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バートランド・ラッセルのポータルサイト


[ラッセル徒然草(July 2009

★「ラッセル徒然草」では、ラッセルに関するちょっとした情報提供や本ホームページ上のコンテンツの紹介、ラッセルに関するメモや備忘録(これは他人に読んでもらうことを余り意識しないもの)など、短い文章を、気が向くまま、日記風に綴っていきます。 m
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[n.0063:2009.07.28(火)「『澁澤龍彦蔵書目録:書物の宇宙誌』から]
* 澁澤龍彦(しぶさわ たつひこ、1928年-1987年8月5日):仏文学者、評論家

 仏文学者の澁澤龍彦とバートランド・ラッセルには接点があるようには思われないが、一昨日地元の公共図書館で借りた『書物の宇宙誌−澁澤龍彦蔵書目録』(国書刊行会,2006年 473pp.)には、以下のラッセルの著作の邦訳が含まれていた(因みに原著はなし)。

 ・市井三郎(訳)『西洋哲学史』上中下(全3巻)
 ・堀秀彦(訳)『ラッセル幸福論』(角川文庫)
 ・『ラッセル法廷』(正・続)
 巻末索引では、J. B. ラッセル『悪魔−古代から原始キリスト教まで』を間違えて、B.ラッセルの著作としている。

 所蔵しているからといって所蔵者が読んでいるとは限らないが、再婚相手の女性(澁澤龍子)へのインタビュー(同書pp.347-351)からすると、『西洋哲学史』と『幸福論』を読んでいる可能性が高い。『ラッセル法廷』の方は、どうも、サルトルがラッセル法廷の裁判長をしたことに興味があったのではないかと想像される。
澁澤(龍子):
・・・。ただ、あの人は、必要な本しか買わなかったんじゃないかな。いろんなものを全部買っちゃう人もいるでしょう。「まあ、もしかしたらあとでなにか役にたつかもしれない」みたいに。彼はそうではなくて、特に店頭では頁をめくって、けっこう丁寧に読んでいくんです。そういうわけで、本の数だけでいえば、意外に少ないんじゃないかしら。ただし、買った本は全部読んでいるんです。・・・。

[n.0062:2009.07.17(金)「今日、世界に必要なものは'キリストの愛'であり・・・?」]

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 ラッセルは1950年のオーストラリア講演旅行で、アリス・スプリングスを含め、オーストラリア全土を訪れた。(右写真出典:The Life of Bertrand Russell in pictures and in his own words, comp. by C. Farley nad D. Hodgson, c1972) そして、ある講演の最後に次のように語ったという。
「世界が今必要としているのは、愛(love)、キリストの愛(Christian love)、即ち、憐憫の情(compassion)です。・・・。」
 『ラッセル自叙伝』によれば、この発言によってトラブルに巻き込まれ、ラッセルを忌み嫌っていたキリスト教関係者及びラッセル支持者の双方に、大きな誤解を与えてしまったとのことである。
 beginner/AB31-220.HTM

 'love' という英単語は、文脈によって、'愛情'、'恋愛'、'愛人'など、訳語を適切に選ばなければならないが、上記の例のように、欧米人でも受け取り方が異なるので、注意が必要である。邦訳書では、'恋愛'とすべきところを、単純に'愛'あるいは'愛情'と訳してしまっていることが多いようである。(性的な意味合いがない、'親子間の愛情'のような場合は、affection という言葉がある。)

 ラッセルがなぜ、誤解を与えそうな 'Christian' といった形容詞を付け加えたかは、日本人にはピンとこないかもしれないが、明晰な表現を好むラッセルにとっては、その意味合いは明らか(誤解を与えるはずはない)と思われた。
 ラッセルがこのような形容詞を付加した理由は、1929年に出版されたラッセルの Marriage and Morals の第9章「人生における恋愛の位置(The Place of Love in Human Life)」の冒頭部分の記述からも伺える。
Love, when the word is properly used, does not denote any and every relation between the sexes, but only one involving considerable emotion, and a relation which is psychological as well as physical.('愛(情)'は、適切に使用した場合、男女間のいかなるまた全ての関係を指すのではなく、かなりの情緒を伴い、肉体的であるとともに心理的でもある関係のみを指す。)
 ちなみに、三浦俊彦氏の修士論文「バートランド・ラッセルと世界」は、ラッセルの上記の発言の引用で始まっている。私は、この論文が出版されることを長い間待ち望んでいるが、残念ながら、出版のメドはまだたっていないとのことである。