三浦俊彦『サプリメント戦争』
目次
第1章 サプリ見習時代..
第2章 サプリ身鳴ル事変
第3章 サプリ皆戦争 ..
第4章 サプリ実成リ宣言
本文テキスト
たった一日を境に、町じゅうに潜み澱んでいた各専文薬局店の固定客同士の確執が顕わになった。
まず、市長候補のドリンク行為を擁護するかしないかで四文字派か否かが確かめられるということから、この話題が一種の踏絵として機能した。「真田候補もけしからんよなあ」といったような挨拶めかした科白、相手の応対の観察、「あんた四文字派だったのか!」という衝突、失望や喧嘩や絶交や握手や求愛や嘆願があちこちでまたたくまに成立していった。
専文店を二股三股かけていた客たちもどれか一つに忠誠を決めざるをえない状況になった。いつまでもコウモリを決め込んでいると、どちらの陣営からも爪弾きにされるおそれがあったからである。あちこちの家族で亀裂が生じた。大半の家族ではサプリメント消費量の最も多い人間に他のメンバーが合わせて改宗したが、各人がどうしても他に代えがたい愛用製品を持っている場合には、妥協は不可能だったのである。一週間の間にゆうに五十組に及ぶ離婚届が提出されたらしい。田中さん夫妻が結局どの陣営についたのか私はぜひとも知りたかったが、騒動開始以来どの店にもふっつり姿を見せなくなったようだ。 俄然、チェーン店が注目を集めた。つまりみな、シンパを増やそうと躍起になり始めたのだ。町は踏絵や合言葉による敵味方峻別的いがみ合いで混乱を呈しはじめていたとはいえ、大半の市民は、特定の立場に立たないノンポリだった。三文字だろうが五文字だろうが漢字だろうがカタカナだろうがABCだろうが名称は何でもかまわない人たち。そのような大量の浮動票を獲得するのが各文字シンパの遊撃隊の狙いだった。チェーン店でノンポリ客の買い物を説得し、誘導するのが主要な仕事となったわけである。
○ 四人が押しくら饅頭になっておじさんと女子高生がお互
各々の専文店を擁護する市民は自らをそれぞれ二文字団、三文字党、四文字派、五文字系、六文字組、カタカナ族、A~Z勢、一文字連、ひらがな流、多文字衆、ハイブリッド会、と称して睨みあい、まあこうした呼称は、呼び間違いが頻発したり途中で他陣営に移籍した者がいたりするなか無用の混乱をなくそうとしたものだろう、やがて二文字主義者、三文字主義者、カタカナ主義者、A~Z主義者と「主義者」で統一した呼称が併用されるようになったが、ともかく各種製品が入り乱れて並ぶマツモトキヨシ、ヒグチ、ミネ薬品ほかチェーン店を舞台に各セクトの活動家たちは、自軍の製品を売場の目立つ所へ置き換えたり、ノンポリ客が買った品物の傾向を確認し後をつけてスカウトしたり、類似自軍製品へと折伏したりした。さらにはチェーン店売場内で、客との対話や同意を経ずにこっそりと籠の中身をすりかえる戦略が最も頻繁に使われるようになるのには時間はかからなかった。
客の籠から岩井の胡麻油株式会社のカプセル剤『ネオ無量寿』(黒胡麻油)を奪取して、代わりにサントリーのカプセル剤『セサミンE』(ゴマ1000粒分のゴマリグナンを一粒に凝縮)を入れておく。大木の錠剤『黒五EX』(黒米、黒豆、黒胡麻、黒加倫<黒房スグリ>、黒松の実)を奪って、仙人食・完全同一成分の錠剤、ユーワの『黒五の実』(黒米、黒豆、黒ゴマ、黒松の実、黒カリン)を入れておく。海の幸100%純粉末バージョンとしては、いせこの『ミルファひじき』(減圧下で乾燥させ、10ミクロン以下の微粉末に仕上げ、腸からの栄養吸収率を高めました)をこっそり奪って、ファインの『根昆布エキス末』を入れておく。みどころ:茶色対緑色、海の樹皮色対草葉色、枯枝色対茂み色。(素人目には『ミルファひじき』も『根昆布エキス末』もともにハイブリッド所属に見え争っても無意味と思えるのだが……専文的にはいろいろ思惑があったのだろう。)海の幸植物バージョンが戦われた以上動物バージョンも試みられねばなるまいとばかり、海の幸・貝ドリンクバージョンとして、客の籠から別海漁業協同組合の『しじみエキスパワードリンク』(しじみエキス、BL-リンゴ酸。別海町風蓮湖で採取した風蓮湖名産蜆貝の抽出エキス)50mlをこっそり奪って日本クリニックの『ザ・ドリンク 牡蠣750』(はちみつ、かき肉エキス)50mlを入れておく。他にも、カニキトサン対牡蠣殻カルシウム、DHA対深海鮫スクワレン、液化真珠対珊瑚カルシウム、イカ軟骨微粉末対プランクトン由来ミネラルなどなど多彩な海洋動物対決が密かに名乗りをあげてこの「逆万引き」というべきか何というべきか、レジで客が気づいてしまってはパーになるやり方だが、たいていの客は気づかずに籠に投げ込まれたものをそのまま買ってゆくのだった。
別系統の軍団員が一人の客をめぐって鉢合わせし揉みあう光景もしばしば見られた。成人病対策機能性ドリンク(厚生省認可・特定保健用食品)バージョンというべきだろうか阪急共栄物産の『ナップルドリンク』(許可表示及び理由:本品は、食後の血清中性脂肪の上昇を抑えるグロビン蛋白分解物を含んでおり、脂肪の多い食事をとりがちな人の食生活改善に役立ちます)50mlを赤ら顔中年男の籠からA~Z勢遊撃隊がこっそり奪ってカルピス(業務提携:味の素)の『アミールS』(許可表示及び理由:本品は、ラクトトリペプチド(VPP,IPP)を含んでおり、血圧が高めの方に適した食品です)160gに取り替えた矢先もとのカタカナ族遊撃隊の手で常盤薬品の『ラピスサポート』(許可表示及び理由:本品は、バリルチロシンを含むサーデンペプチドを配合しており、血圧が高めの方に適した食品です)100mlへと取り替えられ、ついですかさず血圧抑制成分の定番ギャバものこそ本筋とばかりロッテ電子工業の『ギャバ・20』(カボチャ由来のγ-アミノ酪酸20mg)100mlドリンク+チュアブルタブレットタイプ(一粒1.1mg)に入れ替えられる。それをまた別のカタカナ族遊撃隊メンバーが日本サプリメントの『ペプチドスープ』(かつお節オリゴペプチド)に入れ替えてしまい、しばらくしてそれをまた別のハイブリッド会遊撃隊メンバーが小谷製粉の『ギャバロン茶』(開発・農水省茶業試験場。血圧降下茶の決定版!)に取り替えてしまう、といった泥試合が延々と行なわれた。
しかし多くの場合、買物中の同じ客に敵も目をつけていることを察した遊撃隊どうしが互いに牽制しあって売場内では手を出せず、客が買物を終えて店外に出てきたとたんにダッシュでとりつくというパターンだったようだ。直江コーポレーションの『ドクターロン原液』(100ml)を買って出てきた主婦に後からネクタイ男が追いついて、
「だめですよ奥さん。こんなの、なりがでかいだけでほら、「植物性発酵酵素液」なんて曖昧な表示しかしてないでしょっ。他の成分だってたったの「レンゲはちみつ、リンゴ酸」じゃありませんか。だめですよ、酵素飲料ならこっちにしてください、ハイ、タキザワ漢方蔽の『スラージュミニ』! 50mlと小ぶりですが「玄米・大豆をアルカリ酵母で自然発酵させたアルカリ酵素飲料」とね、植物なんてごまかさずに玄米・大豆と具体的に、そしてアルカリとちゃんと具体的に記してますから。モノがちがいますよモノが。はい、こっちこっち」
「えええい、ふざけるな」横から別のネクタイ男が飛び出してきて「奥さん騙されちゃいけません。「植物性発酵酵素液」とぼかしてあるのはそれだけ企業秘密度の高い高性能物質ってことなんです、エエえい」『ドクターロン原液』の瓶を先の男からひったくって主婦の手に戻しながら「もし具体性の点で不安でしたらこちら、オノジユウの『スーパーソドックス液』もどうぞ! 30mlと小ぶりですがほらちゃんと「液体易吸収性SOD様健康食品」と記してます。それにほォら「GMT-SODとは、米胚芽と大豆を最先端のバイオテクノロジーを駆使して発酵抽出したエキスです」とね、主成分の説明も詳細だしサブ成分も堂々たるもの、人参抽出液に霊芝抽出液、エゾウコギ抽出液、緑茶抽出物、三温糖……、どうです比べ物にならんでしょう。こんな中途半端なのはエエエイ」『スラージュミニ』を路上に叩きつけようとする腕を第一の男がつかんで、「このやろう」「くぬゆるう」取っ組み合いのけんかになった。
一時間ほどあとに暁酵素の『四季の活菜』(濃縮複合酵素、春ウコン配合)を買って出てきた別の主婦に対してもすでに傷だらけ痣だらけの同じこの二人が駆け寄って熾烈な争いを繰り広げていた。
銀座日本漢方研究所の『社長の元気の素』(米胚芽・大豆発酵抽出エキス、シャンピニオンエキス、緑茶エキス、明日葉抽出エキス、キトサン、高麗人参エキス、霊芝エキス、シソエキス、ケイヒエキス、スッポンエキス、ナルコユリエキス、グミエキス、リュウガンエキス、クコの実エキス、ハーブエキス、はちみつ、ローヤルゼリー、クエン酸。50ml)を買って出てきて、今まさに飲もうと蓋に手をかけた五十代の背広男には長髪の三十男が駆け寄って「元気出すんだったら!」ナスカ地上絵風鷲デザインの箱を押し付け「メチルテストステロン、ゴオウ、テステス、人参乾燥エキス、イカリソウエキス、兎糸子乾燥エキス、パントテン酸カルシュウム、山薬末、山シュユ末、呉シュユ末、インチンコウ末、オウギ末、ヨクイニン末、ケイヒ末、サイコ末、地黄末、乾燥酵母配合! 東南製薬『活力-M』ですよ! 元気より活力! はいはい!」
「違うう!」横合いから飛び出してきて三十男に体当たりを食らわせた学生風が「この人はアスプロのこの錠剤『出世の花道』と一緒に飲むんだから『社長の元気の素』でいいんだ! どけ!」赤ピンク系桜模様に「スタミナバツグン」「やる気一番」という俗流キャプションが恥かしくも確かに臨戦体勢を誘いそうなパッケージを突き出す。「何を言うかっこっちはホルモン入りだぞっ!」「失礼なッこの人はまだホルモンが必要な歳じゃないッ! 高麗人参エキス末とにんにくエキス末配合の『出世の花道』こそ最適ッ!」揉みあいが始まる。
『社長の元気の素』を買って出てくるターゲットがもっと若い、三十代くらいの男だと、「係長ッ!」ばっと飛び出してくるのはバンダイの『課長島耕作ドリンク』(エゾウコギエキス、クコシエキス、オウセイ流エキス、タウリン)100mlを手にした、あるいは相手の年齢によっては「課長ッ!」『部長島耕作ドリンク』(塩酸フルスルチアミン、ローヤルゼリー、タウリン)50mlを手にした新入社員然たる二十代前半の男だった。「一挙に社長ドリンクは急ぎすぎですよ、ここは順を追って……」『社長の元気の素』にあえてぶつけるということはバンダイの島耕作シリーズはハイブリッドではなく五文字製品ということなのだろう。「堅実にステップアップと……」
「ええいどけえ!」五十代後半の背広男が新入社員風を突き飛ばして「部長だの社長だの出来合い路線にこだわる器じゃありませんよねっあんたは! 男だ、男で十分だ、あとは実力あるのみ!」宝仙堂の『男魂』(紅参エキス、スッポンエキス、冬虫夏草エキス、SCP(食品用コンドロイチン)、ローヤルゼリー)30mlの赤黒原色箱をターゲットの胸ポケットにねじ込み、『社長の元気の素』を取り上げて路上に木っ端微塵に叩きつけた。次の瞬間「えええい失せやがれ!」どこからともなく髭面の四十男が五十男の襟首つかんで引き戻し、「男なんて曖昧な一言でごまかされるか!」三十男のポケットから『男魂』をつかみ出して放り投げ、「男男って体育会応援団じゃないんだから。ビジネスだろう、ビジネス忘れちゃ元も子もないだろう!」ミロヴィーナス製薬の『ビジネスファイヤ液』(はちみつ、食物繊維(難消化性デキストリン)、サソリ抽出液、イチョウ葉抽出液、ガラナ抽出液、トウガラシ抽出液、コブラ抽出液、トナカイ角抽出液、ウコン抽出液、茶の素(カフェイン)、マムシ抽出液、霊芝抽出液、ガジュツエキス、スッポン抽出液、プロポリスエキス、梅肉エキス、ローヤルゼリー、海蛇抽出液、L-アルギニン、DL-アラニン、L-スレオニン。「出世街道まっしぐら! 課長⇒部長⇒社長」にはじまる効能や注、大仁田厚の科白仕立ての檄、等々通俗ぶりに燃えるより笑えます)50mlをポケットにねじ込もうとするのをはじめの二人が争ってひったくろうととびかかり、「いいかげんにしろよおまえら!」焦点の三十男もまじえて四つ巴の殴り合いになった。
こうした争奪戦の跡にはさまざまな瓶やボトルが転がって液やタブレットが零れ散っていたが、そうしたものの中にはハーバライフの『N・R・G』(天然ガラナ錠剤)とか、ニュースキン・ジャパンの『アロエMX』(アロエベラ葉肉部)1000mlとか、日本レクソール・ショーケースの『イムノブレンド』(エキナケア抽出物、ブドウ糖、微結晶セルロース、とうもろこしでん粉、ウコン粉末、レイシ抽出物、エルダベリー粉末、ニンニク粉末、キャッツクロー粉末、微粒二酸化ケイ素、デキストリン、レシチン、糊料(CMC-Na)、クエン酸三ナトリウム)『カーミングブレンド』(カバカバ根粉末、ブドウ糖、微結晶セルロース、ホップ粉末、ワレリア根粉末、とうもろこしでん粉、カモミール粉末、ステアリン酸、パッションフラワー粉末、微粒二酸化ケイ素、デキストリン、レシチン、糊料(CMC-Na)、クエン酸三ナトリウム)『パッションブレンド』(高麗ニンジン粉末、ブドウ糖、微結晶セルロース、エゾウコギ粉末、マカ粉末、ステアリン酸、とうもろこしでん粉、イチョウ葉抽出物、微粒二酸化ケイ素、デキストリン、スピルリナ粉末、レシチン、糊料(CMC-Na)、クエン酸三ナトリウム)の名トリオ(それぞれ一粒735mg擦過金属臭チリチリ錆びつき風味、710mg腐葉土臭もぞもぞ沈澱風味、650mg匿名フルーツ臭ふんわり甘霞風味の大粒湿式タブレットは飲み下し甲斐満点)とかいったアメリカン・ライフケア通販モノが一番数多く目立っていたところから、そして登録ガイド類のチラシが散乱していたことから、各社のいわゆる「ディストリビューター」らがこのサプリメント戦争を、勧誘数伸張に利用しようとしていることが察せられた(ハーバライフのディストリビューターになるためには、価格12000円(+消費税)のビジネスパックをディストリビューターを通して購入しキャリアブックを入手します。ディストリビューターの資格を維持するためには、毎年、更新手数料6600円(+消費税)を支払う必要があります。ディストリビューター(25~42%の小売利益)→スーパバイザー(50%の小売利益、5%月間ポイント・ロイヤリティ)→タビュレーター(プラス2%プロダクションボーナス)→ミリオネア(4%プロダクションボーナス)→プレジデント(6%プロダクションボーナス)。このハーバライフ・ディストリビューターガイドは必ず無料でお渡しください。しつようにつきまとったり、戸惑わせてはいけません。「○○に効果がある」など誇大な表現で説明してはいけません。相手方から契約解除の申し出があった場合、クーリングオフや製品の返品等について説明しなかったり、事実と異なることを言ってはいけません)。
路上を薙ぎうねる文字的精神主義の波間に紛れて、一種アムウェイ式マルチ・ハイの数字主義が暗躍することとなるのは当然であるし、うん、それならなんだかわかる……、やっぱり人間案外わかりやすかったんだなぁ……、私としては当初不条理なほど錯綜飛躍してみえたサプリ戦争の絢爛を〔個々の人的部品の躍起〕どうしの相互作用へ還元できる道を仄めかされてほんのり安心したくらいである。
コンビニやキヨスクで気軽にガムやキャンディやチョコレートを買うときすら不用意な買い物はできなくなった(ご記憶だろうかカタカナ楼のあの「戦増会」の遺産であろう)。私が至近距離で目撃したのは梅タブレットバージョンである。駅売店でアサヒビール薬品の『梅ぼし純』(しそ入り梅ぼし100%。製法特許UM20。梅果肉、漬しそ葉)を210円で買った小柄な坊主頭の高校生が改札を入ろうとしたところへ二十代の女が駆け寄ってさっと奪い取り、「はぁいダメダメ僕ぅ。ウメケンの『梅ぼしさん』(有機梅干し果肉100%。自然塩「海の精」使用。梅干し果肉(有機栽培))にしてよねえ」グイッとポケットに押し入れて走り去ったのだった。
この光景が印象深かったのは、そばで見守りながら実況中継するやつらが出没しているのをこのとき始めて知ったからである。「ともにお菓子感覚のタブレット対決! 若い女が高校生の股間近くを直撃!」マイクのように拳を口に近づけて三十代の背広男が、「キヨスクで常時目にする日常的前者と、ややサプリカラーの濃い後者っ。しそ入りトッピング効果か、自然塩漬け有機栽培パワーかあっ!」
『梅ぼし純』も『梅ぼしさん』もハイブリッドかと一見思ったのだが、これが戦いになるということは、『梅ぼし純』が「純」なる一文字製品として通用しているということなのだろう。専文的評価はつくづく微妙で奥が深い。
実況中継は行きずりのノンポリ野次馬が即興で担当することが大半だったらしく当然混乱も生じた。たとえば、カタカナ楼内対決でも御馴染みの熊笹エキス液『サンクロン』と葛エキス粉末『ヘリクロゲン』を買った熟年主婦に、トヨタマ健康食品の桑エキス錠剤『DNJ』(桑葉粉末、桑葉エキス)を持った中年女が駆け寄り新三つ巴対決が実現しかけ、笹対葛対桑、液対粉対錠という二段構えは比類ない高性能フラボノイド対決となるだろう! と思われた矢先、肩腰の歪みかけた労務者風老爺が飛び出していって「ほいっ!」小林製薬の『イチョウ葉』(イチョウ葉エキス、ビタミンB1,B6、パントテン酸カルシウム)とファンケルの『計圧サポート』(ソバ若葉末、ビタミンP、イソフラボン、黒麹もろみ末)のアルミ袋を押し付ける、という現場が展開したそのとき、そばにいた大学生風が携帯電話に向かって「みどころっ。イチョウ葉の脳血流促進効果か、ソバ若葉の血圧抑制効果か。二重フラボン・テルペンラクトン対ソバポリフェノール!」むろん取組誤認の報道である。
『イチョウ葉』『計圧サポート』を手に帰途につきかけた主婦を横合いからすかさず襲ったのはマルマンの『ドクターリラックス』(西洋オトギリ草エキス末、パッションフラワーエキス末、ホップエキス末、EPA・DHA含有精製魚油)を掲げた中年男。「みどころっ。なにせ西洋オトギリ草(セントジョーンズワート)は「ねむりの精」っ」先ほどしくじった大学生が「真の鎮静は血管からゆくのが正解か、神経からが正解か?」主婦と中年男の押し問答の傍らを歩きながらいざ挽回とばかり携帯に向かって実況を叫び続ける。
角を曲がった所で、携帯の話し相手だったらしい茶髪女子短大生風が実況を交代し、主婦と一緒に歩きながらやはり携帯電話にたぶんさっきの男子学生に向かって「イチョウ葉って苦味ハーブの代表だからもう一つの伝統的苦味ハーブとぶっつける価値大ありよねっ、て思ったらほらっ。飛び出してきましたっおばちゃん六十代かしらッ、サンウエルの『GBE24コンク』(イチョウ葉エキス、メイプルシロップ、和三盆糖、アカシア蜂蜜、タマリンド、クエン酸)20ml持ってるっ。あっこれは四十代会社員でしょうか平田農園の『キダチアロエロイヤルエキス』(キダチアロエ)30mlを負けじと主婦に押しつけてますよっ。みどころ? ええとみどころですか……、せっかくの苦味ハーブドリンクバージョンなのに平田農園は生無添加、サンウエルは各種甘味料含有ってアンバランスが惜しいんだけど、成分的には理想っていうか、でもこういう場合くれぐれも途中で、創健社の『キダチアロエ&イチョウ葉』(キダチアロエ、精製蜂蜜、レモン果汁、イチョウ葉エキス、リンゴ果汁、柚子エッセンス)50mlとか飲んでアロエ・イチョウ両雄をなまじ和解折衷させるなあんてあっちゃならないのにぃー、なのにいま狸顔の女子高生がそれ持って主婦にすがり付いてるワー。四人が押しくら饅頭になっておじさんと女子高生がお互いの、アッおばちゃんがおじさんの肘に噛みついたっ」途中から実況は呟き声に、代わりに指がさかんに動いてメールに切り替わって、不特定多数に送信しはじめているらしい。サプリメント非商業ベース市場の自発的動向を監視するアルバイトを戦地へ派遣して、彼ら彼女らのこうした通報から販促資料を得ようとするおそらく外資系マルチ通販会社の影がここにも感じられる。
なお、キダチアロエはイメージ上さらにもう一つの重要伝承ハーブと戦う必然性があったようだ。一週間ほどのちに、ファインの『ドクダミエキス粒』対東京アロエの『伊豆キダチアロエ本粒』が「みどころ:利尿剤降圧の雄と緩下剤健胃の筆頭との一騎打ち!」として実況され、ここまでくれば本来、減糖ダイエット系の代表格であるギムネマあたりを参戦させない手はないのだが、ギムネマはインドの代表的ハーブゆえ、東洋の養生方法論のライバル・古代中国の『神農本草経』記載「上品」キノコを――ハーブハーブした薬草はことさら外して茸――ぶつける模範的対決こそ必須と思っていたら案の定大日本明治製糖の『ギムエット300』(ポリデキストロース、環状オリゴ糖、ギムネマシルベスタエキス、ガラナ抽出液)50ml対三菱商事の『ダイヤビタレイシードリンク』(マンネンタケ(霊芝)子実体抽出物、蜂蜜、レモン果汁、環状オリゴ糖、葉酸)50mlが駅前ロータリーと郵便局前とパチンコ店裏と三箇所で実現し、この一連のハーブ~キノコ対決の結果はともあれ余韻を愉しむために、戦端を切ったイチョウ葉および取りを務めた霊芝とをブレンドした中京医薬品の『イチョウ葉ドリンク フラボンゴールド』(イチョウ葉エキス、霊芝抽出物、ハトムギ抽出物、イソマルトオリゴ糖)50mlが未開封で路上投げ捨てられていたのを何か別の戦闘現場で拾ってしみじみと開封し飲みながら途切れぬ戦いを観戦し続けた私なのだった。私の部屋には開封未開封多種大量のサプリが蓄えられていった。
△ そーね惜しかったね。せっかくなら蓮根だけで勝
途切れぬ戦い。そう、葉っぱ×キノコ傘の対決・決着の後は当然、「キノコエキス対根っこエキス」の対決がシンメトリー美学上必須のように思われた。根っこといえばなんといっても人参。たとえばダイコクドラッグの茸サプリ専門の棚でコーワ食研の『三大宝寿』(舞茸、アガリクスブラゼイ、霊芝)の深紅箱を手にとってみた感触褪めやらぬうちマツモトキヨシにてレディスハーブ群の只中マルマンの『三蔘』(シベリア人蔘エキス末(ウコギ科)、アマゾン人蔘エキス末(ヒユ科)、日本山人蔘粉末(セリ科))の銀紅箱を目にした人なら、「ああ、三大茸対三大根かあ、地下地上大決戦、観たい!」と願わぬ者はおるまい。そう、三強団体戦は有意義である。ここにチーム数も三に纏めよ三づくし三つ巴ッとばかり同仁堂製薬の『絶倫三蛇王』(ヒメハブ粉末、キングコブラ粉末、海蛇粉末)を参戦させるようなことはしかしこれ、くれぐれも避けねばならない。堪えよ。三蛇の活躍は魅力的ではあるが茸対根に絡むにはチト異質すぎるのだ。しかも三蛇中一は海の者。山の三者でなければシンメトリーが破れる。して堪えついでに、ここはしばし様子見の後むしろ根っこ代表としては『三蔘』に含まれぬあれ、サポニン量で諸人参を確実に凌ぐといわれる田七人参にご登場願い、一方のキノコも並みのキノコならぬ、『三大宝寿』に含まれぬあれ、昆虫に寄生・成長する特殊形のアレ、冬虫夏草しかない……と進むはずのところ、そう、確かに田七対冬虫夏草となれば「みどころ:健康食品の名産地対決・雲南省対福建省という側面にも注目せよ!」といった興趣が大予想されもするのだが、なにせ冬虫夏草といえばコウモリガの幼虫に寄生したバッカクキン科のキノコが菌糸を伸ばして幼虫を取り殺し、子実体を出して夏にキノコとなる怪異。虫体とキノコをいっしょに乾燥させるため通常は菌糸植物系サプリに分類されているとはいいながら実は動物植物混成の珍種。となれば対決相手としては田七のようなまっすぐ純モノより何より同じく貴重なる動植物混成異様体、すなわちホラあのプロポリスでなければ収まらないのではなかろうか。なにせプロポリスときたら蜜蜂がユーカリなどから集めた樹脂を自らの唾液や蜜蝋と混ぜ合わせ、防腐・抗菌剤として巣を保護するのに用いる必殺の「天然抗生物質」。まさに樹木と昆虫との合作品なのだから。(ちなみにキッスビー健全食の『食用花粉』(各種ビタミン・酵素含有)を筆頭とする蜜蜂採集花粉モノは、動物成分混入度が希薄につきプロポリスに代表権を穏便に譲りたまえ。)植物による昆虫への寄生搾取モノvs昆虫による植物の収奪活用モノ、それぞれの個性を主張したマッチングがまさに理想的であろう。ということを考えていたらやっぱりそのとおり次の絶妙対決が眼前に実現したのだった。
「冬蟲夏草の中でも古来中国で珍重されてきたコルディセプスシネンシスよりさらに厳選した8819株を独自に培養」した明治乳業の『冬蟲夏草』30ml 対「アルコール抽出法でもなければ水抽出法でもないミセル化抽出で蜜蝋などをカットしつつ親油性成分を確実に」取り出した日本プロポリスの『エスタプロント』30ml
