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Power, 1938

ラッセル『権力−新しい社会分析』(松下彰良・訳)

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第17章 権力の倫理学, n.10

 説得と強制力とは別ものだというのは,必ずしも真実ではない。多くの形態の説得は −誰でもが説得だと認める多くの形態のものでさえ− 本当は(実際は),一種の強制力である。我々が自分の子供に対してやっていることを考えてみよう。我々は子どもに対して次のようには言わない。「地球は丸いと考えている人もいるし,地球は平らだと考えている人もいる。あなたが大人になれば,そうしたければ,証拠を吟味して,自分の結論を出すことができる。」 そう言うかわりに,我々は次のように言う(だろう)。「地球は丸い。」(と子供に有無をいわさず断定する。) 自分の子供たちが成長して証拠を吟味できるようになるまでに,我々の(教育的)宣伝は彼ら(子どもたち)の精神を封じ込めてしまっていて,「平面地球協会」の(強制ではない)説得しようとする議論(論証)の大部分は子どもたちに対してまったく何の印象も与えない。それと同様のことが,我々が本当に重要だと考えている道徳的な教え −たとえば,「鼻をほじくるな」とか,「豆をナイフを使って食べるな(don't eat peas with a knife)」とかいうようなこと−− にも当てはまる。「豆をナイフを使って食べるな」には,よくはわからないがおそらく(for aught I know,),称賛すべき理由があるのかもしれない。しかし,子供のころに受けた説得の催眠的な効果のために,私にはそれらの理由を認識することがまったくできなくなっている。(注:大人は説明/説得しているつもりかも知れないが、親の言うことの多くは,実際は,一種の強制(断定)である,ということ。子供が理解できる方法で説得できる能力を多くの大人はもっていない,ということ。)

Chapter 17: The Ethics of Power, n.10

It is not altogether true that persuasion is one thing and force is another. Many forms of persuasion -- even many of which everybody approves -- are really a kind of force. Consider what we do to our children. We do not say to them: "Some people think the earth is round, and others think it is flat; when you grow up, you can, if you like, examine the evidence and form your own conclusion." Instead of this we say: "The earth is round." By the time our children are old enough to examine the evidence, our propaganda has closed their minds, and the most persuasive arguments of the Flat Earth Society make no impression. The same applies to the moral precepts that we consider really important, such as "don't pick your nose" or "don't eat peas with a knife." There may, for aught I know, be admirable reasons for eating peas with a knife, but the hypnotic effect of early persuasion has made me completely incapable of appreciating them.
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(掲載日:2018.04.23 /更新日: )