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R落穂拾い- 中級篇 (2020年)

R = バートランド・ラッセル

2011-2012年 2013年 2014年 2015年 2016年 2019年

索引-出版年順 著者名順 書名の五十音順

 R落穂拾い(中級篇)は,ラッセルに言及しているもので「初心者向けでないもの」や「初心者向けではないかもしれないもの」を採録。初心者向けはR落穂拾いをご覧ください。


・ダロン・アセモグル+ジェイムズ・A・ロビンソン(著),櫻井祐子(訳)『自由の命運』上下2巻(早川書房,2020年1月刊)(2020.2.24)
* ダロン・アセモグル
(1967年9月3日~ ):マサチューセッツ工科大学のエリザベス&ジェイムズ・キリアン記念経済学教授。ノーベル経済学賞にもっとも近いといわれるジョン・ベイツ・クラーク賞を2005年に受賞。2019年現在、過去10年の間に世界で最も論文が引用された経済学者と言われている。
* <!a href="" target="_blank">ジェイムズ・A・ロビンソン(1960~ ):ハーバード大学教授などを経てシカゴ大学公共政策大学院教授。


(p.337)ヨーロッパの列強によるアフリカ分割が定められた1884年のベルリン会議で、真の勝者となったのはベルギーのレオポルド二世だった。独立国「コンゴ自由国」の名の下に、広大なコンゴ盆地を人道主義的・博愛主義的事業として支配することを、会議の出席者と合衆国大統領チェスター・アーサーなどその他諸国の首脳に認めさせたのだ。現実には、この国家には自由のかけらもなく、もちろん人道主義の大義などとは何の関係もなかった。・・・。レオポルドの治世中に、コンゴの総人口2,000万人のうち1,000万人が失われたとも言われる。
 ・・・1899年にジョセフ・コンラッドがコンゴ川汽船の船長としての経験をもとに執筆した『闇の奥』が刊行されると、コンゴ植民地での残虐行為に国際的な関心が集まりは始めた。エドマンド・モレルとロジャー・ケースメントの二人は、コンゴ自由国の人々の窮状を救うことを大義に掲げ、レオポルドのコンド支配を終わらせるという明確な目的をもって、コンゴ改革協会を設立した。
 ・・・中略・・・
 
(p.339) ケースメント報告は1904年に発表され、コンゴでの恐るべき人侵害の実態を、目撃証言を通して生々しく伝えた。とくにケースメントは、レオボルド二世の部下たちが、ゴム生産のノルマを果たせなかった先住民の手足を切り落とした様子をくわしく記録している。・・・中略・・・。

(p.340) この報告書が国際世論を大きく動かし、コンゴ改革協会の大義に英米の著名人から支援が寄せられ始めた。サー・アーサー・コナン・ドイル、マーク・トゥエイン、ブツカー・T・ワシントン、バートランド・ラッセル、ジョゼフ・コンラツド最終的にこの協会レオボルドの植民地支配の終焉をもたらしたのである