「みどころ:蛾対蜂、菌糸対樹液、メラトニン対フラボノイド、チベット対ブラジル、いろんな側面を解きほぐしつつ注目しましょうよ!」実況者は二文字庵でちらと見たことのある福原奈緒美の母親だった。私は当然無視するべきだったが、つい後ろから「そうっ! ただしかりにミセル化抽出プロポリスが敗れたときはっ」思わず声援的叫びをあげてしまった。「インターナリッシュジャパンの炭酸ガス超臨界抽出バージョン、『超臨界プロポリス粒』(還元麦芽糖、超臨界抽出プロポリス、食物繊維、コーンスターチ、ローヤルゼリー)とかが控えてますよリベンジですよっ! マルチ・ハイの過去も断固打破ですヨッ!」奈緒美の母親がフッと振り返り、私は顔を隠してこそこそ立ち去った。
そう。私は人間関係を開拓しようなどとはしなかった。福原奈緒美の母親をはじめ、この戦闘にかかわった各セクト、ノンポリ問わずいま思い返せば個性的な群像の誰かれと接し話し交わり協力しあっていたならば私のサプリ人生黎明期もさぞ朗らかなものとなっていただろう。しかしここでも現実がドラマでないことを学べとばかり、というより人間個々がいかに情念多彩を競おうとも夥しいサプリメントの裂帛個性には到底及ばずここは人間は単なる背景、次々登場するサプリにこそ視点を定めねば、波動にあやからなければという心掛けに染まっていたのである。そして実際、当時参戦していた人々はみな、癒し系だの出会い系だのゆとり教育だの嫌煙権だの靖国神社だの夫婦別姓だのといった人間中心色の惰性にほとほとうんざりしていたからこそ、個性艶やかな命なき周縁に一気熱烈に傅いたのではなかったろうか。一連の騒動の中で私には連れもライバルも恋人もできなかったのは、その必要がなかったからだ。人間関係の複線化を阻んだこの事情が【成分3】別名【コドク】として第2章で読者の頭にすでにインストール済みだったことを念のため思い返しておいていただきたい。
実況中継のそばで、お笑い志願らしき若者コンビによって戦闘をシミュレーションした漫才が演じられたりもするようになった。
「『イッコウドリームオメガジョイ』!」「一光化学株式会社のな」「『イッコウドリームオメガジョイ2』もあります!」「1ランク上のな。2が付くとカタカナからハイブリッドに化けるいうわけね」「ややこしいね」「マええ、危険やからとりあえず番号なしでいこか」「馬の油に大豆油に高麗人参に発酵乳酸カルシウムにスクワレンにみつろうに低臭ニンニクに」「えらい豪華なソフトカプセルやんか」「酸化防止剤は天然ビタミンE。被包剤はゼラチン・グリセリン」「そこまでリサーチせんでええ」「着色料カラメル」「ええいうとんのが」「260mgが一箱130粒」「くどいわい!」「しかしなんですなあ」「なんですなあ。馬油ゆうたら普通塗る方やもんね」「馬油が食品て珍しいね」「しっかし馬油の……いかんわ馬油馬油ゆうのやめとこや」「なんで」「二文字の馬鹿どもに隙くれてまうわ」むろんカタカナ族の応援団の速成漫才師である。他の軍勢、たとえば四文字派の漫才コンビが割り込んで大声で妨害したりするのだが、どれも似たり寄ったり、ギャグなしで延々強引に引っぱる奇怪な修業バージョン漫才の連呼だった。
「『釈迦蓮根』!」「いきなりやね」「健康センター中川の」「健康センターか。まんまやないか」「この蓮根は沼の水面下1m程の所で水圧に耐えて」「ほい」「生長した非常に陽性なものです」「陽性ときたか」「蓮根の「節と根」を主体にして、これに大豆、小豆、海草、生姜、玄米と玄麦を配合して」「おいおいそんなに入れたら蓮根が霞んじまいよるがな」「そーね惜しかったね。せっかくなら蓮根だけで勝負してほしかったね」「ほしかったね」「けどええのええの。なんせ釈迦蓮根ときたら」「釈迦蓮根ときたら」「普通の蓮根のそれに比して」「比して」「カルシウム13倍」「おおう」「鉄分56倍」「おおおう」「灰分14倍」「おおう。てそれ、驚かなあかんこと?」「えーとその、わからんところが」「なんせこの、普通の」「普通の蓮根に比して、ゆわれてもなあ、でしょ。そこは認めます」「レモン20個分、とかはよくあるね」「ビタミンCね」「ベータカロチンの50倍とか」「SOD・スーパーオキシド消去活性ね」「クロレラの10倍とか」「はいはい消化吸収率」「高麗人参の何倍とかローヤルゼリーの何十倍とかとか」「しっかし普通の蓮根の何十倍とこられてもなあ。よっしゃ、決まり!」「決まり?」「このわかりそーでわからん比較広告が功を奏して、『釈迦蓮根』がほんじつの」「ほんじつの」「ほんじつのMVPじゃ!」「あっアホがっ、んなこと言うたら……」
相方の警告も間に合わず刹那横っちょから「待ってましたッMVPッ!」A~Z勢らしき茶髪青年が飛び出してきて漫才コンビをドーンと突き飛ばしフィブロ製薬『イムノプロテインMVP』(免疫ミルク)の黄色い箱を掲げて振り振り「MVPじゃMVPじゃ! 乳清を使用、乳清使用! 砂糖不使用、砂糖不使用! おいしいココア味ココア味! ココア味のMVP! 1袋20gで700㎎のカルシウム補給ぅい、マグネシウムとのバランスも最高最高ぅい! O-157抗体・ピロリ菌抗体・カンジダ抗体含有ですよぅい!」通行人にアピールし始める、といった具合である。町は毎日大騒動だった。
同時並行して、ポスト投げ込み戦術、通販無断申し込み戦術などが――説明は不要だろう――さかんに実行され各家庭に緊張の網を張り巡らした。
弱小軍勢の多文字衆、六文字組、一文字連などをかりに除外して考えたとしても七つどもえ八つどもえ的に折り重なった闘いゆえ、きわめて難解な戦闘模様を呈した。しかも弱小軍勢は弱小軍勢なりにたとえば「六文字組」はその演劇的芸術実践で培ったボイスパフォーマンスを駆使してとりわけ実況中継部門において実力以上の派手な勢力をアピールし、「ひらがな流」は宗教家特有の熱いまなざしによる勧誘サブリミナルテクニックを活用して大勢のノンポリの折伏に成功していた。そう、拠点となる専文店の品揃え的には資源乏しい弱小軍勢ほど、路上においては店主のコントロールなき暴走にはみ出し予定外の戦果をあげる傾向があった。かくして、あえて路上の泥仕合に賭けずとも余裕満々の有力陣営・カタカナ族やA~Z勢、三文字党や四文字派は、却って物量豊富な店内に自己充足的にたむろしてしまう傾きにあり、路上で多文字やひらがなへの改宗者が続々増えてゆくにつれさすがにこれではいかん、と反省の声とともに大手各陣営も本気で潰しあいに乗り出し始めたのである。
まず敵の分裂を狙う戦略がどこからともなく開始された。つまり敵陣営の内部に相互不信を生じさせようというわけである。それには市場や路上や家庭ではなく本丸を直接攻略するが必須と認識され始めた。「対症療法では漢方どまり。原因をたたく西洋医学の強力なテクニックを取り入れなければ」。専文店へ直接、専文外サプリをこっそり置いてゆく「本格逆万引き」戦術が大々的に実施されたのである。
専文店によるリモートコントロールを失わせようという狙いだった。
× これはいいよ、免疫強化だけじゃなくて口
「本格逆万引き」。敵の店内に別文字製品を紛れ込ませて異質オーラを放散させ、店内のエネルギーを弱めるのがひとまず正攻法である。
と最初は思われたが、あからさまに別文字製品が置かれたのでは外力介入が一目明らか、敵の結束を強めてしまうだけ逆効果であるということがわかり、微妙な可能性を衝くのが本格逆万引きの常道となった。たとえば、マルマンの『すっぽんダイナマイトパワー』(スッポンオイル、スッポン粉末、スッポン血・胆・睾丸末)が四文字亭の棚にこっそり置かれた。これは、パッケージ正面に「亀力充実」と書かれてあるために、いかにも店主がこれがタイトルであるかのような誤った認識を抱きつつ商品棚に迎え入れていたという見掛けを装うことに成功した。店主ともあろうものが、単なる「滋養強壮」レベルの謳い文句である「亀力充実」をタイトルと誤認していたとすれば、他の四文字製品全般の信頼性も揺らぐことになってしまう。箱側面の「スッポンは、古代中国で龍・鳳・麟と並ぶ「四霊」のひとつとして尊ばれてきました」という文句も四霊四字的誤解(鼈龍鳳麟?)の説得力を強化していた。実際、「おおおい店主さんよぉぉう……何だよこれぇ……」『すっぽんダイナマイトパワー』を棚に発見した四文字亭常連客の不信を買って、この後の弁明に四文字亭店主は大量の無料進呈サンプルと割引券とを費やさねばならなかったのである。
また、にせPOPの説明文を棚に貼り付けてゆくという戦術もとられた。三文字堂の棚の、ミナミヘルシーフーズ『仙生寿』(アガリクス茸粒)が置いてある前に、「せんしょうじゅ 生の状態では独自の酵素により溶けてしまうデリケートなアガリクス茸・効果抜群」とワープロ印字されたカードが貼り付けられているのが多くの客の目に触れ、なんだこりゃ、三文字堂店主はふだん威張り散らしているくせして己れの扱う商品の本名も認識してないのかよとたちまち不評が流布してしまった。確かに「せんせいじゅ」を「せんしょうじゅ」などと読んでしまっては、三文字専文家としての資質を根本的に疑われよう。また、日邦薬品工業の『寿霊茸』(霊芝子実体、カワラタケ子実体、椎茸)の棚に、「じゅれいしょう 一包1.2g顆粒の特殊苦味効果で細胞に喝!」などという青マジック書きPOPが貼り付けられていたりもした。「ことぶきれいじょう」を「じゅれいしょう」とは、せいをしょう化するよりもはるかに罪が重い。(注釈:逆に、せいのしょう化のような微妙な〈いかにも誤読〉とは異なり逸脱度が甚だしすぎるだけ確信犯流意図的誤読の余地が生じ、却ってダメージが少なかったという説もある。ナチュラルメディックの小粒異形錠剤『万寿茸(まんじゅたけ)』(ヤマブシ茸、アガリクス茸、メシマコブ)のPOPに「まんじゅしょう」とやったのも、見え透いた過剰逸脱パターンの一例である。「まんじゅしょう」などとはいかにも虚構っぽい、生理に馴染まぬ親しみづらい韻律ではないか。ただし音的にいえば、常盤薬品工業にはローヤルゼリー、アミノエチルスルホン酸、ニンジンエキス配合100ml、マツキヨに十本入りケースを大量常備させてリポビタン級人口膾炙を狙っておきながら実はメジャー化ハナから放棄系のノケゾリネーミング『ビッラックスD』なるドリンク剤がほんとに実在するのであってみれば、あながち「見え透き音韻POP」の効力および信憑性も疑問視しきれまいが。)
しかし三文字堂空間に最大の傷跡を遺した爆弾となったのは、逆万引き法とにせPOP貼付法とを合わせた恐るべき戦術だった。千金丹ケァーズの『黒ごまペースト』(黒ごまペースト、還元麦芽糖水飴、植物油脂、ステビア)がなんと十個もまとめ置きされた前に「かんきんたん 最高品質の黒ゴマを特殊製法でミクロペースト化!」なるPOPが貼り付いていたのである。これは、製造元の名である「千金丹」を製品名と取り違えた上に、「千」を「干」と読み違えるというとてつもない過誤をアレンジしたもので、こんな大ドジを店主が本当に犯していたとすればこれ一つで専文家資質全面喪失は超明瞭、すべての経歴がチャラになることは間違いない。事実、三文字堂の名声を伝え聞いた一人の三文字マニア氏がはるばる鹿児島から三文字堂を訪れたその日にこの「かんきんたん」表示を目に愕然とし、現場で錯乱して三文字堂の棚を二列ひっくり返し『油解茶』や『勃喜源』や『降圧丸』や『養命酒』の品揃えに甚大な損害を与えたことが記録されている。付け加えれば、この『黒ごまペースト』は「パンに塗って食べる」という表記どおり、厳密にはサプリメントというよりジャムやバターと並ぶ通常食卓食品と言うべきで、そのような非サプリ類をラインナップに加えるのはとりわけ三文字堂の修道的店風に反しており、主義を撹乱破壊する効果を持ったと同時に、そのような通常食品まで迎え入れて一般主婦や無垢な有象無象層の支持を仰がねば勝ち抜けないというポピュリズム式焦りを店主が抱くに至っているかの窮迫感を醸し出し、三文字客たちの戦意を著しく弱めることにも成功したのであって、ほとほと凝った念入りな戦術なりと感心やむなき一撃であった。
もう一つ私が唸った戦術は、これは二文字庵で最初に目撃したのだが、日野薬品工業の『バツグン』(ガラナエキス、オットセイエキス、エゾウコギエキス、ニンジンエキス、コブラエキス、スッポンエキス、トナカイ角チンキ、タツノオトシゴ抽出液、マムシ抽出液、ヤツメウナギエキス、ローヤルゼリー抽出液)50ml、 藤沢薬品工業の『リュウコ100』(ニンジンエキス、ゴオウ抽出液、ロクジョウチンキ、クラテグス乾燥エキス)100ml、タキザワ漢方廠の錠剤『ガンセイ』(メグスリノ木、クコ、野菊、オオバコ、ヤマイモ、ハトムギ、甘草、ナマコ、各種ビタミン)、日野薬品工業の『リョウカン』(ジクロロ酢酸ジイソプロピルアミン、アミノエチルスルホン酸、サイコ(柴胡)流エキス、ニンジン乾燥エキス、タイソウ流エキス、ショウキョウ流エキス、ゴミシ流エキス-A)、東南製薬の『カツリョク・M』(ムイラプアマ乾燥エキス、イカリ草流エキス-N、ロクジョウチンキ-N、ゴオウチンキ-N、反鼻チンキ、黄精エキス、人参エキス-I)50mlなどがこっそり並べられていたのである。いうまでもなく『バツグン』は「抜群」、『リュウコ』は「龍虎」、肝臓のイラスト付きの『リョウカン』は「良肝」、眼のイラスト付きの『ガンセイ』は「眼精」と店主がタイトルを誤認して仕入れてしまったとでもいう状況をでっち上げたものであろう。このように、見る者の推理――取るに足らない推理であれ――を要求する偽装は、単なる偽装よりも概してずっと有効なのである(「最上の騙しの方法は、やっとばれるほどの場所に隠しておくことだ」)。『カツリョク・M』の場合は同社の錠剤版『活力-M』(合成男性ホルモン入り)という精力剤が実在することによって誤認がいっそう尤もらしくなっているのである。
もっと微妙かつ巧妙な方法としては、これはカタカナ楼で目にして仰天させられたのだが、大平生物化学工業のクマザサ製剤『サンクロン』――葛粉末『ヘリクロゲン』やクロレラ錠剤『グロスミン』と熾烈な三つ巴決闘を繰り広げつつあったことはご記憶だろう――の棚に、これみよがしに同社『散苦緑』の箱が置かれていたのである。『散苦緑』の箱正面には「サンクロン」と書いてあり、両者が同一製品であることは一目でわかる。よって不慣れな客であれば、『サンクロン』がカタカナ楼で販売されているのは間違いであると勘違いするだろう。『散苦緑』は実際三文字堂にたくさん置かれていて店主が客に「これはいいよ、免疫強化だけじゃなくて口臭予防にもいいよ」とさかんに薦めているのを私も何度か見ている。しかし、『サンクロン』は箱入り三本セットで初めて『散苦緑』になるのであり、バラ売り瓶バージョンにはどこにも「散苦緑」の文字はない。成分もデザインも箱中瓶と同一だがバラ瓶は紛れもなく『サンクロン』なのである。しかし「散苦緑」と書かれた箱が投入されることによって、一挙に『サンクロン』がバラ売り製品から箱の中身へと変貌し、カタカナ楼がもとから蔵していたカタカナ版を全部三文字製品化してしまいかねないという仕組みなのだ。これは「逆万引き法」の一種ではあるが、持ち込み以前の土着製品の性質を転化させるという特殊性から「染め上げ法」と呼ぶのが適切だろう。
これらさまざまな恐るべき戦術はどれも、手にとってみれば即座に変だとわかる間違いを捏造するのが目的だったが、実際確実な効果を狙う策謀はそういうものとなりがちだが、中にはもっと長期計画というか、日本生物.化学研究所の『納豆パワードリンク ちゃんと健康』(納豆菌培養エキス、納豆菌発酵酵素液、ガラクトオリゴ糖、梅果汁、乳酸カルシウム、発酵乳酸、茶乾留物、リンゴ酸、クエン酸、葉酸、トウガラシエキス)50mlと『納豆ドリンク ちゃんと健康』(納豆菌発酵酵素液、納豆抽出液、ガラクトオリゴ糖、梅果汁、乳酸カルシウム、発酵乳酸、茶乾留物、リンゴ酸、クエン酸、葉酸)50mlが二文字庵の棚に、ランダムに混在した形で大量に置かれるというような微妙な、一目では、というより熟考の上ですら「ヘン」とは認知されがたい、すなわち効果が即期待できるといいがたい設定が仕掛けられることもあり、これは瞬発力はないかわりに気づかれたときの衝撃を深く根深いものとしようという企みである。西洋医学的化学療法とは異なる代替医学サプリメント特有の遅効性というかじっくり体質改善というか。
注意すべきことは、たとえば『散苦緑』がカタカナ楼に置かれたからといって三文字党の仕業、『バツグン』が二文字庵に置かれたからといってカタカナ族の仕業とは限らないし、『納豆パワードリンク ちゃんと健康』が二文字庵に置かれたからといってそれがハイブリッド会の手によるものとは限らない、ということである。むしろその他の陣営によって、三文字党とカタカナ族を対立させるため、二文字団とハイブリッド会を対立させるために仕組んだと見るべきだろう。むろんカタカナ族やハイブリッド会も他種製品をどこかの店に逆万引きでせっせと仕掛けているはずである。
みなこの逆万引き戦術を「時限爆弾」と称した。というのも、この種の専文外の異物が客によって発見されてしまうと、かりに、店主のミステイクだと思われることはないにしても(というのもこのような陥れ戦術が広く行なわれていることは一ヵ月もすると周知の事実になったから)、この置き土産がどこぞのゲリラによってひそかに置かれたという事実そのものが、店の管理というか、テロ防衛の甘さを露呈することになり、客の信頼を損なうこととなるのだった。
「全くもうっ、油断もすきもないっ!」
各専文店では、棚のスキマから発見されたこうした「時限爆弾」を、見つけ次第路上に放擲した。一文字館の前の路上も二文字庵の入口付近も、三文字堂の前も四文字亭の前もカタカナ楼の前も、瓶の破片と粉末と錠剤砕片と液体飛沫とペースト斑点が色とりどり飛び散って太陽光を乱反射していた。
さらには市外の薬店問屋に忍び込んで、注文伝票をすり換えたり、パソコンのデータベースを書き換えたりする戦略もとられていたらしい。これは噂で、私が直接実行者から聞いたわけではないが、実際、田村薬品工業の『力精V』(アミノエチルスルホン酸、ローヤルゼリー、ニンジンエキス、オウギエキス)100mlのかわりに同社『りき精』(ゴオウ抽出液、朝鮮ニンジンエキス)50mlが大量に二文字庵に運び込まれてきてしまって店内大混乱に陥り、早く捨てろ早く捨てろ、店内パワーが汚染される前に全部捨てろと客も総動員で50mlを山のように店の外に積み上げ金属バットで叩き割っていた現場を私も通りがかりに目撃したことがある。
そうこう小競り合いが続いているうちに市長選も終わったのだが、誰もその結果になど注意を払わず、サプリメント戦争は自律的な駆動を得てすっかり暴走モードに突入していた。
しかし、心臓部たる専文店を叩くこのような「原因療法作戦」は、さほど戦況全体に影響を及ぼさなかったようだ。もはや店主の与かり知らぬところで遊撃隊が勝手に玉虫色の戦術を展開していたのである。幾つもの独立部隊がさらに編隊へと枝分かれして、別の派閥の人員の後ろから背中にドリンク剤をぶっかけたり、頭から顆粒をぶちまけたり、路上で捕らえた別文字ゲリラを数人で押さえつけて三角錠剤の角でぐりぐりと腕や顔を引っ掻いたり、拉致して人目のないところでザクロエキスやイチジクエキスのべとべとを髪と頭皮にたっぷりなすりつけたうえ根昆布やドクダミの百%粉末をぶっかけて固まらせ耐えがたい痒みを染み込ませたりと拷問し、敵の戦術を白状させたりするといった光景が頻繁に垣間見られるようになった。中央のコントロールとは無関係に戦闘が拡散したということは、急性伝染病段階ではなく生活習慣病段階、初期ガンではなく全身転移の段階に町の病状が進んでいたということに他ならない。
路上に散らばったまま残されたカプセル剤や錠剤を散歩中の犬が食べて死亡するという事故が三件相次いで報じられた。路上に廃棄され瓶が割れて中身散乱した「時限爆弾」の内容物を、カラスや猫が食べて死亡した例は数えきれなかった。人に無害なアスピリンが犬にとっては猛毒であることなどよく知られているが、人間の細胞を活性化するサプリメントの中にも小型哺乳類や鳥類にとって致命的な成分が幾つも含まれていたようである。ゴキブリやハエやカマドウマといった昆虫の死骸も道端に数多く見られるようになった。この、サプリメントによる虫の大量死を見、無意識にその光景とメカニズムを温めていたことが、現在の私の事業への直接の契機をなしているということは最後に述べよう。この虫たちの惨劇を【成分5】別名【BUG】として読者の脳裡にここでささやかに登録させていただきたい。ただしその当時は、中学生の私にとってショックだったのは虫よりもやはり素直に犬や猫やカラスの中毒死の方だった。
そこで当然、例の『愛犬活力源』のほか、『華』(波動性食品。手作りドライフード。主食として朝夕の二回、50%ほどの水を加えて与える)『スパミール』(手作りウェットフード。主食として朝夕の二回、そのまま与える。硬かったり柔らかかったりする場合は、加熱するかほぐして与える)『スパシチュー』(天然温泉水仕込みのおかず)といったビックウッドのペット用健康食品が道路一帯にばら撒かれて、散歩中の犬や野良猫に有害なサプリメントを中和させようという試みが愛犬家愛猫家たちによってなされ始めた。しかし、諸成分の相反する効果によってハイになった犬猫カラスが飼主の手から紐を振りほどいて飛び回ったりところかまわず喧嘩して団子になりながら人家の庭に道路に屋根に転がりまわったり人の頭をつつきまくったりという事態が頻発するに至った。そこでペットフードサプリメントの散布禁止があちこちの町内会で申し合わされたが動物たちはなかなか鎮静せず、興奮して電柱に激突死したり車に轢かれたりしつづけた多くの動物たちを持ち去って胆や肝やペニスや睾丸や分泌腺を「広狗腎」「麝香」「シベット」代わりに精製して自店商品に添加しはじめた漢方薬局があるらしい、どこだ、三文字堂か四文字亭かいや多文字房が一番怪しいぞと、動物愛護団体が各専文薬店を見回って店主を詰問したりしている光景も二、三度目にしたものだ。
サプリ戦争には妙に無関心だったうちの両親も、とくに父は動物愛護と環境保全のリンクをつねづね説いていたせいか、愛護団体の調査員が戸別訪問に来たときはいつも快く署名しカンパしていた。
戦闘はかくして二重三重四重に交差し絡まっていったのである。
その絡まりぶりはそれはそれで距離を置いて見ればなかなか美的でないこともなかったわけだが、当時の現場内の私の目から見ると、こうした争いはいかにも無益だった。
「争いはやめようではありませんか!」
チェーン店のそばの街頭に演台を出して、マイクで演説し始める寝癖髪の背広男がいた。人の世、隙間は必ず埋められるものだから、派閥に分かれて争う場には必ず国際派というか、宥和派が立ち上がるものなのである。
○ 小児用内服液だけは除外されていましたが、それ
「文字数の違い、文字の種類にこだわって、何の意味があるでしょうか!」
両手でマイク握って喉も裂けよと絶叫していた。
