三浦俊彦『サプリメント戦争』
目次
第1章 サプリ見習時代..
第2章 サプリ身鳴ル事変
第3章 サプリ皆戦争 ..
第4章 サプリ実成リ宣言
本文テキスト
△ 代用品的悲哀の漂う成分だよね。ワシントン条約以
そのとおり。ここまでついてきてくださった読者は、同じ商店街のどこか裏道の脇道に、三文字堂店主の言葉どおり、まさしく一文字からアルファベットに至る各々の専門店が適度な間隔をおいて並んでおりましたと聞けばやっぱりと頷いてくれるはずだろう。私はそういった一連の専門薬店の存在を全然知らなかったのだが、三文字堂店主に教えられた〈むつみ通り〉――小学校時代に何度か自転車で通ったことはあった――を二往復歩いてみると、「二文字庵」「五文字屋」「六文字舎」「カタカナ楼」そして「A~Z舗」等々が点在していたのである。
まずは五文字屋を訪れてみた。三、四ときていきなりアルファベットとかカタカナは危険と判断するのにさほど繊細な本能は要るまい。駐車場の向かいの角地、自動ドアが西側と南側に直角に迎えるよく見るタイプの薬屋。『虔脩熊参丸』の幟が斜めに歩道にせり出している。深呼吸して気を落ち着かせてドアを入るとすぐ、入口の陰で隠れて待ち伏せしていたかのようにズイっと、
「何か質問は?」
「質問ある?」
カウンターの前、五十代くらいのそろって太ったおじさんおばさんが、夫婦らしい似た口調で。いらっしゃいませの代わりに質問はとは、不意を突かれる以前の爽快気味な戸惑いに早くも震えて私は、ほんの偵察モードの半身の構えをあっというまに全身店内へ引きずり込まれがちによたよた歩み込みつつ、(客が問いを出さなきゃならないシステムの店なんだな……)心得るのに刹那以上はかからなかった。三文字堂、四文字亭の洗礼を経ることで、個別のスタイルが堅持されねば文化というものは成り立たないと感得していたからである。「こだわりが健康を生むのです。いや、健康ならばこだわるはずなのです。ただし健康以外の何かにね」と、かの三文字堂店主の長男氏がビデオで語っていたのも思い出していた。
ええと質問質問……これは一種の入会試験なんだから……私はすばやく質問を考え巡らしたが、入店前の深呼吸が妙に効いてきたか頭が鎮静しきって疑問一粒泡立たず、鎮静のあまり焦って反射的に、脇の棚の八ツ目製薬『至宝三鞭丸』(地黄、枸杞子、菟絲子、茯苓、牛膝、山薬、補骨脂、鹿茸、杜仲、巴戟天、山茱萸、沢瀉、人参、鹿鞭、竜骨、桑?蛸、広狗鞭、海狗鞭、陽起石、淫羊 、沈香、海馬、蛤?、黄柏、黄耆、桂皮、当帰、茴香、山椒、牡丹皮、芍薬、白朮、遠志、肉 蓉、何首烏、覆盆子、菖蒲根、甘松)と日新薬品工業『萬病感應丸』(ジャコウ、センソ、ゴオウ、サフラン、牛胆、ニンジン末、ジンコウ末、レイヨウカク末、d-ボルネオール)の箱をお手玉しそうに危うく手に取り成分表から目測咄嗟にピックアップして「覆盆子って……あと陽起石って……あまり聞かないけどこの基原と……主な効能って……なんですか?」口調はしっかり何とか尋ねおおせた。
「基原」などという用語からして専門的で、並みの中学生がカバーしているレベルの語彙にはない。夫婦は驚いたようだったが、三文字堂、四文字亭と鍛えられまくってきた私には造作もない質問だったのだ。
「フム……」旦那の方が一つ一つ答えた。「覆盆子か。ゴショイチゴの未成熟な果実。強精作用ね。陽起石かね。珪酸塩類の鉱石アクチノライトのことだな。強壮、利尿作用があります。広狗鞭か。犬の陰茎と睾丸。広は広東省の狗のことさ。強精作用があります。大ヤモリの雄雌一対を乾燥させた蛤?、これ効能がちょっと変わってて肺を強くし咳を静めるの。桑?蛸ね。こりゃカマキリの卵塊だ。強壮、利尿作用です。何首烏。ツルドクダミの根っこだな。強壮と緩下剤だ。巴戟天かい。これはそのままハゲキテンってアカネ科の植物の根っこだ。腰痛や関節痛に効く。ドリンク剤の定番淫羊 =イカリ草と似た働きをするんだが淫羊 みたいに身体を乾燥させる激しい作用はないんで多めに摂っても大丈夫。麝香はジャコウジカだから間違えるなよ。ジャコウネコの精腺分泌液はなんと言う? そう、ユンケルなどに入ってる「シベット」だな。なんとなく代用品的悲哀の漂う成分だよね。ワシントン条約以前はユンケルも麝香が入ってたんだがなあ。シカはシカでも鹿茸はジャコウじゃないよ、アカシカだから。まだ角質化してないこぶみたいな幼角を鋸でぎしぎし切るんだって。鹿茸の成分パントクリンを大量に摂ると血圧下げて心拍数減らすけど少量だと心拍速めて血圧上げるんだってさ、面白いよね。牛黄が牛の胆石だってのは知ってるな。千頭に一頭しか見つからない貴重品だ。こんなものが強精や血圧に効くなんて昔の中国人はよく発見したもんだと思うよ。同じ重量あたり金の五倍の値段だっていうよ。蟾酥は劇薬扱い。シナヒキガエルとヘリグロヒキガエルの耳腺と皮膚腺から出る毒液。よくぞそんなものまでなあ」
一通り三十分も成分説明してもらっていると、犬連れの太った主婦がやってきて、「ビッグウッドの『愛犬活力源』くださーい!」
焦茶色のなにやら高級そうな中膨れ形瓶製品を買い求め、その場でパッパッぱっと掌に振り出して愛犬に舐めさせたり鼻にふりかけてやったりしている。「木酢液。一日数滴を食事と水にまぜて与える」と書いてある。ふーむ。ペット用健康食品かよ……。妙に感心した。主婦が帰ると入れ替わりにまた犬連れの中年男がやってきて、やはり『愛犬活力源』を買っていく。売れ筋のようだった。この五文字屋ってのは侮れない、と思った。続いて四、五人、犬の散歩の途中で立ち寄った客たちがみな『愛犬活力源』。まるで新客の私に感銘を与えるために申し合わせているかのように入れ替わり立ち替わりみんな『愛犬活力源』だった。確かにいきなり犬の健康食品など出されては三文字堂店主の怒声もたちまち霞む。四文字亭と三文字堂で与えられた使命などそっちのけに、五文字製品の波動にただ浸りにゆくようになったのである、毎日私は。
