ラッセル英単語・熟語1500 |
しかし、感情や欲求が、倫理学上基本的に重要なものであると認められたとしても、倫理的知識というようなものが果たしてあるかどうかという問題は、依然として残る。 「汝殺すなかれ」は命令法であるが、しかし 「殺人は悪いことだ」は直説法であり、真あるいは偽である何ごとかを述べているように見える。「全ての人が幸福でありますように」は祈願法であるが、「幸福はよいことだ」は、「ソクラテスは死ぬものだ」と文法的には全く同じ形式をもっている。この文法的形式が誤解を招くのか、それとも倫理学に(も)科学と同様に真や偽があるのか? ・・・。
これは難しい問題であって、単純に答えられるとは私は考えない。
But when the fundamental ethical importance of feeling and desire has been admitted, it still remains a question whether there is such a thing as ethical knowledge, ''Thou shalt not kill' is imperative, but "murder is wicked'' seems to be indicative, and to state something true or false. "Would that all men were happy" is optative, but "happiness is good" has the same grammatical form as "Socrates is mortal". Is this grammatical form misleading, or is there truth and falsehood in ethics as in science? ...
This question is not an easy one, and I do not think that any simple answer is possible.
Source: Bertrand Russell: Human Society in Ethics and Politics, (1954), chapter 1
More info.:https://russell-j.com/cool/47T-0102.htm
<寸言>
もしも、倫理的な文(陳述)にも真あるいは偽があるのであれば、何が善くて何が悪いかという問題も倫理的な文(陳述)の真偽判定さえうまく行うことができれば、倫理的な問題の多くのことが解決するはずです。
しかし、実際はそのようにして問題を解決できません。
自分(達)の正しさを確信している場合は、「どうしてこんな単純なことがわからないのか!」と、あたかも事実認識の問題であるかのように感じがちですが、実際は、感情や情緒が支配していて、倫理的な問題は、科学とは異なる倫理学の手法によって問題を仕分ける/取り組む必要があります。
そうは言っても、実際、何から取り組んでいけばよいかということで、ラッセルは多方面から以後、考察していきます。
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