衝動の相違-破壊や死を招く衝動と生命と成長をもたらす衝動


DOKUSH24 衝動というものは、現実にあるいは想像の上でそれを共有していない者にとっては、常に狂気じみたものに思えるだろう。衝動はすべて、結果を予見することから生じるものではないという意味で,本質的に盲目的である。衝動を共有しない者は、その結果が何であるか、また結果として生ずるにちがいないものが望ましいものであるかどうか、といった点で異なった評価を下すであろう。この意見の相違は、倫理的あるいは知的な相違に思われるであろうが、その現実的な根底において、それは衝動の相違である。このような場合、衝動の相違が持続するかぎり、真の意見の一致はけっして達成されないであろう。
なんらか精力的な生活を送っている人間はすべて、他人から見ればまったく非合理に思えるような、強い諸衝動を持っている。盲目的な衝動は、時に破壊や死を招く源であるが、またそれは世界が含みうる最良のものに導く源でもある。つまり盲目的な衝動は、戦争の源泉ではあるが、またそれは科学や芸術、恋愛、といったものの源泉でもある。望ましいのは衝動を弱めることではなく、衝動の方向が死と衰退へ向かうよりは、生命と成長の方向へ向かうことである。

An impulse, to one who does not share it actually or imaginatively, will always seem to be mad. All impulse is essentially blind, in the sense that it does not spring from any prevision of consequences. The man who does not share the impulse will form a different estimate as to what the consequences will be, and as to whether those that must ensue are desirable. This difference of opinion will seem to be ethical or intellectual, whereas its real basis is a difference of impulse. No genuine agreement will be reached, in such a case, so long as the difference of impulse persists.
In all men who have any vigorous life, there are strong impulses such as may seem utterly unreasonable to others. Blind impulses sometimes lead to destruction and death, but at other times they lead to the best things the world contains. Blind impulse is the source of war, but it is also the source of science, and art, and love. It is not the weakening of impulse that is to be desired, but the direction of impulse towards life and growth rather than towards death and decay.
出典: Principles of Social Reconstruction, 1916, chap.1: the principles of growth
詳細情報:http://russell-j.com/cool/10T-0103.HTM

[寸言] 次の一文はよく引用されるところです。

「盲目的な衝動は、戦争の源泉ではあるが、またそれは科学や芸術、恋愛、といったものの源泉でもある。望ましいのは衝動を弱めることではなく、衝動の方向が死と衰退へ向かうよりは、生命と成長の方向へ向かうことである。」

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