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ラッセル落穂拾い 2020

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 ★R落穂拾い-中級篇


索引(-出版年順 著者名順 書名の五十音順
(ラッセル関係文献「以外」の図書などでラッセルに言及しているものを拾ったもの)


吉田善貴「テレワークによる余暇を知的に遊べ!-ラッセル『怠惰への讃歌』
「BLOGOS」 2020.06.23 アップロード
 株式投資をはじめて10年ほど経った30代初めの頃、ふと疑問が生じた。同世代と比較すれば、たしかに平均を上回る富を得られたかもしれない。でもそれで幸せになれたかというと、何かおかしい気がする…。
 そんな時に「幸福論」と名の付く本を片っ端から読み、バートランド・ラッセル(1872~1970)「幸福論」の一節に、なるほど!と思ったものだ。
「典型的な現代人が金で手に入れたがっているものは、もっと金をもうけることで、その目的はと言えば、見せびらかし、豪勢さ、これまで対等であった人たちを追い越すことである。」(「幸福論」第三章 競争より)
 この「幸福論」はラッセルが1930年に発表したものだが、1932年のエッセイ「怠惰への讃歌」に続きのような話があった。
 ・・・以下、上記のURLをクリックして閲覧してください。

丸谷智保「特売チラシを最初に見るのは誰だ!? 北海道コンビニ首位「セイコーマート」の発想術」
「Nikkei Stype」 2020.06.04 掲載(2020年6月5日)
* 丸谷智保(まるたに・ともやす、1954~ ): セイコーマート会長。1979年3月慶大法卒。同年拓銀入行。98年シティバンク入行、2007年3月セイコーマート入社(現・株式会社セコマ)同年専務、08年副社長、09年3月現職。内閣府経済財政諮問会議政策コメンテーター、北海道経済連合会常任理事。

「ラッセル「哲学入門」を中学の時に読み・・・」

 北海道コンビニ首位のセイコーマート丸谷会長は「物事の本質を見極めることと、ポジティブシンキング」が重要と語る。
「★中学1年生の時★ に読んだ、哲学者バートランド・ラッセルの著作が原点です。哲学の入門書なのですが、英語で書いてあるので辞書を片手に読み進めました。私が『物事の本質とはなにか』を常に考える姿勢はこのとき、身についたように思います。そもそも、哲学に関心を持つようになったのは、父の影響です。父は学生時代に哲学の研究会に入っていたこともあって、家の中に哲学書がふつうに置いてある環境でした」
 あなたは中学1年の時にどういった本を読んでいましたか?


伊地知泰威「コロナ禍に思うこと」
 『ブログ-連載エッセイ|#ijichimanのぼやき』番外編」第21回「コロナ禍に思うこと」(2020年5月9日)
https://openers.jp/lounge/lounge_features/BNQc5
* 伊地知泰威(いじち・やすたけ 1982~): 株式会社サンシャインジュース取締役副社長

【ひたすら肉体の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問わないのは違う(三島由紀夫)」――日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」のボードメンバーの伊地知泰威氏の連載では、究極に健康なサンシャインジュースと対極にある、街の様々な人間臭いコンテンツを掘り起こしては、その歴史、変遷、風習、文化を探る。第21回は、新型コロナウイルスによる外出自粛を受け、番外編をお送りする。・・・

 刺激を適度に取り入れつつ、静かで単調な暮らしを慈しむ イギリスの哲学者ラッセルは、『幸福論』の中でこう述べている--。
「退屈に耐える力をある程度持っていることは、幸福な生活にとって不可欠である」
 人智を越えた天災コロナ禍によって、僕たちは今かつてないほどの静かな暮らしを強いられることになった。緊急事態宣言の発令と共に施設や店舗の休業が要請され、人々は外出自粛が求められることになった。そんな今思うのは、僕たちが単調だと思っていたこれまでの平時の生活は、実は常に「刺激」や「興奮」「快楽」に満ち溢れていたということ。例えば、日ごろから余計な塩分や糖分を避けた食事をしている人は、ナチュラルな素材やダシの味わいを楽しむことができるし、たまに食べるジャンクフードも刺激的に楽しめる。けれど、ジャンクな食事に慣れた人は、味覚が鈍って素材やダシの味わいを感じにくく、より塩分や糖分が強いジャンクな食事を欲するようになる。それは、やればやるほどより強いドラッグを欲する麻薬依存者の様と同じである。・・・

 最後に。これもまたラッセルの言葉。 「幸福な生活は、おおむね静かな生活でなければならない。なぜなら、静けさの雰囲気の中でのみ、真の喜びが息づいていられるから」】



「鶴見俊輔 高校生に応えた詩- 56年前、作家・辻原登さんらの同人誌に寄稿」
 『朝日新聞』2019年12月19日(木) 文化・文芸欄

* 辻原登(本名は村上 博、1945年12月15日~ ~):中編小説「村の名前」で第103回(平成2年上半期)芥川賞を受賞。2001年~2010年まで東海大学文学部文芸創作学科教授。2012年より神奈川県近代文学館館長・理事長)

