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ラッセル『私の哲学の発展』(松下彰良・訳)

My Philosophical Development, by Bertrand Russell

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第5章 「一元論にそむいて多元論へ」 n,16


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 新しい哲学を展開しつつあった初期の時期において、私は、主として言語上の諸問題に非常に専念した。私は、複合体/複合物を統一するものについて(注:いくつかのもので成っているものを一つの統一体にするものについて)、特に(more especially とりわけ)ひとつの文を統一するものについて、関心を持っていた(注:単語の集まりである一つの文を一体のものとして統合化するものは何か?)。(たとえば)一つの文と一つの語(単語)との違いが(何であるか)私を困惑させた(悩ませた/難問であった)。私は文の統一が、文が動詞を含むという事実に依存している(よっている)と理解した(I saw)。しかし,私には、動詞は −−動名詞はもはや複合体の諸部分を結び合わせる能力をもたないけれども−− それに対応する動名詞(注:verbal noun 動詞的名詞が意味するものと全く同じことを意味するように思われた。(注:たとえば、一つの文「Brutus killed Caesar.」は一つの統一のある文であるが、Bruths; killed; Caesard の語がめちゃめちゃの順番で並んでいると意味がなくなったり、意味が変わったりする。Caeard killed Bruthus. にすると意味が逆になってしまう。"kill"は前後の単語を結びつける力を持っているが、"killing"というように動名詞にすると前後を一体化する力を失う。) 私は「ある」(is)と「あること」(being)との相違について思い悩んだ。有名で気力に溢れた宗教的指導者であった義母(私の妻の母)は、哲学が難しいのはただ哲学が長い語(単語)を用いるからだと私に向って自信をもって主張した。私は、その日(当日)書きつけた覚え書きの中から、次の文(一文)を示して、彼女と対峙した(confronted her with)。その文は「"is (ある)の意味するものは is(ある=存在する)、従って、is (ある)の意味するものは isとは異なる。というのは(もし同一だとすると)"is is"(あるはある)はナンセンスであろうからである この文が難しいのは長い単語のせいであると言うことはできない。時が経つにつれて、私はそういった問題で悩まなくなった。そういう問題は、びとつの語が何らかの意味をもつ場合には、その語の意味する何ものかが存在しなければならない、という信念から生じたものである。1905年に私が到達した「記述の理論」は、上の信念が誤まっていることを明らかにし、他のやり方では解決不可能な問題の多くを一掃した。

Chapter 5: Revolt into Pluralism, n.16

I was very much occupied, in the early days of developing the new philosophy, by questions which were largely linguistic. I was concerned with what makes the unity of a complex, and, more especially, the unity of a sentence. The difference between a sentence and a word puzzled me. I saw that the unity of a sentence depends upon the fact that it contains a verb, but it seemed to me that the verb means exactly the same thing as the corresponding verbal noun, although the verbal noun no longer possesses the capacity of binding together the parts of the complex. I worried about the difference between is and being. My mother-in-law, a famous and forceful religious leader, assured me that philosophy is only difficult because of the long words that it uses. I confronted her with the following sentence from notes I had made that day: ‘What is means is and therefore differs from is, for “is is” would be nonsense.’ It cannot be said that it is long words that make this sentence difficult. As time went on, I ceased to be troubled by such problems. They arose from the belief that, if a word means something, there must be some thing that it means. The theory of descriptions which I arrived at in 1905 showed that this was a mistake and swept away a host of otherwise insoluble problems.
(掲載日:2019.07.30/更新日: )