国により,皮肉は悪ふざけととられる場合があるので要注意 Irony


【 バートランド・ラッセル(Bertrand Russell)の言葉 r366-c209】

パリ滞在中,この計画(ラッセル=アインシュタイン声明の発表及び科学者国際会議の開催)についてフレデリック・ジョリオ=キュリー(Frederic Joliot-Curie, 1900年-1958年8月14日:フランスの原子物理学者で,1935年に妻イレーヌ・ジョリオ=キュリーとともにノーベル’化学賞’受賞。イレーヌとは1926年に結婚したが,その際,姓を2人の旧姓を組み合わせ「ジョリオ=キュリー」とした。晩年はパグウォッシュ会議の設立にも尽力)と長時間に渡って語り合った。彼は,心からこの計画を歓迎してくれるとともに,ただ一句を除いて,この声明(文)に賛成してくれた。(その一句というのは,)私が次のように書いたところであった。「もしも多数の原爆が使用されるならば,全人類の死(全体的破滅)に到る恐れがある。それは,少数の者だけにとっては幸運にも一瞬の出来事(即死)であるが,大多数の者にとっては徐々に進行する病気と人間崩解の責め苦である」。キュリーは,私がその少数者を’幸運にも’と表現したところを好まなかった。「死ぬことは幸運なことではない」と彼は言った。恐らく,彼の言うことは正しかったであろう。皮肉というものは,国を越えると,’悪ふざけ’ととられる場合がある(から注意が必要である)。ともかく私は,その句を削除することに同意した。英国に帰国してしばらくの間,彼から何のたよりも来なかった。後に知ったことであるが,その時彼は病気をしていたとのことであった(注:フレデリック・ジョリオ=キュリーは,3年後の1958年8月14日に死亡。妻のイレーヌは長年の放射能研究により1956年白血病で死亡しているが,夫のフレデリックも同様と思われる。)

While I was in Paris I had a long discussion about my plan with Frederic Joliot-Curie. He warmly welcomed the plan and approved of the statement except for one phrase: I had written, ‘It is feared that if many bombs are used there will be universal death – sudden only for a fortunate minority, but for the majority a slow torture of disease and disintegration’. He did not like my calling the minority ‘fortunate’. ‘To die is not fortunate’, he said. Perhaps he was right. Irony, taken internationally, is tricky. In any case, I agreed to delete it. For some time after I returned to England, I heard nothing fromahim. He was ill, I learned later.
出典: The Autobiography of Bertrand Russell, v.2 chap. 2: At home and abroad, 1968]
詳細情報: http://russell-j.com/beginner/AB32-200.HTM#r366-c209
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