『愛犬活力源』があんなに立て続けに売れたのは初日だけだった。やはり申し合わせていたのだろうか。しかし店主による質問請求は毎日相変わらずシビアだった。客たちは大体、天津長城医薬保健品有限公司(輸入元・アスゲン製薬)の『長城恵心丸』(ゴオウ、オウレン、オウゴン、サンシシ、ダイオウ、センキュウ、ハッカ、ビャクシ、キンギンカ、d-ボルネオール)やカネボウ薬品の『虔脩熊参丸』(ユウタン(熊胆)、チクセツニンジン末(竹節人参末)、センブリ末(当薬末)、軟稠牛胆)、大昭製薬の『強心仙金粒』(ゴオウ、センソ、鹿茸末、ニンジン末、イカリ草エキス、ジンコウ末、牛胆、サフラン、竜脳、真珠末)を買いがてらそこに記された成分の基原や効能、ときには他のサプリメントや薬との飲み合わせについて質問して「義務」を果たすのが普通だった。
(やっぱりそういう正攻法でよかったんだな……。オレって五文字屋と相性いいかも……。あ……だけどこれ……)
皇漢薬品研究所の『冬虫夏草粒 活龍盛』(冬虫夏草エキス抽出末、田七人蔘エキス抽出末、すっぽんエキス抽出末、高麗人蔘エキス抽出末、霊芝エキス抽出末、杜仲葉エキス抽出末、デキストリン)の黒箱がレジ脇の一番目立つガラスケース内に常時二、三十個も並んでいるのが気になり始めた。(あ……そうかこれって三文字堂的にはもちろん「活龍盛」だよなそういや三文字堂店主に「調べてこいぃっっっっ」て申し渡された中にたしか入ってたよな。早く知らせないと三文字堂店主に怒られるな……)不安になったが、しかし犬を撫でながら五文字屋店主夫妻にくつろいだ質問を投げかけている客たちの談笑風景に触れるにつけ、かくも五文字軌道に乗れてしまってはまだまだ三文字堂へ御注進に戻るタイミングなどでないことは明らかな私なのだった。
○ 答えようのないように見える問題もね、たいてい、当り前みたいなほん
さあて、二週間も五文字屋に通いつづけてみると、田中さん夫妻の絶倫報告に出くわしたのは言うまでもない。ただしここでは直立不動ではなかった。ピンクの服着せたスパニエルを連れてきて、この種おしゃれ犬は田中夫妻にいかにも不似合いに見えたのではあるけれど、『愛犬活力源』を水に薄めてふたりして犬の背中や脇腹にせっせと擦り込んでやりながらの汗だく絶倫報告なのだった。ふむふむ、「10倍に薄めて皮膚につけるとコンディションがよくなる」とも書いてある。絶倫報告は、この五文字屋では当然、質問形式でなければならなかった。
「同仁堂製薬の『絶倫孔帝液』(銀杏葉エキス、牛睾丸エキス、赤マムシエキス、ガラナエキス、スッポンエキス、コラ種子エキス、エレウテロコックエキス、朝鮮人参エキス、ローヤルゼリー、ウコンエキス、ニンニクエキス、麦芽エキス、オットセイの骨格筋エキス、カフェイン100mg、蜂蜜、上白糖、リキュール)50mlでマンナンフーズの『蘇春八効源』(血胆入すっぽん粉末、血胆入マムシ粉末、血胆入ハブ粉末、血胆入コブラ粉末、マムシ肝臓粉末、トナカイ角粉末、田七人参粉末、ガラナ粉末)6粒を飲んだんですが、それでどうなったでしょう、かっ」「中折れがなくなったはずですな、一切の予感ともども」「ええ、そのとおりでした。やっぱりそれでいいのかよかったよかった。それではノーベル自然製薬の『龍馬漢秘伝 燃える闘魂液』(はちみつ、食物繊維(難消化性デキストリン)、サソリ抽出液、イチョウ葉抽出液、ガラナ抽出液、トウガラシ抽出液、コブラ抽出液、トナカイ角抽出液、ウコン抽出液、茶の素(カフェイン)、マムシ抽出液、霊芝抽出液、ガジュツエキス、スッポン抽出液、プロポリスエキス、梅肉エキス、ローヤルゼリー、海蛇抽出液、L-アルギニン、DL-アラニン、L-スレオニン)50mlで再春館薬品の『強精三蛇王』(ヒメハブ粉末、キングコブラ粉末、海蛇粉末)15粒を飲んだのですが、さてこの効果はどうあるべきでしょう、かっ」「そりゃあ、錠剤を噛み砕くと滲出発散する辛味が勃起のたびごとに舌下に甦って興奮を高めてくれたはずです」「ええと、舌下じゃなく喉の奥だったんですが、ええ、大体合ってましたよね。よかったよかった。では日水製薬の『日水清心液』(ゴオウチンキ、ロクジョウチンキ-N、ニンジン流エキス、センキュウ流エキス、トウキ流エキス、カンゾウ流エキス、ケイヒ流エキス、オウギ流エキス)50mlで飲み下すことによってむらむら感が一極集中、全身拡散、一尖収斂、四肢放散と繰り返してものすごーく気持ちいいのは同仁堂製薬の『金粒絶倫王』(ガラナ末、赤マムシ末、山薬末、ウコン末、牛睾丸エキス、ニンニク末、コラ種子エキス、トナカイの角末、スッポン末、ローヤルゼリー末、甘草エキス末、八目鰻末、純金箔)9粒でしょうか、それとも再春館薬品の『摩訶不思議マカ』(マカ原末、ガラナ粉末、カプサイシン)10粒でしょうかっ」「微差で『金粒絶倫王』が勝るでしょうな。ただし宝力本舗の『亀蛇睾精膽』(スッポンエキス、海蛇エキス、ハブエキス、蛇胆エキス、トナカイ幼角エキス、エゾウコギエキス、田七人参エキス、茶の素)100mlでトムソン研究所の『亀蛇睾精膽』(スッポンエキス、海蛇エキス、ハブエキス、蛇胆エキス、トナカイ幼角エキス、エゾウコギエキス、田七人参エキス)2粒を飲んだ翌日に限っては『摩訶不思議マカ』の効果の方が遥かに上です」「ソッそのとおりっ。さすがは店主っ。