「アガリクスブラゼイエキス、舞茸エキス、霊芝エキス、椎茸エキス(以上「茸の四天王」原植物換算各6000mg)、エキナセアエキスを配合のタキザワ漢方廠の『万寿霊茸』や、茸の子実体……アガリクスブラゼイ、舞茸、霊芝茸、椎茸、メシマコブ茸、白キクラゲ茸、山伏茸、カワラ茸(合計・乾燥植物換算12800mg)、および茸複合菌糸体(SAGC)……アガリクスブラゼイ、舞茸、霊芝茸、椎茸、メシマコブ茸、ハナビラ茸、山伏茸、松茸、キクラゲ茸、エノキ茸、阿魏茸、エリンギ茸、ブナシメジ茸、白ヒラ茸、タモギ茸、梅寄生茸、チャガー(白樺茸)(合計・乾燥植物換算12800mg)、ハトムギ、エキナセアを含有する明正バイオ研究所の『万寿茸源』と、霊芝末、霊芝エキス末、アガリクスブラゼイエキス末、椎茸エキス末から成るミヤマ漢方製薬『ファンガス粒』とで、含まれているアガリクスエキスにいかほどの劇的な差があるというのでしょうか? 前者はともに50mlドリンク、後者は錠剤という違いならまだしも、名前の所属でいがみ合うなぞ不合理がまかり通ってよいのですか。常盤薬品工業の『玉龍参蒜精』に配合されてるニンニクエキスと、湧永製薬の『キヨーレオピン』に含まれているニンニクエキスとで、そんなに歴然と品質が異なるでありましょうか? 前者は確かにニンジンエキス、オキソアミジン(大蒜抽出濃厚液)、赤まむし抽出液、シアノコバラミン、塩酸チアミン、リン酸リボフラビンを含有しており、後者はビタミンB1塩酸塩、ビタミンB12、肝臓分解エキス、ニンニク抽出液含有という違いはありますが、ともにエキス滴下型一本60ml・1回1ml×1日2回服用タイプ、ことさらに争う必要ないではありませんか。湧永製薬のもう一ランク上の大蒜製剤『レオピンファイブ』にしても、ニンジンエキス、ゴオウチンキ、ニンニク抽出液、ビタミンB1塩酸塩の性能がいかほど純化濃縮されようと、いずれも「日本薬局方」1ml用空カプセルが60個添付されているところがいっしょではありませんか。むろんカプセルなど用いず極少量の水に溶かしてそのまま呷る飲み方こそ生薬揮発成分実感しながら勝負する正道、というのも同じではありませんか。アルファの『めちゃ2爽快でるカプセル』は有胞子性乳酸菌(ラクルス菌)、乳酸菌(ビフィズス菌)、イチジク(天然ペクチン)を成分とし、ファンケルの『乳酸菌オリゴプラス』はビフィズス菌、フェシウム菌、有胞子性乳酸菌、ガッセリ菌、ラクチュロース、ラフィノース、ラクトフェリンを成分としますが、たとえば共通成分ビフィズス菌は前者が1カプセル中10mg、後者は1カプセル中2.5×109個以上という表示差はあるにせよ同じビフィズス菌には違いないのであります。仲良くできないはずがありますまい。そもそもですよ、三文字だの四文字だの五文字だのいった区別それ自体が恣意的きわまりなく根拠あやふやなのでありまして、『新大宝心』が三文字であり『救心内服液』が二文字であるのは、わかるようでわからぬようで果たしてそれでいいのでしょうか。『新如意兵』が臆面もなく四文字なのにですよ? 大麦若葉粉末サプリの代表格・日本薬品開発の『麦緑素 エンチムパワー グリーンマグマ』や再春館薬品『再春 強肝源』や日野薬品工業『新龍天ビタオール液』が堂々三文字なのにですよ? とりわけ座視できないのが龍榮総研のトウガンエキス錠剤『瓜々子』、これが三文字堂にエントリーされてるとは何事か。「々」は文字ではないっ、記号であるッ! よって当然『瓜々子』はハイブリッドのはずでしょうがァッ! かくもいい加減な識字レベルで戦争などとはおこがましい。かつて出版社に怒鳴り込んだ右翼青年がそんなに天皇を尊敬するなら歴代天皇の名を全部言ってごらんなさいと戦中派編集者に逆襲されてすごすご退散したとの逸話レベルがここでもあてはまるので戦争するならそれだけの覚悟と文字の勉強してこいやッ! おこがましきは底なしもいいところ同じ絶倫系50mlにして芳香園製薬の『絶倫無双サソリ』『絶倫無双コブラ』は四文字なのに再春館薬品『絶倫ゴールド』や同仁堂製薬『絶倫キング』がハイブリッドになってしまうのは何のジョークか。かと思えばウェルネスジャパンの『烈倫マカ』(マカ、パフィア、カツアーバ)は再び二文字だという。理屈に合わんじゃありませんか、普通名詞の「絶倫」ならぬ「烈倫」はオリジナル性濃く商標扱いに値するとでも? ならば『ブルマインS』がA~Zなのに『霊参茸R』が三文字に属してしまうのはなぜなのでしょう! 文字には種別ごとに歴史的だか社会的だか謂れなき序列が押し付けられたといいますか、偉い順に漢字、アルファベット、カタカナ、ひらがなというわけでしょうか。ポスト明治維新の日本人にとって未だに漢字の地位というものはアルファベット含めた他のいかなる文字より歴然とそんなに高いのでありましょうか。しかもそれすら厳密適用されているわけでなく人参エキス、イカリ草エキス、カイクジン末(オットセイ臓器)、カシュウ末、鹿茸末、ジオウ末、牛黄、甘草エキス、クコシ含有のメイクトモロー『オットビン金粒』もまむし乾燥末、ニンジンエキス-P、イカリ草エキス、牛胆末、牛黄末、純金箔から成る阪本製薬『金粒マムピン』も二文字ならぬハイブリッドですらなくなんとカタカナだというのであり、これはまあエバースジャパンの『金粒 歳薬丸』が三文字であることを引き合いに出せば一見理に叶っているかに見えますがそれにしては大正薬化工業のメチルテストステロン、イカリソウエキス、ニンジンエキス、グルクロノラクトン、日局エタノール含有10mlアンプル『強力バロネス』はハイブリッド、オットセイ製薬のカロペプタイド=オットセイエキス、小麦胚芽油、ニンニクエキス、オタネニンジンを包みしソフトカプセル『オット精ナイトパワー』もハイブリッドに属するというのでありますよ。これが整合的なシステムと言えるのか。さらにはカイゲンの『ギョクピン精50』はカイクジンチンキ-N、ゴオウチンキ、ロクジョウ流エキス-K、人参エキス、インヨウカク流エキス、黄精流エキス-N、トシシ流エキスを含み宝玉鷲掴む竜の形相フィーチャーした外箱デザインが効果的であるに加えて「成人用」の枠囲み字が絶大、べつにホルモン剤でも劇薬でもなくユンケルやゼナと質的に異質の成分が入ってるわけじゃないのに「成人用」に敬意表したか「未成年者にはお売りできません」の赤シール律儀に貼ってる薬店も全国に多いムードポイント満点の50mgドリンクでありながらこれハイブリッド、日本製薬工業の『キングホルンS3000』は人参流エキス、ロクジョウチンキ、イカリ草流エキス、五味子流エキス、クコシ流エキス、ガラナ流エキスを含み古典的格調ある渋金外箱に「和漢薬製剤」の字がこれまた効果大のスグレモノ50mlドリンクでありつつこれはA~Zだというのでありまして、ともにタイトル末尾に輝く数字はハナから無視されております。そもそもA~Z舗に拮抗しうるたとえば1~9家などといった専文店一つ存在せぬのでありますし。アラビア数字はひらがなにも劣る最軽量の文字以前の半端記号だとでもいうのでありましょうか、この数理科学の時代にですよ? 人類の科学文明に大寄与してきたアラビア数字ですよ? いやさすがに成分表にも数字すなわち含有量表記なしで通す宝仙堂30mlドリンク剤『スッポン大王液』くらいになればこれぞはっきり漢字モノに分類されそうとはいえ果たして三文字でしょうかハイブリッドでしょうか。「スッポン大王の液」ならハイブリッドとなり、「スッポンの大王液」なら三文字となりましょう。どちらなのでしょうか。この程度でしたら金箱脇の説明書きを見れば判明します。「昔、中国の“王八(ワンパ)大王”が珍重したスッポンのパワー。栄養の宝庫と言われるスッポン丸ごとからバイオ抽出したエキスに、高麗人参エキス、トナカイ角エキスなどを加えました。……」そう、スッポン大王ではなかった。よって三文字なのでした。しかしこのように良性の症例ばかりとは限りません。販売元ヒューマンフーズ、発売元アサヒビール薬品の、ブドウ糖、ハチミツ、オタネ人蔘エキス、ローヤルゼリー、ナルコユリエキス、クエン酸、ガラナエキス、天然カフェイン、各種ビタミンを含有する50mlドリンク剤『神宝根 泉』はどこに属するのでしょう。「神宝根」ですから三文字でしょうか。それとも「神宝根泉」とみて四文字でしょうか。はたまた「神宝根」をエピセットもしくはシリーズ名と捉えて本名「泉」なる一文字製品なのか。手掛りは皆無であります。はたまた田辺製薬(提携・中国天津市力生製薬廠)の『ナンパオ』は直輸入ものなら『男寶』でありますからモノが同じでもカタカナではなく二文字となってしまうがそれでよいのか。二文字庵の主役を一時期担っていたズラリ『若甦』シリーズの中でもただ一つ30ml小児用内服液だけは除外されていましたが、それは『小児用じゃっこう内服液』という名称だからです。他のドリンクと同じくニンジンエキスやビタミンB群やケイヒチンキやタイソウ流エキスを含んでいるのにそういうことでいいのでしょうか。牛津製薬の錠剤『黎明心』はドリンク剤『れいめいしん液』(ゴオウチンキ、セイヨウサンザシエキス、コウジン(紅参)乾燥エキス、シベットチンキ)10mlでこそ飲み下したいというのに、同社同発音の明らかに姉妹品でありながらその必然的飲み合わせがどの専文店内でも不可能なのであります、理不尽なことに。さらには高麗人蔘、田七人蔘、ウコン、シリマリン配合の一和ジャパンの錠剤『肝蔘かなめ』はなぜに二文字ではないのでしょうか。大麦若葉、ケール、キャベツ、ブロッコリー、セロリ、パセリ、ホウレンソウ、シソ、ヨモギから成りオーソドックスなコクだが苦味薄な1包3gの分封粉末、コーワリミテッドの『朝摘み青汁』はなぜに二文字と認められないのでしょうか。三井物産の『グロスミン源液ドリンク』はなぜに……」
演説の進行中、「うるせえ」「ばーか」「やめろってんだ」何人もの通行人が毒づきながら、演説男の顔に茶色錠剤をぶつけていったり、「このやろう」「この蝙蝠野郎」白い粉末をぶっかけたり、黄色いドリンク剤を頭のてっぺんに注いだり、マイクにペーストを塗りつけたり、「いいかげんにしやがれ」「ふ・ざ・け・る・な」襟口から背中へ赤カプセルや黒丸薬や橙顆粒をぞろぞろと流し入れたりした。演説男は動じずにしゃべり続けていたが、口の中にいくつもの錠剤を放り込まれているうちに顔がだんだん赤く、酒に酔ったように呂律が回らなくなってきて、ついに臨界値を越えたか「ニ、ニンジンエキスとニンにんニンニク抽出液とロ、ロクジョウチンキとゴオウチンキとシ、シ、シベットチンキ……湧永製薬のゴ、50mlドリンク剤『キョーリックα』のα……は……果たしてアルファベットの……ジ、持続性ビタミンB1誘導体、加工大蒜、コンドロイチン硫酸ナトリウム……三共の『リゲイン@』は……@は……果たしてアルファ、ベットの一員にィうーィ……」くるくると回って倒れ、痙攣した。その上にたちまち通行人によって錠剤や粉末や顆粒が降り注がれ、第三世界の街角の落葉に埋もれた犬の死骸のようになっていった。
迫害にもめげずこのような反戦主義の演説人間が次から次へと街頭に立った。市長選のときのいかなる候補の演説よりもはるかに熱がこもっていた。営業マン風三十男が「三宝製薬の『生薬内服液ブロニー』が五文字なのに救心製薬の『救心内服液』が三文字とは矛盾も甚だしい、文字別対立制度の不合理を明瞭に物語っているではありませんか!」と叫んでいた。五十代の動物愛護団体役員風ひたむき顔の女が「ファンケルの『気分爽快サポート』が四文字でなぜ『更年サポート』や『快視サポート』『ぜんりつサポート』『ぬくぬくサポート』『色白サプリ』『つるるんサプリ』はいともあっけなくハイブリッドなのでしょう。制度の不条理をはっきり示しているではありませんか!」とがなっていた。小学校校長を退職した風六十男が「佐藤製薬の『ユンケル黄帝液』、そう、反鼻チンキ、シベットチンキ、ゴオウチンキ、ニンジン乾燥エキス、セイヨウサンザシエキス、ジオウ乾燥エキス、ローヤルゼリー、各種ビタミン、パントテニールアルコール、コンドロイチン硫酸ナトリウム含有のあのおなじみ30mlドリンクでありますが、同じ佐藤製薬から『ユンケル黄帝顆粒』、さよう、ゴオウ末、ロクジョウチンキ、ニンジン乾燥エキス、西洋サンザシ乾燥エキス、ジオウ乾燥エキス、乾燥ローヤルゼリー、各種ビタミン、コンドロイチン硫酸ナトリウム配合の顆粒剤や、非ユンケル系ドリンク剤『黄帝①』『黄帝②』などが発売されている以上、「黄帝」という二文字製品であるとしなければなるまい。しかるに黄帝液は三文字、黄帝顆粒は四文字だというのであります!」と怒鳴っていた。「これぞ制度の理不尽を明確に表わしている!」「すべての始まりだったあの『絶倫粉液』を」地方の弟に仕送りしている高級ヘルス嬢風の女が「考え直してみてくださいよね、あれってあかひげの精力剤『絶倫粉エンペラー』『絶倫粉粒』、そう、マムシ末、スッポン末、ハブ末、補骨脂末、ガラナ末、蛇胆末、桑 蛸末、オットセイカロペプタイト末配合のあれね、そうそう液バージョンには入ってない「桑 蛸」ってカマキリの卵だってこと忘れないでネあたしカマキリの顔ってだあい好きっ♀が♂交尾中に食べちゃうなぁんて賢いッ」ヘルス嬢ではなくSMクラブの女王様だったかもしれない。「だから桑 蛸入り『絶倫粉粒』の姉妹品だっていうなら『絶倫粉液』は四文字じゃなくて「絶倫粉」て本体に液ってオプションが付いたんだと理解するのが正しいんじゃありません? 現にあのとき市長候補が飲んだのはじつは三文字製品だったとかって四文字陣営から反論が生じて、それから三文字と四文字をまとめて標的にした攻撃があちこちで噴出したりしてですね、あたしの従兄も車に火つけられたりして、これって」地団太を踏んでいた。「制度の非常識をくっきり暴露してるじゃありませんか!」「見てくださいよこのきれいな群青色の箱、『中南海〈天眼〉』!」ひっつめ髪、丸眼鏡、推定百四十二センチの背丈が特徴の母親と身長百八十はありそうな見た目高校生の息子といった親子ペアが代わる代わるマイクに叫んでいた。「鯉ノ胆、マムシノ胆、ブルーベリーエキス末、珍珠貝末、アスタキサンチン、トマトリコピン、メグスリノ木、クコシ、シロキクカ、エビスグサ、オタネニンジン、ヤツメウナギエキス末、サンシチニンジン末、オリゴ糖を含むこの錠剤ね、いえ町内じゃ買うもんですか、こんなんなっちゃった町内じゃ。先週はるばる池袋の壮快薬局行って15750円出して買ってきたんですからねちゃんと聞いてくださいよッ、三文字なんですか二文字なんですか!」「「品名」のとこには「天眼(テンエン)て書いてある。でもパッケージ正面には「中南海」て字の方がでかい。どうすりゃいいの!」「あ、発売元は自然療法協會ってとこですから。で天眼の……」
いかにも部下の身代わりになってリストラされた風元総務課長現ホームレス風情の四十男の演説はちょっと変わっていた。「……ヘルスサポートステーションの『どきん28』やロッテ電子工業の『ギャバ・20』がハイブリッドものに類別されていることは周知の事実です。ひらがなとアラビア数字、カタカナとアラビア数字が混在しているのですから当然でしょう。しかるにスピルリナ普及会の『スピルリナ100%』はカタカナだというのですよ! 驚きです、「100%」はどうなってしまうのか。ちなみに『どきん28』の28は成分28種含有の意味、『ギャバ・20』の20は一粒ないし一瓶にギャバ20mg含有の意味です。成分数やmgと%とでどのような論理的違いがあるというのか。数字というのはかくもいい加減な扱いを受け差別されているのであります。実のところ『スピルリナ100%』が説明書きに抱く「1日40粒は(財)日本健康・栄養食品協会の指導による」「雲南省の秘境にある原始の塩湖。世界三大塩湖のひとつで、この自然のアルカリ水だけで培養できることが高品質、低価格の秘密です。他社の培養は水に種々の化学品を添加しアルカリ水をつくります」というこの気概。「打錠及び品質管理は自社山梨工場で行っています」にはまた痺れるじゃありませんか。ただのカタカナにはもったいない。ここは数字軍団いわば「0~9隊」を新たに立ててその旗手に『スピルリナ100%』を据え、軍団員に『どきん28』や『ギャバ・20』のみならず日新薬品工業の『ビタルモン3000』(タウリン、イカリ草流エキス、黄精流エキス、サンシュユ流エキス)100mlや日興薬品工業の『ローヤルゼリースーパー300』(蜂蜜、ローヤルゼリー、ベニバナ抽出液)50ml、場合によってはスズケンの『キングエースD5000』(エゾウコギ乾燥エキス-C、カシュウエキス、ムイラプアマ乾燥エキス、ロクジョウ流エキス-K、ニクジュヨウエキス、ニンジン乾燥エキス-A、ゴミシ流エキス、インヨウカク軟エキス-C、ローヤルゼリー、タウリン)50mlや大日本インキ化学工業の『リナグリーンエキス21K1』(スピルリナエキス、エキナケアエキス、プロポリス、高麗人参エキス、ニゲロオリゴ糖、蜂蜜)50mlやダイエーの『飛翔A30』、ひいては廣貫堂の『蔘黄V-50』をすら参集させ武装決起すべきである!」あたかも好戦的扇動的な逆説反戦演説だった。(ちなみに『スピルリナ100%』について私の考えを言わせていただくと、遺伝子組換えや農薬をめぐる三文字堂店主直伝の教訓を想起するまでもなく、「他社の培養」なみに「種々の化学品を添加し」てくれた方がむしろサプリメント人工錠剤文化のスピリットに合致していると思うのだが、続く打錠云々山梨云々に、中国秘境の大自然任せじゃないぞ的工業国の矜持が仄見え、さすがは「消化率はクロレラの約2倍、ベータカロチンはクロレラに比べ約50倍」!)。
「コレステロール値を下げ動脈硬化予防ですと。最近じゃコーヒーが健康食品なのだそうな! 省エネちうか青い鳥ちうかしょせん身の回りで全部調達せいと。赤ワインポリフェノール、ココアやチョコレートのカカオポリフェノールに続いてなんとも貧乏性なこってすな!」係争の本質とは関係ない話題をメガホンでまくし立て雰囲気だけ争いを煽り立てている顎鬚老人もいた。「健康コーヒーが実在するとしても「急速冷凍製法」にて揮発性アロマを豆内部に閉じ込め品質劣化防止を実現したと大言する名古屋製酪〈きくのICFコーヒー〉ペア、『男のコーヒー』(黒パッケージ。インドネシア・マンデリンとコロンビアをベースにした力強くコクのあるブレンド)『女性のコーヒー』(赤パッケージ。ホンジュラスをベースにしたマイルドですっきりとした甘い香りのブレンド)とは何事でしょうか? 男ときたら女、女性ときたら男性とせにゃなるまいに! 〈男のコーヒー、女性のコーヒー〉とはどーゆーつもりか。女は性抜きじゃ自立できん性的存在だとでも申すのか。これはオンナ差別ではないのか!」
こうした反戦演説者の誰もが――雰囲気演説のコーヒー老人も含めて――通行人によるサプリ攻撃を免れず、空中乱舞する粉末や飛沫や粒々を浴び続けるうちにビタミン過剰症かミネラル過剰症かカフェイン急性中毒か生薬アレルギーかその全てかによって咳き込み嘔吐し胸を押えながら路上に沈んだ。
○ 見苦しいことじゃなくて形状対決になっ
誰よりも私自身、サプリメントのデリケートなサプリ的本質とかけ離れてしまった路上乱闘めいた現状には堕落色しか見えずほとほと嘆かわしいと思っていたので、心ある演説者たちのこの受難には心を痛めた。そもそも彼らの言っていることはほとんどが正論だった。そう、自分的に最初の混乱の予兆となったあの『減糖蚕粒』にしても、あれが四文字製品か三文字製品かということは、演説者たちが声高に訴えるとおりたとえば『減糖蚕液』『減糖蚕末』『減糖蚕カプセル』『減糖蚕ドリンク』といった「減糖蚕」名義共有の同系製品群がもし実在して、その中での『減糖蚕粒』ということであるなら明らかに三文字製品、一方何らシリーズのメンバーではなく『減糖蚕粒』なる単独製品ということなら紛れもなく四文字製品、という単純明快で決着がついたのではないかと思うのだが、むろんサトウの黄帝シリーズのようなメジャー製品でない場合は一々確認がむずかしいわけだが、とどのつまりは~粒、~液、~末、~錠、~顆粒といった境界事例的サプリについてはメーカーに問い合わせることで丸く客観的決着へ収まったのではないか。だから各店主はじめ町じゅうの人々があんなに悩んだり争ったりする必要はなかったのだ。 しかしご記憶だろうかこの町のサプリメント文化には「サプリ自決の原則」が貫かれていた以上、市外の、というかサプリメントの箱の外の企業に問い合わせるなど規範外、もってのほかだったし、演説者の多岐にわたる論説が明らかにしたように、~粒、~液……識別だけでは解決できない文字数・文字カテゴリー錯誤の危険性が常に潜在していたのだったし。国境がもともとないところに国境紛争が起こるのは当り前といえば当り前、変といえば変なのだが、愚かさ虚しさに耐える免疫を生まれつき持った人々、せめて国境を心底信じられる奇特な人々だけが心底信じられる場所だけでドンパチやってくれー。 「だからさあ、この紛争の見苦しいところはさあ、国際的に通じる成分や効能やデザインで勝負しないでさあ」錠剤の集中砲火を浴びて急性ルテイン中毒で倒れてからホームレス同然の生活をしているという五十代大学教授風の顎鬚男が公園のベンチで、両手の甲を代わる代わる擦ってボロボロ垢を縒り出しながら私にしみじみと語った。「ひたすらローカルな日本語圏内の覇権争いになっちゃってることなんだよね」中二の夏休みに入って私は、倒れた演説派たちとぽつりぽつり言葉を交わすようになっていたのである。「まあ人間の馬鹿さ加減つうか方言根性を丸出しに剥いちまうって効能をね、サプリメントが持ってた、って次第なら仕方ないけどさ」
私もまさに同感だった。「サプリ合わせ」が同種内の垣根を越えた異種格闘技的真剣勝負として公に実施されることは決してなく、実証的戦いが執拗に回避され、観念の衝突のみがむなしく繰り返されていたのが私にも苛立ちの種だった。サプリ合わせの本場カタカナ楼からも正々堂々他流試合方式は提案されなかったのが不可解だった。それほど「文字の壁」は根深かったらしいのである。
「しかしローカルにやってるくせして新聞の地域版も全然報道しないってとこが現代日本だよな。聞いてるだろ、お隣の彩錦市じゃ、うちみたいな名称対決なんてうすっぺらいんじゃなくて形状対決になってるらしいよ」
「形状対決……?」
「サプリのタイプを形で仕切って戦うんだよ。錠剤、丸薬、小粒、ソフトカプセル、ハードカプセル、粉末、顆粒、チュアブルタブレット、ドリンク、滴下エキス、ペーストエキス、ティーバッグ、スープ……てな具合にな」
「それだったら世界共通に戦えますね」
「そ。形状ならアラビア語圏だろうがハングル圏だろうが通用するからな。同じアガリクスでも錠剤と粉末ではどちらがいいのか。打錠しないぶん粉末のほうが安くていいのか、飲みやすいぶん錠剤のほうがいいのか。これは立派な生理学調査のテーマになる。最近、錠剤軍が三角派と丸形派と六角形派とに分裂して内紛を起こしてるって。それでキャンディタイプと湿式粉末タイプが新たに参戦したとか。希釈液エキスタイプってのも独立を図ってるとか。少なくともうちみたいな文字紛争よりずっとグローバルだよ」
私は頷いた。
「済々市なんかはうちのローカル文字数主義の影響受けながらも成分ごとに集結してるって。アガリクス、プロポリス、プラセンタ、スピルリナ、そしてスクワレンにカルシウムが五文字防衛線を形成すれば、キトサン、クロレラ、レシチン、サポニン、リコピン、カテキン、トナリン、ペクチン、アリシン、そしてタウリンが四文字部隊をなして対抗するという具合だって」
「そりゃいいなあ」私は両拳を握った。「『仙生露』と『P&P』と『ビタエックス液』が結託して『キトメルト』と『にんにく卵黄油』と『出世の花道』の先鋒部隊を迎え撃つなんてスゴイ光景も実現してるわけですね! いい!」
「夢みたいだろ。浜屋の『深海鮫エキス』とウメケンの『プロポリスD-800』が手を組むとかなあ。それとほら、発売元ごとに結集して抗争してる卍巴市みたいなところもある。現在、同仁堂製薬とイスクラ産業とヘルスケアシステムと日健総本社とあとなんだったかな、誠心堂薬局だったかハーディインターナショナルだったか、最大手ならぬちょい意外どころばかり五大ブランドって形で他社を次々併合しながら割拠相乱れて混戦中らしい」
「えっ? 併合してるんですか?」
「卍巴市の中だけでな」
「ふーん……。そういう切り方のほうが大学生とか就職活動が楽だろうなァ……」
翌日公園に立ち寄ってみると、ベンチの陰に教授が仰向けに寝転んでいた。右手が胸に置かれ、左手が伸びて、その先にこぼれ落ちたように藍色の箱と瓶が転がっていた。龍榮総研の『晴明源』。アワビの貝殻エキス、菊花エキス、クコの実エキスを含有するこれは、「目安として1日4~6粒」の前置きとして、通例の「食品なので特に定めはありませんが」ではなく「1日12粒くらいを限度としてください」と二段構えの上限を定めているホンノリほんのホンノリ危ナ系の、瞳デザインからして視力方面のサプリメント。
よく見ると五十代と見えたこの男、ぽかんと口をあけて寝転んでいると地が露出してというかこれ、なんとあの、(あの人かよ……)四文字亭で涙の告白を聞かせたハタチそこそこのひき逃げ男ではないか。髭のせいで年くって見えたのだ。しかし話し振りとか物腰がすっかり落ち着いて貫禄と教養を漂わせていたことも否定できない。たしかにサプリメント戦争勃発以後、彼が公道をのし歩いているのを見たことはなかったが、こういう男はこういう男なりに、戦争のような契機に一挙変身を遂げるものらしい。というより個人の個性などというものは圧倒的なサプリの質量の前には無に等しい、着脱自在の化粧に過ぎないことをこのひき逃げ男の変貌が身をもって例示しているように思われた。一連の流れの中で、心通い合う同志や親友の類を開拓できなかった私の行き方、すなわち【成分3】別名【コドク】が正しかったことを確認した気になって私は男の閉じた瞼をしげしげと見つめた。
じっと動かない。死んでるのか? 呼吸しているか? 私は手を触れて確かめるのがためらわれて、死んでるようなただ寝てるだけなような、はっきりさせてしまうのがさらに俄然恐ろしくなって、その場を離れた。
× 縁起ものの文字使い放題なんですか
『晴明源』を持ち帰っていた。そうか。そうだ。晴らさなきゃ。明るく。無意味な争いの泥沼に光明を、視界を晴らす源を見出さなければならない。「視覚障害者用語でよく「晴眼者」っていうだろ。あれの対語っつうか反対語って何なのかずっと調べてたんだよ。そしたらナ……」この瓶を手にしながら客に語っていた三文字堂店主の口調を思い出した。部屋で『晴明源』を一粒一粒飲んでいるうちに、コップに汲んだ水道水で限度の12粒を越え15粒16粒、続けざまにたちまち一瓶150粒全部を半時間のうちに飲み終えた頃には目の前がボーッとかすんでちらちら星が飛んでゲップが鼻の奥に立ち昇ってツーンと痛んだりしはじめて、心臓がドキドキバクバクしてきて「ふわあ……」むしょうに三文字堂を訪れてみたくなった。今あそこはどうなっているだろう。
