(p.426)(三)(私・和辻の)「ただ壊せばよい、今よりもよくなるとは、社会主義者の放言するところであるが」という一句も(河上)先生の手痛い攻撃を受けました。「私どもはいまだかつてかかる放言をしているような社会主義者に出逢ったことはありません」と(河上)先生は言われる。しかし、個人的の事情を申し上げると、私はかかる意味の放言を堺枯川氏(枯川は号。本名堺利彦)の論文で見たことがあるのであります。雑誌の名と年月とを今ここであげ得ぬのははなはだ残念でありますが、私の記憶に誤りがないならば、それはレーニンの革命後一二年(注:1,2年)の間であったと思います。ラッセルが来たとき(注:1921年7月)枯川(堺利彦)氏が歓迎会の席上で「私たちはロシアの革命(注:1917年)を是認する」と明言したのを聞いたことがありましたが、その時に右の言葉を思い出したことを幽かに記憶していますから、ラッセルが来たときよりは確かに前であったでしよう。そのころロシアの革命は私にとって強い関心の対象であり、従ってそのころに読んだものが比較的強く頭にコビリついているために、ついああいう言葉が出たのです。しかしそういう個人的な事情はともかくとして、リープクネヒト、スパルゴー、レーニンなどの言葉のうちに右のような意味の言葉が全然ないと先生は断言されますか。また私は「社会主義をもってかくのごときもの」と考えるほどの「痴呆」ではないが、--またあの感想文では毫厘(ごうり→少し)も「社会主義」をもってそういうものであると言ってはおりませんが、しかし社会主義的革命を鼓吹する人が、その革命の犠牲や革命後の混乱を口実として反駁を受けた場合に、「たといどれほど犠牲が払われても今の資本主義社会が日常積みかさねつつある害悪に比べれば言うに足らぬ」と答えるのは、ほとんど常套語であったではありませんか。Das ABC de Kommunismus もかく言い、先生自身も同じことを繰り返していられるではありませんか。資本主義の社会制度はとにかく倒さねばならぬ、倒した後の一時的混乱などは心配するに及ばぬ、たとい混乱に陥ってもそれは現在の状態よりはよい、ということを、「ただこわせばよい、今よりもよくなる」と言い現わしたところで、大した不都合もなかろうと思いますがいかがでしようか。
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『人物日本の歴史19 維新の群像』(小学館、1974年12月刊)(2012.4.2)
* 勝部真長(かつべ・みたけ、1916-2005):倫理学者(故人)。お茶の水女子大学名誉教授、定年退官後は上越教育大学教授。中央教育審議会委員、日本道徳教育学会会長を務める。ラッセルの Human Society in Ethics and Politics, 1948 の訳者(邦訳書名:『ヒューマン・ソサエティ』(玉川大学出版部、1981))
わたくしは、ラッセルのあげた幸福の四条件にだいたい賛成であるけれど、ただひとつだけ「趣味」というのが欠けているのが不満である。ことに今日の時代は余暇時代といわれ、週休二日制とかレジャーとかいうことが大きく浮かび上がってきているが、人閉暇があればあるほど、その余暇を有効に生かして使うために、「趣味」「道楽」、さらには「芸術・宗教・哲学」といった面が重視されなければならないと考えるからである。
さて、わが国の哲学の元祖は、西周(にし・あまね)である。西周は文政十二年(一八二九)の生まれで、明治三十年(一八九七)に六十九歳で没した人であるから、勝海舟より六年おくれて生まれ、一年早く死んだわけで、ほぼ幕末・明治の同時代に生きた人であるし、やはり蘭学に志した点では共通の知的感覚をもっていたと思われる。幕臣として蕃書調所教授をつとめ、榎本武揚・赤松大三郎らとともにオランダに留学し、そこで西洋哲学を勉強して、わが国に「哲学」を移植した功労者である。この西周の四十七歳のころの論文に「人生三宝説」というのがあって、彼自身の幸福論を展開している。
西によれば、「健康・知識・富有」の三つが人生の三宝(三つの価値)だというのである。「社交の目的は公益にして、公益は私利の総数、しかして私利は個々人々の身体健剛・知識開達・財貨充実の三つに出でず」と彼は主張する。ここには彼がオランダで学んだJ. S. ミルらの功利主義の影響もあると思われるが、それよりも彼自身の幕末・明治の流動的な時代をくぐり抜けてきた生活体験が、彼の思想を支えているにちがいない。知識はいわば学者・知識官僚としての彼の仕事である。富有はラッセルのいう財産であり収入である。ここには対人関係が欠けているようにみえるが、それも彼の論文にはちゃんと取り上げられていて、個人の平等と自由、朋友関係(親子・君臣の関係より)に重点がおかれ、個と社会との関係として対人関係は説明されている。この西の三宝説にもわたくしは賛成するが、やはり趣味が落ちているのが残念である
(p.21)バートランド・ラッセルは「なぜ、われわれは本を読むか。大多数の人間は本を読まない、とわれわれは答える。人類の大多数は本を全然読まないし、残りの少数の中の大部分は絵入り新聞しか読まない。」といった。この「絵入り新聞」というところは、漫画、夕刊新聞といい換えてもよい。ラッセルは「しかし本を読む人のほとんどは、知識や自分の見解の'裏付け'を求めて読書するのではなく、現実から空想の世界への逃避のために読書する。」と続けていい、この手の逃避の形の中に詩をも入れた。「探偵小説や詩や文学は、すべて姿は変わってもいわゆる『現実』からの逃避にほかならない。」ラッセルは現実逃避は悪いばかりではないといって、その例として現実逃避のために幻想の中に逃げ込んで音楽を書いたモーツァルトの例をあげている。(注:岡井隆氏は出典をあげていないが、1932年3月2日に執筆されたエッセイ「Flight from Reality(現実からの逃避)」からの引用である。) ラッセルのこういう考えには、すぐに反論したいところがあるが、現実逃避の善悪は別として、わたしたちが日常たえず現実から逃避していることも確かである。人類のうちのごく少数の人は、その時詩歌の中へ逃げ込むのである。テレビや携帯電話の中へ逃げ込むかわりに、詩歌の世界へ逃避する。こういう逃避は、生産的か消費的かといえば消費的である。だが、消費から生産に転ずることもあるはずだ。・・・。