J.コンラッドに自分の息子の名付け親になってもらう


 私は,第一次世界大戦中,またその後も1921年に中国から帰国するまで,コンラッドにまったく会わなかった。私の最初の息子がその年(注:1921年=ラッセル49歳)に生れると,私は,コンラッドに,正式の儀式なしに,できるだけ息子の名付親に近いものになってほしいと期待した。私は手紙を書いてそのなかで次のように述べた。「あなたの許しを得て,私の息子をジョン・コンラッド(ジョン・コンラッド・ラッセル)と名付けたいと思います。私の父も祖父も曾祖父もジョンと名付けられました。それに,コンラッドは良い名前です。」 彼はこの立場を引受け,私の息子にそのような機会に通常贈られるコップを型どおりに贈ってくれた。

I saw nothing of Conrad during the war or after it until my return from China in 1921. When my first son was born in that year I wished Conrad to be as nearly his godfather as was possible without a formal ceremony. I wrote to Conrad saying: “I wish, with your permission, to call my son John Conrad. My father was called John, my grandfather was called John, and my great-grandfather was called John; and Conrad is a name in which I see merits.” He accepted the position and duly presented my son with the cup which is usual on such occasions.
出典: Joseph Conrad, 1953.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/1040_CONRAD-050.HTM

<寸言>
ラッセルの次男の名前もコンラッド・ラッセル(ジョンはついていない)と名付けられた。ただし、その時にはジョウゼフ・コンラッドはなくなっていた。

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