「ふ。戻ってきたか。そろそろ戻ってくると思っていたよ」
前夜150粒の後遺症でまだ脈動の続いている耳の後ろを押さえながらおずおずと戸を開けるなり三文字堂店主が、私の来訪を予期しきっていたように言った。
シガリオの『玄米の精 ブラックジンガー』の箱が十個ほど、穴だらけにされたうえ千枚通しで柱に磔にされているのが見える。あの深黒に橙系波紋マークの格調高さが映えてけっこういい室内オブジェになっていたが、やはり三文字堂店主にして『玄米珈琲』への鞍替え・裏切りは腹に据えかねたのだろう。しかしこの日あとで知ったのだが玄米の精→玄米珈琲とちょうど同じ頃じつは、ファンケルの『発芽玄米』(国内産コシヒカリ100%、1合パック120g。玄米を一定温度の水に一定時間浸けておくことによって0.5~1mm発芽させたものでお米の栄養分が最良の状態に変化します)が『発芽米』(さらさらタイプ)へとリニューアルしていたのであって、玄米戦線においては一勝一敗一得一失、カウンター近くの棚にはこの『発芽米』のパックがどっさりと積み上げられていた。帰依者を称え労うかのように。
しかし私が入っていった瞬間の主要な仮想敵は、四文字ではなくカタカナやハイブリッドだったようだ。カウンターをはさんで店主の前に、七、八人の男女が座って代わる代わるまくし立てていたのである。
「店主、勝てます。勝てますよ! 三文字強精ドリンクの威力を見せてやりましょう!」
「だめだめ」大学生らしい長髪眼鏡男が首を振って、「ファンケル軍団一つ押し寄せてこられただけでもうちは壊滅だろうさ。『肝心サポート』の成分表を見てくださいよ、「ウコンエキス」のあとに括弧して「クルクミノイド…2.1g」ですよ。『風除サポート』の「エキナセアエキス」には括弧「フラクトフラノシド2.4%」だし『持久サポート』の「乾燥エゾウコギ抽出物」なんか括弧「エレウテロサイドE…0.8mg、クロロゲン酸…2mg、イソフラキシジン…60μg」だしね、『休足サポート』のBCAAて成分はなんと括弧「分岐鎖アミノ酸」だし――ただのアミノ酸じゃないよ分岐鎖だよどーするのよ――『アレル気サポート』にいたっては「シソ葉エキス」に括弧「ルテオリン0.55%」、「甜茶エキス」に括弧「GODポリフェノール4%」ですぜ。ただのポリフェノールじゃないよGODポリフェノールだよどーすんの。こういうだね、他にもヒペリシン0.3%だのHCA40%だのプロアントシアニジン90%だのといったね、成分のさらに括弧に入った厳密な化学名称のパワーをだね、%やμgを相手にできるというんですかよ。いかに漢方系強壮成分が三文字堂に豊富っつっても、人参何mgだの牛黄何mgだのって食材名そのまま大ざっぱじゃ分子式が見えてこないじゃないか。エレウテロサイドEやプロアントシアニジンやGODポリフェノールの分子構造に分け入ってけるわけがない。原爆に竹やりで立ち向かおうとした太平洋戦争の愚を忘れるにはまだ早すぎるでしょ」
「そのとおりです。ファンケルの『クロレラ』を見て私は勝てないと思いました」三十代と見える赤ん坊を抱いた女が、「成分表の一番下にこれ、「クロレラたんぱく質の消化率 75~80%」って。なんでもない記述のようですけど、こういうところにのけぞっちゃいませんか私たち。成分の優秀さだけじゃなくって、体内に入ったあとの経緯までフォローしてくれるなんて。カタカナ系科学のスピリットはさすがチガウと脱帽しちゃうっていうか」
この会議中に私のところにも参考資料として回されてきた『記憶サポート』の成分表示を見て、私も納得した。「いちょう葉エキス40mg(フラボノイド24%)(テルペンラクトン6%)」とある上に、さらに細かい内訳が列記されているのである――「フラボノイド9.6mg中[ケルセチン4.1mg、ケンフェノール4.4mg、イソラムネチン1.1mg]、テルペンラクトン2.4mg中[ギンコライドA0.48mg、ギンコライドB0.32mg、ギンコライドC0.40mg、ビロバライド1.00mg]」……フラボノイドやテルペンラクトンですらビビりかけるのに、さらにケンフェノール、イソラムネチン、ギンコライドA、B、Cとこられては……。そもそも270粒入りの外袋についても「包剤の材質/ポリエステル(表面層)、アルミニウム(中心層)、ポリエチレン(内面層)」と表示してある厳密さ。たしかに「まむし抽出液」だの「すっぽん粉末」だの大まかなイメージ戦略レベルでふんぞり返っていた漢方系三文字軍団としては為すすべもないということが私にも痛感されたのだった。
しかし、翌日にカタカナ族の会合を覗いてみたときには、次のような会話が交わされていたのである。
「金蛇精、ふーむ。金精瑠、ぬーう。蘇精源、むむーん……」五十代の禿親爺が非常時こそナナフシ店主の日頃の高慢に逆襲するいい頃合とばかり「精門慶、ぬおおおー。快歓精、な、は、ははははー。もぉぉうずしんずしんずしん、こうも重厚な白兵戦で来られたんでは、我らカタカナ族なんぞに勝ち目ありませんよ、無念ながら。精でしょ、源でしょ、活でしょ、寿でしょ、甦でしょ、霊でしょ、仙でしょ、壮でしょ、勃でしょ、玉でしょ、龍でしょ、鳳でしょ、もう敵いませんよー、縁起ものの文字使い放題なんですからこの瑞祥、この昂揚、この勇猛。一文字あたりの筋肉密度が違いますから。福地製薬の『ハイキック』がいかにハンピチンキ、カイクジンチンキ、オウセイ流エキス、ニンジン流エキス、イカリ草流エキス、グルクロノラクトン、ハチミツを含有した50mlドリンク剤であろうとも、日本創健の羅漢果抽出液100%の20mlドリンク『羅漢果仙漢液』の薄金色になぜか鹿と仙人の図を配した悔しいがあの硬質格調の前には抑え込まれちゃうというか喉越しかすかザラつきご機嫌度100%というか。安易に華麗にカタカナ語でハイキックとかアッパーカットとかコンビネーション決めようと思ってもダメなんだよ店主、グラウンドに持ち込まれちゃアウトです、横四方固とか送襟締とか逆十字とか重厚な寝技には勝てません。格闘技用語でいう「団子状態」ですな。密着されて漢字的重々しいテクで関節抑え絞られて終りなんですよ、空手家キックボクサー次々なぎ倒して格闘界に最強神話を一時期築いたグレイシー柔術だって決してグレイシーレスリングとは名乗らないんですから。あくまで「柔」「術」。わかってんの、わかってんのかよ、え、店主」
みなそれぞれ相手に幻想を抱き、自らを卑小化して危機感に震えていた。三文字堂に入れば三文字シンパとなり、四文字亭の戸をくぐれば四文字を応援し、カタカナ楼の店内に身を置けばカタカナの危機を何とかしたいと切実に望んでそのつど他軍勢におののく私なのだったが、しかしむろんそういうことではいかんのだった。私は前述のように、中学生レベルの限られた判断力の範囲内ながらこのいかにも非生産的で愚かな争いに心痛極まっていた。各専文店の店主をそれぞれに尊敬していた私は、誰が傷ついても私自身の心の痛みとなるだろう的予感にすでに傷ついていた。このときほど、親友が欲しいと切に思ったことはない。私と同じ年頃の少年でも少女でもいい、むろん奈緒美でなくてもいい、主義を同じくしいっしょに戦える同志と出会っていたら……しかし現実をとことん学べとばかり、各店で十代の少年少女を見かけることが稀でなかったにもかかわらずついぞ一人とも親しく言葉を交わせぬ【成分3】別名【コドク】は盤石だったのである。
この間にも、道路には粉末が四六時中飛び散り、通りがかりの男女が互いにドリンク剤をぶっ掛けあい、マンションの窓から通行人の頭上に錠剤がばら撒かれ、カラスがクルクル回ってひっくり返って泡を吹き、信号待ちの自動車の窓から発車と同時に丸薬や二色カプセルが散布されていた。
畑に面した人通り少ない裏道で、瓶の破片を踏んで転倒した厚底ギャルが踵と膝と掌をざっくり切って流血し、路面が赤く染まった現場も目撃した。ほどなくして野良猫が七、八匹ほども集まってきて、猫が人血を好んで舐めるということを私はそのとき初めて知った。
人体成分といえばさらにそう、錠剤の繋ぎに使われる乳糖やカプセルの被包剤たるゼラチン・グリセリンは、腸内をどろどろにして宿便取りにも用いられる一種緩下剤である。私や各専文店常連客のような下地ある慣れた者らはともかく、サプリ戦争に唐突に巻き込まれて俄か戦闘員となった大半の市民にとっては、サプリ摂取量急増のためただでさえ慢性的に下腹が緩くなっているところへ、お互い余剰のサプリ爆弾を裏処方したりあからさまにぶつけあったりしているのだからたまらない。プウウ~~~~ッ、高らかな破裂音に振り向いてみると買物途上の主婦が真っ青になって立ちすくんでいる、という光景や、コンビニ脇で止まった車から脂汗流しながら若者が降りてきてダッシュで駆け込む、という風景がしばしば見られるようになった。
決壊が目測できることも珍しくなかった。早朝、私のすぐ前を歩いていたネクタイ鮮やかなアタシェケースの中年男がグ、棒立ちになったかと思うとブ、ぶウウーッ陽表長屁ぐるみズボン尻にみるみる茶色染みを作っていく光景を見た。自転車の女子大生風が私とすれ違いざまウッ、ブレーキをかけて降りかけ固着し、片膝曲げ捩れ姿勢のまま濃厚擦り爆ぜる陰伏音響ぶバピもろともスカート裾より粘黄土環状一斉、白昼陽光に煌き滴る絶景にも立ち会った。大喜びしたのは子どもたちである。元来は非戦闘員である小学生ら、しかしボトム内臓系への人間本来の興味を素直に感受できる彼らであってみれば、爆発が起こるたびにわあっと駆け寄って、遥か何百メートル彼方からでも目敏く耳聡く現場に駆けつけて、蜜に群がる蟻さながら真剣な目で、自らの粗相を忌々しげかつ虚ろに見つめる大人たちの呆然を「……、……、……!」嬉々観賞するのだった。大人のウンコ洩らしなどそうそう目にできる時代ではなかったのだから小学生らの歓喜は当然である。少子化といわれる時世、どこにこんなに多くの子どもたちがいただろうと、ほんの僅か年上の分際で妙に大人ぶった感慨に耽りながら私も、音と臭気を嗅ぎつけてわらわら集う小学生らといっしょに大爆発の光景は何度も何度も堪能したものだ。「あははああっ、カシマ先生え!」「うわータチバナ先生ええ!」歓声で小学校教師であることが知れた痩せ型黒縁眼鏡男とやや年上に見える太目銀縁眼鏡女がampmの陰でそろって中腰・ズボン半降ろしスタイルの半泣き表情こわばらせびちびちやっていたのを小さな野球帽たち十五六人とともに環視したときはアア、こういう光景も世の中ほんとはありだったんだなあ牧歌的とはこのことかなあと感動すら覚えた私だ。ampmに駆け込んだはいいが「トイレをお借り……」「では合言葉を。便秘には」「え? えと、ゼウスの『ハーブdeスルリ』……」「ブーッ! 申し訳ありませんけどぉ!」そんな具合に店員との派閥差から二人とも追い返されたものと察せられる。小学生らのひそひそ会話を総合するに毎日連れ立って帰宅する「ウワサの二人」だったらしく、妬んだ同僚の仕業か生徒の眼前憚らぬ密着ぶりに釘を刺そうとした同僚もしくは管理職に一服盛られたか、いずれにせよサプリ戦争は背景厚く各方向拡大利用されもしていると推測された。
サプリの破片に加えて市民の流した血や下痢や汚れたティシュなどの飛散物散乱物にハエやダンゴムシ、アリやゴキブリやアメリカミズアブが群がって元気溌剌飛び去ったりその場でのたうち死んだりしているのを私はしみじみ見つめもした。【成分4】別名【人体】×【成分5】別名【BUG】式原画像幾度更新。
さて本書に私が記録する事柄に虚偽や誇張は含まれていないにせよ、多かれ少なかれ一面的な記述であることを示すために、次のことを述べておくのがフェアだろう。すなわち、ちょうど同じ時期、薬局薬店だけでなく町じゅう何系列かの各店頭で、似たような騒動が頻発していたということである。たとえば、ブティック・呉服店の前では、婦人服や子供服や浴衣やチャイナドレスや甚兵衛や各種織物が散らばって踏みにじられているのを何度も見たし、時計店の前では、腕時計や置時計を何十個も抱えて口論しながら飛び出してきた二人の男がそれら時計を路上にばら撒きながら胸ぐらつかみ殴りあいを始めたのにも出くわした。そして文房具店の近くでは、封筒やバインダーや万年筆やレポートパッドや書見台やガムテープなどを一団の男女が雪合戦のように投げつけあいぶつけあっている光景を目撃することがしばしばだった。どうやらそれぞれの業界で、小売店と消費者を巻き込んだ類似の戦争が同時進行していたらしいのだ。
サプリメント戦争はそれら多元的諸戦争のうちの一例に過ぎなかったのか、それともそれらを引き起こしたおおもとだったのか、私にはわからない。ちょうど市長候補の『絶倫粉液』飲用が問題化しサプリメント戦争が勃発した頃、他の複数の候補について「遊説中にこれ見よがしにはめていた腕時計が……非常識……」「……がしていたネクタイが……不当な宣伝……」といった囁きが洩れ聞こえてもいたところから考えると、サプリメント戦争は、同時発生的なより大きな波動の一例に他ならなかったという可能性も濃厚である。
サプリ戦争の地位については私は判断を保留する。私自身が当初から取り込まれた文化がたまたまサプリメント業界だった以上、いかにも自律的メカニズムによって意義深くも嘆かわしい混乱が町を席巻した、という歴史的事実のみを、あくまでサプリメントの内的視点からお伝えするのが我が記録の目的であるから。だいたいが「俳優は俳優をのみ妬み、詩人は詩人をのみ妬む」(ウィリアム・ハズリット)。サプリ戦争が騒乱全貌の主だったか従だったか、もし従ならば主は文房具戦争だったか時計戦争だったか服飾戦争だったか、興味のある読者は御自分で当時の記録なりお調べいただければと思う。
サプリ戦争の歴史的地位如何にかかわらず、そして一連のサプリ騒動が『絶倫粉液』がらみの私の密告がなくてもいずれ起きた試練だったか否かにかかわらず、形の上で私は責任を感じていた。死刑囚の心臓の的を狙わねばならない十人のライフル射手の一人みたいなもので、かりに他の諸要因が必然的な開戦に向けて着々導火していたにせよ、引金の一つを私が確実に引いたことには変わりなかったからである。
かといって何をしたらよいというのか。町の騒乱をよそに、私の両親だけは平然とサプリメント無視の生活を続けていたのも私の焦りに油を注いだ。私の裏処方が両親に抵抗力を与えていたのかもしれない。家庭の内外の温度差に私の良心は引き裂かれ、騒乱の責任焦点が私に他ならない駄目押しの証拠であると私は受け取った。演説者たちのような真正面からの反戦平和説法では埒があかないことは観察上わかっていた。それこそ北風と太陽の法則、相手の内発的傾向(サプリメント用語では自然治癒力)を利用しながらの、対立を無意味に思わすための最善策を模索しなければならなかったのである。
× それだけ言うからには鉄分と下剤効果でプルー
チェーン店やハイブリッド院の店長や従業員の中に心ある調停者が出てくれるのではないかと期待し、それとなく店内で語りかけてみもした。しかしチェーン店ははなから中立傍観を決め込み、ハイブリッド院は依然頑なに「ハイブリッド専文」の姿勢を崩さなかった。チェーン店はもともと本拠が街の外にあって外資系文化圏をなしておりいわば治外法権区域、よって町内の紛争からは超越していられる立場にあり、わざわざ争いに首を突っ込む理由がないばかりかむしろ町内専文店が共倒れになってくれれば営業上望ましいに違いない。一方のハイブリッド院はハイブリッド院で逆に町内古来の人脈や家風や義理が絡んでおいそれと町内磁場の力線束から外れた偽善的公平主義に転ずることなど絶対不可能だったのだろう。わからないでもない。どちらにも調停役を頼むことは無理だ。こうなったら自分の力でできるだけのことをするしかない。
何から手をつけてよいかわからぬ焦りをなんとか紛らすため私は、しばし自己慰撫的ゲリラ戦を演じて当面お茶を濁した。つまり、鞄の中やポケットや懐に森田薬品工業の『モリピン』(カフェイン200mg、塩酸リジン、コンドロイチン硫酸ナトリウム、ヘルツゲン、アミノエチルスルホン酸、ビタミンB群。30ml)にポッカコーポレーションの『目パッチリ 激』(はちみつ、梅果汁、DL-アラニン、カフェイン、L-イソロイシン、DL-スレオニン、L-フェニルアラニン、とうがらしエキス。50ml。黒+黄に微量の赤が灯った瓶デザインはスズメバチ的刺激を連想させる)という二大目覚ましドリンク、古内亀治郎商店株式会社の『小さな魔法』(大豆オリゴ糖、クエン酸、乳酸カルシウム、L-アルギニン。100ml。副題に「クエン酸サイクル飲料」とあるが、生薬味なきローレベル成分と老舗臭芬々の発売元名との矛盾がナイス。箒に跨る魔女の略画付き)にウチダ和漢薬の『老?茶』(羅布麻。分封3.3g)、フロンティア・マーシャルアーツ・レスリング株式会社の厳粛黒箱カプセル剤『プロマガンダF』(マカ末、アシュワガンダ、大豆プロテイン、ビール酵母、亜鉛酵母、ロイシン、イソロイシン、バリン、クレアチン、ビタミンB群)にリケンの決定版美肌錠剤『美麗貴女』(紅麹ハトムギ、ハトムギ麹、ヒアロコラーゲン)と不統一に節操なき玉石混淆を詰め込んで、さらにサプリメントではない単なる風邪薬『ドリスタンGアップル』(ロート製薬)や単なる咳止め薬『エスエスブロン液エース』(エスエス製薬)を冒涜的に混ぜて、人通り多い商店街の危ない脇道などをさっ、さっと忍者よろしく一人で塀から塀、電柱の陰から陰とわざと怪しげに走りすさったりした。こんなタブー侵犯的な所持品を見つかったら大変だ蝙蝠だ拷問だ、とどきどきしながら、錠剤をぶつけあい罵りあっている男女の間をすり抜けたりした。
ここで私と同年齢くらいの同志が現れていたらこの忍者ごっこが自律的自己目的的な遊びへと昇華してしまったかもしれない。そして私のサプリメント系履歴もこのあたりで終結していたかもしれない。が、幸か不幸か【成分3】は鉄壁で、私はひとり孤独にゲリラごっこに耽りつづけ、その虚しさに我ながらいい加減飽きはせぬか、飽きへの怖れというのも一つのポテンシャルというかインスピレーション源となりうるだろうかとうずうずしてきた頃、気の弛みからか一人忍者の最中つまずいて鞄を落とし、無節操クロスオーバーが散乱してしまったのである。ちょうどサティの駐輪場前、大慌てで這いつくばってサプリを拾い集めようとした私の鼻先に、買物途上立ち話中中年主婦四、五人のうち一スカートがひらめいていた。金指輪の光る指先が「…、…、…」いかにも尻間食い込んだ下着をスカート越しに摘んで引き出すべく躍起の最中と思いきや一転窪み中央モログリぐりグリぐり一心穿り掻き続けるその三本指突き刺しぶりがすごくすごくすごーく気持ちよさそうで、ちょうど至近距離から見上げる格好になっている私を気にもせず――中二にして百五十に届かぬタッパではさぞ小学生とも目され忌憚対象と数えられなかったのだろうが――さらには路上散乱のわが『モリピン』『小さな魔法』『プロマガンダF』『美麗貴女』等々をうざったげに一瞥しつつ主婦の誰一人何の感情も表さず近所の噂話だかに興じ続けていた。
(なんだよ……)サプリ戦中特有の成分過剰摂取効果につき湿式刺激絶えない出口ゆえの掻痒指遣いと斟酌すればグリぐり続行には目を瞑れるにせよ、クロスオーバー黙殺にはカチンときた私。肩透かしをくらった私。(なんだよなんだよ……)尻掻き主婦の正面で女子校生ばりに胸元で手振りながら甲高く笑ってるのが、見覚えある福原奈緒美の母親に違いなかったのが決定的だった。奈緒美の母親も片手を後ろに回しもぞもぞやっていた。わが路上熱はこの瞬間冷めきった。
(人間ってわりといい加減なんだ……)
巻き込まれているようで肝心のところが絞れてない。このことに私を人生初めて気づかせた原光景が四十女の集団尻掻きアップ映像だったというのは、俗世にほどよく適応する上で理想的な財産だったように思う。個々人のチンケな個性や躍起に期待するより、私の同志はやはり人ならぬあくまでサプリ。文字の国境を越えたホモ・サプリメントの人類愛。
路上を見切った私は一転、室内新たな実践に勤しみ始めた。文字横断ベストランキング表の作成である。どんな分野であれランキングこそ最も効率よく人目を引く装置である以上、「ほんともう、電柱にでも貼り付けておけ」(三文字堂店主)。大量にコピーし、コンビニの棚に無断で置いたりパチンコ店の入口に重ねておいたり電柱や電話ボックス内に貼りまくったり、町じゅうにばら撒いたわけだ。私家版「逆万引き法」。各専文店時代に店主や客の品定め会話を耳に茸が生えるほど聞きまくってきた私が精選ランキング表にゆきつくのは必然だったと言えるだろう。推敲に推敲を重ねた力作文を次々送り出した。現在の私が本業のかたわら業界誌への執筆でそれなりの稼ぎを得るようになった土台が、こうした少年時の懸命な文章作成なのだった。
いろんなバージョンを作成したが、そのうち会心の四つを紹介させていただこう。今見直しても、中学生の基準からするときわめて高度な文章といえるのではなかろうか。それも実は当然で、以下の文案の大半は各専文店で客や店主が語りあっていた大人の言葉をメモや録音から再構成したものであって、ランク付けの整理用に中学生自身の解釈がコーティングされただけなのである。
A 青汁ベスト10!
① 【原液冷凍パックタイプ】 ファンケルの『青汁ストレート』(ケール100%)
袋入りタイプ元祖・キューサイ『青汁』(ケール100%。「[農薬検出精度は国の50倍]国の基準は15ppm~0.05ppmまで容認されていますが、キューサイ青汁は 0.2ppm~ 0.001ppmまで検出できる精度で検査しております。全工場全ロットの検査をしております。キューサイの検査レベルでは25mプールの水の中に1滴落とした農薬でも検出できます」)を抑えてファンケルが代表の座に。やはり価格。キューサイの1袋90ml150円に対し1袋100g100円は圧倒的!
② 【瓶入り粉末タイプ】 オールジャパンドラッグの『グリーンベジタブル』(大麦若葉、デキストリン、乳糖、ハトムギエキス末、ドクダミエキス末、胚芽エキス末、大豆レシチン、アマチャヅル末、キダチアロエ末、コンブ末、セロリ末、ピーマン末、キャロット末、シイタケエキス末、無臭ニンニクエキス末、ホウレンソウ末、ブロッコリー末)
「大分県の国東半島で栽培した新鮮な大麦若葉を搾汁後、低温噴霧乾燥法で瞬時に粉末化したエキス」が主成分にふさわしく舌上瞬時に溶けるふわふわ系。
③ 【分封粉末タイプ】 オリヒロの『青汁スーパー100』(緑葉ケール。「苦味が気になりません。その秘密は繊維質をそのままミクロカットする事で、今までの青汁に多い苦味・渋みを除き」云々の説明書き通り乾式無味無臭、軽粒ふさふさ舌上即溶解パサパサ系)1包2.5g、ミヤマ漢方製薬の『グリーンバーリー』(大麦若葉末、デキストリン。たとえば『グリーンマグマ』より粒子細かく濃厚にべたつく湿式濃味ありのツルツル系)1包3g、マルヨシの『ケールの青汁』(ケールエキス末、フェカリス菌抽出物、デキストリン。オーソドックスな苦味とコクありチリチリ系)1包3g、コーワリミテッドの『朝摘み青汁』(大麦若葉、ケール、キャベツ、ブロッコリー、セロリ、パセリ、ホウレンソウ、シソ、ヨモギ。オーソドックスなコクだが苦味薄のさらさら系)1包3g、日健協サービスの『青汁 活菜源』(微甘味漂うザラザラ系湿式粉末)1包2g、プリセプトの『麦若葉青汁β』(麦若葉末、乳糖、オリゴ糖、デキストリン、ブドウ糖、大豆タンパク、クロレラ、第二リン酸カルシウム、乳酸菌末、無臭ニンニク、アシタバ粉末、昆布末、ホウレン草末、ニンジン末、トマト末、パセリ末、パンプキン末、セロリ末。じくじく系)一包2.5g、ハウザー食品の『青汁の素』一包4.5g(ケール粉末、ブドウ糖、乳糖。ふかふか系)でリーグ戦を行なった果ての勝者。
④ 【分封顆粒タイプ】 エフディの『ベジタライフ』(小松菜、ホウレンソウ、大根葉、パセリ、野沢菜、グリーンピース、ニンジン、南瓜)一包3.5g
大粒の乾式顆粒、ボソボソ系。典型的蚕味。
粉末・顆粒は水に溶かさずにそのままザザッと口に流し込み唾液でじっくり溶かしながら鼻に頭に青臭さが苦味ともどももわっと立ち拡がってゆく味わいが命。パッケージの指示書きに安易にしたがって水に溶かしちゃいけません。じかに飲む。これ青汁色に染まる心得。気持ちに余裕ある時にはさらさらと②~④各種粉末を白い皿の上へ隣接盛り上げ、色の違いや粒子の粗さを比べながらつんつん指でつついたりしながら匙ですくって少しずつ舐めます。だんだん体が緑に染まるこの感覚。もう引き返せませんね。
⑤ 【ソフトカプセルタイプ】 ケンコーの『青汁濃縮球』(ケールパウダー、ルイボスエキス、緑茶エキス、サフラワー油、クチナシ色素)
カプセル青汁とはただでさえ珍しいところを駄目押し的に瓢箪形ときたか。焦茶色ではなくきちんと緑色ならファンケル青汁ストレートをも凌いで1位に躍り出たものを!
