第15章 権力と道徳律 n.5

 男性のための道徳(男性用の道徳)と女性のための道徳(女性用の道徳)との違い(差異)の基礎となっているものは,男性の(女性に対する)腕力の優越性であることは明らかである。もともとは,その(男性の)優越性は肉体的な優越性だけであったが,そこから次第に,経済や政治や宗教における優越性へと拡大していった(のである)。この場合(事例)においては,道徳の警察(力)に対する長所(強み)は非常にはっきりしているように見える。というのは,女性は,つい最近に至るまで,男性支配を具現化(具体化)した道徳的教えを心から信じていたのであり,従って,そうした道徳が無かったならば必要であったであろう(女性に対する)強制が,はるかに少なくてすんだからである。  ハムラビ法典は,(法典の)制定者(立法者)の目から見れば女性は重要ではないことを示す一つの興味深い例を与えている。(即ち)ある男が,ある紳士の妊娠中の娘をなぐり,その結果その娘が死んだ場合には,なぐった男の娘が死刑に処せられなければならない,と(ハンムラビ)法典に定められている(注:いわゆる「目には目を歯には歯を」の原則」)。その紳士と殴った男の間においては,これは正当である。(つまり)処刑される娘は,後者(殴った父親)の単なる所有物に過ぎないのであり,自分の利益のために自分の命(の保持)を主張する権利をまったく持っていない。また,その紳士の娘の殺害において,殴った男は,紳士が法律違反の罪があるのは,その殴られた娘に対してでなく,その紳士に対してなのである。(つまり)娘たちにまったく権利がなかったのは,彼女たちがまったく権力を持っていなかったからである。

Chapter 15: Power and Moral Codes, n.5
The basis of the difference between morality for men and morality for women was obviously the superior power of men. Originally the superiority was only physical, but from this basis it gradually extended to economics, politics, and religion. The great advantage of morality over the police appears very clearly in this case, for women, until quite recently, genuinely believed the moral precepts which embodied male domination, and therefore required much less compulsion than would otherwise have been necessary. The code of Hammurabi gives an interesting illustration of the unimportance of women in the eyes of the legislator. If a man strikes the daughter of a gentleman when she is pregnant, and she dies in consequence, it is decreed that the daughter of the striker shall be put to death. As between the gentleman and the striker, this is just; the daughter who is executed is merely a possession of the latter, and has no claim to life on her own account. And in killing the gentleman’s daughter the striker is guilty of an offence, not against her, but against the gentleman. The daughters had no rights because they had no power.
 出典: Power, 1938.
 詳細情報:https://russell-j.com/beginner/POWER15_050.HTM

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