抽象的な刺激に対する感受性 An education producing sensitiveness to abstract stimuli

【 バートランド・ラッセル(Bertrand Russell)の言葉 r366-c129-2】

仮に,あなたは,上海で綿糸・綿布を製造している会社の一株主だとしてみよう。あなたは多忙で,投資を行うにあたっては専門家の助言に従っただけであり,上海にも綿糸・綿布にも関心はなく,ただ配当金に関心があるだけかもしれない。しかし,あなたは罪のない人々を大虐殺するに至る力の一部となり(権力に加担することになり),しかも,もし幼い子供たちが異常かつ危険な仕事を強いられなければ,あなたの配当金は消えてしまうだろう。(しかし)あなたは気にしない。なぜなら,あなたはその子供たちに会ったことも,抽象的な刺激で心が動かされることもないからである。これが,大規模な産業主義が非常に残酷であり,被支配民族に対する抑圧が黙認されている根本的な理由である。抽象的な刺激に対する感受性を養う教育が行なわれるならば,そういった状況は存在しなくなるだろう。
Suppose you are a shareholder in a company which manufactures cotton in Shanghai. You may be a busy man, who has merely followed financial advice in making the investment; neither Shanghai nor cotton interest you, but only your dividends. Yet you become part of the force leading to massacres of innocent people, and your dividends would disappear if little children were not forced into unnatural and dangerous toil. You do not mind, because you have never seen the children, and an abstract stimulus cannot move you. That is the fundamental reason why large-scale industrialism is so cruel, and why oppression of subject races is tolerated. An education producing sensitiveness to abstract stimuli would make such things impossible.
出典: On Education, especially in early childhood, 1926, chap. 2: The Aims of Education
詳細情報: http://russell-j.com/beginner/OE02-170.HTM#r366-c129-2
DOKUSH37-2

科学的知識と共感力

【 バートランド・ラッセル(Bertrand Russell)の言葉 r366-c129】

 科学は,遠隔地の人びとの生活に対する私たち(現代人・人間)の影響力を非常に増大させたが,その人たちに対する私たちの共感(力)を増大させなかった。
Science has greatly increased our power of affecting the lives of distant people, without increasing our sympathy for them.
 出典: On Education, especially in early childhood, 1926, chap. 2: The Aims of Education
 詳細情報: http://russell-j.com/beginner/OE02-170.HTM#r366-c129

[寸言]
 近代科学-特に自然科学は,時間的及び空間的に人間の知的世界を急速に拡大させた。知的世界の拡大は多くの事物に対する理解力・可能性を拡大するが,人間の他者に対する同情心や共感力を必ずしも拡大してこなかった。たとえば,核物理(の応用研究)を例にとれば,原子力の平和利用,核兵器の開発など,自然に対する人間の力を増大させたが,(日本の)被爆者の苦しみに対する共感を増大させてこなかった。
 ラッセルがここで言っているのは,知的理解による共感力(想像力)の拡大である。従って,被爆者を直接知らなければ共感など持てないというのは的ハズレであろう。