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バートランド・ラッセル自伝 第1巻第2章 - 家族の素描(松下彰良 訳)- The Autobiography of Bertrand Russell, v.1

前ページ 次ページ 第1巻 第2章(青年期)累積版> 総目次

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 私が大人になった後に,ある時,祖母が私にこう言ったのを記憶している。即ち,「あなたがさらに新しい本を書いていると聞いています。」 それは「あなたがもう一人の'私生児'を持っていると私は聞いています」と聞こえるような声の調子であった。

 数学については,祖母は積極的に反対をしなかった。といっても,祖母には数学が何らか有用な目的に役立つものであると信ずることは困難であった。彼女の私に対する希望は,私が(キリスト教)ユニテリアン派(訳注:キリスト教,特にローマン・カトリックにおいては,父なる神,子なる神イエス・キリスト,聖霊である神の「三位一体」説をとる教派が正統とされている,そのトリニティ(三位一体)に対し,神のユニティ(単一性)を主張し,キリストの神性を否定/なお精霊とは,イエス復活後の五旬節 (聖霊降臨祭) に使徒たちに下された霊のことで,神自身の分身を指す。/右下挿絵図出典: B. Russell's The Good Citizen's Alphabet, 1953.)の聖職者(牧師等)になることであった。私は,21歳になるまで,宗教上の意見については(家族に対しては)口をつむって何も言わなかった。実際,14歳以後は,私の興味をひいた一切のことについて完全に沈黙を保つという代価を払うことによってのみ,家での生活に耐えられることがわかった。

 祖母は,一種のユーモアをよく言った。ただし,それは面白いものではなく,敵意に満ちたものであった。その当時私は,どのようにして言い返したらよいかわからず,ただ心を傷め,惨めな気持ちになるだけであった。
 アガサ叔母さんも同様にひどい人だった。
 ロロおじさんは,当時最初の妻を亡くした悲しみから自分の殻に閉じこもっていた。

 兄は,(オックスフォード大学の)ベリオール・コレッジに在学していた。彼は仏教徒になっていて(注:右欄写真出典:R. Clark's B. Russell and His World, 1981),いつも,'魂'はどんな小さな封筒にでも入れることができると言っていた。私は,自分がそれまでに見たことのある最小の封筒(の全て)を思い浮かべ,魂がその封筒の中で心臓のように鼓動している情景を想像したことを記憶している。しかし,兄の会話から私が語れるかぎりの秘教的な仏教からは,実際に役に立つと思われるようなものは何も私は見いだすことができなかった。兄が成人(英国では21歳)に達してから後は,彼に会うこともほとんどなくなった。というのは,家族は彼を邪悪な人間だと考えており,そのために彼は家から遠ざかっていたからである。
I remember her saying to me once after I was grown-up: "I hear you are writing another book," in the tone of voice in which one might say: "I hear you have another illegitimate child!" Mathematics she did not positively object to, though it was difficult for her to believe that it could serve any useful purpose. Her hope for me was that I should become a Unitarian minister. I held my tongue as to my religious opinions until I was twenty-one. Indeed, after the age of fourteen I found living at home only endurable at the cost of complete silence about everything that interested me.
She practised a form of humour, which, though nominally amusing, was really full of animus. I did not at that time know how to reply in kind, and merely felt hurt and miserable.
My Aunt Agatha was equally bad, and my Uncle Rollo at the time had withdrawn into himself through sorrow at his first wife's death.
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My brother, who was at Balliol, had become a Buddhist, and used to tell me that the soul could be contained in the smallest envelope. I remember thinking of all the smallest envelopes that I had seen, and I imagined the soul beating against them like a heart, but from what I could tell of esoteric Buddhism from my brother's conversation, it did not offer me anything that I found of service. After he came of age, I saw very little of him, as the family considered him wicked, and he therefore kept away from home.