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バートランド・ラッセル自伝 第1巻第2章 - ギリシア語の練習 1(松下彰良 訳)- The Autobiography of Bertrand Russell, v.1

次へ  第1巻 第2章(青年期)累積版 総目次

・「ギリシア語の練習帳」について

 

ギリシア語の練習帳 (右下画像)より

(1888年3月3日)(ラッセル15歳と10ケ月

 私は,現在興味をもっている若干の主題について(これから)書いてゆくつもりである。私は,(自分をとりまく)種々の環境の結果として,私が育てられてきた宗教の,その真の基礎(根拠)について調べるようになった。いくつかの点では,私の結論は,以前からの信条を追認するものであったが,しかしその他の点では,家族の者たちにショックを与えるばかりでなく,私自身に非常な苦痛をもたらした結論へと,いやおうなく,導かれていった。私が確信を持てるようになったものはごく少数であるが,私の意見としては,確信とまでは言えなくとも,若干の事柄に関しておおむねそのような結論に達したのである。私は,自分がほとんど(人間の)'不滅'を信じていないということを,家族(我が家の人々)に話す勇気を持ち合わせていない。私はそのような問題に関して自由にエーウェン氏によく話したものである(注:日高氏は,Ewen をラッセルの友人だと解釈したらしく,「ぼくはいつも,そのような問題に関しては,自由にエーウェン君に話すのが常だった。」と訳しておられる。しかし,'Mr' がついていることからもおかしいと予想できるが,R. Clark の The Life of B. Russell, 1975, p.32 によれば,Ewen はラッセルの家庭教師の一人であるとのことである。クラークによれば,'... in Russell's case aided at first by Mr. Ewen, a tutor who was an aquaintance of Marx's daughter, and the man from whom Russell first heard of Das Kapital and non-Euclidean geometry.')。しかし私は今,私の考えを誰にも話すことができず,このノートに書くことが,唯一の手段である。私の今いだいている問題のいくつかについてここで論じようと思う。
* イラスト出典:B. Russell's The Good Citizen's Alphabet, 1953.
(March 3, 1888)

I shall write about some subjects which now interest me. I have in consequence of a variety of circumstances come to look into the very foundations of the religion in which I have been brought up. On some points my conclusions have been to confirm my former creed, while on others I have been irresistibly led to such conclusions as would not only shock my people, but have given me much pain. I have arrived at certainty in few things, but my opinions, even where not convictions, are on some things nearly such. I have not the courage to tell my people that I scarcely believe in immortality. I used to speak freely to Mr Ewen on such matters, but now I cannot let out my thoughts to any one, and this is the only means I have of letting oir steam. I intend to discuss some of my problems here.
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