うれしいなァ本筋は本筋だなァ。では三宝製薬の『生薬内服液ブロニー』(ニンジン軟エキス、オウギ流エキス、黄精流エキス、イカリソウエキス、冬虫夏草流エキス、反鼻チンキ、ニクジュヨウ流エキス、トチュウ流エキス、トシシ流エキス、ジオウ軟エキス、カシュウエキス-A、クコシ流エキス、バクモンドウ流エキス、ジョテイシ軟エキス-C、茯苓エキス-N。味は極甘口ながら一本¥4000という値および一般名詞であるべき「生薬内服液」の文字のみ固有名詞ばりにいや正式大書の金箱デザインがすでに心身高揚を迫ってます)50mlで再春館薬品の『強力勃輝粉』(スッポン、マムシ、タツノオトシゴ末、牛睾丸末、ハブ、ガラナ、オットセイ、スッポン胆・肝末、マムシ胆・肝末、ハブ胆・肝臓末。三箇所に「精製滅菌処理済」とあえて誇示しているむらさきパッケージがかなり妖しげ)と同仁堂製薬の『絶倫勃強粉』(スッポン、マムシ、タツノオトシゴ末、牛睾丸末、ハブ、ガラナ、オットセイ、スッポン胆・肝末、マムシ胆・肝末、ハブ胆・肝臓末。三箇所に「精製滅菌処理済」とあえて誇示している深紅パッケージがこれも妖しげ)を1匙ずつ飲むと、先端が過敏なときタフにするんでしょうか鈍感なときナイーブにするんでしょうかどっちでしょうかっ。製造・コリアン・ジンセン・フード、輸入元・百梨商事の『高麗人蔘液』(高麗人蔘エキス、ローヤルゼリー、ハーブエキス、なつめエキス、桂皮エキス、甘草エキス、しょうがエキス、くこの実エキス、はちみつ、クエン酸)といっしょに飲んで海綿体に血潮流れ込む温感痒感が毛細血管隅々まではっきりくっきりするのは十王製薬の『天狗十王精(特)』(人参エキス、ニンニクエキス、ハブエキス、マムシエキス、イカリ草エキス、ヤツメウナギエキス散、マタタビ軟稠エキス、タチジャコウソウエキス、クコシエキス、ムイラプアマエキス。朱桃色の毒々しい糖衣錠が色欲サポートっ)4粒でしょうか天津長城医薬保健品有限公司(輸入元・静岡県物産交易)の『海馬補腎丸』(トウキ、ブクリョウ、サンシュユ、ジオウ、ニンジン、オウギ、リュウコツ、クコシ、ホコツシ、コトウニン、ボチョウコウ、カイバ、ロクジョウ、ゴウカイ、センタイカ、カイクジン、ロクジン、ロクキン、コクロジン)10丸でしょうかディックライフテックの『若源健康球』(スピルリナ、無臭ニンニク、ビタミンB群、C、クエン酸、微細二酸化ケイ素)10粒でしょうかっ。オリヒロの『田七人参粒』(田七人参末)15粒を共栄の『変身妖華茶』(ルイボスティー、後発酵茶、シジューム茶、シソ葉、他)1バッグ200mlに煮つめたので飲むとペニスの中でもう一本ペニスがのたうち狂ってるのがビンビン感じられちまうのは『変身妖華茶』が元来強精モノにほど遠いダイエット茶(体脂肪率目標-3%の表示アリ)であるにもかかわらずなぜなのでしょうかっ。なんとなく淫靡な名前のせいでしょう、かっ、それとも田七成分と絶倫方向へほんもの化学反応しているのでしょう、かッ。オノジユウの『尊蕈王益寿』(霊芝エキス、クマザサエキス、高麗人参エキス、玄米酢、プルーンエキス、はちみつ、天然レモン果汁)50mlで日水製薬の『日水田七廣』(田七人参エキス、シリマリン、ウコンエキス)1包1.5gと小太郎漢方製薬の『虔脩六神丸』(ジャコウ、ゴオウ、センソ、ニンジン、ユウタン、リュウノウ。[主治効能]心臓病、胃痛、腹痛、霍乱、驚風、眩暈、気付)2粒と宝力本舗の『快流強盛王』(ノコギリヤシ果実エキス、亜鉛含有食用酵母、セレン含有食用酵母、オリーブオイル、トナカイ幼角末、カバカバエキス)3卵形黄土カプセルと北宝薬品の『八味腎気丸』(桂皮、沢瀉、茯苓、牡丹皮、地黄、山茱萸、山薬、加工附子末、蜂蜜)27丸を飲んだとき玉袋に起こる変化はどんなものでなきゃならんでしょう、かっ」 私は多少賢くなっていた。場に適応しきって脱出不能になるとマズイ、また三文字堂や四文字亭のときのように離れ際に壊滅的な衝撃を蒙ることになってはソンだと悟っていたせいで、四週目、五文字に染まりきるピークのときにあえて私は振りほどき、むつみ通りの反対側を百メートルほど下ったパチンコ屋の隣に清潔な入口を構える「二文字庵」に突入した。
三と四から一方的に課せられた理不尽な責務を、五と二の大印象でサンドイッチにして塗り固めて封じてしまえればこっちのものだと考えたのだ。
二文字庵の自動ドアをまたぐと、すぐ正面に日邦薬品工業の『若甦』シリーズがずらりボーリングのピン編制、幾重幾段幾層にも並んでいる雛壇景色。私はさっそく感動した。いい予感だ。『若甦内服液』『若甦ノンカフェ内服液』『若甦内服液G』『若甦アクティ内服液』『若甦ロイヤル内服液』『若甦ハイロイヤル内服液』『若甦インペリアル内服液』『若甦L内服液』『若甦80内服液』『若甦錠』『若甦錠S』『若甦ロイヤルカプセル』『若甦C顆粒』『若甦参甘黄カプセル』……。しかし『若甦参甘黄カプセル』(ニンジン末、ゴオウ末、カンゾウ末)か……。
三文字堂的には「参甘黄」……。
ブラックリストに載ってたやつだ……。
これはそろそろいくらなんでも三文字堂店主に知らせるべきか……これ以上バックレて逃げ隠れるような形をひきずっちゃまずいのではないか……いや耐えろ……辛抱だ……いや三文字堂に永久に戻らずにこの二文字庵なり何なりでずっと身を修めていける自信があるか……いや……、私はピリピリと緊張が肩に腰に静電気状にはじけるのを覚えた。
「タマゴが先なのニワトリが先なの?」
カウンターの中から五十歳くらいのずんぐりした垂れ目の女性。
「え?」
私が「若甦参甘黄カプセル」の前で依然立ちすくんでいると、畳み掛けるように