⑥ 【フリーズドライブロックタイプ】 創健社の『ケールの青汁』(緑葉ケール、オリゴ糖、穀物発酵抽出エキス(米胚芽、大豆))5g
この直方体はさすがにこのまま食するは難、ただし可能な限り最少量の水に溶かすのがコツ。さっぷの180ml飲料『森の雫』(白樺樹液100%)または名古屋製酪の500mlペットボトル『三隅の潤水』(高波動アルカリイオン水。水澄の里と呼ばれる山陰路三隅の奥三隅温泉・地下703メートルの珪岩層の湧き水。弱アルカリ性冷鉱泉)のいずれか30mlほどコップにとり過飽和的にドロドロ深緑溶解させ「ぬるっ」と飲み下すがベスト。
⑦ 【錠剤タイプ】 山本漢方製薬『青汁粒』(大麦若葉エキス末、結晶セルロース、乳糖、ショ糖脂肪酸エステル)とワールド薬品『モロヘイヤ粒』(モロヘイヤ、乳糖、ショ糖脂肪酸エステル、グァーガム、微粒二酸化ケイ素)と健民社の『野菜不足解消してね!』(ケール、モロヘイヤ、トマト、ほうれん草、パセリ、ねぎ、玉ねぎ、ごぼう、にんじん、白菜、セルロース、ショ糖脂肪酸エステル)のリーグ戦勝者。
⑧ 【錠剤タイプパート2】 青粒の『青粒』(モロヘイヤ100%)
製品名の極まり度により、リーグ戦なしで無条件エントリー。ただし社名も一致した過剰極まり度が逆効果となって、⑦におけるオーソドックス錠剤群勝ち抜き者よりも一ランク下に位置せざるをえず。そういうこともある。
⑨ 【ペットボトルタイプ】 伊藤園の『健康野菜 赤汁』(トマト、にんじん、甘藷、ビート、赤キャベツ、赤ピーマン、トマト色素、レモン果汁、香辛料)
青汁フィールドに赤汁は元来違反と言うべきだが、赤が一つ灯ることで全体の青汁効果に緊張が生じレベルアップするだろうという狙い。伊藤園にはもう一つ、全く同じ素材から作った同じく砂糖・食塩無添加100%野菜汁ペットボトル『野菜いきいき 赤の充実』がある。100gあたり栄養成分表示もほぼ同じ数値だが、食物繊維で0.2g、総カロチンで0.1mg、ビタミンA効力で60IU、ショ糖で0.1gだけ『赤汁』の方が少ない。よって代表権は『赤の充実』が獲得すべきところだが、名前効果で『赤汁』がエントリーせざるをえず。そういうこともある。
⑩ 【錠剤タイプパート3】 野菜の代名詞的代表格でありながらあまりに日常的過ぎるためかタイトルにほとんど採用されない不遇野菜=キャベツものの珍品としてリケンの『酵母発酵キャベツ』(発酵キャベツ、キャベツ末、ビール酵母、イソマルトオリゴ糖、有胞子乳酸菌、乳糖、セルロース、ショ糖エステル。スッパイ香りがたまらぬ!)
凡庸路線のキャベツに「発酵」と付いたムードメーキングが手柄だが錠剤の色が限りなく白に近く(淡い斑点があるとはいえ)青汁系の典型から中途半端に外れるため、気持ちよく大外しの『赤汁』より下位に甘んじることに。
B 解説・能書き・注意書きベスト10!
① ティーネットの『紫黒源』(紫黒米(γ-アミノ酪酸富化玄米))1袋2.5g
幻の古代米(稲の原種である野生稲の特徴を受け継ぐ米の祖先)の中でも、特に珍重されてきた紫黒米を、農林水産省取得特許第2590423号の技術に基づき発芽処理をほどこした後、独自の特殊高温高圧製法(エクストルーダー・特願2000-75248)にて膨化微粉砕することにより、遥か古代の玄米パワーを最大限に引き出しました。
リアクション:美麗紫箱・古代壁画風稲作図を背景とした総ルビの迫力には返す言葉なしです。トップはやはり正攻法。内実も、パッケージに負けぬ精彩紫色粉末は紫黒米の名のごとし、唾液と混合するや粘着餅状化の変り身が絶妙。まさに米。食の原点。
② 薬師堂の『梅雲丹』(九州最古の寺・武蔵寺(重要文化財指定)に、九百数十年前より伝承。梅肉エキスとの最大の違いは、梅核(梅の種子)が必須原料となっていることで、又加熱処理もしておりません。原料となる梅は、年数を経た大木に実る苦が梅で、国内でも福岡県の太宰府、筑紫野地方にのみ伝わる銘品です。……約7日分、43ml)
野菜嫌いの人が、野菜が美味しくなったと食べだしたり、甘党の人が甘い物を余り食べなくなったり、魚嫌いの人が鰯を骨ごと食べだしたり、酢物嫌いの人が酢の物好きに変ったり、朝食抜きの人が朝食好きに変ったり、色々の不思議な変化が起ります。
リアクション:偏食を解消する効果だと! 「これが昔から伝承されている古梅(梅核)エキス・梅雲丹の役目です」とはっきり明言。直接効果しか謳わない一般能書きの裏を行くコペルニクス的転回の勝利。
③ アスプロの『サラサラクリーンナットウキナーゼ』(納豆菌培養エキス末、乳清カルシウム、酵母細胞壁)
本品に使用している納豆菌培養エキス(ナットウキナーゼ含有)は、日本生物科学研究所で国内産非遺伝子組換え大豆を使用した特殊製造技術により作られた原料で、納豆由来の有用成分を抽出し、納豆に含まれるビタミンK2を除去しています。
リアクション:オステオカルシンなるタンパク質を作りカルシウムと結び付いて骨粗しょう症予防作用を発揮する「ビタミンK2」を売りにするのが納豆製品の定石(例:「育ち盛りのお子様の骨形成に欠かせないビタミンK2や……」と謳う矢口納豆製作所「がんこおやじ」シリーズ・小袋入りスナック『サクサクなっとう』(納豆、かたくちいわし、白ごま))。そこをこの錠剤あえて「ビタミンK2除去」宣言の謎。どうして? ホーネンコーポレーションの『豊年ホネックスK2』(天然ビタミンK2、大豆イソフラボン、総トコフェロール、大豆レシチン、ビタミンD3)を筆頭とするビタミンK2系サプリメントたちの面目はどうなる? おおかた心臓病患者の抗凝血薬「ワルファリン」とバッティングするK2の特性を暗に述べたこの「除去」だろうが、心臓に無関心な多数派一般人の関知せぬところだし、いずれにせよワルファリン関連の説明一切抜きで「除去」と誇る暗示性が「え?」と好奇心を逆撫で。除去の説明除去、素晴らしい。
④ リアルネットの『ジャムウ タンポポ入コーヒー』分封スティック顆粒2.2g
タンポポは、ヨーロッパなどでは根を乾燥してコーヒー状にしたものが「バストビューティ・ティー」と愛称され飲用されています。本品はタンポポエキスとジャムウに、女性に大人気の日本産豆科植物根茎エキス「プエラリアラデックスエキス」を加え、さらに大豆にも含まれている健康素材「イソフラボン」を別途にプラスしました。また女性に嬉しいざくろ種子エキスを加え、カフェインレスコーヒーで風味豊かに仕上げました。そのまま又はお湯に溶かして美味しく……
リアクション:おおぉいッ! タイトルからしてジャムウが主役のはずでしょ! なぜに名のみ言及、無視扱い? マタ・ハリが愛飲した美肌ハーブにして女性用催淫剤や女性器塗薬や粘膜香水の定番でもあるインドネシアの秘薬「ジャムウ」なのに! ジャムウの話題性を知らない人も、タイトルvs.説明書きの不均衡に不審を抱くはず。六成分中あえて一つだけ説明対象から外すなら逆になぜタイトルトップに起用したのかな?
⑤ シンギーの『野蚕の精』(野蚕、サンシュユ、クコの実、冬虫夏草、デキストリン、クロキクラゲ)
野蚕は中国の限られた地域の深山で育ち、家蚕に比べて生命力に優れ、野生のパワーをその体全体に秘めています。本品は雄の蚕のみを乾燥・粉末にし、これに冬虫夏草、サンシュユなどの貴重な植物を加え、粒状にした新しい健康食品です。
リアクション:雄の蚕のみ……。なぜ雄のみ? なんで♂のみ! 説明がない、説明がないんだってば、気になるんだよおおーそーゆーのー!
⑥ ジェーピーエス製薬の『補中益気湯液』(ニンジン、オウギ、チンピ、サイコ、ショウキョウ、ソウジュツ、トウキ、タイソウ、カンゾウ、ショウマ)30ml
次の場合は、直ちに服用を中止し、この製品を持って医師または薬剤師に相談すること (1)服用後、次の症状があらわれた場合(中略)症状の名称 偽アルドステロン症 症状 尿量が減少する、顔や手足がむくむ、まぶたが重くなる、手がこわばる、血圧が高くなる、頭痛等があらわれる。
リアクション:「直ちに服用を中止し、この製品を持って」! 副作用に専門名称がついてるところが素晴らしい。漢方漢方した雰囲気があまり好きじゃないワタシがですよ、この「偽アルドステロン症」あるがためにこれを買ってしまったのですよ!(六文字舎常連熟年談) 肝心の液剤そのものはドリンク剤としては最も低刺激の薄味であることがこのむやみやたら恐ろしげな「偽アルドステロン症」を生かしている。
⑦ 日本アートの『ハブ王源』(沖縄ハブ元末、乾燥パン酵母(亜鉛高含有)、スッポン末、ローヤルゼリー、ウコギ人参エキス末、トナカイの幼角末、ガラナ末、各種ビタミン)
主力原料に使用されている《ハブの粉》は、医薬品にも使われるため、ソフトカプセルに入れることができません…。若干飲みづらい点はありますが、事情をご理解いただき、お召し上がりくださいませ。
リアクション:ん? 武田薬品工業の『ビタミンE「タケダ」』(d-α-トコフェロールアルファ型天然ビタミンE)、エーザイの『チョコラAD』(ビタミンA、D)等々ソフトカプセル入りの医薬品ってありふれてるけど? この弁明の趣旨は? またしてもタマラヌ「過少説明」パターン! それにしてもこの程度の酵母臭を嫌うアンチ錠剤派の苦情がそんなにしばしばあるのだろうか。パッケージ底面目立たぬ所にひっそり書かれた根拠不明の但書きであるところが二重丸。
⑧ 田辺製薬(提携・中国天津市力生製薬廠)の『ナンパオ』(ロクジョウ、コウクジン、コクロジン、トウキ、ニンジン、ボタンピ、カイバ、トチュウ、アキョウ、ケイヒ、センボウ、トシシ、ホコツシ、インヨウカク、コロハ、ハゲキテン、ニクジュヨウ、サヨウ、センゾクダン、ジュクジオウ、フクボンシ、ホウブシ、クコシ、ゲンジン、オウギ、ビャクジュツ、サンシュユ、ブクリョウ、バクモンドウ、ゴシツ、カンゾウ)
〔注意〕のぼせが強く赤ら顔で体力が充実している人は服用しないでください リアクション:よくある警告系の代表。ナンパオの鮮赤箱と「赤ら顔」がピッタリ合って熱妙。「精がつきます」と直球で来られるよりこういう消極的警告こそ説得力倍増です。消臭サプリによくある注意書き――例:カネボウフーズの『お口の消防止ドリンク』(消臭効果のある118種類の植物から抽出したエキス“F118”、パセリ抽出物(パセリ油)、茶抽出物)50ml、「飲酒運転等には悪用しないで下さい」――のような白々しい見え透き方もない体質的警告。懸念を装った推奨。本家「北風と太陽の法則」と呼ばせてくれ。
⑨ 麒麟麦酒の『高分子キトサン』(キトサン(カニ)、卵殻カルシウム、ビタミンC最適配合)
高分子(粘度:100mPa・s以上)で、脱アセチル化度の高い(85%以上)キトサンを使用しています。 ―ご注意― 高分子キトサンは消化管内で油脂類を強力に吸着し排泄される性質があるため、食事由来の脂溶性ビタミン(ビタミンA、D、E、K等)の一部も吸着します。したがって、連続した過剰な摂取は健康に影響をあたえる可能性があります。
リアクション:う~む。「低分子キトサン」=「水溶性キトサン」ブームの昨今、あえて「高分子」とは……? 「脂溶性ビタミン剤を別途服用されている方は、本品のお召し上がりの時間から2~3時間ずらして服用ください」ともある。分子量が大きいほど油脂吸着と再凝固が強いことはわかったが、では低分子キトサンの方のメリットってそもそも何だったっけ? と復習欲を喚起する丁寧解説。「油脂を多く含んだ食事の後に……(一日)目安量である6粒を、一度にお召し上がりいただくことをお薦めします」。うーむ。飲み方、ここまでの指示は初めてだ。ビタミン欠乏誘発の可能性とすら引き換えにダイエット効果一極集中攻撃型のド迫力。6粒用携帯ケース付き。サプリメント侮りがたしを再認させる随一品。
⑩ ムアンの『徐福伝説』(低分子キチン・キトサン、無臭ニンニク、ロイヤルゼリー、ワサビ抽出物、パパイヤ抽出物、酵母抽出物、冬虫夏草、プロポリス。50ml)
低分子キチン・キトサン(分子量500~1500)は1本当り600mgを含有し、冬虫夏草等、特にSOD酵素力価1本当り100万ユニットのパワーをあらゆるスポーツ、美容、健康維持に適宜お役立て下さい。
リアクション:始皇帝の命を受け不老長寿の妙薬を探し求めた方士・徐福との関係はともかく、ワサビ刺激の飲後感ももとより、SOD酵素力価(活性酸素消去活性)1本当り100万ユニットはいくらなんでもスゴすぎる。墨絵風山水デザインは伊達ではない。SOD力標榜製品の代表・大麦モノのたとえばミナミヘルシーフーズ『スーパー大麦若葉顆粒』は、かなり濃厚な飲後感吸収感もたらす分封逸品にしてSOD1100unit/g。『徐福伝説』は1包3g1日1~2包程度目安という『スーパー大麦若葉顆粒』を一度に303包すなわち150日分以上摂取したのと同じ活性酸素除去作用を有するというのだ! 1本グイ飲み10秒でだ! さすが低分子キトサン、この桁外れぶりは断トツ1位にもランクされるべき超絶度だが、端的数字上の「事実」を述べたものだとすれば、能書きのすごさというより製品そのものの単なる客観的すごさに還元されてしまうゆえ、この順位に甘んじることとなる。
(単なる客観的数字のスゴサでいえば、ソフィア・エコ・プランのソフトカプセル『ローズドリナ』(ぶどう種子油、ローズオイル、プラセンターエキス、ビタミンA、E)の「2500本のバラからわずか1ccしか抽出できないという大変貴重なオイル」「ブルガリア国立バラ研究所の認定を受けた「ローズ・オットー・ブルガリア」のピュアなローズオイルを主原料」「吐息や体臭までもバラの香りに変えてくれる効果を発揮」……この希少価値はSOD100万ユニットにも勝るだろう。しかるに「2500本からわずか1cc」云々が記されてるのはヴォイスの通販カタログだけで、肝心の現物には箱にも瓶にも何も記されてないためこの「飲む香水」は幻の傑品にとどまり惜しくもエントリーできず。)
というわけでさて、高分子キトサン(⑨)も低分子キトサン(⑩)もそれぞれすごいということはこれでわかった。しかしこの世界はすんなり納得していちゃいけない。高分子でも低分子でもない決定版、なんと「中分子キトサン」のカプセル剤というのが実在したのだ! ダイワのカプセル剤『キトメルト』(分子量十万前後)。恐るべしキトサン道! 補欠 日立造船バイオの『森の杜仲茶』(杜仲の葉、はとむぎ、大麦、香料、緑茶エキス。340ml)
本品はゲニポシド酸などの杜仲葉配糖体が含まれておりますので、毎日ご愛飲いただくほど、その良さをご体験いただけます。
リアクション:とりたてて言うほどの説明書きにも見えないだろうが、標題に「ゲニポシド酸 ご存知ですか?」とあって、日常的な340ml缶ブレンド茶手にしてみたらいきなり専門語成分で問いかけられた、この準・場違い気味タイミングの妙が貴重。
(注1:「日本の霊峰富士山の周辺に咲きほこる野生の花から、独自の方法で花のエネルギーを転写した液体」「マウントフジの振動数が唾液腺から吸収され、血液に乗って内分泌腺に入り、神経系からチャクラの通路へ伝わっていきます」「各層を徐々に整えていきます」「エネルギーを高いままに保持し、微細なエネルギーと同調しやすくするというポリシーのため、物理的に香りを付けることは、あえて一切していません」云々、テラの『マウントフジ・フォーミュラー』(7種類)のような〈あちら系〉能弁をエントリーすることは「あえて一切していません」。)
(注2:実は最初は1位に『玄米の精』を挙げ、「リアクション:あの三文字堂店主が、原則を曲げてまで惚れた「減農薬」の逸品! 『玄米珈琲』にリニューアルしてからは能書き中「減農薬」の語が一個に節約されてしまい、ややパワー減」と書き込んでいたのだが、信頼された者の守秘義務というよりこの秘密暴露から筆者の正体が割れる恐れのことを考えて控え、同じ玄米ものの傑作『紫黒源』に代えておいたのだった。)
C 非主流茶or変則茶ベスト10(ティーバッグor煮出しタイプ限定)!
① タヒボジャパンの『タヒボ』(タベブイア・アベラネダエ)
いかにも「樹皮です」的天然味覚。別名、紫イペ。「アマゾンの神からの恵みの木」「古代インカ帝国の遺産」の異名をとる神秘ラインだったが最近すっかり知名度を博してきた。「キノンという色素成分……の一つにNFD(ナフト・フラン・ディオン)と呼ばれる成分があります。NFDの特許はタヒボジャパン社が保有し、NFD含有の天然樹木茶は、同社製造による「タヒボ」に限られています」。ふーむ。さらに「類似品にご注意ください」と念を押している。じゃあ小谷製粉の『タヒボの精』やトリムの『タベブイア100』はどうなっちゃうんだろう。同じタベブイア100%でもNFDは含まれていないのか? 三者ティーバッグタイプで飲み比べ細胞研ぎ澄まして調べてみようか。
② 皇漢薬品研究所の『蕃麗茶』(乾燥蕃麗の実)
中国南西部熱帯地の深山に自生。添付布袋に約50g入れて煎ずる方式。微妙な酸味。あとで布袋を洗って乾かす手間にホッと本物の余裕が宿る。
③ 多田フィロソフィの『ルゥ・ティー』(サラシア・オブロンガ)
健康食品はブラジルと中国におまかせ、という風潮に待ったをかける南アジアの意地。アーユルヴェーダ・インドの生命科学が育んだ究極ダイエット茶。痩身のイメージにインドを重用する手は、一歩外れれば偏見と糾弾されよう。咎めらる寸前の悪手こそ最大の好手なり。
④ サンフィールドの『ジュアールティー』(カメリアシネンシス)
健康食品はブラジルと中国とインドにおまかせ、という風潮に待ったをかける東アフリカの意地。SOD酵素力価(活性酸素消去活性)110000ユニット/g。1バッグ2gゆえ、かの『徐福伝説』にもマジで迫る。
⑤ 沖縄ユーカリファームの『ユーカリティー』
健康食品はブラジルと中国とインドとアフリカで決まり、という風潮に待ったをかける長寿県沖縄の意地。「コアラからのメッセージ」「オーストラリアの宝物ユーカリティーを沖縄からお届けします」といったややこしいキャプションが錯綜美を奏でるナチュラルグレード焙煎(特許出願中)。
⑥ 日東製粉の『そば若葉茶』
健康食品はブラジルと中国とインドとアフリカとせいぜい沖縄でとどめ、という風潮に待ったをかける信州の意地。「そばのふるさと信州の高原で日光をたっぷり浴びて栽培された無農薬のそば若葉だけを原料に……」「無農薬」を誇示する右寄りスタンスが気になるが、そばの実を用いる普通の「そば茶」に対して葉を用いた微妙なマイナー性が、トップレギュラーの一角を占めるにふさわしい。かすかに甘くとろっとした微感触もナイス。
⑦ エージェーデェー開発の『ダイエット油解茶』(六堡茶(リュウパオ))
やはりお茶は中国再び。「黒茶の代表的な銘柄」「推積発酵」「黒麹菌を用いて」「釜入→揉み→湿推積→揉み→乾燥→蒸して再推積→再び蒸して推積→貯蔵という手間と時間をかけて」…… 「推積」とは耳慣れぬ製法だが「堆積」の間違いじゃありませんよね。「アガリクス」を「アガリスク」と書いたり、結構サプリのパッケージって体系的な誤記が多いんですけど。いずれにせよこれだけ念入りな手間ひまかけられてしまっては、「代表的な銘柄」がひっかかりはするものの変則茶ベストラインナップには拒めまい。
⑧ 糖尿食品の『パーラ茶』
パーラとは? 英名グアバ、日本名バンジロウとある。なぁんだ、グアバ茶かい。グアバ茶ならバナバ茶、シジュウム茶、ルイボス茶、燕龍茶、甜茶、黄杞茶、マテ茶あたりと並ぶ今や準メジャー茶と言っていいじゃないか。と失望などしている場合じゃない。「グアバ芯葉100%」「若い二葉」に加え「1包で3回はお飲みになれます」「一回でお捨てにならないように」という「お願い」を五、六ヵ所に書いてある念の入れようが強力。「パーラ」なる妖名に誘われたか一般のグアバ茶とはなにげに違う浮遊味。
⑨ 東洋医学成人病予防協会の『田七茶』(田七人参の葉、根、茎、実、花、ひげ)
田七は〈根〉が本質かと思っていたらこのお茶は全部ではないか! しかも「全体」「全姿」とひっくるめずに一々個別に列挙してくれるところがまた憎い。超メジャーサプリ田七人参が、かくしてなんと変則茶の代表選手になってしまった!
⑩ アイティケイの『アマチャヅル純』
サポニンが五十種類以上だと。高麗人参の3倍以上だと。アマチャヅル侮りがたし。アマチャヅルのごときいわば健康食品界辺境の〈地味系〉に意外なパワーが秘められていたと開眼させた殊勝な手柄が光る。
補欠 豆房の『琉夏香風畑』(コーヒー豆、泡盛、香料)
沖縄県の逆襲再び。宮古島の創作コーヒー。サブタイトルが「さとうきびコーヒー」だが、さとうきびがどう使われているのか? 説明がない。ないのよぉ! 香りすこぶる良く、サブタイトルに引きずられた気のせいかどうか、一般コーヒーと同じ味ながらほんのり甘味が感じられる。
D 芳香・美味ベスト10!
