バートランド・ラッセルに関する徒然草_2008年5月
「ラッセル徒然草」では、ラッセルに関するちょっとした情報提供や本ホームページ上のコンテンツの紹介、ラッセルに関するメモや備忘録(これは他人に読んでもらうことを余り意識しないもの)など、短い文章を、気の向くまま、日記風に綴っていきます。
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ラッセル徒然草_2008年5月
[n.0042:2008.05.11(日):Kohjin社の格安モバイルPCが欲しい!]
子供のパソコンも含めると,これまで10台以上のPCを購入しているが,大体において,費用対効果の高いものだった。しかし,5,6年前に京大に勤務していた時に購入した Sigmarion3(OSはWindows-CE/PCというよりPDA/右写真)だけは(6万円と、非常に安かったとは言え)「安物買いの銭失い」だったと,後悔している。
Sigmarion3 はめずらしくNTTドコモが発売した携帯性のすぐれた超小型PC(PDA)であるが,最大の欠点は通信速度(9600bpsのPHS)であり,次に文字入力のし難さ及び画面の小ささ(文字の読みにくさ)であった。それでも補助的にメールのチェックをしたり,ウェブをごくたまに見たりするだけだからと思い購入した。だが,ほとんど使わないうちに,保障期間の1年が過ぎてから,液晶画面が壊れてしまった。そこで修理してもらおうと思い河原町にあるNTTドコモショップにもっていったところ,ディスプレイの修理(交換?)に購入価格の半分以上もかかると言われ、継続使用を断念した。
モバイルパソコンの分野は,SONYが得意とするところであり,高性能のウルトラ・ミニPCを現在出しているが,文字入力のし難さや画面の文字の小ささを考えると,是非購入したいという気は起こらない。だが(無線LAN機能付の)タブレットPCは,お金の都合がつくようになったら購入したい。(注:タブレット型のノートPCは、普段は普通のPCと同じくキーボードで文字入力等を行うが、会議のときなどはキーボードを叩く音で他人に迷惑をかけないように液晶画面を反転させ、折り畳んでスタイラスペンで操作可能)このタブレットPCでは,富士通とIBM(レノボ)の製品が優れているが、どちらも25万円以上の価格がついており、2台目あるいは3台目のPCとして使うには高価すぎて入手することができない。
しかし、最近になって横浜の新興?PCメーカである Kohjinsha(工人舎)が発売したモバイル用のタブレット型ノートPC(無線LAN機能付)は、安いものでは59,800円(ただしMicrosoft Officeはついていない)という価格で売られており、大変魅力的である。先日(連休中に)秋葉原に行き、触ってみた。59,800円のものは画面の解像度が今ひとつだが、69,800円のものは解像度が1024×600ドットであり、不満はない。12月にボーナスをもらったら購入したいと思っているが、Sigmarion3の失敗を繰り返さないためにも、このノートPCの活用法をしっかり考えておく必要がある。以下利点及び活用法を列挙してみる。
[タブレット型ノートPCの利点及び活用のための工夫]
- (利点1)小さいので携帯性に優れ、どこででもすぐとりだして使える(メールのチェックもメモ取りも簡単)
- (利点2)会議中など、キーボードの音を出して他人に迷惑をかけることがない
- (利点3)キーボードを使わなければ図書館で使っても怒られないと思われる
- (利点4)ブログなど、簡単にどこに居ても書ける
- (工夫1)無線LANをどこでも使えるようにしておく(「公衆」無線LANだけでなく・・・、有料かつ格安のサービスを契約?)
- (工夫2)Webでいろいろ作業ができるようにしておく。(Googleパックをインストール?)
[タブレットPCの活用法]
- 地元の公共図書館に行く時も、メモ帳として使えるように携帯
- ラッセル関係の文献調査のために国会図書館や大学図書館などに行く時も携帯
- DVDやCD-ROMは外付けのものを利用する(普段はついてないほうが軽くてよい)
- しばらくしてかワンセグカード(約1万円)を購入し、テレビも見られるようにする。
- ・・・以下、適宜追記
[n.0041:2008.05.06(火):'ダラダラ生活'?]
井形慶子『イギリス式お金をかけず楽しく生きる!』(講談社、2002年)を昨日読んでいたら次の文章に出会った。
「10 年ほど昔、'カウチポテト'という言葉が流行った。あのカウチ(ソファー)に寝そべってポテトチップスを食べながらダラダラとテレビやビデオを観る行為は、手当たり次第にものを買い集める感覚に根本が酷似している。流されて生きていることに焦りや後悔を感じつつ、どこか投げやりになって'もの'にまみれていくのだ。(注:カウチポテト族)」
5月1日(映画の日=1,000円)、川口MOVIXで「相棒(劇場版)-絶体絶命! 東京ビッグシティマラソン42.195km」を観たが、左隣に座わったかなり太った女性(連れ合いの男性がそのまた左に座っていた。)が' 小さなバケツほどもある'容器に入ったポップコーンを、男性と一緒に、ガソゴソという音を立てながら終始食べ続けていた。その女性は足を組み、私の足を軽く2度けったが、彼女もそれに気が付いていたが、私にあやまる気配はなかった。「ダラダラとスナック菓子を音を立てながら食べ続ける姿」は他人からみれば見苦しい。本人は「ゆったりとくつろいで自由を満喫」しているように思っているかも知れないが、井形さんが上記の本で書いているように、このダラダラ食べ続ける行為は決して「自由かつきまま」ではなく、精神と体(健康)の両方に悪影響を与え、後からしっぺ返しを食うことであろう。
そういえば、ラッセルは『幸福論』第11章「熱意」のところで次のように言っていた。
'大食漢'(暴飲暴食をする人)は、食べる楽しみのためにその他の楽しみをすべて犠牲にし、そうすることによって、彼(彼女)の人生の幸福の総量を減らしている。