「だからタマゴが先なのニワトリが先なのっ?」
垂れているわりには大きな目を見開いて生え際白い髪を指で梳いている。私の緊張を見透かしてわざとずらし系の質問を浴びせてきたのかとも思ったが事務的な瞳を見るにそうでもなく、ここでは五文字屋とは逆に、客が質問を浴びせられることになっているらしい。それならわかりやすいのだが……、
「急に言われても……、どっちが先ってもんでも……」
「だめですねえ」店主は――他に店員はいなかったがこの仕切りぶりから店主であることはわかる――「学校で進化論習わなかったの?」
あ、そーか。学校ではなく三文字堂で「進化の反対語は退化ではないぞ」と教えられていたんだ。何のための修業だったのか。しまったな。「えーとそうだよそうでした」私はあわてて答える。「ニワトリに進化するよりずっと前から、下等動物時代からタマゴは続いてたわけで。タマゴが先に決まってました」
「そーう!」
店主は満面の笑みを浮かべて、「答えようのないように見える問題もね、たいてい、当り前みたいなほんとの答えがあるものなのよねえ。決して諦めないようにね」
私はなーるほどーぉぉーと深く頷いた。三文字堂で染み込まされた教訓が新たに塗り替えられてゆく脱皮感はとことん気持ちいい。
「だけどねえ」店主は溜息をついて、「まだ質問。ニワトリのトサカからとる健康食品といったら何?」
「あ、ヒアルロン酸……」これを即答せずしてどうする。保湿美肌成分であるヒアルロン酸には、三文字堂の初期において『麗肌創』や『若美寿C10000』ですっかり御馴染みである。
「あんた詳しいね」ここの店主は女性の身軽さからか三文字堂店主や四文字亭店主に比べ評価を出し惜しみせず率直に応対してくれる気配だ。「そのヒアルロン酸ね。二文字製品に傑作がなくて困ってるのよねー。ダイエット系はやっぱカタカナが強くってねえ。うちも女性のお客さんが多いってのにねえ……」
(ふーん……)私はここぞとばかり感心した。(自分とこの弱点を最初にさらけ出しちゃうって手があるんだな。ここの店主はもしかしたら三文字堂店主より上かもしれないぞ……)
私はそれから毎日のように二文字庵に通うようになった。
つくづく内装が鮮やかで、すごく明るい店作りだった。一人でせっせとくるくる立ち働く店主で、中心の陳列コーナーは三日~一週間のサイクルでまめに変えられていく。『若甦』シーズンのあとは『扁鵲』シーズンだった。建林松鶴堂のタクシャ末、ダイオウ末、ショウキョウ末、カンゾウ末、ケイヒ末、シャクヤク末、ボタンピ末、チョレイ末、サイコ末、ハンゲ末、ショウマ末から成る2g分封粉末剤である『扁鵲』は、クリーム色+ピンクの色すがやかな箱に正面でかでか「脂肪過多症」と記された迫力が効果的、これがずらり壁と並ぶと、脂肪過多も高血圧も胃潰瘍も糖尿病もみな極彩色の幸福人生のための必須部品みたいな気になってくる。これを私は一度1袋水なしで試飲して、そのあと一日中喉と胸がひりひりして参ったことがある。水なしゴックンの蛮勇もモノによるわけだ、当然だが。『扁鵲』に続いて『神救』『瑞芝』『帰若』『黄証』『双参』『楽笑』『食源』『樹響』『壷酢』『即転』『杉茶』『女整』『龍馬』『十穀』『玄源』『蘇蜂』……二文字庵の「イチ押し」が微妙な気温や湿度に合わせて入れ替わり、それにしたがって店内レイアウトが変わるので、通うのに飽きがこなかった。
シーズンごとに懸賞問題が掲げられ、正解者先着一名様には一年間の全商品半額割引券が進呈されることになっている。ザラザラ外箱『龍馬』の漫画風龍馬の図とツルツル外箱『ゴールド龍馬V』の劇画風龍馬の図とが交互に積み重ねられる絶景を形成した『龍馬』シーズンの問題はこうだった。「オール薬品工業のドリンク剤『龍馬』(人参エキス、イカリ草エキス、鹿茸チンキ、反鼻チンキ、カイクジンチンキ、クコシエキス、マタタビ流エキス、サンシュユ流エキス、ジオウ流エキス、ゴオウチンキ、ガラナエキスA、オキソアミヂン)30mlと『ゴールド龍馬V』(ニンジン乾燥エキス、イカリ草エキス、ニクジュヨウ流エキス、エゾウコギ軟エキス、ムイラプアマ乾燥エキス)30mlは、共通の人参とイカリソウについては同量、して全体に前者のほうが成分豊富なのに後者のほうが千円高。この価格差の最大の根拠を、それぞれを一ヵ月間連続で交互に飲みつづけて体調比較のうえ突き止めて、言葉で表わしてください」
鮮やかな黄緑色の瓶がキラキラと並んだ『蘇蜂』のときの懸賞問題も印象深い。「サンビートゥエンティワンの『蘇蜂「爽」』と『蘇蜂「爽」ゴールド』(ともに酒石酸、生花粉液、プロポリスエキス、ハチミツ。同一成分表示。蜜蜂少女(蜜の精?)の笑顔まで同一デザイン)は、隅の小さなサイン「ゴールド」の有無が辛うじて唯一の識別材料。二倍の価格差からして主成分含有量が異なっているはずと思われますが、ともに含有量未明示。これほど外見上判別困難に仕立ててある理由は経費削減でしょうか。ほんとうに『ゴールド』の方が効くでしょうか。価格差の根拠となっている成分比は何なのか、毎日1本ずつ交互に飲んで比較対照、突き止めてください」
○ 10粒を飲んだ直後36℃シャワーを玉袋に真下から最強放
私は毎回懸賞に挑戦したが、結局一度も正解を出せなかった。