① 井藤漢方製薬の『冬虫夏草〔粒〕』(冬虫夏草パウダー(一日量24粒中、栽培物960mg、天然物120mg))
冬虫夏草の露骨に薬品っぽい臭いはいつなんべん嗅いでも落ち着きますな。数ある純粒モノの中で井藤漢方製薬版は小粒(一粒100mg)のため表面積が大きく匂いくっきり。堪能です。
② テクノプラザの『アミグダリンB-17』(杏子の種肉(核)の加工食品。杏仁100パーセント)
1袋20gの湿式白粉末は、なるほど馴染み深い杏仁豆腐の風味をあたかも大濃縮してほとんど発酵刺激の域に近づく馴染みなき味。こうも鮮かな甘味がこの世にあったとは。原料原産国がパキスタン(フンザ地方)という意表も二重マル。
③ 東洋薬食工業の『ペルアグラ・マカリキ1200』(マカ、スッポン粉末、マムシ粉末、朝鮮人参末、各種ビタミン、ナイアシン、パントテン酸Ca、シナモン末)
これだけ他の成分が入っていてもマカの香りはマカの香りですな! 実に深遠なまったくもって精液臭。いつなんべん嗅いでも恍惚体勢の準備に筋肉が弛み締まる。
④ 京都栄養化学研究所の『朝の目ざめ』(菩提樹花エキス、米胚芽抽出物)
白斑点の散った極薄茶錠剤。思春期に突入したばかりでまだH体験ないワタシとしては女のあそこがこんな匂いだったらいいなと夢膨らむ特殊臭。銀杏をフルーティにしたベクトル。マイナー花実路線の俄かライバルとしてサントリーの『火棘妃』(火棘抽出物)を立てるとよい。「火棘は、楊貴妃ゆかりの地、中国・西安に自生する赤い果実。白さをプログラム」という強引な謳い文句がスゴイ。楊貴妃が食べた、ならまだしもゆかりの地に自生、とまで食いつく歴史ブランド志向。この伝でゆくと、『朝の目ざめ』の菩提樹は「釈尊が下に座して悟りを開いた神聖な樹が智恵と覚醒をプログラム」とでもぶつけたいところだが、残念ながらクワ科のインドボダイジュではなくシナノキ科のセイヨウボダイジュ(リンデンフラワー)が素材。シューベルトの「冬の旅」くらいで対抗するが精一杯か。ともあれ『火棘妃』のくすみ灰茶色粒は『朝の目ざめ』の湿潤に比べ乾燥、香りは極微弱なれど、それが却って深遠繊細上品に大地イメージを喚起。切磋琢磨ペア。
⑤ メイフラワーの『山?茶』(中国北部の山地で自生する山?子の果肉を12倍濃縮した顆粒)
湯に溶かして飲めと書いてあるが、こういうものを分封包から直接口に含まないでどうします。この比類なき甘酸っぱさ。いかなるスナック菓子より美味い! 山?子という意外なフルーツの参戦で果実戦線一挙に複雑化か。同類香気にしていざ口に含めば甘さゼロの肩透かし感がむしろ爽やかな苦々しさのユニコの液状『西洋サンザシ濃縮エキス』(西洋サンザシの果実・花。収穫後、ただちに300気圧の圧搾装置(特許)で有用成分のみを抽出した100%ナチュラル)と是非比較すべし。フルーツ路線のモウチト正道へ我に返ればあなた、たとえばそう、クロスの極甘ペースト『黒イチジクエキストラクト』(オリゴ糖、濃縮いちじく果汁、濃縮レモン果汁)の能書きを読んで何か感じないだろうか。そう、ここは「サプリメント王への道」に語ってもらおう。
どの薬店にもたいてい、果実エキスのコーナーがある。パッケージが鮮やかな原色系統なので目を引く、それこそ薬店の瞳みたいな表情を輝かせるスポットを形成する。そんな果実エキス棚で、一つだけ渋めの暗紅色の箱、『黒イチジクエキストラクト』が目に留まった。側面の説明書きにはこうある。
「カリフォルニアの豊かな大地で育まれた黒イチジクはプルーンと比べても多くのミネラルが含まれ、ザクロよりも女性にやさしい成分が多く含まれていると言われます」
む……。私は固着した。たしかに、スピルリナはクロレラより吸収率よしとか、蜂の子はローヤルゼリーの何百倍の栄養ありとか、比較広告はサプリメント界の常道である。しかしだ……。いかにも仲良く共存繁茂していた果樹園でいきなり、しかもプルーン、ザクロと超メジャーフルーツを二つもまとめてやっつけられたのでは、当然プルーンファンとザクロシンパが黙っちゃおるまい。
「黒イチジクですって? ザクロエキスより女性ホルモン作用が強いとでも? おもしろい、美肌効果を拝見しようじゃない」
「黒イチジク? それだけ言うからには鉄分と下剤効果でプルーンを凌いでるつもり?」
ザクロとプルーンだけではない。当然、黒のつかない一般イチジクの愛用者もいきり立つだろう。「ペクチンの量はどうなの、普通のイチジクに勝ってるってわけ?」
さらには暗に果物の王様宣言ともとれるあの口調のせいで黒イチジクは、果実エキス棚のありとあらゆるフルーツの反発を呼び覚ますことになる。ブルーベリー主義者は、目を活性化するアントシアニンの量で勝負してみろと詰め寄り、アセロラ派たちは、ビタミンC含有量で来いよと身構え、クランベリー一筋の衆は特有成分キナ酸を盾にSOD効力合戦を申し入れ、そのほか羅漢果、カリン、杏仁、赤ブドウ種、パパイヤ、ローズヒップ……、ありとあらゆる健康果物の信奉者たちがそれぞれの得意分野で黒イチジクに一騎打ちを挑んでくることになるだろう。のみならず、メジャーすぎてサプリメントと言えない100%リンゴジュース、オレンジジュース、グレープフルーツジュース、グレープジュース、ポッカレモン、パインジュース、……あげくはトマトジュース……といった大御所たちまでが調停役の貫禄も忘れ本気で参戦してきかねない。
ああ、平和な果樹棚に険悪な渦を巻き起こし、フルーツ大戦争勃発をもたらした『黒イチジクエキストラクト』。ドッシリ黒い極甘ペーストである本体は、ジャム代わりにパンやクラッカーに塗ったり水に溶いたり食べ方多彩、なかなかのものだが、それよりもこの、挑発的な口ぶりが私は気に入った。これを食べ始めて以来、私のコレクションには『乙女ざくろ』『いちじく小町』『クイーンクランベリー』『火棘妃』『西洋サンザシ濃縮エキス』……色とりどりのフルーツ系サプリメントがみるみる増えてきたのである。
さよう。フルーツ対決を網羅的に実現させるべく疼いてくるではないか? リアルネットの『乙女ざくろ』(ペルシャザクロ及び種子エキス、プラセンタエキス、マカ末、西洋オトギリ草エキス、紅花エキス末)は錠剤がペースト版よりも複雑先鋭化したほぼ媚薬レベルの香りに達し、ミヤマ漢方製薬の錠剤『いちじく小町』(いちじくエキス末。天然ペクチン含有)の完全無臭ぶりと前出『火棘妃』の弱香ぶりとさらにはリアルネットの錠剤『クイーンクランベリー』(クランベリーエキス、赤ブドウ葉エキス、リンゴ酸、ブドウ糖)の微香を綿密比較しながら三交商事の『種抜きプルーン』(カリフォルニア産のドライフルーツ)を、カネボウフーズの超絶ミント味『ブルーベリーな瞳』(ブルーベリー果汁、ブルーベリー色素。アントシアニン配糖体(VMA)30mg配合)50mlとニチレイの『アセロラドリンク』(190g缶入り、果汁10%未満)のハイレベル版『アセロラビタミンC』(75ml、果汁70%)を交互に飲みながら食するという手続きが必須であろう。目に効くブルーベリーと腸に効くプルーン、この頭部と尾部とに一極作用を分かつ二大紫果汁対決に、頭尾隔てぬ全身の肌と免疫力を整えるアセロラの鮮紅色が絡むという仕組みである! 肉類を柔らかくする調味料的独自効果で人気のセラファクトのパパイヤ・スティック顆粒『セラパイヤC』を『種抜きプルーン』の代わりに用いるも乙だろう。
⑥ 日本漢方研究所の『竹のしずく』
10滴×1日5~6回。思春期に慣れたばかりでまだH体験ないワタシとしては女のあそこがこんな匂いだったらどうしようと不安になる錯綜臭。そのときの気分体調により消毒臭のようでもありイカの燻製のようでもあり。煙味。塩の後味。「サプリメント王への道」から一部引用すると……、
「竹酢液蒸留品」とサブタイトルがついている。竹酢とは初耳だぞ。なになに、「竹炭を焼く時にできる煙を冷却して採取した竹酢液を蒸留し、タールなどの不純物を取り除き、有効成分だけを凝縮した竹酢蒸留液です」。ふうーむ……。
焼け焦げ利用の健康食品といえば「卵黄油」ってのがあったっけ。卵黄をフライパンで炒って焦がして、そこへ滲み出る黒い油液を採取するんだったよな、確か。それを初めて聞いたとき「え?」と思ったけど、そう、焼け焦げはガンの原因だとかいろいろ言われたところへなんと焦げから健康食品、という意外性が新鮮だったのだが、この「竹酢」も、いや、煙からエキスを採取だなんて、卵黄油より一回りスケールがでかいじゃないか。
しかも変わってるのは、透明なプラスチック容器入り、箱なしの裸で売られている。それに、一本一本、中の液体の色が微妙に違うじゃないか。なになに、「本品は自然光などにより透明から黄色に変化していきますが、品質に支障はありません」と書いてある。ふうむ。いちおう棚の奥の暗いところから、黄ばんでない透明なのを選んで買ってきたが、わざわざ変色具合を誇示するような売り方が面白いというかなんというか。
⑦ 再春館薬品の『秘専科』(純天然ホルモン加工食品。「闘牛のペニス・睾丸とキングコブラの肝を秘配合し更にトナカイの角とすっぽんを大胆に加え、甦る貴方の為に熱望配合したものです」という能書きは――なにしろ「大胆に加え」「熱望配合」――本来なら能書きベスト10にもエントリーするべきだった超脱名文)
古風なソフト黒丸薬タイプ。蓋を開けるやモワッと立ち昇る正統派生臭みがいかにもペニス睾丸モノの規範、飲用前すでに恍惚感。それにしても〈熱望配合〉による〈秘専科〉、やはり少なくとも三文字と四文字とは互いに支えあってゆかねばならないとの教訓ではないだろうか? というか二文字フィールドからもほら、全薬工業のあのまあ毒々しい深紅ハードカプセル『リキドー皇精』(ゴオウ、鹿茸末、海狗腎末、シベット散、イカリソウ乾燥エキス-A、黄精末、コウジン乾燥エキス、加工大蒜)の変則腐芳香と好一対の『秘専科』臭であることを思い出そう。あんな淫靡な匂いだったらどうしようとまだH体験ないワタシとしては女のあそこへの幻想膨らまされる一方の罪悪カプセルvs.因業丸薬。 ⑧ 海洋化学研究会大洗工場の『MCM(マリーナ クリスタル ミネラル)』(海水抽出物。塩化カルシウム、カリウム、マグネシウム、ナトリウムを骨格とし6分子結晶水と60余のミネラルをアンタークチサイト(南極石)と同じ結晶のかたちに分離し精製した100%天然のミネラルの微粉体)
ほとんど匂わないとお感じか? ならば1匙舌上へ。深遠な苦塩酸味がカンブリア紀以来のバックグラウンド・スメルに郷愁込み改めて気づかせてくれるはず。
⑨ ノーベル自然製薬の『燃える闘魂力』(マカ、ウコン、無臭ニンニク、イチョウ葉、梅肉、ガラナ、田七人参、霊芝、パフィア、トウガラシエキス、スッポン、マムシ肝臓、海蛇、コブラ、トナカイ角、ハブ、サソリ、カロペブタイド、ローヤルゼリー、プロポリス。ハッカ+コーヒー粉末入り白錠剤)
初歩的かつ単純な感性にて我ながら無念だがハッカとコーヒーの混合香気にはすんなり覚醒せざるをえない。(念のためマカの香りはゼロです。)ミントともメントールとも言わずハッカと表記する風情もナイスだってば、ほんとにもう。
⑩ ビューティクリニックの分封錠剤『アーユルヴェーダ・ダイエット』(ネパールサンモ、アンマロク、キンバイザサ、コロハ、ペグアセンヤク、タルク)
さすがはインド原産材料・アーユルヴェーダ香草エキス。全く聞き慣れないハーブ名オンパレードもフルエル。と思いきやせっかくのアーユルにしてインドならこれでしょとばかりもろ俗流カレー風味は「そりゃないよ」系。身も蓋もないっ!的脱力パターンが逆にたまらぬ。かな。販売元ビューティクリニックに「杉原雅子」と個人名入りなのが神妙。
(注:ニンニク製剤『キヨーレオピン』や麝香入り各種強心剤、あるいはジャスミン、ラベンダー等アロマ系ハーブティーの数々といった嗅覚刺激露骨度当然の、いわば当り前系列をあえて除外したところが工夫である。)
いずれの戦略も、三文字だろうが四文字だろうがカタカナだろうがABCだろうがすべてが共存することの素晴らしさを中学生なりに伝えようとしたものである。まことに、無意味な垣根を跳び越え広い世界に歩み出れば豊かな光景が開けるものを。全方位の鳥瞰視点で思う存分比較できるわけだ。ああ解放感。
と一人悦に入りながらランキング表のビラをいつものように裏道の電柱に貼っていると、
「おい。チビ」
後ろから肩を叩かれて私は心臓が破裂するほど竦みあがった。
「いいからいいから。楽にしろよ。さあ、こいや」
大柄な三十歳くらいの野球帽かぶった男ふたりにガッチリはさまれて私は歩かざるをえない。
黙って歩かされながら私は、どこへ拉致されるんだろう、自分もまたあの「三角錠剤の角でぐりぐり責め」や「エキスのべとべと頭にたっぷりなすりつけがてら根昆布百%粉末ぶっかけ固まらせ責め」で拷問されるのだろうか、ああ、慣れない正義感にまかせてハデに踊ってみせるんじゃなかった。ああ、何をされるんだ。一人忍者のときはあれほどわくわく待ち望んでいた拉致が現実になると、尻掻き主婦らに無視されたときあれほど気抜けしたにもかかわらずこうもほんとに重視されそうであってみると、あられもない恐怖に打ちひしがれて膝が何度も崩れそうになった。思いがけず父と母の顔が脳裡鮮やかに浮かんだ。
△ あ、あのうトッピングのことな
街道沿いのマンションに私は連れ込まれ、エレベーターで十階にのぼって、廊下の突き当たりの扉。インタホン。
「だれっ? 合言葉ッ!」
右側の広島カープの帽子の大男が、「ゆうべ飲みすぎてさっ。人参エキス(天然ミネラル)、枸杞エキス、その他ビタミン類や甘味料、保存料まで成分表示が全く同じってえほらあれよ、メディカルエースの『サンナーズ 酒仙』」早口でインタホンに口走りはじめた。左側のジャイアンツの帽子の男が( )内の補足を挟み込む。田中さん夫妻並みの、というか明らかに田中夫妻の影響を受けているとわかる絶妙合唱。
「50mlと藤森の『サンナーズ 酔知忘』50ml、して同じ成分表示の最後に「サンナース(植物抽出エキス)」が加わったウエストカンパニーの『摩訶不思議ものがたり』50ml計3本を一度に飲み下して酒気一掃なんて離れ業もこのアジトがあって初めてできたわけよな! 先週の二日酔いにはユウキの『フリーパス』(アミノ酸(アラニン)、植物発酵エキス(米胚芽、大豆、あまちゃづる)、酵母エキス、乳酸カルシウム、朝鮮人参エキス、動物エキス(スッポンエキス)、クエン酸、リンゴ酸、各種ビタミン、ポリアクリル酸ナトリュウム。50ml)これがまた「アルコール対応・バイオ飲料」て紫文字が説得的つうか、なぜか酒対策ドリンクは「バイオ」の文字が好きだよね、結構効いたけどどっちかつうとロート製薬『帰ってきた肝太郎』(難消化性デキストリン、酵母エキス、グリシン、L-アスパラギン酸ナトリウム、貝殻由来カルシウム液、ショウガエキス、カキ肉エキス、ガラナエキス、ウコンエキス、クコシエキス、赤ワインエキス、メグスリノキエキス、L-メチオニン、各種ビタミン。50ml)あたりが「酒人肝銘ドリンク」つうサブタイトルもさることながら、この成分豊富度にしてコンビニドリンクとはもったいないにも程がある的アンバランスがさ、ライフィックスの『かき麻呂』(高麗人参エキス、ケイヒエキス、ダイダイエキス、柿葉エキス、クズ花エキス、ウイキョウエキス、ショウガエキス、牡蠣肉エキス。50ml)並みでなんともいいよね、酔いも覚めるよね。柿+牡蠣の両エキスを拮抗させたのって『かき麻呂』が世界初じゃないか。なにせカンロの『酒取物語』(春ウコン、オリゴ糖、梅果汁、ビタミンC。春ウコンの写真デザイン付きッ)120mlとか中京医薬品『のみすけ君』(大豆、米胚芽、リンゴ果汁、マッシュルーム抽出物質(シャンピニオンエキス)、リンゴ抽出物、野菜色素、カルミン色素アップルミント味。瓶側面のセンスない漫画によるレベル下落効果を、「様々な分野から注目されるリンゴ抽出物「アップルフェノン」を配合」云々の説明書きが辛うじて中和、相殺ッ)50mlなんかも合わせてこの俗名路線が酒の楽しみを倍増させてるからね、うん。あっそうそう、各種ドリンクで協同乳業のタブレット『お酒にきゅうりパワー』(トレハロース、キュウリ抽出物、カキエキス)2粒飲み下すのを忘れずに! ついにほんのキュウリまでもが堂々健康食品のメンバーに! 感慨に耽ろ! てなふうでホラ、例のベストテン坊やをお連れしたからさ」
「……合言葉OK」
ドアが開いて私は応接間風の空間に導き入れられた。「いや、悪かったな、セクトのメンバーどもに急襲される場合に備えてね、用心深くやってるんだよ」広島帽の男が私をいたわるように言った。「反戦平和の理念はどの時代にも誤解されやすいものだからさ」タバコの煙が立ち込め、六、七人の若い男女がソファに足を投げ出したりテーブルに肘をついたり思い思いの格好で、さかんに議論調でまくし立てている。
「……だってなにしろほら、美肌系二大赤色サプリ対決、リアルネットの『赤ワイン濃縮ヘルシードリンク』(赤ワインエキス、赤ブドウ種子エキス(プロアントシアニン80%)、ガルシニアエキス)50ml 対ペルシャザクロ薬品の『ルビアンペルシャザクロXX Eve』(高濃度ザクロ濃縮エキス(イラン原産黒ザクロ特選種・種ごと。独自の特殊技術ダイヤモンド・プレス・システムで抽出))30mlなんて波紋の鎮まらぬうちにさ、赤ワインエキス、赤ブドウ種子エキスときたからには「種子トッピングバージョン」がどしどし続いてもらわなきゃねえ!」「つまりその『赤ワイン濃縮ヘルシードリンク』にファンケルの『ぜんりつサポート』(ノコギリヤシ果実エキス、カボチャ種子エキス、ガーリックオイル。ソフトカプセル内に透けて見える淡茶の色ムラがたまらないわよ!)をぶつけるってこと?」「みどころ:ブドウ種子の美白効果か(女性向)、カボチャ種子の前立腺改善効果か(男性向)。ドリンクとカプセルて具合にタイプをずらしたところが一工夫。てな感じ?」「それって女性向を男性が、男性向を女性が飲みつづけて体調効果比較ってのも一案だろな。種子ってトッピング成分だよね普通やっぱり。トッピング対決ってとこが一ひねり効いてるね。実況中継するとしたらこんな線でいいかな?」「種子が主成分になってる場合だってある。そこを補っとかなきゃ。日本製粉の『パンプキンシード&ノコギリヤシエキス』とかさ。これって1カプセルあたりノコギリヤシエキスの量は『ぜんりつサポート』と同じだけど、「西洋カボチャ種子エキス」量が12.5倍で主従逆転してるし、ハウス食品の『天然効果 赤ぶどうポリフェノール』なんかブドウ種子エキスが唯一の有効成分。こういった「種子主成分モノ」の極めつけとしちゃ脂肪代謝高める「異性化リノール酸」高含有とかいうひまわりの種の油(トナリン)筋のダイエット系カプセル剤、たとえばアスプロの『トナリンシェイプ』(超臨界抽出法により抽出した唐辛子エキス(カプサイシン)をトッピング)を参戦させない手はないでしょうねえ」「ていうかほら、トッピング種子モノとして断然異色を誇ったのはサンコー薬品の『ハイゴールドエチケットドリンク』(サンマルク、クエン酸、リンゴ酸、茶の素、梅エキス、紫蘇、レモン果汁、グレープフルーツ種子抽出物)30mlなんだからさ、それとファンケルの『アレル気サポート』(甜茶エキス、シソ種子エキス(ルテオリン0.55%)、ルイボス茶エキス、シソ葉エキス、ハトムギエキス、シソオイル)一日4カプセルを併用して、『天然効果 赤ぶどうポリフェノール』+『トナリンシェイプ』連合軍と戦わせなきゃだよ。種子パワーは主成分に居座るがよいか、トッピングに徹するがよいかいい加減決着つけろっての」
「あ、あのうトッピングのことなら……」私はつい口を挟んでいた。各専文店で鍛えられてきたサプリ感覚的本能のなせるワザというべきか。「トッピングについてはそのう、「サプリメント王への道」にこんなのがありますけど。種子がメインテーマじゃないんですが……」
不意を食らって私をいっせいに注視する男女八人を前に私は、諳んじていた三文字堂長男氏の文章を声高に立ち上げた。
田七人参のすごさについてはかねがね聞いていた。中国の雲南省文山を中心とした山岳地域でしか採れず、種蒔から収穫まで三~七年かかるため「三七人参」とも呼ばれる田七人参は、サポニンや有機ゲルマニウムの含有量で高麗人参を一桁上回り、他の薬用人参にはない「田七ケトン」なる成分が冠状動脈の血流を増やしコレステロールを減らす等々、なんだかとにかく大変な人参なのである。
中国政府により長らく輸出禁止にされていた貴重品だけあり、田七系のサプリ、概して値段が高い。そこでどうせなら何か面白いものをと、いやむろん、田七人参の強力さを思えば純100%モノに限る、と言えなくもないがそこは一ひねりこだわりたいというか、慎重に薬店の棚を漁りまわっていた私だが、ふむ、あった! これぞという田七サプリが。
『田七人参粒』。平凡な製品名だ。実際、同タイトルのサプリは多いが、ユーワのこれにとくに惹かれたのは、他ならぬ成分表である。「原材料 田七人参蒸気滅菌末 刺梨エキス末 ビタミンC 春ウコン」。
まず「蒸気滅菌末」とは何事だろう。「菌」というのは健康業界では独特のキーワードで、「乳酸菌」「酵母菌」「菌糸体」が主役となることもあれば、逆に「抗菌」「無菌」「殺菌」が売りになる場合もある。ここでは「滅菌」が誇示されているが、密封された健康食品に雑菌が混入しているなどと思う人はもともといないだろうに、そこをことさら「滅菌しました、ええ、蒸気で」と但書きつけてるところがいかにも妖しげ。変。魅惑的。
おまけに「刺梨」ときた。うーむ。聞きなれぬ成分。説明書きによると「中国貴州産の植物で、『本草綱目』の中で食べるとストレス鬱積が消えると言われています」。葉なのか実なのか正体不明のこの新手成分「刺梨」が背後にブレンドされていることにより、高級サプリの地位を既に確立した田七人参の権威がグッと浮き彫りになっているのだ。
このような名脇役を私は〈トッピングα〉と呼んで常に注目している。アガリクスにはエキナセア(免疫強化)、ノコギリヤシにはカボチャ種子(前立腺改善)、コラーゲンにはムコ多糖(美肌)、ビフィズス菌にはオリゴ糖(整腸)といった具合に、同効能の助手を伴ったコンビネーション定型がほぼ確立している。田七人参にはしばしば蛇胆や霊芝がトッピングされるようだが、その座をイチョウ葉エキスが占めたり、冬虫夏草になったりと、今いち〈トッピングα〉にふさわしいレギュラー成分が定まっていなかった。そこへいきなり初耳成分「刺梨」! 一足飛びに不意を突かれた意外感が心地よい。
刺梨が今後、田七人参フィールドにおけるトッピングαの地位を保持できるかどうかはともかく、メジャーサプリたる春ウコンをあっさり押しのけて主要トッピングの座に一度はついた実績を評価したい。金色の堅箱入りの、格調高い黄土色錠剤である。
なおここでトッピングにすらなりそこねているウコンは、通常、マリアアザミ(シリマリン)と組んで、どちらが主とも従とも言えぬさしずめ〈ダブルトッピングα〉形で諸々の休肝製品に登場しています。それと、効果の定評はどっち向きか知らないけど卵黄油にニンニクってパターンもやたら多いですよね。そんなことを付け加えようとしたとき、
「滅菌……、滅菌かあ……。滅菌路線で印象深かったのはさあ……」
若者たちの中にただ一人混じっていた五十歳くらいの男がしみじみと思い出すように、
「おれがカタカナ楼にいたときさ、「ものすごいもの見つけましたよみなさん!」息せき切って店に飛び込んできた白髪の元消防署員の興奮顔を思い出すよ。あそこじゃしばらく〈初耳合戦〉が流行ってたことがあるんだよね。「サンラートの『アガリクスミクロンパウダーゴールド』! 見てくださいほら、いやこの「まるごとアガリクス100%」とか「パウダーの粒子が5~7ミクロンと細かいため、舌下からも素早い吸収」とかそこで驚いてちゃいけません、ここ、ここ、ここぉ! 「減菌処理済」! 減菌ですぞ減菌。滅菌でも殺菌でもない減菌! ゲン!キン! 初耳でしょう!」……もぉう、興奮の坩堝よ」
椅子に座って足の爪を切っていた髪の長い女子学生風が「滅菌の誤植なんじゃないの?」
中年男は「うん、みんなまずそう言うんだ。カタカナ楼でもその疑いがひとしきり議題になった。しかし、いや、かりにたとえ滅菌の誤植だとしてもふつう菌糸体を売りにするアガリクス茸で滅菌とはこれとてつもない、とんでもない、滅相もない。しかも文字的には頑として「減菌」なのだからこりゃやはり……てね、超ド級の傑作ってことで、その週の「初耳大賞」に輝いたんだよー!」
ここは「アジト」と呼ばれる、ノンセクトの人々の溜り場だった。みな、三文字堂とかカタカナ楼とかハイブリッド院とか、そのつど特定の専文店を渡り歩いた結果、特定の主義に縛られるのを嫌ってこの真正ハイブリッドの共和国に集結したのだ。メンバーは十九歳から八十歳まで約三十人、常時五~六人以上がアジトに詰めているという。
