バートランド・ラッセルの名言・警句( Bertrand Russell Quotes )

ラッセル英単語・熟語1500

 キリスト教会の教えにおける「罪」とは、特定の行為でなっており、(それらの行為の中には)社会的に有害なもの、害も益もない中立的なもの、積極的に有益なもの(たとえば、適切な歯止めを設けての安楽死)がある。(その教えによれば)罪は心からの懺悔がない限り、神による処罰を招く。心からの懺悔があれば、 たといそれが取り返しのつかない弊害を引き起こしたとしても、その罪は赦され得る(のである)(←残虐な報復に対する「免罪符」!?)。

"Sin" as it appears in the teaching of the Church, consists in acts of certain specified kinds, some socially harmful, some neutral, some positively useful (e.g. euthanasia under proper safeguards). Sins incur Divine punishment unless there is sincere penitence ; if there is, they can be forgiven, even if it is impossible to undo any harm they may have caused.
 Source: Bertrand Russell: Human Society in Ethics and Politics, (1954), chapter 1
More info.:https://russell-j.com/cool/47T-0206.htm

<寸言>
 イスラエル(ユダヤ教徒の国)は、ハマスの「残虐な行為」に対し、徹底的に報復をしなければならない、そうして、「罪は心からの懺悔がない限り、神による処罰を招く。心からの懺悔があれば、 たといそれが取り返しのつかない弊害を引き起こしたとしても、その罪は赦され得る」ということで、今後イスラエルが行うであろう残虐行為に対し、自ら「免罪符を発行している」かのようです。

 長いので前半をカットしてしまいましたが、ここでの指摘はキリスト教に限ったことではないので、前半部分を含めて理解する必要があります。前半には次の文章があります。

 「伝統的道徳は、「罪」を避けることや、「罪」を犯した場合の、浄化の儀式(儀礼)に、あまりにも関心を持ちすぎている。 こういう視点(注:罪を避け、罪を犯したら浄化の儀式を行うべし)は、キリスト教倫理には一般に(広範に)見られるところであるが、キリスト教以前にさかのぼるものである(先行するものである。)(即ち、)そういう視点は、オルフェウス教徒の間にもあり、それに関する記述は、プラトンの『国家』の冒頭に見出される。」

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