バートランド・ラッセル『私の哲学の発展』第10章 「ヴィトゲンシュタインの衝撃」 n.3


 争点(issue)は上の数学の例に見られるよりもはるかに一般的なものである。争点は次のとおりである。「ある命題が真であるか偽であるか(二者択一 the alternative)を決定する方法が存在しないとき、その命題は真であるか偽であるかどちらかであると言うことは何らかの意味があるか?」 あるいは、別の形で言い表わすと、「『真(であること)は『検証可能』であるということと同一視すべきか?」 、我々はひどく無益な論理的矛盾(パラドクス)を冒すことなく、こういう同一視をすることはできないと考える(そのような同一視をすれば、ひどい無益な論理的矛盾を冒すことになる、と私は考える)。(たとえば)次のような命題をとりあげよう。「西暦一年一月一日にマンハッタン島に雪が降った」。この命題が真であるか偽であるかを発見しうるいかなる方法もない。しかしそれが真でも偽でもないと主張することは不合理(preposterous 馬鹿げている)と思われる(訳注:1年単位あるいは、数ヶ月単位であればその土地に当時雪が降ったかどうかわかるかも知れないが、その数ヶ月の中の特定のある日に雪が降ったかどうかは確かめることはできない)。私はこの問題を今はこれ以上追求しないことにする。(というのは)私の著書『意味と真理の研究』(Inquiry into Meaning and Truth)の第20章と第21章で詳しく論じており、本書の後の章でそれについてまた言及する(からである)。それまでの間、私は直観主義者の理論はしりぞけられるべきであると想定(仮定)することにしよう。  直観主義者も形式主義者も『プリンキピア・マテマティカ(数学原理)』の学説を外側から攻撃しており、彼らの攻撃を撃退することは大して困難とは思われなかった。ウィトゲンシュタイン及びウィトゲンシュタイン学派からの批評は別の問題であった。それは内側からの攻撃であり、全ての点において尊重に値した(検討の価値があった)。

Chapter 10 The Impact of Wittgenstein, n.3 The issue is much more general than it appears in the above mathematical examples. The issue is: ‘Is there any sense in saying that a proposition is either true or false when there is no way of deciding the alternative?’ or, to put the matter in a different form, ‘Should “true” be identified with “verifiable”?’ I do not think we can make such an identification unless we commit ourselves to gross and gratuitous paradoxes. Take such a proposition as the following: ‘It snowed on Manhattan Island on the 1st January in the year 1 A. D.’. There is no conceivable method by which we can discover whether this proposition is true or false, but it seems preposterous to maintain that it is neither. I will not now pursue this matter further, as I discussed it in detail in Chapters XX and XXI of the Inquiry into Meaning and Truth to which I shall return in a later chapter. Meantime, I shall assume that the Intuitionists’ theory is to be rejected. Both the Intuitionists and the Formalists attacked the doctrines of Principia Mathematica from without, and it did not seem very difficult to repel their attacks. It was another matter with the criticisms of Wittgenstein and his school, which were attacks from within and deserving of all respect.
 Source: My Philosophical Development, chap. 10:1959.  
 More info.:https://russell-j.com/beginner/BR_MPD_10-030.HTM

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