聞けば、アジトに集っている誰もがみな、「あたしはカタカナ楼で、サプリ合わせで高麗人参がカロチン豊富って言っちゃって。普通の赤いセリ科のニンジンの仲間と思ってたってわけ。ウコギ科って知らなくて」「おれはA~Z舗で総合最下位で、二ヵ月オマケしてもらっても脱出できなくて結局除名されちゃって」「あたしは二文字庵の懸賞問題でカンニングしたのがばれちゃって」「おれは三文字堂で『キヨーレオピン』臭のゲップして叩き出されちまって」「僕は多文字房で、あのー女子高生のナマチチ吸えませんか? て聞いちゃって。全然真面目だったのに」「あたしはひらがな荘で、お昼の祝詞の最中に店に入ってっちゃう常習犯だったんで」……誰もかれもが、専文店を挫折してきた人間ばかりだった。奈緒美の母親と類似路線か、元ディストリビューターで、マーケティングプランのプロモーションに挫折して流れてきた三十代女性もいた。高校時代同級だった女性に何年もストーカーしていたのが四文字亭でサプリ道邁進を始めてから悪癖がぴたりやんだという三十歳会社員は「結局四文字亭クビになってあわやストーカーぶり返しそうになったのを路上実況中継に励んでなんとか食い止めて、結局ここに流れ着いたんだけどね。健康食品て心の治療にいいみたいだよ」
わかりやすすぎるのがキモチ不満だったが、考えてみれば三文字堂店主の怒声と四文字亭店主の形相が未だに繰り返し夢に出てくる私も同類である。とはいえ私はまだ中学生、大のおとなたちの反戦平和とやらがそうスルメが丸まるような無条件反射でよいのかと……、
「おれたち大人があんなことをしたら大変なことになる」
ビラ貼りのことだ。「おまえはまだ子どもだから許されていたが、それでもいつどんな目に遭うかわからないところだったぞ。これからはこのアジトの指令に従って動いた方が無難だからな」
○ 独自抽出法や特殊処理をなんなら坊やお得意のベス
子どもという言い方にはカチンとくるが、プロテイン系増量摂取を怠ったこのガタイじゃ文句も言えない。
「たとえばこれだ」中年男が手にしているのは、日本ベストJBMの『コラーゲンAND無臭性ガーリック』(コラーゲン、無臭性ニンニクエキス、高麗人参エキス、ドクダミエキス、ショウキョウエキス、クコエキス、ガラナエキス、ローヤルゼリー、麦芽エキス、米胚芽・大豆発酵エキス(SOD様)、ビタミンC、B群、アセロラ果汁、ブルーベリーエキス、オリゴ糖、ハチミツ)50ml。
「これが俺たちの爆弾だ。固有名詞らしさを放棄した記述様タイトル。何とも言えんだろ。もしかしたらタイトルの上に模様風に傾いでいるこれ「CG」って大文字が本当のタイトルかもしれない。瓶のデザインからは確実な本名が読み取れない、各専文店係争のタネになること必定の、というより綱引きが愚かしく無意味なものと思わせてくれる逸品だ。こいつをあちこちにばら撒けば、店主も文字マニアの客どももセクト遊撃隊どももみな、恣意的な区分に盲従した勢力争いの虚しさを完膚なきまで悟ることだろうよ」
このテの〈本名不詳ボム〉を各専文店や路上や各家庭の郵便受けに撒いて歩いているのだという。
「先週ばら撒いた爆弾はこれね」ホステス風のワンピースの女がひとめ再春館薬品特有の濃いくち赤黒箱を掲げて、「『ガラナXXX』『ガラナトリプルエックス』。一つの箱に二つ表記が並んでるでしょ、どっちが本名だかわかんない」ううーむ唸りながら箱を受け取って私は、原材料名「ガラナ末、コラエキス末、シベリア人参エキス、アミノ酸ペプチド、ニンニクエキス末、ウコン蒸気滅菌末」を確かめて二度唸った。サプリメント王のエッセイを読んで以来他の例をずいぶん捜し求めた「蒸気滅菌」、一つも見つからなかったのにこんなにすんなりと……。私はこのアジトとの運命的なわが結びつきを感じた。
いずれにせよなるほど同じゲリラ戦でもそういう現物支給法の方が、私の観念的なビラ貼り法よりも効果確実に決まっている。ちくしょう思い至らなかったな。
アジトの一団は、自らを地下の「真正ハイブリッド隊」と称していた。私は週に三回はアジトに入り浸って、隊員とともに文字の境界を超えた理念を語りあった。崇高なビジョンに心が洗われた。まさにそう、外界がみなセクトに分裂していがみ合っている中でただここだけが密かに世界平和の実現法を画策しているというのは、非合法のドラッグパーティーのような危うさがあるというか、私たちはアジトを一つの専文店に見立てて「真正ハイブリッド閣」と称しもした。注意書き・警告文の分析、一日の目安量の分析、成分表示の分析、価格・値引率の分析、広告グラフィックの分析、各メーカーのパンフレット類に掲載の体験談の文体分析……。論題は多岐に渡り、たとえば「そうねえ、観賞用の名目で出回ってるマジックマッシュルーム食ってラリってマンションから飛び降りちまったりしてる馬鹿が結構いるっていうけどキノコっつったらアガリクスでしょーうくどいけど。姿まんまの乾燥ものがブラジル産、中国産の格差は格差なりに150g九千円台標準の上は七~八万から下は40g四百円といった千差万別たまらんよ。独自抽出法や特殊処理をなんなら坊やお得意のベストテンで纏めてみるかい? ①カネボウ薬品の顆粒『万寿丹』なら1スティック2.5gにしてアガリクス茸菌糸体酵素処理。「アガリクス茸菌糸体を抽出しビール酵母に吸着させたものです」とくらあ。②ミヤマ漢方製薬の錠剤『水溶性アガリクス+エキナセア』なら「……弊社では独自の抽出方法を開発し、β-グルカンを吸収しやすいように水溶性にして、製品化することに成功しました」ときたもんだ。③吉田コーゲイの『スーパーゴールド アガリクス茸 抽出エキス顆粒2800』になるとほれ「栄養成分を効果的に吸収できるように、低分子ペプタイド化してあります」「スティック一本に、2800mg相当の乾燥アガリクス茸(生茸28g分)のエキス成分が含まれています」ってよ。④アイベックスのレトルトパック『仙生露アイベックス・ゴールドエキス』ときた日にゃ「仙生露の原材料である「協和のアガリクス茸」から、画期的な低分子新規物質ABMK-22が発見されました」だもの。⑤大成栄養薬品(技術協力・協和エンジニアリング)の濃縮エキス『老救若濃縮精』、この重々しいパッケージ見ろや、アガリクス茸、AHSS(植物性多糖類)。循環多段式加圧抽出法。ブリックス45%以上。「1日2g(24滴)を数回に分け、水または飲料と共にお召し上がりください」。⑥アスプロの錠剤『細胞壁破砕アガリクス』は細胞壁破砕アガリクス末100%。養分の溶解度アップに成功! だと。細胞壁破砕はクロレラの専売特許じゃなかったっつの! ⑦サンヘルスの細粒『アガリクスK2』となりゃ「ABPCは、天然のアガリクス茸の菌糸体に豊富に含まれている多糖体成分をタンク培養し、さらに細胞壁に酵素を反応させて分解したエキスです。これにより、はじめてβ-(1-6)-Dグルカン以外の多くの高分子多糖体も容易に摂取することが可能になりました」だものなあ。とまあ7位まできてこのへんで坊や、わざと打ち切っとくのさ。余韻っつうかサスペンスっつうか宿題っつうかこれ現代アジビラの戦略ってもん。わかる?」私はわかった。心底わかった。フルエタ。これ式のアジト内談論に私は恍惚と目くるめく喜びを覚えた。
私自身が初回に貢献したトッピング論がしばしば蒸し返され、そんなとき私は有頂天になった。「トッピング対決ったらやっぱプロポリス路線っしょ。ウメケンの『プロポリスD-800』(プロポリス抽出液、ローヤルゼリー、ハチミツ)50ml対中島自然科学研究所の『P&P』(ブラジル産西洋ミツバチアフリカ種産出緑系プロポリス、B花粉、グラニュー糖。「製造者・中島忠孝」と個人名クレジットある稀有なドリンク剤)50mlとかさ。主成分プロポリスを介してともに蜂由来成分・ローヤルゼリーと花粉とのA~Z対決のうえお望みならそこへ、東洋医学田七飲料の『田七プロポリススーパー1500』(田七人参エキス、イソマルトオリゴ糖、環状オリゴ糖、プロポリスエキス、酵母エキス)50mlみたいな、プロポリスが逆にトッピングα役に回ったハイブリッドドリンクも参戦ご自由にってわけ。この〈夢のトッピング三つ巴対決〉からさらに1ランク上の〈夢幻トッピング対決〉すなわちプロポリス滴下エキス剤を加えて飲み比べるって芸当も実現しちゃうんで、『プロポリスD-800』にマルヨシの『プロポリスエキスゴールド』(特許番号2589439号により調整された水分散性プロポリスエキスです。1ミクロンフィルターにより不純物を徹底的に除去し、高濃度エキス(30w/v%)に調整してあります)をさ、して『P&P』にはファンケルの『プロポリス(液)』(製法特許2945852号。エキス24%と単純数値においてマルヨシに劣るが「容器の材質/びん:ソーダ石灰ガラス スポイト:ホウケイ酸ガラス・天然ゴム・ポリプロピレン オーバーキャップ:ブタジエンスチレン樹脂」等々ゴミ化後の意識まで喚起する記載がいかにもファンケル)を瓶の縁いっぱいまで注入してさ、飲み比べるってえ比較三昧ぁまさにここ真正ハイブリッド閣で初めて可能になるわけよ……トッピングαみたいな既製トッピングに対して飲用者個人が創意工夫で加えるこうした臨時トッピングをさ、「トッピングβ」て呼ぶことにしようじゃないか。ああそうだ、プロポリスの粉末モノとしちゃ意外と……」
読者はこの会話のレベルについてこられるだろうか。大丈夫だろうか。成分の一々まできちんと読み取りイメージしおおせていただけているだろうか。各専文店所属の頃のように別文字物をうっかり口走りはしないかと今や戦々恐々とすることもない。この解放感を想像していただけるだろうか、ほんとにもう。目前の揺らぎをそのままリラックスして語り合いまくる、これほどの爽快感があろうか。言語統制に苦しんだファシズム国民が革命で解放され民主主義を享受し始めた経験に匹敵しよう。県下一帯をサプリメント戦争の禍炎が覆い尽くしたという事実すら教えられたことのない、〈戦争を知らない若い世代〉が増えている現在、かつてはこの町にも、老若男女を問わず真正ハイブリッド国際平和主義の旗印のもとここまで精妙キメ細かなサプリ談義が命懸けで行なわれていたのだ、それあってこその現在なのだ、平和なサプリ文化なのだという歴史的事実をとくと銘記しておいていただきたいと切に願う私だ。
制約なきサプリ談義に私は目くるめく快感を覚えた。
談ずるだけではない、なにしろ宝仙堂の『蓬莱精』(「スッポンの色鮮やかな取りたての活き血を、そのままフリーズドライにし、そこにスッポンの胆粉末・スッポン油を加えて、飲みやすく小さな粉末にしました」)極暗紅色3粒を小円筒ケースから振り出して、すかいらーくのすっぽん粉末、すっぽん卵末、すっぽん血液末、すっぽん胆汁末、すっぽんの睾丸、すっぽんの鞭を使った微甘香味なるユーワの黄土色粉末『すっぽんの粉末と卵』とともに口に含み、但書き「2000匹分のスッポン生血から月間8000本しか製造出来ません」および〈タフリキX別注品〉という勿体ぶった別名や、「稀少品」という紙札でなんと瓶蓋を封印してある物々しさが超一流というべきユウキの『すっぽん生き血ドリンク』(純国産スッポン生血エキス、純国産スッポンエキス、ハチミツ、アルギニン、茶の素)50mlで飲み下したり、プラセンタ製剤をぐるっと並べて、最高含有量10mlを誇る各種ドリンク剤を(たとえばジェーピーエスの『紫蔘蒜 源』(胎盤加水分解物、オキソアミヂン末、ニンジン流エキス。30ml)三文字なのか一文字なのか思い煩うことなくエバースジャパンの『源』(プラセンタエキス(E)、イカリソウ流エキス、ニンジン流エキス。30ml)と飲み比べてみることすら、それも一人こっそりとではなく、各々一家言ある同志たちとともに語らい談笑しながら白昼実行することができるのだ! なんという桃源郷だろう! たまらん! たまらない! 私はアジトにいるあいだじゅう愉快で愉快で爆笑し続け、家でも学校でもぐりぐり思い出し笑いをむせびこらえ、一日じゅう躁状態だった。
わは、わは、わははははは! 町じゅうの路地という路地で視野の狭い馬鹿どもが相変わらず芸もなく互いに錠剤ぶつけあったり粉末ぶっかけあったり敵の飲み物に自軍のドリンク剤をこっそり混入させて自律神経撹乱を狙ったり取っ組みあったり引っ掻きあったり不意に立ちすくんで下痢を洩らしたりしているときに、私たちは十階アジトの高みから未来を展望した高尚な熱弁を戦わせあっているのだった。
× こんな科白ごく自然に言ってくれる人間の女がいたらそっ
年齢的に自分の二倍三倍四倍の男女と無差別対等に肩叩きあいながら大笑いして盛り上がる経験が十四歳の少年をどれほどハイにしたことか。私の人生を決したといえるこの真正ハイブリッド隊の諸活動について本来ならもっと、そう――アジトで平和憲章を起草しみんなで推敲し各家庭に配ったこと。カルシウム錠剤をはじめ好戦的態度をなくす鎮静系サプリを駐車中の車の窓の隙間から放り込んで歩いたこと。みんなでカラオケに繰り出して各専文店の稽古法――「サプリ合わせ」「ゲームα」「ゲームアレフ」など――をメロディ・リズムに乗せて試演して好戦派の心理を体験分析し対策を練ったこと。メンバー最高齢の盤寿の誕生日に各種ハーブのトッピングを満載した手作り健康ケーキを女性メンバーが持ち寄ったこと。路上の瓶の破片や散乱錠剤をみんなで朝晩片付け血痕や糞痕を掃除してまわって無益な争いの否定をアピールしたこと。健康雑誌5誌最新号の広告を持ち寄って真正ハイブリッド配列で切り貼りした紙爆弾を各専文店の棚に挟んでくるという逆万引き作戦を協議している最中に五十代の独身ぽいちょっと二文字庵店主に似ていて姉妹じゃないかといつも思いつつ聞きそびれていたオバサンが突然「ねえねえ聞いて」中学生みたいな甲高い口調で「ゆうべさ、誰でもない人が夢に出てきたのよねー、夢の中限りの人がー。そいつが主要人物になっちゃってるのよ、夢の中で。なんでー。なんか変。あたし頭おかしくなっちゃったのかな」「誰でもない人? そんなのよく出てくるよ」「え。うそ。家族とか友だちとかでしょ。昔の同級生とか、先生とか」「そんなことないよ、知らない人でてくるよ。知らないのに夢の中ですごく親しかったりすんでしょ。あたしよく見るよ、普通だよそれ」「えーっ、そうなの? あたし生まれて初めてだったんだけど。変になっちゃったかと思ったんだけどーっ」そういった全然サプリ路線外の雑談が始まって五十代対二十代の議論が本気延々続いたりするのがまた奥深いと思わされたこと。しかし最後にはそういうのも「あのね、メラトニン舌下で溶かしながら寝ると変な夢見なくて済みますよ」とサプリ半径内にさりげなく戻す声が上がってまとまってしまうところがつくづくまた真正ハイブリッドだなあと感服させられたこと。サプリ戦線の実況中継現場をみんなで見学して戦闘員の動きの癖をメモしたり、ときにはホームビデオやデジカメで撮影してまわったこと。モニターでみんなで見直し次の戦闘妨害作戦の立案に役立てたこと。などなど詳細に記して、そのいきいきしたハイブリッド連帯というか燃える使命感を読者に思い描いていただきたいのもやまやまだが、しかしここは先を急いで、真正ハイブリッド隊諸活動のうち特に私にきわどい感銘を与えてくれた体験を一つだけ記述しておくことにしよう。
同志はしばしば合宿旅行を開催して真正ハイブリッド博愛主義の結束と士気を高めていたのだが、週末の三連休に、八ヶ岳の別荘地にあるアジト支部へ一泊の真正ハイブリッド親睦旅行に出かけたその夜。中学生の分際でいかに親が放任気味とはいえそう幾度も得体知れぬ外泊を許されるのも容易ならなかったゆえ私が参加できたのは一度だけで、そのとき二十代から四十代中心に男も女もいっしょに計17名、大部屋に布団を敷いて寝たのだが、消灯後真っ暗な中で「みんなで一つずつ最愛のサプリメントを告白しないかい?」打ち明け会と相成ったのである。ちょうど一ヵ月前に私は学校の修学旅行で、夜みんなで相場通り「好きな女を言おうぜ」型シチュエーションとなり、私は自分の番のとき躊躇うことなく福原奈緒美の名を挙げて、他の面々の関心を大して引きもしなかったのだが、それがあっさり言いすぎた私の口調ゆえなのか福原奈緒美の市場価値が案外凡庸だったせいなのかわからぬまま、もう一度わが告白のインパクトを挽回したいという思いがあったので、同志によるこの打ち明け会提案には超有頂天にブッとんだ私だった。
最愛のサプリメントといっても、「最愛のドリンク剤」に限ろうということに意見が一致した。錠剤や粉末だとあまりにエロチックすぎるというのだ。確かに、何週間もときには何ヵ月も続けて毎日密着してゆく錠剤類を告白などしたら淫靡すぎる。一本飲み切りのドリンク剤なら日替りのからっとしたサッパリ感で救われよう。最愛告白の恥かしさが後をひくこともあるまい。皆そこまでこだわるほどに、ハイブリッド・サプリメント愛は清く正しく誇り高かったのである。
「おれはなんてったってウィックの『ピューシス』(竹エキス、高麗人参エキス、ニンニクエキス)50ml。「竹エキスは特許製法により製造された活性化鉱水(単分子水)を用い竹より抽出した」なんて言われると……。たまらない。降参。清涼感。ハート撃ち抜かれちまった」
「あたしは、成人病予防食品普及会の『ツルムラサキZ』(ツルムラサキ抽出液、蜂蜜、高麗人参抽出液、ガラナ抽出液、くこ抽出液、霊芝抽出液、クロレラ抽出液、乳酸Ca、各種ビタミン、クエン酸、ニコチン酸、リジン塩酸塩、アスパラギン酸Na)50mlねやっぱり。主成分がツルムラサキってなんか超変わってるでしょ。紫ハートの中に白十字ってデザインがセンスよくてー。もう、一目惚れッ」
「デザインセンスなら僕の恋人、日邦薬品工業の『ワコンMキング』(エゾウコギ流エキス、ゴオウチンキ、オキソアミヂン末、イカリソウ流エキス、反鼻流エキス、ズファゾールE300、カフェイン20mg)50mlこそ評価されるべきだと思うな。スパークリンググリーンの外箱に漢方生薬の漢字名ズラズラ並べた上から金色薬草図を配置するってこの、渋い和魂漢才神妙デザインにゃ蕩けちゃうよーお」
みんないつもの集会での論議とは違い、明りを消したムーディな暗闇の中で、互いの息遣いと衣擦れのみ頼りになんとも恥かしそうにおずおずとノロケあう口調がたまらなくよかった。布団の中で私は黙って勃起していた。
「僕ぁ大和発酵の『本草』(新鮮な野菜、果実、根菜、海草など60余種類に樹液、有用な民間植物10種類を加え、特殊な発酵操作)30mlだな。白地に淡緑のなんか試供品的薄口デザインがそそられちゃうわけ。並みのドリンク剤のつもりでグイッと呷ったとたん……極甘特濃の超ねばねばでやんの! 噎せてのけぞっちまった。こういう特濃ドリンクも珍しいぜ」
「特濃つったら激甘より激潮をお薦めしたいっすよ。森田薬品工業の『ビタエックス液』(絨毛組織加水分解物)20g 。いや、お薦めったって僕の恋人だからほんとは独占したいわけで。うまい具合にこれ、製造中止になっちゃったのね。一瓶20g中10gプラセンタエキスの純濃臭特濃味。醤油並みの濃厚潮味。ドロッ。「マズイ」とか苦情が出たのかなあ。最近『ビタエックスG.O.』30mlへとリニューアルして、オキソアミヂン末、ニンジン流エキスが加わって変に物分りいいまろやか味になっちゃったのが遺憾。時代の趨勢かね」
「製造中止っつったらおれの憬れの君・サンスターの『スッキリーナ』(キシロオリゴ糖、塩化マグネシウム(にがり)、ハーブエキス(キダチアロエ、オオバコ、レモンバーム、ラベンダー、クマ笹、カモミール、タンポポ)、ペクチン、難消化性デキストリン、うに殻焼成カルシウム、ベニバナ色素)120mlも最近見ないなあ。おなじみ健康道場シリーズの透明瓶ドリンクなんだけど。素直なハーブのイラストが絶対ほのぼのするって。リラックス系ダイエット+腸浄化系ダイエットのハシリ」
「それ系ならあたしの王子様は大塚ベバレジの『とんがらC』(グレープフルーツ果汁、ビタミンC、唐辛子抽出液。ノンカロリー)120mlかな。「し」と「C」って似てるでしょ音も形も。こういう取り違え系さりげなさがセンスご機嫌。「やわ辛」のサブタイトルも花マル。ドリンク界の彼氏に脂肪燃焼ダイエットまかせて人間界の彼氏に尽くすのよ。ウフフーッ!」
「あたしはほがらか路線だからぜったい中北薬品の『立山百草』(ショウキョウエキス、カンゾウエキス、ガジュツエキス、ニンジンエキス、ケイヒエキス、チンピエキス、クコシエキス、ホップ乾燥エキス、レイシエキス)50ml。晴ればれした空色デザインがさわやかで男らしくて女らしくてガイアらしくて……」
「おれのマドンナはアイ・ビー・エイの『脳天毒姫』(エラブエキス、ビタミンC、B1、B2)50mlなんだな。沖縄エラブドリンク。エラブ海ヘビは、コブラの17倍の毒をもっていると言われ、琉球王朝時代、王侯貴族の間で特別食として珍重されました、ってさ。けど「脳天」って何? ずっとひっかかってるのが恋心くすぐり続けるんだね」
「わかるわかる。妖女系洗礼名に惹かれる気持ち。僕のシンデレラは雪国美肌館の『美肌の精シルキー』(スッポンエキス、ローヤルゼリー、精製蜂蜜、クエン酸、リンゴ酸、ビタミンC、B群)100mlだもの。「奥能登」にある発売元の名前からしてこのシルキーちゃん発売に賭けて待機してたみたいのがなんとも泣けるわけ」
「あ、さっきの「C」と「し」で思い出したけどあたし、日本ハーバルメディカ研究所の『絶倫マグナムZ』(マムシエキス、スッポンエキス、トナカイ角エキス、オットセイ骨格筋エキス、ナルコユリエキス、高麗人参エキス、エゾウコギエキス、ニンニクエキス、ガラナエキス、麦芽エキス、ローヤルゼリーパウダー、カフェイン100mg、カプシカムエキス、蜂蜜)50mlさあ、気持ちはよくわかる、ってやつなの。Zが蛇の鎌首に見えてくる仕掛けが乙、っていうか」
「そういうの飲む男の人ってどういう思い込めてんのかなあとかって、しみじみしちゃうところがいいのよー。オットセイ製薬の『高貴オット精キング』(オットセイ・ペプタイド、高麗人参エキス、ガラナエキス、ローヤルゼリー、アプリコット)20ml、自分じゃ飲んだことないんだけどこの高貴銀箱見てるだけで人間がいじらしくなってきて、あたしだけじゃないんだーとか生きる勇気湧いてくるの。同じオットセイ製薬の『オット精ドリンクS』(カロペプタイド(オットセイの筋肉より抽出したアミノ酸複合体)、ハチミツ、高麗人参エキス、緑茶エキス、クエン酸、酒石酸、リンゴ酸。100ml)や『オット精ハイパワーDX』(カロペプタイド、高麗人参エキス、ニンニクエキス、緑茶エキス、蕃椒、大蒜。30ml)より「高貴」のぶんだけ百倍好き」
「ふーん、自分じゃ飲まないで遠くからー、それほんとのロマンチックラブかも。その点おれ逆でさ、去年まで徹夜でバイク便の仕事してたんで米田薬品の『ハイエナル〝88〝』(クエン酸カフェイン150mg、カフェイン50mg、安息香酸ナトリウムカフェイン50mg、ガラナ流エキス、内服液ヘルツゲン、ビタミンB群、アミノエチルスルホン酸)30mlによくお世話になってね、そのしがらみが恋になっちまって。お恥ずかしいけど。同棲長いって感じ。事実婚ってやつ? カフェインが3種類も明示されてる唯一のドリンクときちゃ頼れるしさ。カフェイン250mgは業界最高だろうしさ。たまに二本とか続けて飲んじゃうと心臓ドキドキするけど、カフェインのせいってよりはっきり恋愛感情の胸キュンだから」
「あっ、おれも目覚ましドリンクなの。ユウキの『めざまし太郎』(シクロデキストリン、カフェイン(コーヒー約3杯分)、ガラナ抽出液、アルギニン、乳酸ナトリウム)50ml。「根性忘れて寝る奴よりも 起きて頑張るキミが好き!」の一句が妙にリズム良しでしょ。こんな科白ごく自然に言ってくれる人間の女がいたらそっちに乗り換えるけどね。白を背景にした紫+空色がホント目覚しいんだってば」
このあたりであちこちから「かぶってるかぶってる……」「やばいぞ……」「かぶってるよ……」という囁き声が湧く。私は身を硬くした。
「あたしは面食いだから三菱商事の『撰の輝』(ハチミツ、梅果汁、ローヤルゼリー、プルーン果汁、高麗人参エキス、クコエキス)50ml一筋です。赤黄系のデザインがふつうに派手で上品なんだもん。……え?」
「僕はジミ専だからディア・カンパニーの『ルーロン 鹿の角』(鹿の角、鹿鞭、鹿尾、鹿胆、田七人参、枸杞子、大棗)50ml。鹿の角はよく使われてるみたいだけど鹿尾ってのが意表を突くでしょ。「中国三千年の貴重品」て赤書した暗小豆色の外箱ドッシリ風格ありです。……え? かぶってる?」
あたふたうろたえて口をつぐんだ大学生の次は私の番だった。「かぶってる」というのは、一系統に話題が偏っている、という意味である。〈いわゆる〉ハイブリッドもの、ちょうどあのハイブリッド院で扱っている狭義のハイブリッドものにいま、話が偏っていたのだ。たしかに狭義ハイブリッドが9個も連続枚挙されてしまっていた。心からの告白なのだからたまたま続いてしまうのは仕方がないこととはいえ、私がはじめてアジトに招かれたときの合言葉方式でもわかるように、戦争の続行を図り反戦運動を潰そうとする特定セクトからの襲撃や潜入、盗聴などを真性ハイブリッド隊は大いに警戒していたのである。少しでもセクトの侵入を疑わせる流れになることはタブーだった。まさかここにハイブリッド院の工作隊が何か仕掛けを……、
……みんなの目が、薄闇の中でいっせいに私に集中した。最後、私の番である。
「ウ……」
○ 日本は微妙に女性上位のよ
