第一章_第一次世界大戦(承前)
刑務所内における私の気分のいくらかは,以下の兄宛の手紙 --それらの手紙は全て,刑務所長のところを通過させられるようなものでなければならなかった。-- からの抜粋によって例証される。
(1918年5月6日)
・・・。ブリクストン刑務所での生活は,ちょうど大洋航海の定期船上での生活のようなものです。(定期船上では)人は大勢の一般の人たち(平均的な人たち)とともに(船の中に)閉じ込められ,(船の)自分の個室(state-room)以外は,他に逃げ出すことはできません。彼ら(注:留置されている人々)は,一つの例外を除いて,一般の人々よりも悪い人間だという印(証拠)はまったく見えません。その例外とは,もし彼らの顔(の表情)から判断できるとすれば --それが私が準拠できるすべてですが-- 彼らは意志の力が多分一般の人たちより弱いのです。そして意志力の弱さは,主として,債務者(debtors 借金を背負っている人々)に当てはまります。ここでの生活で唯一本当に辛いことは,友だちに会えないことです。先日はあなたに会えて大変うれしく思いました。次回来られる時は,誰か他にもう二人を連れて来てください。あなたとエリザベス(注:兄フランクの3番目の妻)の二人とも,(私が会いたい人の)名簿をお持ちだと思います。私は,できるだけ多くの友人に会いたいと思っています。私が友人に会うことに無関心になりつつあると,あなたが考えているように思われました。しかしそれは明らかにあなたの勘違いです。私が自分の好きな人たちと会うことは,無関心になるような性質のものではありません。ただし,その人たちのことを想うことは(想うことだけでも),大いに心は満たされますがね。物事が自分の好みにあっていた時の,あらゆる種類の出来事について,心の中で想い返すことは,心地よいものです。
(思ったことができないことによる)いらいらやタバコの不足は,予想していたほど,今のところ,私を困らせてはいません。しかし,疑いもなく,後に,それらは私を苦しませるでしょう。責任のあること全てから自由である(注:獄中にあるので何に対しても責任を持つ必要がない)ことは本当に気分の良いことです。あまりに気分が良いので,他のいかなるものよりも勝るほどです。私は,ここでは,世界における心配事を1つも持っていません。神経や意志に対する休息は,天国のようです。次のような人を苦しめる質問(問題)からも解放されています。即ち,(反戦活動に関して)「もっと私にできることはないか?」「私のまだ考えついてないことで,もっと効果的にやれることが何かないだろうか?」「すべてを棄てて,哲学に戻る権利が私にはあるだろうか?」等々。ここ(獄中)では私はすべてをなるがままにしておかなければなりません。それは,関与をしない道を選択することや,選択が正しいかどうかを疑ったりすることよりも,はるかずっと安らかな気分です。刑務所は,カトリック教会の(種々の)利点のなかのいくつかの利点を持っています。・・・。
(1918年5月27日)
・・・。私が(南アメリカの)'アマゾン'に関する2冊の本を読んでいると,オットリン夫人に伝えてください。トムリンソンの著書は気に入りました。べイツの著書は読んでいて退屈ですが,絵や写真は印象に残っており,後から楽しめます。(注:日高氏は,アマゾン=アマゾネスと解釈し,「ギリシア神話に出てくる勇猛な女族の'ひとり'」といった訳注をつけている。トムリンソンやベイツのアマゾンに関する本が何であるか調べればすぐにわかる。あくまでも南米のアマゾンのことを指している。)。トムリンソンは,『闇の奥』(注:ジョセフ・コンラッドの小説)に大いに恩恵を受けています(負っています)。トムリンソンの本とべイツの本は,はなはだしく対照的です(松下注:Bates の本はヴィクトリア朝時代のもの,トムリンソンの本は1912年に初版が出たことに注意)。両著を比較すると,現代が少し狂っていることがわかります。なぜなら,我々の世代は,'真理とは何か'について一瞥しましたし,また,真理というものは幽霊のように実体がよくわからず,気違い地味,恐ろしいものだからです。真理がわかってくればくるほど,精神的健康を保つことがより困難になってきます。ヴィクトリア朝時代の人々(親愛なる人々)は,真理の近くに来ることは決してなかったので,彼らは正気であり,上首尾でした。。しかし,私自身はといえば,嘘で正気でいるよりは,むしろ真理で気が狂いたいと思います。・・・。
(手紙は続く)
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Some of my moods in prison are illustrated by the following extracts from letters to my brother, all of which had to be such as to be passed by the Governor of the prison:
(May 6. 1918) . . . 'Life here is just like life on an Ocean Liner; one is cooped up with a number of average human beings, unable to eseape except into one's own state-room. I see no sign that they are worse than the average, except that they probably have less will-power, if one can judge by their faces, which is all I have to go by. That applies to debtors chiefly. The only real hardship of life here is not seeing one's friends. It was a great delight seeing you the other day. Next time you come, I hope you will bring two others - I think you and Elizabeth both have the list. I am anxious to see as much of my friends as possible. You seemed to think I should grow indifferent on that point but I am certain you were wrong. Seeing the people I am fond of is not a thing I should grow indifferent to, though thinking of them is a great satsfaction. I find it comforting to go over in my mind all sorts of occasions when things have been to my liking.
'Impatience and lack of tobacco do not as yet trouble me as much as I expected, but no doubt they will later. The holiday from responsibility is really delightful, so delightful that it almost outweighs everything else. Here I have not a care in the world: the rest to nerves and will is heavenly. One is free from the torturing question: What more might I be doing? Is there any effective action that I haven't thought of? Have I a right to let the whole thing go and return to philosophy? Here, I have to let the whole thing go, which is far more restful than choosing to let it go and doubting if one's choice is justified. Prison has some of the advantages of the Catholic Church ...
(May 27, 1918) . . . 'Tell Lady Ottoline I have been reading the two books on the Amazon: Tomlinson I loved; Bates bores me while I am reading him, but leaves pictures in my mind which I am glad of afterwards. Tomlinson owes much to Heart of Darkness. The contrast with Bates is remarkable: one sees how our generation, in comparison, is a little mad, because it has allowed itself glimpses of the truth, and the truth is spectral, insane, ghastly: the more men see of it, the less mental health they retain. The Victorians (dear souls) were sane and successful because they never came anywhere near truth. But for my part I would rather be mad with truth than sane with lies . . .' :
From B. Russell's The Good Citizen's Alphabet, 1953.
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