『十穀』シーズンのときつくづく思ったのは、なにせ薬日本堂の『十穀』(五分づき米、胚芽米、七分づき米、そばの実、あわ、きび、ひえ、押し麦、はと麦、丸麦。山形県の農事組合法人「米沢郷牧場」でBMW自然循環型農法で完全無農薬栽培された米三種、岩手県九戸郡山形村を中心に完全無農薬栽培された雑穀七種)はサプリメントというより炊飯器で炊いて食べる主食であるから、客のほとんどを占める懸賞応募者は補助食品どころか食生活全体が二文字化していく。私が三文字堂やその他の専文字店(専門店改メ)で見聞して知っているように二股三股の浮気客が決して珍しくない現状に対処するため、リピート客を一元固定してピュアな信者の完全養成を目論む「生活浸潤法」というべき巧みな戦略であると見た。しかも『十穀』の次の回にさりげなく『玄源』のシーズンを配することにより、つまり東糧産業の『ふりかけ玄源』(原型玄米胚芽粒…80%、炒りごま、かつお節、海苔、みりん、食塩(天塩)、クロレラエキス、昆布エキス、本醸造醤油…20%)が自然に主食と結合することにより、十穀一膳+玄源1スティック3gぱらぱらという形の主食パターンが強力形成され、その周りを狭義のサプリとしてたとえば食前、予防医学研究会の『樹響』(アマゾンの「森の女王」コパイフェラ精油100%)を2,3滴『蘇蜂「爽」』一本50mlに垂らして飲み、食後はサクセスの『杉茶』(石川県羽咋郡富来町の杉葉)を急須でゆったり、いっしょに三洋薬品『帰若』(イチョウ葉エキス末、大豆レシチン、小麦胚芽油、サフラワー油、マカデミアナッツ油)1粒ゴックン……そうした理想的な二文字専一食習慣が十重二十重に定着してゆくという寸法である。
食生活への食い込み方は、かくしてこの二文字庵が一番巧みなのだった。
田中さん夫妻の絶倫報告二文字バージョンにも私はもちろん立ち会った。
「サンヘルスの『肝元』(コラーゲン分解物、サイクロデキストリン、酵母エキス、キダチアロエエキス、メチオニン、アルギニン)30mlと藤堂インターナショナルの『麗宝』(液化真珠、高維果、五叶参)10mlを混ぜたブレンドドリンクでヤスイ薬局の『壮若』(D・G・S-10(ソウジュツ、ブクリョウ、ニンニク、バレイショデンプン)、オウギ、カンゾウ、ケイヒ、ジオウ、シャクヤク、センキュウ、トウキ、ニンジン、ビャクジュツ、ブクリョウ、動物胆、サンヤク末、ハンピ末)2カプセルを飲むとどうなるかとのご質問ですか? むろん解像度精細。絶頂時性感が陰毛根まで染み込むのが一穴一穴識別感受できるわけですよ。廣貫堂の『春寿』(人参流エキス、イカリソウ流エキス、ゴオウチンキ、カイクジンチンキ-N、ロクジョウ流エキス、ハンピチンキ)50mlであかひげの『欲望』(あした葉、肝臓エキスパウダー、ジンジャーパウダー、天然カフェイン(抽出物)、山椒魚(オス・メス)、トナカイ角エキスパウダー、ローヤルゼリー末、ウコンエキス末、とうもろこし蛋白)10粒を飲むとどのくらいで効果が現われるかと? 普通は三時間、ただしツムラの『蔘茸』(ニンジン流エキス、イカリソウ流エキス、ロクジョウ流エキス、ニクジュヨウ流エキス、オウセイ流エキス、オキソアミヂン)30mlでミヤマ漢方製薬の『蠍王』(田七末、蠍末、蝮末、プラセンタエキス末、コーラナットエキス末)8粒を飲んだ翌日は即。ものの五分か十分で痛いほどの怒張ですよ。日野薬品工業の『仙境』(ロクジョウ抽出液-A、人参乾燥エキス、ゴオウ抽出液-A、イカリソウ流エキス、オウギ流エキス、セイヨウサンザシ抽出液-A、コンドロイチン硫酸ナトリウム)50mlでワキ製薬の『龍心』(ルンブルキナーゼ、田七人参、ローヤルゼリー)6カプセルを飲むのと、ラピーの『桜精D700』(ヘルペプタイン、グルコン酸カルシウム、天然蛋白鉄、クエン酸、リンゴ酸、プロピレングリコール)でラピーの『桜精』(馬心臓末、牛血粉末)1袋6粒を飲むのとでは、どちらの方が中外医薬生産の『精養』(カイクジンチンキ、ロクジョウチンキ、ゴオウチンキ、トチュウチンキ、ジオウチンキ、イカリソウ流エキス、ジャショウシ流エキス、ニクジュヨウ流エキス、ニンジン流エキス、アミノエチルスルホン酸)50mlでユウキ製薬の『エキサイトパワー力王』(マカ末、アマゾン人参エキス、アマゾンダミアナエキス、カツワーバエキス、ガラナエキス、コーラナットエキス、トウガラシエキス)10粒を飲んだ直後36℃シャワーを玉袋に真下から最強放射したあの快感に近い戦慄を得られるか、というご質問ですか? そりゃあ、製造元・大韓民国煙草人蔘公社、発売元・明治製菓の『活蔘28』(コウジンエキス、オウギエキス、ショウキョウエキス、ゴミシエキス、クコシエキス、タイソウエキス、ロクジョウチンキ)50mlでユウキ製薬の『エキサイトパワー精王』(マムシ胆入末、ウミヘビ末、コブラ末、ハブ末、プラセンタエキス、黒胡椒末)10粒を飲んだときとG&Gcoの『薬鳳』(人参エキス、ゴオウチンキ、反鼻チンキ)30mlソフトアンプルでユウキ製薬の『エキサイトパワー帝王』(スッポン胆入末、トナカイ角末、サソリ末、オットセイエキス、プラセンタエキス、ウイキョウ末)10粒を飲んだ時との比較と同様、前日に萬金薬品工業の『金龍ビタン』(反鼻チンキ、アミノエチルスルホン酸、グルクロノラクトン)100mlで野口寿貫堂の『金龍』(ニンジン末、ニンニクエキスA、ハンピ末、オウセイ末、センキュウ末、タイソウ末、ジオウ末、トシシ末、カシュウ末、ヨクイニン末)6粒を飲んで抜かずの三回をヤッたかどうかに左右されますですよー。