宗教においては,多くの場合,女性は「誘惑者」とされたが・・・


 けれども,キリスト教の最悪の特徴は,性に対する態度である-それはあまりにも病的かつあまりにも不自然であり,ローマ帝国が衰退しつつあった時代の文明世界の病いと関連させることによってのみ理解することができる。我々は,時々,キリスト教が女性の地位を改善(向上)させたという趣旨の話を聞くことがある。これは,なしうる限りの,最もひどい歴史の曲解の一つである。女性が極めて厳格な道徳律(倫理規則)を犯してはならないということはこの上もなく重大であると考えられている社会においては,女性は我慢できる地位を享受することができない。修道士たちは,本来女性は誘惑者であると常に見なしてきた。即ち,彼らは,女性は主として不純な情欲をあおる者だと考えてきた。教会の教えは,童貞であること(virginity)は最善であるが,それが不可能な人々には結婚が許されるというのであったし,今なおそうである。
(注:大竹勝訳では,「処女は最善であり・・・」となっているが,前後関係からわかるようにここでは男性の修道士のことを言っており,あきらかに「童貞であること」を指している。「ヴァージン=女性」という思い込みがあるためであろう。大竹氏はシラキュース大学卒で日本翻訳家協会会長をされていたが・・・?)
聖パウロが粗野に表現しているように,「(情欲で)焼き焦がれるよりは,結婚したほうがよい」(という趣旨である)。結婚を解消できないものとし(注:カトリックの教義では離婚を認めていない。),性愛の技術(ars amandi)についてのすべての知識を根絶することによって,教会が認めた唯一の性の形 -快楽はほとんどなく,苦痛は大きくなければならないもの- を確保することに,教会は全力を尽くしたのである。事実,産児制限への反対も同じ動機を持っている。(即ち,)たとえ,女性(婦人)が,疲れきって死ぬまで,一年に一人(have a child a year …)子供をもつ(産む)としても(注:if = even if),結婚生活から多くの喜びを引き出すことを想定するべきではない。それゆえ,産児制限には反対しなければならない(とカトリック教会は考えるのである)(注:荒地出版社刊の大竹訳『宗教は必要か』では,「もし女性が一年間,疲労して死ぬくらいなら,結婚生活からたいした悦びを得られないであろう。それだから,産児制限は奨励されてはならないというのである。」と,文法を無視した,論理的に意味不明の訳をしている。産児制限をしないで毎年子供を産めばどういうことになるか,常識的に想像がつきそうなものである。)

The worst feature of the Christian religion, however, is its attitude toward sex — an attitude so morbid and so unnatural that it can be understood only when taken in relation to the sickness of the civilized world at the time the Roman Empire was decaying. We sometimes hear talk to the effect that Christianity improved the status of women. This is one of the grossest perversions of history that it is possible to make. Women cannot enjoy a tolerable position in society where it is considered of the utmost importance that they should not infringe a very rigid moral code. Monks have always regarded Woman primarily as the temptress; they have thought of her mainly as the inspirer of impure lusts. The teaching of the church has been, and still is, that virginity is best, but that for those who find this impossible marriage is permissible. “It is better to marry than to burn,” as St. Paul brutally puts it. By making marriage indissoluble, and by stamping out all knowledge of the ars amandi, the church did what it could to secure that the only form of sex which it permitted should involve very little pleasure and a great deal of pain. The opposition to birth control has, in fact, the same motive: if a woman has a child a year until she dies worn out, it is not to be supposed that she will derive much pleasure from her married life; therefore birth control must be discouraged.
出典:Has Religion Made Useful Contributions to Civilization? 1930
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/0466HRMUC-030.HTM

<寸言>
宗教の開祖や教会の責任者(例:法王)のほとんどは男性だからね。女性の開祖がだいぶぶんだったら、男性が誘惑者にされたかも・・・。

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