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バートランド・ラッセル『私の哲学の発展』
オッカムの剃刀(松下彰良・訳)

My Philosophical Development, by Bertrand Russell

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第5章 「一元論にそむいて多元論へ」 n,15


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 時が経過するにつれて、私の(想定する)宇宙はそれほど豊かでなくなって行った。ヘーゲルに反逆した当初は、もの(a thing)は存在できないというヘーゲルの証明が妥当でない場合には、ものは(当然)存在しなければならない、と私は信じた。(しかし)徐々に,オッカムの剃刀(注:「ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない」とする格言/仮定は少なければ少ないほどよい)が、もっと綺麗に剃られた実在の姿を私に与えてくれた。(ただし)オッカムの剃刀が不必要であることを示した存在者(entities)が実在しないことを証明できた,と私は言うつもりほない。私はただ,オッカムの剃刀がそれら存在者を支持する議論を消滅させたと言っているだけである。私は今でも整数や点や瞬間やオリンボスの神々が実在しないことを証明することは不可能であると考えている。ひょっとすると(For aught I know)それらは全て、実在するかも知れないが、そう考えるべきかすかな理由もないのである。

Chapter 5: Revolt into Pluralism, n.15

As time went on, my universe became less luxuriant. In my first rebellion against Hegel, I believed that a thing must exist if Hegel's proof that it cannot is invalid. Gradually, Occam's razor gave me a more clean-shaven picture of reality. I do not mean that it could prove the non-reality of entities which it showed to be unnecessary; I mean only that it abolished arguments in favour of their reality, I still think it impossible to disprove the existence of integers or points or instants or the Gods of Olympus. For aught I know these may all be real, but there is not the faintest reason to think so.
(掲載日:2019.07.25/更新日: )