第8章 宇宙の目的 n.8 - 生命の機械論的概念生物学の化学や物理学に対する関係についてのホールデン教授(1860-1936)の見解は,今日では大部分の専門家たちによって支持されてはいない(支持されているものではない)。最近のものではないが,ホールデン教授の見解と反対の見解を述べたものは,ジャック・ロエブによる「生命の機械論的概念」(1912年刊)の中に見出されるだろう。その最も興味ある諸章のなかのいくつかの章で,生殖作用(reproduction)-ホールデン教授は生殖作用は機械的作用では明らかに説明されえないと考えている- に関する実験の結果について述べられている。その機械論的視点は,エンサイクロペディア・ブリタニカの最新版において記載されている視点としてほぼ全面的に受け入れられている。そこで,E. S. グッドリッチ氏は「進化」という見出しのもと、次のように述べている。「従って,科学的観察者の視点から見ると,生体(living organism 生物)は,自己調節的,自己修復的,及び,物理=化学的な複合機構である。このような視点から見るとき,我々が「生命」と呼ぶものは,その物理化学的なプロセスの総体であり,断絶のない連続的な相互依存の連鎖を形作り,何らの神秘的な外力の干渉を受けないものである」。この論述(article)の中に,物理学や化学に還元できない過程が生物(生き物)の中にあることを暗示する箇所(ヒント)を見出そうとしても,恐らく,無駄であろう。著者は,生物と無生物との間には 「厳格な境界線(hard and fast line 例外を許さない;全体動かせない)を生物(the living)と無生物(the non-living)との間に引くことはできない。特別な生きている化学的物質は存在しない。無生物とは異なる特別な生きている要素はない(訳注:「vital element」には「不可欠な要素」という意味があるが,この後の「vital force」は「生命力」と考えると「生きている要素」のことか?)。また,特別な生命力(vital force)が働いているのを発見することはできない。その過程におけるいかなる段階もそれに先行するものによって決定され,また,その段階に続くものを決定する。(訳注:「無生物から突然生物が生まれることはない」といったところか?)」生命の起源についてはこう言っている。 「ずっと以前に,諸条件に恵まれた時(when conditions became favourable 諸条件が好都合になった時),色々な種類のものの比枚的複雑な化合物(high compounds)が形成されたと想定されなければならない(訳注:ちなみに高分子化合物は「high molecular compound」)。これらのものの多くは全く不安定であり,形成されると同時にほとんど崩壊し始める。それ以外のあるものは安定しており,存続し続けるだけかもしれない。しかし,さらに,それら以外のものは,崩壊するや否や,再形成へと向かう傾向があったり、同化に向ったりする傾向があったかも知れない。成長しゆく複合体あるいは混合物(の形成)のような軌道を出発するやいなや,必然的に自己保存の方向に向ったであろう。そうして,自分より複雑さの程度が少ない他のものと結合したかも知れないし,あるいは,それらを摂取した(feed on 餌にした)かも知れない」。(注:以上は、E. S. グッドリッチ氏の見解)このような(グッドリッチ氏の)見解はホールデン教授の見解より,今日(訳注:本書が出版された1935年)では生物学者たちにひろく行き渡っている見解だと考えてよいだろう。彼ら(今日の生物学者)は,生物と無生物との間にはっきりした境界がないという点で意見が一致するが,ホールデン教授は我々が無生物と呼ぶものも実際に生きていると考えるのに対し,生物学者たちの大部分は,生物も実際には(一種の)物理化学的機構であると考えている。 |
Chapter 8:Cosmic Purpose , n.8
"A living organism, then, from the point of view of the scientific observer, is a self-regulating, self-repairing, physico-chemical complex mechanism. What, from this point of view, we call ‘ life ’ is the sum of its physico-chemical processes, forming a continuous interdependent series without break, and without the interference of any mysterious extraneous force.”You will look in vain through this article for any hint that in living matter there are processes not reducible to physics and chemistry. The author points out that there is no sharp line between living and dead matter ; “No hard-and-fast line can be drawn between the living and the non-living. There is no special living chemical substance, no special vital element differing from dead matter, and no special vital force can be found at work. Every step in the process is determined by that which preceded it and determines that which follows.” As to the origin of life, “ it must be supposed that long ago, when conditions became favourable, relatively high compounds of various kinds were formed. Many of these would be quite unstable, breaking down almost as soon as formed ; others might be stable and merely persist. But still others might tend to reform, to assimilate, as fast as they broke down. Once started on this track such a growing compound or mixture would inevitably tend to perpetuate itself, and might combine with or feed on others less complex than itself.” This point of view, rather than that of Professor Haldane, may be taken as that which is prevalent among biologists at the present day. They agree that there is no sharp line between living and dead matter, but while Professor Haldane thinks that what we call dead matter is really living, the majority of biologists think that living matter is really a physico-chemical mechanism. |