アメリカとオーストラリアの開拓(精神)の相違


 最初の例として農業をとりあげよう。ミルの『自由論』の出版直後の時期に,アメリカ合衆国中西部において開拓事業の大きな発展があった。開拓者たちは彼らの「徹底した個人主義」を誇りにした。彼らは森が繁り,水が豊富で,肥沃な(自然の恵みの多い)地域に定住した。過重労働に落ちいること無く,木を伐採し,それによって丸太小屋や燃料を確保し,土地の開梱が終わると,彼らは穀物を豊富に収穫した。

 けれども,この個人主義者の楽園に(エデンの園の禁断の果実である)蛇が存在した。その蛇とは鉄道であり,鉄道なしには穀物を市場に運ぶことはできなかった。鉄道は資本の膨大な蓄積,労働の莫大な消費,ほとんど農民ではない多くの人間の結合(連携)を象徴(意味)していた。開拓者たちは,彼らの独立が失われることに憤り,人民党運動(注:アメリカ合衆国でにおいて1891年に結成された人民党が鉄道や銀行などを攻撃した運動であり,鉄道,電話の公有化,土地所有の制限等,かなり社会主義的な要求をかかげた。 /= ウィキペディアの説明)を引き起こしたが,それは熱を帯びていたにもかかわらず,いかなる成功もおさめなかった。けれども,この場合においては,個人的独立の敵はただひとつだけにすぎなかった。

(これに対し)オーストラリアの開拓者と知合いになった時,私はアメリカとの相違に驚いた。(注:ラッセルはノーベル文学賞受賞後の1951年に,招待を受け,オーストリア全土にわたる講演旅行を行ったが,その時の話であろう。)オーストラリアでは農業用の新しい土地の獲得は,膨大な費用のかかる潅漑計画に依存しているが,個々の州には対象の土地が広大すぎるためにその灌漑計画は連邦政府によってのみ実現可能である。この場合でさえ,ある人が広い土地を購入すると,その土地には材木がなく,あらゆる建築資材や燃料を遠方から運ばなければならない(のである)。彼や彼の家族の衛生管理は飛行機や無線の綿密な組織化によってのみ可能となる。彼の生計は輸出貿易に依存しており,それは遠く離れた諸政府(州政府)の気まぐれによって繁栄したり苦しくなったりする。彼の精神状態(オーストリア開拓民),趣味,及び感情は,百年前の徹底的な個人主義的開拓者のものであるが,その環境は全く異なっている。彼がいかに反抗したくても,全く外的なカによって,堅く統制されている。知的自由は今でも持っているかも知れないが,経済的自由は夢となっている。

As a first example, let us take agriculture. In the years immediately succeeding the publication of Mill’s Liberty, there was an immense development of pioneering in the Middle West of the United States. The pioneers prided themselves upon their “rugged individualism.” They settled in regions which were well wooded, well watered, and of great natural fertility. Without excessive labor, they felled the trees, thereby securing log cabins and fuel, and when the soil was cleared, they procured a rich harvest of grain. There was, however, a serpent in this individualist paradise: the serpent was the railroad, without which the grain could not be got to market. The railroad represented a vast accumulation of capital, an enormous expenditure of labor, and a combination of very many persons, hardly any of them agriculturists. The pioneers were indignant at their loss of independence, and their indignation gave rise to the Populist movement, which, in spite of much heat, never achieved any success. In this case, however, there was only one enemy of personal independence. I was struck by the difference when I came in contact with pioneers in Australia. The conquering of new land for agriculture in Australia depends upon enormously expensive schemes of irrigation, too vast for the separate states and only practicable by the federal government. Even then, when a man has acquired a tract of land, it contains no timber, and all his building materials and his fuel have to be brought from a distance. Medical attention for himself and his family is only rendered possible by an elaborate organization of airplanes and radio. His livelihood depends upon the export trade, which prospers or suffers according to the vagaries of distant governments. His mentality, his tastes and his feelings, are still those of the rugged individualist pioneer of a hundred years ago, but his circumstances are totally different. However he may wish to rebel, he is tightly controlled by forces that are entirely external to himself. Intellectual liberty he may still have; but economic liberty has become a dream.
出典: John Stuart Mill,1955.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1097_JSM-150.HTM

<寸言>
アメリカ(合衆国)とオーストラリアの開拓の状況が異なれば、銃に対する考え方も異なるであろう
アメリカの西部開拓時代、警察がすぐにかけつけてくれない広大な大地では、自分や家族を守るためには銃の所持が必須であったであろう。だから、合衆国憲法において銃の所持は保証されており、現在、13億丁も出回っているという。しかし、時代が変わり、銃の性能もよくなり、戦争から帰ってくる兵隊の数も増えている。飛行機の利用、監視カメラの設置、ネットワークの発達等で警察の機動力も格段に増している。つまり、環境はまったく変わっており、毎年銃による事故等で亡くなる人が数万人といわれる現在、銃を所持しないことによる安全・安心の確保よりも、銃を持つことによる危険のほうがずっと大きくなっている。
そのことの意味合いが、米国人の半数は先入観にとらわれていてわからないようである。

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