バートランド・ラッセルのポータルサイト

沢田允茂「バートランド・ラッセルと論理学」p.6

表紙 発刊のことば 目次  p.1 p.2 p.3 p.4 p.5 p.6 p.7 p.8 p.9 p.10 p.11 p.12 p.13 p.14 p.15 p.16 p.17 p.18 p.19 p.20 p.21 p.22 p.23 p.24 p.25 p.26 p.27 p.28 p.29 p.30 p.31 p.32 p.33 p.34 p.35 p.36 p.37 p.38 p.39 p.40 p.41 p.42 p.43 p.44 p.45 p.46 p.47 p.48 p.49 奥付
(p.6) "ギリシア人は人間である〃 ②
が許されるわけですけれども、そこにおいては①のように主語に個物が来る場合もありますが、②の場合には①で述語であったものが主語の位置に来ています。そしてこの「ギリシア人」は決して個人や個物ではなくて、種概念または類概念といいますか、要するに集合をあらわす言葉なのです。
 そこでアリストテレスは、本当に在る実体というものは個物だと最初にいいましたけれども、この存在の構造は、実は文章又は論理のもっている構造と同じものだ、と主張するとき、文章の中にはそういう一般概念、普遍概念があり、これも主語になれるというところから、止むを得ず、「実体」を、第一実体、第二実体というふうに分けたのであります。そして、第一実体は個物であるが、第二実体は普遍者であると考えたのであります。アリストテレスは、そういう普遍的なもの、例えば人類であるとか、或いはもしあれば、ヒューマニティ(現在の例でいえば、これも一つの普遍概念でしょうけれど)とか、そういうものも存在するというふうに考えたのであります。この辺にプラトン的影響が残っているといえますが、別ないい方をすればこのように言語の構造と存在の構造とがお互いに対応するという考えをとった為に自然にこういうことになったともいえるでしょう。 (次ページに続く)