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『ラッセル自伝』13-21(松下彰良・訳)

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* 右ページ下イラスト出典:B. Russell's The Good Citizen's Alphabet, 1953.

 ある日,(トリニティ・コレッジの)学寮長邸(公邸)での朝食会に出かけたときのことを覚えている。その日は,たまたま学寮長の義妹の誕生日であった。彼は彼女に誕生日のお祝いを言ってから,こう続けた。「ところで,あなたはちょうどペロポネソス戦争(B.C.431~B.C.404)と同じ位の年を過ごされてきました。」 彼女は,ペロポネソス戦争がどれくらい続いたのかわからなかったが,自分が望む以上長かったのではないかと懸念した(注:'but feared it was ...' できるだけ若く見られたい女心からして?,ペロポネソス戦争の期間は,自分の実年齢よりも短くあってほしい,若く見られたいとの気持ちの表れか?)。学寮長の奥さんはクリスチャン・サイエンス(信仰療法を特色とするキリスト教の一派)にこっており,クリスチャン・サイエンスは,彼の寿命を約20年間伸ばす効果があった(と,彼女は信じていた)。彼がたまたま長生きできたのは,彼の体調不良に対して彼の妻が同情心に欠けていたためである。彼が体調不良になると,彼の妻はいつも,学寮長は寝ていて起きたくないと言っていますと,評議員会に伝えた。(松下注:このあたりの文章のニュアンスはわかりにくいが,想像するに,彼の妻は学寮長の体調に対する同情心にかけており,彼が体調不良で寝ていても,会議の出席はどうしますかと聞くことなく,「主人は起きたくないと言っています」と評議会に伝えるだけであった。即ち,体調が悪くても無理に評議会に出席するということをしなかったため,結果として,学寮長は長生きできた,ということを言っているのだろうか? 因みに,クリスチャン・サイエンスは,病気になるのも信仰心が足りないためという考え方をするらしく,現代人の常識からみれば,「病人に対する同情心に欠けている」,ということになる。)しかし,副学寮長のオルダス・ライト(Aldous Wright)も,上席研究員ジョウイ・プライア(Joey Prior)も,クリスチャン・サイエンスの助けなしで,学寮長とほとんど同じくらい長生きしたということは,言っておかなければならない。(松下注:もちろんこれは皮肉) 私が学部生の時,フレデリック皇后を出迎えるため,この3人が,無帽で Great Gate (トリニティ・カレッジの正門)のところで立っているのを,私が見守っていたのを,記憶している。3人ともその頃すでにかなり年をとっていたが,それから15年後になっても,より年老いたようには見えなかった。
 (副学寮長の)オルダス・ライトは非常に威厳のある風貌をしており,いつも'さく杖' (さくじょう:昔は前装銃に弾薬を詰めるのに使い,現在では銃口を掃除するのに使う)のように背をまっすぐにのばして立ち,シルク・ハットをかぶらずには決して外に出なかった。かつて,火事のために午前3時に目をさまさせられた時ですら,頭にはきちんとシルク・ハットをかぶっていた。学寮長はラテン語の'大陸式 (ヨーロッバ大陸式)発音'を採用したが,副学寮長の彼は'英国式発音'に固執した。彼らが食前(あるいは食後)の祈りを交互に読み上げるとき,それは非常に奇妙な感じがしたが,学寮長が宗教的熱情をもって唱えているのに,副学寮長が早口にべらべらしゃべっているときは,特におかしかった。
I remember once going to breakfast at the Lodge, and it happened that the day was his sister-in-law's birthday. After wishing her many happy returns, he continued: 'Now, my dear, you have lasted just as long as the Peloponnesian War.' She did not know how long this might be, but feared it was longer than she could wish. His wife took to Christian Science, which had the effect of prolonging his life for some twenty years beyond what might otherwise have been expected. This happened through her lack of sympathy with his ailments. When he was ill, she would send word to the Council Meeting that the Master was in bed and refused to get up. It must be said, however, that the Vice-Master, Aldous Wright, and the Senior Fellow, Joey Prior, lasted almost equally long without the help of Christian Science. I remember when I was an undergraduate watching the three of them standing bare-headed at the Great Gate to receive the Empress Frederick. They were already very old men, but fifteen years later they seemed no older.
Aldous Wright was a very dignified figure, standing always as straight as a ramrod, and never appearing out-of-doors without a top hat. Even once when he was roused from sleep at three in the morning by a fire the top hat was duly on his head. He stuck to the English pronunciation of Latin, while the Master adopted the Continental pronunciation. When they read grace in alternate verses, the effect was curious, especially as the Vice-Master gabbled it while the Master mouthed it with unction.