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ラッセル落穂拾い 2020

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 ★R落穂拾い-中級篇


索引(-出版年順 著者名順 書名の五十音順
(ラッセル関係文献「以外」の図書などでラッセルに言及しているものを拾ったもの)

  • 「講壇/新型コロナが問う「自由とは何か」(早稲田大学政治経済学術院副学術院長・深川由起子)
     『日刊工業新聞』2019年3月23日(月)電子版記事

     深川由起子氏(早稲田大学政治経済学術院副学術院長)曰く:
    「高校生の頃、「格調高い英語とはこういうもの。1週間で丸暗記せよ」と渡されたのが20世紀・英国の強烈な知性、バートランド・ラッセル卿の論文「自由とは何か」だった。新型コロナウイルスの急速な世界拡散は再びこの冷戦当時と同じ、「自由とは何か」を問うている。・・・」
    (松下注:それほど長くないエッセイ(数十ページ)ですが、丸暗記せよといった高校教師はそうとうラッセルに入れあげていたように思われます。今こんなことを強制する古いタイプの教師はいないでしょうが・・・?)」
    「・・・米国は欧州に対する国境を閉じ、欧州に大規模支援を申し出たのは中国だった。欧州の危機は中国にとって西欧型自由主義の脆弱(ぜいじゃく)さを批判し、同時に武漢を完全封鎖し、野戦病院方式で危機管理を進めた自国の対応力を内外に喧伝(けんでん)する機会でもある。・・・。株式市場が示す欧米の狼狽(ろうばい)は事態をアジアのひとごとと見ていたことによるだろう。だが、危機とはいえ、個人の自由や言論の自由、法治などが浸透した民主主義社会の対応は中国のようにはいかないし、また、いかせたくもない、という逡巡(しゅんじゅん)が結局、初期対応を遅らせた。実際のところ、中国がそもそも感染症のリスクを警告した医師を処分するようなことをせず、適切に対応していれば、ここまで世界を苦しめることにはならなかったはずなのだ。中国とは違う民主主義社会での防疫を喧伝していた韓国政府も、外信記者に感染者の立ち寄り先公開とプライバシー保護の関係を問われると下を向くしかなかった。・・・
    「しかしながら、ますます重みを増すのは「自由とは何か」という問いである。中核となる通信ではファーウェイ問題が象徴するように中国が最先端技術を掌握し、デジタル通貨の実験を繰り返し、遺伝子操作による子ども誕生のデータを握る。だが、それらはあらゆるものの上に共産党が存在する異形の体制下にあるからだ。先進国が個人の持つ権利や個人情報の保護、異なる意見の調整を維持しながら、異形の国家と競争し続けるのは容易ではあるまい。救いは中国にとってさえも、異形さが負担になり始めていることなのかもしれない。」
    「ラッセル卿の論文は次のように終わる。「西欧を代表するものは基本的には政府が個人のために存在するのであって、個人が政府のために存在するのではない、という信念だ。危機に直面しているのはこの原理であり、人類の将来にとってこの原理より重要なものが他にあるとは思えない」。戦後、この価値観を大切にしてきた日本はどこに着地点を見いだすのだろうか。」
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