エムズクリエイティブの『復活』(ガラクトオリゴ糖、プロポリス抽出液、サポニン、ガラナエキス、L-アルギニン、朝鮮人参エキス)50mlでジェーピーエス製薬の『双参』(刺五加エキス、ニンジンエキス)1包3gを飲めば、前日ケーティジャパンの『若泉D』(ニンジンエキス、ゴオウチンキ、オキソアミヂン)50mlでイスクラ産業の『イーパオ【益宝】』(食用蟻粉末、環状オリゴ糖、ハトムギ抽出末、葛抽出末)15粒を飲んだかどうかにかかわらず、寧薬化学工業の『千歳』(ローヤルゼリー、ニンジン流エキス、ゴオウチンキ、インヨウカク流エキス、クコシ流エキス)50mlでカツロンの『勝現』(朝鮮人参、赤まむし、スッポン、クコ(葉)、根コンブ、カキガラ、ハトムギ、緑茶)1スティック3gを飲んだ翌日に田辺製薬の『ナンパオ源気』(ロクジョウチンキ、カイバチンキ、ニンジン流エキス、ニクジュヨウ流エキス、ハゲキテン流エキス、トチュウ流エキス、オウギ流エキス、トウキ流エキス、ブクリョウ流エキス、ビャクジュツエキス)50mlで日邦薬品工業の『若甦インペリアルソフトカプセル』(コウジン乾燥エキス、ゴオウ末、ロクジョウ末、インヨウカク乾燥エキス、オキソアミヂン末、シベット散、ムイラプアマ乾燥エキス、ガラナ乾燥エキス)4カプセルを飲んだ場合と同じだけの硬度と同じだけの持続時間が保証されるかという問いですね? そりゃあもちろん、廣貫堂の『蔘黄V-50』(人参エキス-P、ムイラプアマ乾燥エキス、ゴオウチンキ、グルクロノラクトン)50mlでゼリア新薬工業の『元力』(マカエキス末、乾燥ローヤルゼリー、ウコン乾燥エキス、ナタネ油硬化油)6粒を飲んだ後二時間以内に小林薬品工業の『貴壽』(黄精流エキス、ニンジン乾燥エキス、鹿茸チンキ、ゴオウチンキ、イカリ草流エキス、ローヤルゼリー)50mlで伸和製薬の『温芯』(カンゾウ、ショウガ)1袋2gを飲みでもしようものなら別ですが、『貴壽』より黄精流エキス、ローヤルゼリーの量が少ない代わりにサンシュユ流エキスの加わった『ローヤルユニー貴寿』50mlでカネボウ薬品の『禿鶏』(硝酸チアミン、牛黄末、ロクジョウエキス、蛇床子乾燥エキス、五味子乾燥エキス、オウギエキス、ハンピエキス、イカリソウ乾燥エキス-A、地黄乾燥エキス、人参乾燥エキス-A、ニクジュヨウ乾燥エキス)2カプセルを飲んで全身火照った恍惚瞑想にてじっと考えるならば自ずと、すべては日邦薬品工業の『貴宝ローヤル』(冬虫夏草流エキス、人参エキス、牛黄チンキ、イカリ草エキス、オキソアミヂン、アミノエチルスルホン酸)50mlで米田薬品工業の『甦寿』(霊芝、アガリクス茸)1.2g×4包を飲んだうえで翌朝ダイエーの『飛翔A30』(ロクジョウチンキ、ハンピチンキ、ケイヒチンキ、コウジン乾燥エキス、トシシ抽出液、トチュウ抽出液、インヨウカク流エキス、ニクジュヨウ流エキス、L-アスパラギン酸マグネシウム・カリウム)30mlにて常盤薬品工業の『玉龍M』(コンドロイチン硫酸ナトリウム、ヤツメウナギエキス散、マムシエキス)1カプセルあるいは『玉龍M』の溶媒としていかに『飛翔A30』が相性よしとはいえ『玉龍M』はむしろ同じ玉龍シリーズのよしみで常盤薬品工業の『玉龍ゴールドD』(ゴオウチンキ、ローヤルゼリー、人参乾燥エキス、オキソアミヂン、イカリソウエキス)50mlと『玉龍ローヤルD』(エレウテロコック乾燥エキス、ローヤルゼリー、ゴオウチンキ、ニンジンエキス、淫羊 流エキス)50mlでこそ飲み比べ確かに前者のほうがハイレベル(ゴオウが約5倍量)かどうか睾丸の疼きを比較して確かめるというのをやったことがあるのかどうかにかかっている、てことが判明しますよ。玉龍ブラザース中最下位の『玉龍』100mlもときどき試すのですがこれは現にニンジンエキス、反鼻抽出物に加えヘルツナール液(牛心臓抽出物)が入ってるとあっては一概に軽視できませんし現に、命泉本舗の『命泉』(にんにく乾留末、真珠貝末)の一見グロテスクなあの昔なつかしい蛇花火みたいな漆黒タブレット(「飲用中便が黒くなりますが異常に依るものではありませんので安心して御継続下さい」ですって)12粒と飲もうものならどうなってしまうことやら問われりゃそりゃあすごいですよ火照りが渦巻くんですよ玉袋の内外付け根にーとこれ控えめな答えです。アッ、玉龍の玉とくればぜひとも珠と比べねばなりますまいからホレ、日邦薬品工業の『モルスカ珠龍ゴールド』(カイクジンチンキ、ハンピチンキ、ロクジョウチンキ、ニンジン流エキス、ゴオウチンキ、イカリ草流エキス、ガラナ流エキス、クコシ流エキス、アミノエチルスルホン酸、D-パントテニールアルコール、重酒石酸コリン、メチルヘスペリジン)50mlも対戦に必ずや加わってくるわけですが、『珠龍』で何を何粒飲もうともその正に24時間後ジェーピーエス製薬の『サースモン煌樹』(刺五加エキス、ニクジュヨウ流エキス、クコシ流エキス、イカリ草流エキス、ジオウ流エキス-C、反鼻チンキ、ゴオウチンキ)30mlをAGMの『すっぽんの力 力源』(ハチミツ、高麗人参エキス、マムシエキス、ガラナエキス、クコエキス、緑茶エキス、ナツメエキス、ローヤルゼリー、スッポンエキス、霊芝エキス、ニンニクエキス、ナルコユリエキス、八ツ目うなぎエキス)50mlで割って飲みさえすれば、松本製薬の『龍源50』(ゴオウ精製水抽出液、イカリ草エキス、エゾウコギエキス-S、ロクジョウチンキ-N。重々しい真黒幅広箱入り)50mlと「熱のある時の栄養ドリンク ノン・カフェイン」表示付き裸瓶『龍源30』(人参乾燥エキス、イカリ草エキス、ブドウ糖)30mlを半分ずつブレンドしてタケダの『源滋』(ニゲロオリゴ糖液糖、はちみつ、酒精、高麗人参エキス、タイソウ抽出物、クコシ抽出液、エゾウコギ抽出物、ハトムギ抽出液、竜眼肉抽出液、ケツメイシ抽出液、サンシュユ抽出液、サンシシ抽出液、ヤツメウナギ抽出液、無臭ニンニク末)120mlで割って飲んだときと全く同じ会陰の灼熱清涼感が楽しめるかというご質問ですね? むろんそれは、救心製薬の『救心内服液』(ゴオウチンキ、ロクジョウチンキ、センソ、タウリン、プロキシフィリン)50mlで東南製薬の『快心』(ジャコウ、ゴオウ、センソ、竜脳、真珠、熊胆、人参エキス末、ブクリョウ末、呉茱 末、オウギ末、カンゾウ末、ヨクイニン末、クコシ末。[効能]心臓病、心悸亢進、息切れ、疲労回復、感冒、心臓衰弱、倦怠感、気つけ、めまい、腺病質、逆上、盗汗、虚弱体質、小児五疳、胃腸病)1錠を飲んでみるまでもなくわかることとしてまず……」
