協力は,一つの理想としては欠点がある。自分ひとりのためではなく,社会とともに生きることは正しい。しかし,社会のために生きるということは,社会(一般)がやることと同じことを自分も行うということを意味しない。たとえばあなたが劇場にいて,火災がおこり,観客が出口に向かって殺到したとしてみよう。いわゆる'協力 '(の美徳)以上の道徳観を持ち介わせない人は,群衆に抵抗することを可能とするような気迫を持たないために,群集と一緒になって逃げるだろう。戦争に乗り出す国民の心理(状態)は,すべての点でこれと同じである。
Co-operativeness, as an ideal, is defective: it is right to live with reference to the community and not for oneself alone, but living for the community does not mean doing what it does. Suppose you are in a theatre which catches fire, and there is a stampede : the person who has learnt no higher morality than what is called 'co-operation' will join in the stampede since he will possess no inner force that would enable him to stand up against the herd.
Source: "Of cooperation" [From: Mortals and Others: Bertrand Russell's American Essays, 1931-1935, v.1 (1975)]
More info.: https://russell-j.com/KYORYOKU.HTM
<寸言>
ラッセルのこの言葉に共感する人も、自分が指導者になったり、権力を持ったりすると意見を変え、(自分たちに)協力することの必要性や重要性を説いたりすることになる人が少なくない。自分の説得力のなさや指導力のなさを棚に上げ・・・。