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『ラッセル自伝』(松下彰良・訳)AB22-170

The Autobiography of Bertrand Russell, v.2

 前ページ 次ページ v.2,chap.2 (Russia) 目次 Contents (総目次)

第2巻第2章 ロシア(承前)

 
 1920年5月12日,ペトログラードにて


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 私は,ついにここ(ペトログラード/注::現在のサンクト・ペテルベルク)にいます。この世に歴史(的な事件をいっぱいもたらした,また最もひどい憎悪や最も強烈な希望を世界に抱かせた都市に来ています(注:ロシア革命反対者は革命を憎悪し,賛成者は強い希望を抱いたということ/日高一輝氏は,「そして最も恐ろしい憎悪をかきたたせ,どうにも希望の持てない雰囲気をかもしだしている都市」と誤訳されている。)。この都市(ペテログラード)は,一般には知られていないことも,(私に)明らかにしてくれるでしょうか。この都市の内奥の精神(魂)を理解することができるようになるでしょうか。それとも,ただ単に統計や公式の事実を得ることができるだけでしょうか。私は目にするものを理解できるでしょうか。あるいは,それらは,外面的な,人を当惑させる'見世物'にとどまるでしょうか。私たちは,真夜中に,人っ子一人いない駅に到着しました。それから私たちが乗った車は,眠りについている街の通りを,やかましいエンジン音をたて,激しくゆれながら走り抜けました。駅に到着した時,車の窓から,ネヴァ河の対岸にあるペトロパヴロフスク要塞(注:ピョートル大帝とパーベル一世の砦 the fortress of Perer and Paul/ロシア皇帝ピョートル大帝,1672〜1725,パーベル一世,1796〜1801)の方角を見ました。ネヴァ河は,早朝の,北方の夜明けで光り輝いていました。その光景は,言葉で言い表せないほど美しく,魔法のようで,永遠で,古の英知を暗示しているようでした。「素晴らしい!」と,私は側に立っていたボルシェヴィキ(ロシア共産党員)に声をかけました。彼は答えました! 「そうですとも。ペトロパヴロフスク要塞は,現在は刑務所ではなく,陸軍の本部が置かれています。」
 (それを聞いて)私は,自分の体をゆすぶりました。「しっかりするんだ,わが友よ!」。私はこう考えました。「君は,日の出や日没や,それからべーデカー旅行案内書(Baedeker:ドイツの出版業者カ-ル・べーデカーが創刊)に見所として星印がつけられている建築物を見て感傷にひたる旅行者としてここにいるのではない。君は,経済的,政治的事実(真相)を研究するために,一社会研究者としてここに来ているのだ。夢から醒めなさい。(この際)永遠の事物は忘れなさい。同行者たちは君にこう言うだろう。君が美しいだの,永遠だのといっていることはことごとく,暇のありすぎるブルジョア(有産階級)の気まぐれにすぎない。君は,それ以上の何かだとほんとうに思えるのかい?」 そうして私は会話に戻り,ソビエト政府公認の百貨店?(注:Soviet Stores 大文字になっていることに注意)で傘を買うための手立てを知ろうと努めた。ところがそれは,究極の神秘をはかり知るのと同じくらい難しいことだということがわかりました。(注:庶民一般用の物資は欠乏しており,ソビエト政府の同行者は,その事実を代表団やラッセルに知らせたくなかったからか?)
 私がロシアの土を踏んでこれまでに過ごした12時間は,私に皮肉な印象を与える材料を与えただけです。私は,人類の素晴らしい希望という雰囲気によって,(革命直後の劣悪な状況下の)肉体的な辛苦,不快,不潔さ,そしてひもじさといった辛苦に耐えられるように,心の準備をして来ていました。共産主義者の同志は,私たちにそのようなひどい扱いはできないと,疑いもなく,正しく,判断していました(注:「社会主義者の同志」と訳した方が誤解を生まないかもしれない。ラッセルが The Practice and Theory of Bolshevism の「1948年版のまえがき」で注意喚起をしているように,当時 communist という言葉は「社会主義者」に近い意味で使われており,共産主義者は「ボルシェヴィキ」という言葉が使われていた。)。昨日の午後に国境を通過して以後,二度の祝宴が開かれ,一度のおいしい朝食をとり,数本の一級品の煙草を吸い,あらゆる旧王朝時代の贅沢品が保存されている宮殿内の豪華な寝室で一晩寝ました。途中の各駅では,多数の兵隊たちがプラットホームを埋めつくし,庶民・大衆の姿は見られないよう注意が払われていました。強大な軍事帝国政府を取り巻く華美な行列のなかで生きているかのように,私には思われます。それゆえ,私は,自分の気分を再調整しなければなりません。冷笑的態度が必要です。しかし私は(この地の雰囲気に)強く心を動かさせられ,冷笑的態度が困難だと感じています。私は,たえず次のような同じ問題に立ち戻ってきます。この情熱的な国の秘密はいったい何なのか,ボルシェヴィキ(ロシア共産主義者)たちはその秘密を知っているのか,それとも,彼らは,ロシアが秘密をもっていることを疑ってさえいるのか。そうじゃないかと,私は,疑っていますが・・・。
(Source: R. Clark's Bertrand Russell and His World, 1981.)


Petrograd, May 12, 1920

I am here at last, in this city which has filled the world with history, which has inspired the most deadly hatreds and the most poignant hopes. Will it yield me up its secret? Shall I learn to know its inmost soul? Or shall I acquire only statistics and official facts? Shall I understand what I see, or will it remain an external bewildering show? In the dead of night we reached the empty station, and our noisy motors panted through the sleeping streets. From my window, when I arrived, I looked out across the Neva to the fortress of Peter and Paul. The river gleamed in the early northern dawn; the scene was beautiful beyond all words, magical, eternal, suggestive of ancient wisdom. 'It is wonderful', I said to the Bolshevik who stood beside me. 'Yes,' he replied, 'Peter and Paul is now not a prison, but the Army Headquarters.'
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enlarge(拡大する!) (Source:Google Map, c.2007)
I shook myself. 'Come, my friend,' I thought, 'you are not here as a tourist, to sentimentalise over sunrises and sunsets and buildings starred by Baedeker ; you are here as a social investigator, to study economic and political facts. Come out of your dream, forget the eternal things. The men you have come among would tell you they are only the fancies of a bourgeois with too much leisure, and can you be sure they are anything more?' So I came back into the conversation, and tried to learn the mechanism for buying an umbrella at the Soviet Stores, which proved as difficult as fathoming the ultimate mysteries.
The twelve hours that I have so far spent on Russian soil have chiefly afforded material for the imp of irony. I came prepared for physical hardship, discomfort, dirt, and hunger, to be made bearable by an atomosphere of splendid hope for mankind. Our communist comrades, no doubt rightly, have not judged us worthy of such treatment. Since crossing the frontier yesterday afternoon, I have made two feasts and a good breakfast, several first-lass cigars, and a night in a sumptuous bedroom of a palace where all the luxury of the ancien rigime has been preserved. At the stations on the way, regiments of soldiers filled the plarform, and the plebs was kept carefully out of sight. It seems I am to live amid the pomp surrounding the government of a great military Empire. So I must readjust my mood. Cynicism is called for, but I am strongly moved, and find cynicism difficult. I come back eternally to the same question: What is the secret of this passionate country? Do the Bolsheviks know its secret? Do they even suspect that it has a secret? I wonder.
(掲載日:2007.01.2.24 更新日:2011.8.25)