権力者によるフェイク・ニュース(偽のニュース),代替の事実


 昔学校で教えられたことは,大部分それ自体は無益なものであったが,正確さを教えるという長所を持っていた。今日の(現代的な)学校で教えられることがらは,それ自体知る価値があるものが多いが,通例,生徒が結局は(よく)理解しない方法で教えられる。その結果,大人たちは正確さを欠いた心的習性を身につけ,悪意のある動機による事実の歪曲に気付かなくなる

Most of what was formerly taught was useless in itself but had the merit of teaching accuracy. What is taught in up-to-date schools is often worth knowing on its own account but is usually taught in such a way that the pupils do not know it at the end. The consequence is that adults have slipshod habits of mind and cease to notice distortions of fact which have a sinister motive.
The modern youth who intends to adopt a profession tends to be idle at school and only to begin hard work when he embarks upon technical training. In law school or medical school he exerts himself to acquire knowledge because it has for him an obvious economic utility.
出典: The decay of intellectual standards (written in Oct. 19, 1932 and pub. in Mortals and Others, v.1, 1975.)]
詳細情報:http://russell-j.com/DECAY-IS.HTM

<寸言> ★再録
米国では,トランプ政権が誕生して以降,fake news(偽のニュース)や alternative facts (代替の事実)という言葉が流行っています。つまり、秘密保護法や国家権力などの強大な力などによって,本当のこと(事実)でないことでも alternative facts (代替の事実)だとして国民に信じさせることができる現状を表した言葉です。
これは,日本も例外ではなく,情報公開の重要性を口では言いながらも、公開請求で開示されるものはほとんど塗りつぶされた「ノリ弁状態」です。プライバシーの保護や秘密保護の必要からそうしていると言いながら,少しでも知られると都合が悪い情報は一切公開されません。欧米では、そのような態度をとれば政権が倒れますが、日本の国民は従順な人が多いらしく,口で少し不満を言うだけの状態です。
日本の教育にも問題がありそうです。
現代人は多くのことを知らねばならず,学校時代に非常に大量の知識を詰め込まれます。しかし,(受験勉強に象徴される)詰め込み教育のおかげで,消化不良の知識を多く身につけ,「正確性に欠けた」「博識だが智恵に乏しい」人間を大量に生み出しています。それによって,「悪意のある動機による事実の歪曲を看破する能力を喪失」するといったゆゆしき事態が生まれているとラッセルは警告しています。

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