福原奈緒美が母親といっしょに二文字庵に入ってゆくのを目撃したときはさすがにドキッとした。
なんだ、結局彼女もこの世界に属していたのか。だったら三文字堂ではぐれたあのあと気まずくなる必要もなかったんだな、と話しかけようともしたが、奈緒美の中ではオレって三文字の徒ってことになってるのかもしれない、変な二文字敵意を抱かれちゃなけなしの思い出すら汚されかねないと思い直して、そっと引き返した。
それにしても奈緒美の母親はニュースキン・ジャパンとやらのディストリビューターだったはずだが。アメリカ物に二文字製品などあるとは思えないのだが……。(どうやら漢字モノに改宗したようだな……)私は別に意味のない勝利感にほくそえんだ。
そのあとも福原親子の姿をしばしば店内でも見るようになったが、私はこそこそと棚の後ろに隠れたりして奈緒美とは一言も言葉を交わさなかったし、目も合わせなかった。ここで縒りが戻ればかなり面白かったろうと当時も思ったし今も思うのだが、そしてこの記録をお読みになっている方々のほとんどもそれを直ちに期待しておられるだろうことは重々承知ではあるのだが、人生辛抱、現実がドラマのようには見目良くいかないことを学べとばかり、奈緒美の方から接近してくることもなかった。店でも、学校でも。
このことはむしろ、状況全体を一つの物語と見立てた場合に結果として有利に作用していたということが最後にわかるだろう。福原奈緒美をはじめ多くの客や級友やその他人間たちとよけいな近縁を結ばずに私が専文店(専門店改メ、専文字店略シテ)を渡り歩けたというこの事情は密かに重要なので、【成分3】別名【コドク】としてここで脳裡にインストールしていただきたい。いや、後のちそういうのがあったっけな、という程度でかまわない。【成分3】別名【コドク】である。
二文字庵には三ヵ月近く通った。やっと身を引き剥がして西友の裏口を越えた先の「六文字舎」に出向いたのは、むろん三文字堂や四文字亭のとき並みの衝撃波に弾き出されたからではなく、五文字屋のときと同様、二文字磁場が身体になじんで当初の陶酔がまろやか化した結果、既成の三文字堂・四文字亭・五文字屋引力のベクトルと釣り合いが取れて、圏外脱出速度を首尾よく獲得したからだった。ふらっと「六文字舎」のドアをくぐってみたときには二年生の新学期が始まっていた。
六文字舎。
ここでは、二文字庵や五文字屋のときとは打って変わって、私ひとりのために店主が言葉をかけてくれるなどという儀式はなかった。初日からきわめて多くの客がひしめいていたのだ。狭くはないが一見百円ショップ風の雑然とした視界悪い空間内に老若男女さまざまがいて、互いになにやら科白の練習めいたやりとりとか、手話のような身振りとか、襟元を直しあう仕草とかを繰り返している中をすり抜けて、誰にも見咎められも気にかけられもせずにレジ脇でカネボウ薬品の『西洋人参鹿角』(西洋人参末、鹿角末、亜鉛酵母、バレイショデンプン。分封錠剤)や中北薬品の『令姿牌宝皇晶』(硝酸ビスチアミン、紅参末、乾燥ローヤルゼリー。落ち着いた深紅パッケージに扇情的能書きゼロの簡素なデザインはタイトルのわりに淡白な成分数ともども省エネ時代の医薬品的風格)をためつすがめつしてみたものの、誰も私に注意など払わない。レジカウンターの中に外に人が自在に行き入り乱れて、誰が店主かわからないありさまだった。
ここの客たちはなにをこう一生懸命になっているのだろう。食パンを口にくわえて他の客に背中押されながら棚の間を走り回っている中年男や、ラ~ラララと腕を組んでボーイソプラノを無理に絞り出している髭濃い男子高校生四人組や、奥の洗面台で何度もうがいを繰り返してはみんなの前に出てきてゴクンと飲み込んだりしているエプロン姿の主婦や、背比べと腕相撲とじゃんけんを交互にえんえん繰り返す初老の男女や、といった面々を呆けたように見ているうちに私は、「……なるほど」わかるような気がしてきた。
三文字堂や四文字亭が雰囲気的に比較的余裕に満ちていたのは、商品の種類が豊富だからだろう。ここ六文字舎はそうはいかない。六文字漢字ともなると、製品の種類がぐっと限られてくるのである。棚を大まかにスキャンしてみても、ギッシリ商品が並んでいるようでも仔細に見れば同じ製品が何十個幅広くスペースを占めて、だから棚の色彩にこれまでの店のような変化がない。ミナミヘルシーフーズの『緑黄色野菜粒』(白菜、キャベツ、人参、ネギ、かぼちゃ、ホウレン草、スイートコーン、トマト、玉ねぎ、セロリ、モロヘイヤ、パイン、椎茸)の隣に再春館薬品の『絶倫鳳凰天舞』(牛睾丸・ペニス(国産)、スッポン、トナカイの角、冬虫夏草エキス、マムシ、ガラナ、ニンニク)と香耀インターナショナルの『中国十全蠍王』姿揚げ版(乾燥サソリ、植物油、食塩、酸化防止剤(茶抽出物))粉末版(乾燥サソリ100%)錠剤版(牛骨粉、サソリ粉末)が置かれているといったバラエティはなかなかではあるにしても全体に品薄は否めない。「あ……!」三文字堂店主から探査を託されていた『有精卵 卵黄油』や『三美花 減肥粒』も棚に見えた。まあ、だからといって今さらどうしろというのだ。