というかしかし幸い私の心の恋人は、ハイブリッドではなく二文字だった。私はこの緊張状態で肉声は避けようと考え、「ええと僕の最愛ドリンクはゼリア新薬工業の『済婦C』(センキュウ、トウキ、ブクリョウ、コウブシ、ボタンピ、アマチャ、モクツウ、センコツ、ウコン、サンシシ、ケンゴシ、ソウジュツ、シャクヤク、ケイヒ、カノコソウ、チョウジ、カンゾウ、サフラン、ニンジン、パントテン酸カルシウム、ビタミンB群、グルクロノラクトン、アミノエチルスルホン酸)なんですが……」とまず述べて、以下は三文字堂長男氏の「サプリメント王への道」から瞑目暗誦した。
ドリンク剤の世界に根強い女性差別があることをご存知だろうか。いや、足つぼサロンや大学や電車など他の分野と同様、健康ドリンクにも「女性専用」は多い。その点では女性は優遇されている。男性専用ドリンク剤はホルモン入りの二、三種類だけなのに、「女性用内服液」と銘打ったものはたぶん五、六十種類流通している。『エリアスミニ』『ツデイL』『ビタオールソフト』『若甦L』『ユンケル黄帝L』『ウォーミー』『ドーターBB』『サルビアンビューティ』……。
これらの大半は女性「専用」というわけではなく「女性を主な対象とした」程度のイメージ商品なのかもしれないが、レジに持っていくと薬剤師に「女性用ですがいいですか」としばしば言われる。そう、私は女性用内服液をよく飲むのだ。ちょっと朗らかになりたいときなど、つい明るめの、赤やピンクを主としたデザインに手が伸びるのである。
いや、女性差別と言ったのは赤やピンクのことではない。色ではなくて味。女性用ドリンク剤は、明らかに甘味が強いのだ。ダイエット的な観点からノンシュガーを明示している『ビタオールソフト』なども、砂糖代りの還元麦芽糖水飴によって通常のドリンク剤よりもずっとずっと甘い。
ああいう甘みは子どもの頃飲まされた風邪薬を思い出す。ドリンク剤も『ユンケルジュニア』にしろ『小児用じゃっこう内服液』にしろ大人用に比べてぐっと甘め。どうもこれ、「おんな子どもは甘くなきゃ嫌がるだろう」「甘くしとけば文句言うまい」的思い込みというか紋切型常識というか、とにかく女は子ども並みに「甘く」見られているのである。女性たちはこれで果たして満足なのだろうか。
といったそんな風土の中、燦然と輝いているのがこれ、女性用20ml内服液『済婦C』だ。初めて飲んだときはひるんだ。しょせん女性用と思っていたら妥協のない味なのだ。甘味は通常レベル、ぐーっと喉に染み透る刺激が標準以上、ふわーっと熱くなってぽかぽか温まってくる温感度は特一級。安易なソフト路線に流れた女性用ドリンク業界における異端というか異彩というか、いや、これぞ本来のドリンク剤スピリットというものだろう。
成分がまた目覚ましい。センキュウ、ボタンピ、シャクヤク、サフランなど錚々たる19種類の生薬と5種類のビタミン・ミネラル。計24種類配合のドリンク剤なんて、1本三千円クラスにもそうは見当たらない。それがなんと定価1本四百円。3本セットで千円程度が相場だ。恐れいったハイパーコストパフォーマンス・ドリンクではないか。
〔適応症〕は更年期の神経症、産前産後の血の道、月経痛、月経不順、月経過多、月経過少、耳鳴り、目まい、いきぎれ……男の私が飲んでどうなる、てなもんではあるがこのところ毎日起きがけに『済婦C』をキュッと一本。こんな掘出し物に巡りあえちゃうかぎり、女性用内服液漁りはやめられないよな。
(ほっ……)(ほ……ぉ……っ)擬似ハイブリッド汚染の危機を救った英雄のような充実感とともに私が朗々語り終えると、闇の中を男女五、六人がほっ、ほっと安堵の溜息洩らしながら這い寄ってきてねぎらうように私の肩に触りながら、
「ほっ……、そうだねえ、女性差別的イデオロギーっていやぁ、サプリメント王が述べてる甘味のほかに、女性用内服液にはなぜかドリンク剤必須のカフェイン、アルコールが抜いてあるものが多いよねえ」
「『女寶(ヌーパオ)』が6成分しか入ってないのに『男寶(ナンパオ)』は30成分とかいうでしょ、だけどファンケルの伝承漢宝シリーズを見なよ、『養生源M』の14成分に対して『養生源W』は16成分ですからね。一粒の大きさもMの240mgに対してWは290mgですし。日本は微妙に女性上位のようだね」
「中国と日本の違いっていうよりファンケルが化粧品メーカーだからじゃないですか」
……話題がサプリメントにおける男女差別という方向に逸れていって室内全体ようやくしっとりリラックスしたのである。
というように、特定セクト製品に「かぶってしまう」ことが唯一タブーとして恐れられていたが、それ以外は全く言論上自由自在の大楽園なのだった、真正ハイブリッドの連帯空間は。
なにしろまったく、重ね重ねまったく以前四文字亭では万田発酵の『万田酵素』と森川健康堂の『森川酵素』に粉末『玄米酵素』を混ぜドリンク『明和酵素』で溶いて飲み比べるという数合わせパフォーマンス程度に私は今思えば無垢な感銘を受けていたのだが、考えてみればあれはともに同一の粉末を混ぜるというのが物足りなかった。ここでなら、『森川酵素』に『玄米酵素』を混ぜる一方で、『万田酵素』には太陽食品の『ハトムギ酵素』(ハトムギの全草とパパイヤ、ビワ、イチヂク、ブドウ等約40種類のくだものを原料に果実酵素をつくり、2年間発酵~熟成させた原料を、馬鈴薯澱粉に吸着加工し、特殊低温乾燥で粉末化したうえ、アルファ化ハトムギ末とブレンド)1袋6g×35を混ぜて、じっくり効果を比較することができる。さらに溶媒としては成分表いまいち不明瞭だった『明和酵素』に代えて前者『森川酵素』+『玄米酵素』は大倉の酵素ドリンク『大蔵』(55種類の植物濃縮エキス)720mlで、後者『万田酵素』+『ハトムギ酵素』はエバーヤングの『エバーモアイ』(深層発酵水(モアイ液)、ラフィノース、キシリトール、イチョウ葉エキス。地球誕生以来何十億年もの間、地殻変動によって海と陸の間を何度も往復し、陸海の各種生物成分を埋蔵した腐植土には数々の微生物が生息し、人知では計り知れない古代の情報が秘められています。この土を採掘し、1年間寝かせたものをまた1年間発酵、醸造して抽出・精製された神秘の発酵水がモアイ(母愛)液です)500mlで溶き、お好みなら何週間何ヵ月も熟成させたうえで飲み比べ効果を測るという荒業すらできてしまうのである! むろんそこへ健康食品株式会社の湿式粉末『バイエムコーソ』(野生果実エキス、各種果実、植物エキス、酵母菌、各種有効微生物、総合活性酵素、果糖、ブドウ糖、各種糖類)+大高酵素の乾式粉末『ふげん』×ミリオンの液状『プシュケー』(乳酸菌酵母共棲培養エキス、ニンニク無臭エキス(サチヴァミン複合体)、オリゴ糖など)を参戦させるのも絶妙手であろう。「生きています。活性酵素の働きによって炭酸ガスが発生していますから開封時に中身が飛び出ることがありますので……冷やしてから静かにお開け下さい」という瞬発力豊富な『バイエムコーソ』(白粉なのかペーストなのかハッキリしろよ! と詰りたくなる難解な半乾燥半糊状激甘物質!)と、「一般の乳酸菌のような生菌を利用したものではありませんから、複雑な生理の胃腸内でも、温度や時間、環境などの制限を受けることがありません」という『プシュケー』、そして何よりひらがな荘の例の唯一神候補でありながらともすればラベルのデザインからして『大高酵素 ふげん』なるタイトルと見紛われ戦前から対四文字亭一触即発の火ダネであり続けたこれまた難解きわまりない『ふげん』をいつまでも閑職に放置しておく手はないからだ。酵素といえばシンプルな原点たる壺酢もの、たとえば横井醸造工業『黒が一番』(玄米黒酢、はちみつ、りんご果汁、赤ワイン、オリゴ糖、かんきつ果汁、食物せんい、乳酸カルシウム、人参エキス、クロレラエキス、桂皮エキス、生姜エキス、バニラエキス、酵素処理ルチン、大茴香エキス、ロイヤルゼリー、ビタミン類。瓶を巻く白い生地様化粧紙の格調高さからして黒酢バーモントドリンクのチャンピオン。「眞黒酢は玄米と麦を原料としユニークな個体発酵による自然な黒さです」)100mlを動員し、創健社の緑瓶『くろすバーモント』(無農薬玄米酢、はちみつ、りんご果汁。炭酸飲料)160ml、阪元醸造の『黒酢ドリンク』(黒酢(つぼづくり天然米酢)、オリゴ糖、りんご果汁、ガラナエキストラクト、乳酸カルシウム、天然茶の素)120ml等々あまたの黒酢飲料と比較玩味し尽くすのだって自由なのである!
私はもう、多幸感でいっぱいで、ほんとにもう、歩きながら笑い続けた。
アジト所蔵の本名不詳ボムを学校にも持っていって、くすくす笑いながら教師の机や鞄に潜ませ続けた。
涙も鼻水も拭かず躁狂と笑い続けた。
しかしあの日、私がいつものように真正ハイブリッド隊員たちとともに町じゅうに本名不詳ボム500mlペットボトル――日本食研の『酸素10倍 バランスデイトウォーター+O2』(超過飽和グレイシャルウォーター。カナダ・ブリティッシュ・コロンビア州の氷河水をベースに、LIプロセス(米国特許5006352)により、充填時、通常の飲料水に含まれる約10倍の酸素を過飽和させたスーパーウォーター)を各家庭の門口に置いてきたりブロック塀の猫よけペットボトルの代わりに配置したり一通りばら撒き終えてアジトに戻り、やはり愉快で愉快で昂揚して昂揚してたまらず人の話の腰を折りまくってはみんなの前で次のような我流論説を直立まくしたてていたときのこと――
「二文字庵では日本クリエートの『瑞芝』(シイタケ菌糸抽出物、ナツメ抽出物、ビタミンC)100ml、『瑞芝S50』(シイタケ菌糸抽出物、ナツメ抽出物、ビタミンC)50ml、『瑞芝M』(シイタケ菌糸抽出物、ナツメ抽出物、ビタミンC、B1,B2,B6,D3,イノシトール、果糖)30ml、『茸源ゴールド』(シイタケ菌糸抽出物、山査子抽出物)100ml、野田食菌工業の『椎菌ドリンク』(シイタケ菌糸抽出物、山査子抽出物)100mlを比べることっきゃできなかったのに、そこへ日本デザイナーフーズの『霊芝泉』(マンネンタケ菌糸培養抽出物)100mlをぶつけて椎茸菌糸と霊芝菌糸の威力比較ができるようになりましたし。梅丹本舗の、有名ブランドのわりには滅多に見ない高級黒箱ドリンク、タイトルから希釈タイプかと思いきや飲みきりタイプだった『特濃 古梅霊芝インペリアル』(当社が他に先駆けて梅の古木に人工栽培)50mlすら参戦OKなのがまたでかいし。もひとつあの最強力キノコ・アガリクス菌糸体含有ドリンクたとえばユウキの『AHMC』(アラビノキシラン(バイオブラン)、ヒメマツタケ菌糸体培養液、ローヤルゼリー、玄米エキス、ハチミツ、乳酸カルシウム、クエン酸鉄Na、アルギニン、アスパラギン酸Na、V.B1、B2、B6、ニコチン酸、茶の素)や琉薬の『アガリクス帝王液』(アガリクス菌糸エキス、天然アミノ酸・ペプタイド末(プラセンタエキス)、無臭ニンニクエキス、高麗紅蔘エキス、各種ビタミン、唐辛子チンキ)すら一太刀交えてくれるって大盤振舞いですし。そうした菌糸体ドリンクにいろんな子実体ドリンクをぶつけることさえ可能なんですってば。だからタキザワ漢方廠の『アガリクスタケ液』(アガリクス茸、ミネラルソルト。濃厚!)50ml、バイオビジョン ジャパンの『AP DRINK』(アガリクスエキス、シルクペプチド)50ml、デイリーフーズの『エノキドリンク』(オリゴ糖、エノキタケ抽出エキス、リンゴ濃縮果汁、酒精)100ml、三宝物産の『サララ』(ヒラタケ抽出液)100ml、玄光薬品の『冬虫夏草』(蜂蜜、黒糖、オリゴ糖、冬虫夏草抽出液、クエン酸)50mlなどなどですってば。五岳霊芝本舗の『霊芝ドリンク』(霊芝エキスパウダー、高麗ニンジンエキス、クコシエキス、エゾウコギエキス、ローヤルゼリー、ハチミツ、クエン酸)50mlもですってば。錚々たるそいつらをその副成分の有無・多少によって比較選別も思うがままであるばかりか、正統派の免疫系キノコとは一線画してるように見られがちなエチケット系マッシュルームエキスドリンクたとえばライフィックスの『私、クリア』(ガラクトオリゴ糖、食物繊維含有デキストリン、シャンピニオンエキス、環状オリゴ糖、リンゴ抽出物(リンゴポリフェノール))100mlみたいな超異端すら大手を振って茸戦線最前線に馳せ参じられるんですってば! なんと自由闊達なる境地でしょうかってばぁ!」
てば、てばを連発している自分に気づいて喉を摩りながらふと見回すと、返事も相槌もないも当然、室内には私しかいなかった。たったひとり、乱雑に散らかった室内に立っていた。
室内だけでなく窓外にも物音はない。静まり返っている。
「えええと……」
呼びかけようと思って絶句し、このとき初めて私は、アジト内の同志たち――真正ハイブリッド閣反戦主義メンバーの誰一人の名前をも知らないことに気づいた。あれだけ濃厚な話をたくさん交わしていながらだ。それだけ私の心をサプリに集中しきっていた【成分3】効力に今さらの満足を覚えた。
しかし誰もいない。
首を傾げながらエレベーターで1階に降り、この静寂はただごとじゃないぞと外をこっそり窺いながらアジトの郵便受けに突っ込まれている大判封筒を開封した。定期購読の『ゆほびか』最新号。
「サプリメント王への道」の頁を開いて、私はエッとのけぞった。
たとえばどちらも成分がアガリクスで、産地的・濃度的に甲乙つけがたいとする。その場合私は、『スーパーゴールドアガリクス茸』よりは『仙生寿』を買う。多少値段が高くてもだ。同じノコギリヤシなら『ウロスキット』より『快流源』を買う。同じ蟻なら『イーパオ』より『蟻皇宝』を買う。そーう。告白するとまったくもう、三文字熟語が私の弱点なのである。
ガチンガチンガチンとこう、正方形を三つ並べられると背中がしびれるというか頭がポーッというか、うっとりクラクラ、そしてこないだまたも釘付けになる代物を発掘した。
『精王源』(アスティ)。
いきなりだ。精、王、源。三文字モノに最も使用頻度の高いオーソドックスな漢字が三つ、モロ結びついた。三文字中の三文字、三文字界の正統派、大エリートですよこれは。
箱がまたいい。なにやら洞窟壁画風のデザインと万里の長城のデザイン。3粒ずつ分封になっていて、白いハードカプセル、黄土色の三角打錠、黒いソフトカプセルが一個ずつ。かすかに金がかった銀色分封アルミ袋には城都の街路風に区切られた升目が印刷され、一升ごとに「精」と「王」と「源」が一文字ずつ繰返し現われる。シブい装丁だ。
一袋に3種3粒というのが三文字ついでの三にとことんこだわった完璧主義と見た。ハードカプセルはマムシ末、スッポン末、サソリ末。錠剤はマカエキス末、ガラナ末、亜鉛イースト。ソフトカプセルはエラブ海蛇末、タツノオトシゴ末、トナカイ角末。む。各粒の成分数まで三にそろえおったとは!
一袋に複数の種類を収めた分封サプリメントというのは変則的だが、ファンケルの「グッドチョイス」シリーズをはじめ、一袋で健康管理しましょう系マルチビタミン・ミネラルものにはこのテのがいくつかある。だがこの『精王源』みたいに明らかに滋養強壮系というか下半身系というか、こっち系方面では初めてお目にかかった。
計9成分というのは決して多い方ではない。『ナンパオ』は一粒に31成分だし、『至宝三鞭丸』は38成分にも及ぶ。ただこの『精王源』の非凡なところは、9成分をあえて分離して、各粒3成分ずつに抑えたと。互いに混ざらぬよう配慮してるみたいなのがいかにも何かありそう。従来品ではなにげに同居しているマムシとマカはほんとは触れ合ってちゃいけなかったのか? トナカイ角とガラナは最適保存法が相容れないのだったか? ……等々。巷では無頓着にやりすごされていた分子レベルのメカニズムに、細心の注意を払っているらしい頼もしい雰囲気が香る。
三というのは不思議な数だ。議論のときなど「論点は三つあります」と前置きすると効果的だとかいう心理学的法則のことも聞いたことがある。タイトル的にも粒的にも成分的にも徹底して三でそろえた『精王源』、強壮系サプリ路線久々のヒットである。
三文字堂店主長男氏が紛れもなき三文字をとりあげて絶賛している!
以前の「勃起油」のようなフェイントとはわけが違う、正真正銘だぞ……。
これはどういうことか……。
告白した! サプリメント王がカミングアウトしたのだ!
何かのっぴきならない和解が町の内外で強行されたようだ。
夜の告白会を含めた私たちハイブリッド隊の地道な活動が実を結んだのか?
不用意な感動をねじ伏せようと私は胸に掌当てながら静まり返った道を歩いた。
× 求めていた町内制覇はこういうも
歩行者はいない。昼間なのに道沿いの街灯がどれもこれもチカチカ息切れ気味に瞬いている。車はみんな停まっていた。エンジンも止まっていた。どの車もドアが開きっぱなしで、斜めを向いたり横向きになったり、センターラインを踏み越えていたり、ボンネットを跳ね上げていたり、方向指示ランプがチカチカ瞬いていたり、ワイパーが振れていたり、シートベルトが外に垂れ下がっていたりした。路上には錠剤やカプセルや分封包が散乱してキラキラと陽光を反射している。銀小魚の群れが浮上した海面のようだ。靴底には一歩ごとにエキス粘液がべとついてくる。上空にはきな粉のような粉末のたなびきが幾色幾筋もゆっくり流れている。大便のずっしりつまったパンツが交差点ごとに落ちている。このところ目にしていなかった猫やカラスの死骸が歩道にも車道にもちらほらと転がっている。
まがりなりにも深入りした以上は中学生といえども己れの視点からだけ世界を見るな、他の諸戦争も同時進行していたことを思い出せとでもいうように路上あちこち、便箋やカッターや原稿用紙や色鉛筆のような文房具類、大小さまざまの腕時計や懐中時計も散乱したり積み上がったりしていた。しかし時計や文房具に比べてわが錠剤やカプセルや粉末や大便や顆粒の散乱度こそなんといっても一番――素材の重量や性質ゆえでもあろうが――路面から街路樹の葉や枝から庇から車の屋根から最も広い範囲にわたっていた。
誰もいない。声ひとつ、クラクション一つ、足音ひとつ、携帯電話のベル一つ聞こえない。シーンと静まり返ったむつみ通りを歩いてゆくと、カタカナ楼やA~Z舗の戸口に出ている『チオビタドリンク』や『アリナミンA』の旗がはたはたと微風になびく音がして、ああ、やはり人間が一人もない風景が人間社会にとって一番ふさわしいのかもしれないなあ、と深呼吸もすがすがしい。
サプリメント戦争たけなわにて、これは和解というよりむしろ核爆発に相当する究極の成分反応があったかのように思われた。人生の哀しみを忘れるためにみんなで一途に戦争に勤しんだ結果、人生が忘れられるという哀しみがただ残ったという法則どおりか。
……呆然と佇んでいる人影。
近づいてみると四文字亭店主。
虚ろな眼差しで街路を見渡している。私の方は見もしない。のろのろと箒で路傍を掃いている人影があった。近づいてみると、ハイブリッド院店主。やはり私には一瞥もくれない。
忘れられた人生を思い出し直さねばならないほど哀しい営みはないのだが……。
三文字堂の前に差し掛かったとき、さすがに私は感慨に襲われる。ここから始まったのだ……。草書金文字の木目看板を原風景の見納めとでもいうようにしみじみじっと見上げていると、引戸が開いて、
「あ……」
このときばかりは声が出た。店主が現われた。しばらく見ないうちに十歳は老けたような。憔悴の中に仄かな安堵、いや笑いをこらえているようにも見える。息子の『精王源』論をたぶん読んだのだろう。三文字堂店主は私を見もせずぶつぶつ呟きながら歩いてゆく。私はあとについてゆく。ここで安易に笑っては父親のというか専文家の沽券にかかわるとでもいうように店主はプルプルといかにも顰め面を保ちつつ、
「違う……。俺が求めていた町内制覇はこういうものじゃなかった……」
ことさらに神妙そうな一言を繰り返しながら背を丸め足を引きずって歩いてゆく。
(だって当り前じゃん……)私はテレパシーで店主の背中を押した。(店主ははじめから町内制覇なんて考えてなかったんだから……。半端なワカモノじゃあるまいし挫折を捏造してカッコつけるなよ、嬉しきゃブワーッて笑えばいいじゃん、楽になるのに)
多文字房に差し掛かると、待っていたかのように頬髯の多文字房店主が巨躯を呆然と現わす。斜めに紐で繋がったように同じ足取りでうなだれ歩く三文字堂店主と多文字房店主のあとに私はついて歩く。振り返ると、先ほど見かけた四文字亭店主とハイブリッド院店主がのろのろと百歩あとを歩いてくる。
カタカナ楼店主すら細長い身体を左右不機嫌に揺らしながらいつしか素直に合流している。
正面から向かってくるずんぐり太い人影がひっつめ髪ほつれ乱した二文字庵店主であるとわかったとき、その手前、空店舗が取り壊されて更地化した広場に店主たちが集まっているのも見えた。みな地べたに腰を下ろし、白衣の円陣ができていた。
真ん中に碁盤があって、一人一人が錠剤の瓶を手に、交代で盤上に置いていく。
これが史上初の「虹碁」対局ではなかったかと思う。
今日広く行なわれている虹碁のルール、すなわち2~4人が好きな錠剤を並べていって、死んだ錠剤、取られた錠剤は終局時全部自分で飲まなければならない、という一種決闘ルールはすでにこのとき暗黙に確立していたものと思われる。ただしこの最初の対局は、十一人という多人数の店主による対局であったことが例外的だっただけだ。
錠剤が次々に盤上に並んで美しい十一色模様を創ってゆくのを私はうっとりと眺めていたが、「うふふふふ……」私が笑わずにいられなかったのは、店主がみな、自軍に属さない文字タイトルのサプリを自分の石として虹碁を打っていたからである。三文字堂店主が烈赤…『リキドー皇精』を、四文字亭店主が爽桃…『皆快調710』を、二文字庵店主が錦茶…『パッションブレンド』を、一文字館店主が淑紫…『若源健康球』を、五文字屋店主が朗薄緑…『クマ笹粒』を、カタカナ楼店主が篤深緑…『緑陽珠』を、六文字舎店主が粋白…『感じるふたり』を、A~Z舗店主が玄黒…『命泉』を、ひらがな荘店主が彩灰…『気分爽快サポート』を、多文字房店主が激朱…『ネオオキソピタン錠』を、ハイブリッド院店主が鮮黄…『エスファイトゴールド』を並べているのを見て私は、ああ、文字別派閥の時代はほんとに終わったということだな、と安堵した。終局を待たずみな取られた自分の石はその場で飲み下してゆく。むろん、一日1~2錠シフトの医薬品精力剤『ネオオキソピタン錠』と、一日何十粒でも一応OKの軽ハーブサプリメント『クマ笹粒』とでは、一粒の重みというか身体への負担が全然違うはずだ。『緑陽珠』のあげはま20粒を一気飲みしても胃がスーっとするだけだろうが、『リキドー皇精』を20粒も飲まされたらモロ脳に心臓に来るだろう。棋力の差異に応じて、ドラッグ効果にハンディをつけているということだろうか。
観戦するうちにあれっ途中から色が増えてるぞと思ってよく見ると、澄琥珀…『DHA』、煌金…『金粒マムシホルモ』が加わっていた。見ればDHAソフトカプセルを摘んではぽつぽつ置いているのはあの、公園ではじめ五十代教授風と見えたひき逃げ男。乾泥まみれのセーター。ああ生きてたんだ、と目を凝らすとその顔はユラリとくすんで紛れもなくビデオで見たあの顔。あのサプリメント王。え? と目を擦って瞬きをして、ははあ間違いない、紺のジャージの下に水色のパジャマ。人間の個性も外見もここまで滲み揺らいできたかと私はわが目を祝福した。なるほどセクト的節操など始めから超えたいいとこ取り的このサプリメント王こそは、自動的に真正ハイブリッド主義の代弁者だった。各専文店に並んで真正ハイブリッドからもひとり条約締結に加わるのはこれ、戦後処理上当然であろう。三文字堂店主はほぼ真向かいに座っている長男氏に気づいているのかいないのか碁盤から目を上げもしない。
もう一つ金粒マムシホルモの方は、大きなカラスが嘴で瓶から器用につまみ出してはちょこんと碁盤上に置いているのだった。ちゃんと自分の順番を守ってだ。人真似をし、自分では割れない硬い木の実を路上に落として自動車に踏み潰させて食べもする知性的なこの鳥は、人の呼吸を読み取りタイミングを計ってゲームができる知能も持っていたらしい。サプリ戦争いやサプリ文化をあくまで中立的に批評しつづけた真正ハイブリッド主義者と、サプリ戦争の無垢な犠牲となった動物代表とが加わって――いやこのカラスはきっと仲間の死を尻目に上空から人間の動きを冷徹に観察批評していた個体だったに違いない――交戦者批評者犠牲者全てが一同に会して「虹碁」のコンセプトは真円を描き大団円完成したのである。
隈なき和解なのか最後の決死の一気飲みなのか難解なオーラに軽く噎せ咳き込みながら、私は家路についた。
つもりだったが、ただ一つ町で正常に動いていた交通機関である電車にふらふら乗りこんで、そのまま四つの市を通り抜け、三日間県境の外で過ごした。三文字堂親子の遠隔和解と対等に勝負できるだけの和解をわが両親に期待する自信がなかったのだろうか。このときの心理はよく憶えていない。
ひき逃げ男風に公園で野宿の四日目の朝空腹で動けずにしゃがんでいたところを警察官に見咎められ、父親と母親の迎えで帰宅してから気づいたのは、案の定かつ意外にも、父親と母親の仲が妙によくなっているということだった。中三になる春休みに父親がオフィスを移り、私たちは県境の外へ引っ越した。生ゴミを埋める庭のない、アジトとちょうど同じタイプの2LDKマンションへ。戦時中に私が貯め込んでいたダンボール二十箱分以上のサプリ群もいっしょにだ。それらが後にどう使われることになるかは次の章で述べよう。
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