 戦後日本を代表する哲学者の鶴見俊輔が、半世紀以上前に高校生の同人誌に詩を寄せていた。「憎む自分を憎む歌」と題し、柿の木に託して罰や善を問うナイーブな一面を見せる。その同人に、後に作家として活躍する辻原登さんがいた。
 辻原さんは、今年から大佛次郎賞の選考委員を務める。今年度の受賞は黒川創さん『鶴見俊輔伝』に決まった。選考会の最後に思い出を誇り出した。「実は、鶴見さんに詩を書いてもらったことがあるんです」
 まだ原稿があるだろうかー。辻原さんは、帰宅途中、携帯電話で当時の仲間だった山下健三さんに連絡してみた。「原稿も、残ってるよ」。冊子とともに大切に保管されていた。
 同人誌の名は「太陽」。1963年4月23日付の創刊号には「ぼく達のビジョンとイデア」とある。発行と編集は大阪学芸大学付属高校(現大阪教育大学付属高校)天王寺校舎の同級生5人だ。
 敗戦から20年足らずで、60年安保が終わったばかり。「まだ社会主義やアナーキズムが輝いていた。過激化はしないけど、僕もミーハー的思想少年だった」と辻原さん。フランス映画を見て、サルトルについて論じる高校生たちが集まっていた。
 「高校生による高校生のための総合雑誌」をめざした「太陽」。表紙は岩波書店の「世界」を意識した。創刊時、辻原さんは、寄稿者の一人同志社大学教授の鶴見の名を挙げた。60年安保の強行採決に抗議して東京工業大学助教授を辞任し、「思想の科学」(の執筆者)でも知られた存在だった。辻原さんは共同体やユートピアに関心を持ち、鶴見らが「家」をテーマに研究するサークルにも顔を出していた。
 仲間と「僕たちを励ます意味で寄稿してください」と頼みに行った。鶴見は「いいよ」と言ってくれたが、実際に書いてくれるか自信はなかった。しばらくすると、高校の教官室に封書が届いた。「先生が驚いたのがおかしくて。『鶴見俊輔から手紙きとるぞ! すごいなあ』てね」
 「柿の木は/柿の木であることによって/罰せられているのに/なぜその柿の木に/きずをつけようとするのだろう」(鶴見の詩の冒頭)。辻原さんは「高校生の目線に立って書いてくれた。自分たちの悩みと通じるものがあって共感した」と振り返る。一方、雑誌を作る以上はもうけようと、値段をつけ、近所の書店や洋品店、南海電鉄からも広告を取った。印刷料も値切って見事に黒字を達成。(「大阪の子でしょ。お金が余ったと喜びました」

ラッセル関係電子書籍一覧
 翌年には卒業したが、(第)2号も刊行。巻頭は、なんとノーベル賞を受賞した哲学者で数学者のバートランド・ラッセルからのメッセージが飾った。核戦争回避を働きかける文。英文で載せた。
 「いま話しても最初は誰も信じてくれないけど、英語の得意なのがいて、手紙を書いたら、激励の返事が来たんだ」。「英語が得意なの」は、古代史研究の第一人者として知られる吉村武彦・明治大学名書教授だ。
 仲間が各地に散り、稚誌は2号で終わった。
 今回、大佛の初選考で鶴見の評伝に触れた辻原さん。鶴見との思い出がよみがえった。「不思議な縁ですよね。こういうの、いいなあと思う」(滝沢文那)



  • 「講壇/新型コロナが問う「自由とは何か」(早稲田大学政治経済学術院副学術院長・深川由起子)
     『日刊工業新聞』2019年3月23日(月)電子版記事

     深川由起子氏(早稲田大学政治経済学術院副学術院長)曰く:
    「高校生の頃、「格調高い英語とはこういうもの。1週間で丸暗記せよ」と渡されたのが20世紀・英国の強烈な知性、バートランド・ラッセル卿の論文「自由とは何か」だった。新型コロナウイルスの急速な世界拡散は再びこの冷戦当時と同じ、「自由とは何か」を問うている。・・・」
    (松下注:それほど長くないエッセイ(数十ページ)ですが、丸暗記せよといった高校教師はそうとうラッセルに入れあげていたように思われます。今こんなことを強制する古いタイプの教師はいないでしょうが・・・?)」
    「・・・米国は欧州に対する国境を閉じ、欧州に大規模支援を申し出たのは中国だった。欧州の危機は中国にとって西欧型自由主義の脆弱(ぜいじゃく)さを批判し、同時に武漢を完全封鎖し、野戦病院方式で危機管理を進めた自国の対応力を内外に喧伝(けんでん)する機会でもある。・・・。株式市場が示す欧米の狼狽(ろうばい)は事態をアジアのひとごとと見ていたことによるだろう。だが、危機とはいえ、個人の自由や言論の自由、法治などが浸透した民主主義社会の対応は中国のようにはいかないし、また、いかせたくもない、という逡巡(しゅんじゅん)が結局、初期対応を遅らせた。実際のところ、中国がそもそも感染症のリスクを警告した医師を処分するようなことをせず、適切に対応していれば、ここまで世界を苦しめることにはならなかったはずなのだ。中国とは違う民主主義社会での防疫を喧伝していた韓国政府も、外信記者に感染者の立ち寄り先公開とプライバシー保護の関係を問われると下を向くしかなかった。・・・
    「しかしながら、ますます重みを増すのは「自由とは何か」という問いである。中核となる通信ではファーウェイ問題が象徴するように中国が最先端技術を掌握し、デジタル通貨の実験を繰り返し、遺伝子操作による子ども誕生のデータを握る。だが、それらはあらゆるものの上に共産党が存在する異形の体制下にあるからだ。先進国が個人の持つ権利や個人情報の保護、異なる意見の調整を維持しながら、異形の国家と競争し続けるのは容易ではあるまい。救いは中国にとってさえも、異形さが負担になり始めていることなのかもしれない。」
    「ラッセル卿の論文は次のように終わる。「西欧を代表するものは基本的には政府が個人のために存在するのであって、個人が政府のために存在するのではない、という信念だ。危機に直面しているのはこの原理であり、人類の将来にとってこの原理より重要なものが他にあるとは思えない」。戦後、この価値観を大切にしてきた日本はどこに着地点を見いだすのだろうか。」

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