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バートランド・ラッセルのポータルサイト

[ラッセル徒然草(Sept. 2008)

★「ラッセル徒然草」では、ラッセルに関するちょっとした情報提供や本ホームページ上のコンテンツの紹介、ラッセルに関するメモや備忘録(これは他人に読んでもらうことを余り意識しないもの)など、短い文章を、気の向くまま、日記風に綴っていきます。 
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[n.0047への追記:2011.12.23(金):Paul McCartney on Bertrand Russell (YouTube動画)]
 短時間ですが、ポール・マッカートニーがラッセルを訪問した時のことを語っているビデオが YouTube にアップロードされていましたので、転載しておきます。



[n.0047:2008.09.21(日):ポール・マッカートニー、ラッセル訪問]

 先日、ビートルズのポール・マッカートニーがラッセルを訪問した時のエピソートが,下記のブログに載っていることを紹介しました(リンクを紹介しておいただけですが・・・)
 http://blogs.yahoo.co.jp/papirow100/47608831.html

 また、本日ラッセルのポータルサイト用のメルマガn.92を発行し、その編集後記でも触れましたが、ポールがウェールズのラッセルに会いにいったと書いてしまいました。ラッセルは普段はウェールズに住んでいましたが時々ロンドンに出て来ており、ポールが訪問してきた時にはロンドンにいたそうですので、訂正させていただきます。なお、この訪問時のことは、Paul McCartney, Many Years From Now, by Barry Miles (Secker & Warburg, 1977 / 邦訳書:『ポール・マッカートニー、メニー・イヤーズ・フロム・ナウ』(ロッキング・オン社,1998年) 859 pp.) に記述されています。
 以下、は邦訳書の p.175 からの引用です。(右下の画像は、原著のように見えますが、邦訳書の表紙画像です。)
 http://beatles.at.infoseek.co.jp/


の画像
 ポール(Sir James Paul McCartney, MBE, 1942年6月18日〜 /当時23歳)はその地位を活用して、ずっと会いたかった人々に電話をした。哲学者、バートランド・ラッセルもその一人だった。
ポール「彼の電話番号を手に入れて、電話してみたんだよ。テレビで見たことがあったから、話し上手の人だろうと思ってた。彼の書いたものもいろいろ読んで、荘厳で明確な思想に感銘を受けて、彼に会いに行ったんだ。バートランド・ラッセルはチェルシーのテラスに住んでいたよ。確かフラッド・ストリート(松下注:Hasker street)だったと思う。こういう人たちには必ずアシスタントがいるもんだけど、まさに想像通りの、典型的なアメリカ人のアシスタント(注:後ろのほうに出てくる、ラルフ・シェーンマン/ラッセルは後にシェーンマンと訣別)が出て来たよ。」

 九十二歳(注:1965年の時)のバートランド・ラッセルは、まだ活発に平和活動に取り組んでいた。その四年前(注:1961年)にはハイド・パークでの市民による平和ラリーの援助をしたかどで二か月間拘留されたこと(注:実際は1週間の刑務所病院への軟禁)もあった。当時の彼(ラッセル)は、バートランド・ラッセル平和基金(平和財団)とヴェトナム反戦運動に精力を注ぎ込んでいた。若いアシスタント、ラルフ・シェーマンはラッセル卿が出て来るまでの間、ポールを温かくもてなした。
ポール「しばらく待たされた後、(ラッセルの)部屋に人って、少しの間、彼の素晴らしい話を聞かせてもらった。すごく重大なことは言わなかったけど、ヴェトナム戦争は非常に良くないことで、アメリカが自国の既得権のためだけに戦っている帝国主義的な戦争だということを教えてもらった。この戦争には反対すべきだと。それだけ聞けば十分だった。偉大なる哲学者の口から、直接、聞いたんだから。『僕に話してくれよ、バート』ってなもんでね(注:上記のブログでは、「(Slip it to me, Bert.)忌憚なくなんでも言ってよ、バート」と訳している。))。ジョン(John Winston Lennon, MBE, 1940年10月9日〜1980年12月8日)に報告したよ。『あのバートランド・ラッセルに会って来たよ』ってね。ヴェトナム戦争について聞いたことを偉そうに喋ったら、ジョンもすごく関心を持って、それで彼が出演したのが『僕の戦争』だったわけ。・・・。

[上記のブログからの引用]
 それで、ジョンは映画「わたしはいかにして戦争に勝ったか(How I Won the War)」を撮り、ヨーコとベッド・インして世界平和を訴え、「イマジン」を歌った、と、こういう歴史の流れになるわけです。(ジョンの場合は、ビートルズがコンサート活動をしなくなったので、時間がありあまるようになり、何をしたらいいか困り果てていて、ちょうどそんなときに出くわした平和運動に飛びついたというタイミングの問題もあったようですが)


 (参考)ロック(=ロッキング・ロール)とラッセル


[n.0046:2008.09.03(水):アクセスカウンター、ようやく20万突破

 8月の夏休み期間中はかなりアクセス数が減っていましたが、本日ようやく、so-net 上のラッセルのポータルサイト(本館)のアクセス・カウンターが20万を突破しました。掲載されているコンテンツの関係で、アクセス数から言えば、so-net上の本館サイトよりも cool online (infoseek) 上の分館サイトの方が3,4割ほどアクセス数が多くなっています。本館と分館の両方を訪れている人、どちらかのサイトだけ訪れている人の区別がつかみにくいこともあり、本館、分館も合わせた、1日の平均アクセス数は不詳です。
 20万アクセス突破というのは一つの一里塚になるだろうと期待しています。
 ところで、Google が9月1日付けで 無料のブラウザ Google Chrome のβ版を発表しました。本日早速ダウンロードし、インストールして使っています。表示スピードが非常に速く、使用感は快適です。マイクロソフトにとって脅威になるかも知れません。ウソかホントかわかりませんが、Googleが無料のOSをこっそり開発しているというウワサも聞こえてきました。デマでしょうか? いづれにせよ、マイクロソフトにとって Google は最大の競争相手・敵であることが鮮明になってきました。