9 バートランド・ラッセル 教育論 第11章 OE11-12
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バートランド・ラッセル 教育論 第11章
無知に依存する道徳や美徳(松下彰良 訳)

Bertrand Russell On Education, 1926

前ページ(Back)  次ページ(Forward) Chap. 11 Index Contents(目次)

第二部_性格の教育_第11章_愛情と同情(OE11-120)


ラッセルの言葉366
 子供に,いつどのようにして(←どのようにして,またいつ),この世の悪に気づかせたらよいかということは,難しい問題である。戦争や,虐殺や,貧困や,予防できるのに予防されていない病気について,何も知らずに成長することは不可能である。ある段階で,子供はそれらのことを知らなければならないとともに,(子供は)その知識を,避けられる苦しみを人に加えたりすること,あるいは見過ごすことさえ,恐ろしいことだという確信と結びつけなければならない。私たちがいまここで直面している問題は,女性に純潔を守らせたいと願っている人びとの直面する問題に類似している。これらの人たちは,以前は結婚するまでは(性的に)無知でいるほうがよいと信じていたが,いまでは,もっと積極的な方法を採用している。
 私の知っている平和主義者の中には,戦争に言及しないで歴史を子供に教えたいと望み,できるだけ長い間,この世の残酷さについて子供を無知にしておくほうがよいと考える者がいたし今でもいる。しかし,私は,知識の欠如(無知)に依存するような「逃避的かつ遁世的な美徳」を賛美することはできない。歴史教育が少しでも始めるやいなや,隠さずにありのままの歴史を教えるべきである。真実の歴史が私たちの与えたいと思っている道徳と矛盾するならば,我々の道徳はまちがっているにちがいないのであり,そのような道徳(倫理)は捨ててしまうほうがよいであろう。私は,この上なく有徳ないくらかの人たちも含めて,多くの人が,事実(というもの)は不都合なものであると気づいていることを十分認める。しかし,そのように思うのは,それら人たちの美徳のある種のひ弱さのせいである。真にたくましい倫理は,世の中で実際に起こっていることを全て知ったとしても,ただ強化されるだけのものである。私たちは,無知のままに教育した若者が,世の中にはこんな悪(徳)があるのだということを発見すると,たちまち大喜びで悪に走るというような危険を冒してはならない。若い人たちに残酷さへの嫌悪感を植えつけないかぎり,彼らは残酷さをやめないだろうし,残酷さが世の中にあるということを知らないかぎり,残酷さへの嫌悪感を持つことはできないのである.
(Pt.2 Education of Character)
Chap.11 Affection and Sympathy (OE11-120)

It is a difficult question how and when to make a child aware of the evil in the world. It is impossible to grow up ignorant of wars and massacres and poverty and preventable disease which is not prevented. At some stage the child must know of these things, and must combine the knowledge with a firm conviction that it is a dreadful thing to inflict, or even permit, any suffering which can be avoided. We are here confronted by a problem similar to that which faces people who wish to preserve female chastity ; these people formerly believed in ignorance till marriage, but now adopt more positive methods.
I have known some pacifists who wished history taught without reference to wars, and thought that children should be kept as long as possible ignorant of the cruelty in the world. But I cannot praise the "fugitive and cloistered virtue" that depends upon absence of knowledge. As soon as history is taught at all, it should be taught truthfully. If true history contradicts any moral we wish to teach, our moral must be wrong, and we had better abandon it. I quite admit that many people, including some of the most virtuous, find facts inconvenient, but that is due to a certain feebleness in their virtue. A truly robust morality can only be strengthened by the fullest knowledge of what really happens in the world. We must not run the risk that the young people whom we have educated in ignorance will turn to wickedness with delight as soon as they discover that there is such a thing. Unless we can give them an aversion from cruelty they will not abstain from it; and they cannot have an aversion from it if they do not know that it exists.

(掲載日:2015.05.19/更新日: )