抑圧されていない(押さえつけられていない)子供は,無数の質問をするが,その中には知的なものもあれば,その正反対のものもある。こういった質問は,しばしばうんざりさせられたり,ときには不都合なもの(答えにくいあるいは答えたくない)であったりする。しかし,そういう質問には,あなたの力の及ぶかぎり,正直(誠実)に答えてあげなければならない。・・・。子供に理解できるよりも少なめに教えるよりは,やや多めに教えるほうがよい。子供に理解できない部分は,彼の好奇心と知的な野心を刺激するだろう。
Children who are not suppressed ask innumerable questions, some intelligent, others quite the reverse. These questions are often wearisome, and sometimes inconvenient. But they must be answered truthfully, to the best of your ability. … Tell him rather more than he can understand, not rather less ; the part he fails to understand will stimulate his curiosity and his intellectual ambition.
出典: On Education, especially in early childhood, 1926, Pt. 2:Education of character, chap. 8: Truthfulness
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/OE08-070.HTM
[寸言]
子どもは知りたいことを精確な言葉にして質問する・質問できるとは限らない。従って、聞かれた親は見当違いの回答をすることも少なくないだろうが、質問に答えているうちに本当は何を知りたいか分かってくる。
つまり、質問をきっかけにできるだけいろいろ情報を子どもに提供することによって,子どもが当面理解できない・できなかったことも頭のなかに残り、子どもは好奇心を拡大していく。
そうして、子どももある程度の年齢になれば、子どもも自分で調べることができるようになり、人間にとって有益な情報や知識を豊富に身につけるとともに、知的探求能力を大人顔負けに向上させていくことになる。これは、人間にとって一生の宝となるであろう。