9 ラッセル教育論 知性の教育_大学入学前の数年間:後期中等教育 OE16-08
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バートランド・ラッセル 教育論 第16章
恐怖心 対 真の勇気(松下彰良 訳)

Bertrand Russell On Education, 1926

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第三部_知性の教育_第16章_大学入学前の数年間:後期中等教育(高校に相当)(OE16-070)


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 こういう心の習慣(主観主義的な考え方や生き方)を治すためには,他の多くの場合と同様,恐怖(心)を捨て,(将来生ずる可能性のある)不幸に対する理性的な予知をすること(予知力に置き換えること)が必要である。恐怖(心)があると,人びとは,現実の(本当の)危険を直視することを嫌がるようになる。主観主義の病にかかった人は,真夜中に「火事だ!」という叫び声で目をさましたとしても(注: if = even if),火事は隣の家にちがいない,と結論付けるかもしれない。真実(事実)はあまりにも恐ろしいからである。こうして,彼は,(その時には)まだ逃げる余裕があったのに,その機会を失ってしまうかもしれない。このようなことは,もちろん,病的な場合にのみ起こるものである。しかし,政治(の世界)においては,それに類似した行動は常態化している。考えることによってのみ正しい方針が発見できるような場合には,一つの情緒として恐怖(心)(例:北朝鮮や中国が戦争をしかけてくる!」)を持つことは,あらゆる場合において,悲惨な事態をもたらす。それゆえ,私たちは,害悪が生じる可能性を恐怖(心)を持たずに予見したり,不可避ではない物事を避けるために知性を働かせたりできるようになりたい。真に不可避的な害悪は,真の勇気をもって対処しなければならない。だが,,私が今話しているのは,そういう害悪のことではない。
Pt. 3: Intellectual education
Chap.16 Last school years (OE16-080)

To cure this habit of mind, it is necessary, as in many other cases, to replace fear by rational prevision of misfortune. Fear makes people unwilling to face real dangers. A person afflicted with subjectivity, if awakened in the middle of the night by the cry of "fire", might decide that it must be his neighbour's house, since the truth would be too terrifying ; he might thus lose the moment when escape was still possible. This, of course, could only occur in a pathological case ; but in politics the analogous behaviour is normal. Fear, as an emotion, is disastrous in all cases where the right course can only be discovered by thinking ; we want, therefore, to be able to foresee possibilities of evil without feeling fear, and to use our intelligence for the purpose of avoiding what is not inevitable. Evils which are really inevitable have to be treated with sheer courage ; but it is not of them that I am speaking.

(掲載日:2015.07.20/更新日: )