資源の乏しさを努力で補おうという姿勢には、それでもやはり永遠の感動がある。私は客たちが忙しなくというか嬉々としてというか合唱やハミングやパントマイムやしりとりやヨガ体操や耳掃除や早口言葉をやりあっているその空気に触れるのがすがすがしく、客も店員も区別がつかないまま、そして一度も買物をする機会がつかめぬまま六文字舎に何週間も通い続けた。
店内でこうした思い思いの練習がなされた成果が、店の奥の部屋で定期的に披露されていたようだ。客による体験談報告会やサプリメント演劇の発表会が月二、三回の割合でなされていたらしい。私も何度か観たことがあるが、私自身は参加しなかったので、ここでは六文字舎がそのような空間であったということを記録しておくにとどめよう。田中さん夫妻はやはり六文字舎も訪れてしっかり絶倫報告をしていった。が、他の店ではあれほど異彩を放っていた夫妻の声楽パフォーマンスも、ここでは他の客たちの派手な歌や科白練習に紛れて全く目立たなかったし、がやがやそっぽを向いている聴衆らのなかの誰が店主なのかも依然わからないありさまだったので、於六文字舎絶倫報告については記録は省略させていただく。
○ 流通してない急所を一つ一つ調べておりま
次に私が属しえた「多文字房」になると、六文字舎にもまして資源が乏しくなるのは必定と察せられるだろう。その通り。しかしここは六文字舎とは異なって、資源の乏しさを隠蔽する昇華作業に客たちも店主も勤しむ気配はなかった。
初日入ってすぐ、店主と思しき白衣の太った頬髯男が「いらっしゃいませー」
普通の応対が何か新鮮だった。カネボウ薬品の『大粒虔脩熊参丸』(ユウタン、チクセツニンジン末、センブリ末、軟稠牛胆)と太平洋製藥、輸入元・オリヂナルの『高麗複方人蔘精』(高麗人蔘エキス、ビタミンB2,B6。変則太瓶50ml。高麗人蔘エキス5000mg含有は業界最高レベル。高血圧の人は注意)が目についたが、その二つばかりが延々と交互に並んで、戦力の乏しさをむしろ開き直って誇示しているかのよう。しかしよく目を凝らすと他の製品がこの二種の地の中にぽつりぽつり点在しており、「あ……」『帝王源 真人還少』を見つけて私は立ちすくんだ。四文字亭と三文字堂の両方から指名手配されたあの大物(必要時の!)である。むろん重ね重ねだからどうするというものでは今さらないのだが。なるほどこれは三でもありうるし四でもありうるし七でもありうるという複雑な争奪焦点に位置するサプリなのだった。私はひたすらサプリ道の難しさに感じ入っていた。
それから私は、とくに人生相談だの質問だの演劇だの肩肘張らずにリラックスできるここ多文字房にしばらく通った。宿題等も奥のテーブルの上でゆっくりとやった。店主は他の客と穏やかに話していた。ときどき私に『雲南高級貯蔵陳茶 中国老茶』を淹れてくれた。
(しかし……)
私は湯飲みをじっと見つめる。(これって……四文字亭で店主があのひき逃げあんちゃんの買い物の中から処方したお茶だよな……)そうすると……、
こればかりはいくらなんでも、『雲南高級貯蔵陳茶 中国老茶』はなんとしても四文字製品でなければならない、という思いに強く駆られたのである、私はさすがに。あのひき逃げ男の葛藤と、なにより殺された主婦とその遺族のことを思えば……しかしもちろん多文字房店主に対して口に出して抗議など私にできるはずがない。幸福論はまだ荷が重い。それにしても(こういう明らかな四文字分子にすら開き直ったように頼らざるをえない多文字房には、そう長居しちゃ損かもな……)予感だけはひしひしと温めていた。
でありながらなぜかぐずぐずと丸二ヵ月ほど私はここ多文字房に通って、今までの騒然を潜った気疲れを洗い流しゆったりと心身を解きほぐしたのである。店主がおっとりした好人物だったこともあったし、窮乏ゆえに一つ一つのメンバーに対する思い入れが深い雰囲気が心地よいということもあったろう。三文字堂や四文字亭の店主が、持てる者の贅沢に飽くなく耽った貪欲かつ悪辣な資本家に過ぎなかったようにも思われてきた。
「うちは既製製品の種類が少ないんでねえ、自前で新製品を開発しようとしているわけですよ……」ある日入ってゆくと、店主が六十代くらいのすごく小柄な女性客に話しかけていた。
「……まだ健康食品としては流通してない急所を一つ一つ調べております。シルクがあれだけもてはやされるんですから女郎蜘蛛の糸はどうか、ミミズが咳止めに使われるのならナメクジの乾燥粉末はどうか、蜜蜂の唾液がプロポリスとして威力大ならイエバエの体液や内臓はどうか、カマキリが漢方薬になるのだから近縁のゴキブリの油や卵はどうかなどなどね。しかしいま最先端はなんといっても〈ヒト成分〉でしょうな。胎盤エキスのプラセンタと母乳エキスのラクトフェリンが現代の二大人体エキスだってことは間違いありません。ラクトフェリンは八十歳の人も継続摂取により腸内悪玉菌を乳児レベルまで減らせるんだとか。胎盤に母乳、ともに女性エキスですな。化粧品に使われてる胎盤はたいてい羊とかの胎盤ですがね、健食はヒト胎盤が主でして。漢方で言う紫河車ですな。出産のとき夫婦で羊水を飲み胎盤を焼いて食べるってな健康法が一時流行りましたでしょう、今やプラセンタもラクトフェリンも錠剤にドリンク剤に馬鹿売れ、それになんたってほら、飲尿療法が以前流行りましたでしょ。あれは自分の排泄物に出た免疫情報を喉のセンサーで感知して自律神経やホルモンを整えるって仕組みなんで、錠剤化して他人の尿を摂取しても意味ないんですってさ。しかしほんとにそう言いきれるでしょうか。ヒトにとってはそりゃヒト成分が最も効くに決まってるでしょ。「尿素クリーム」が皮膚の薬だってのはすっかり定着しましたし、尿中ミネラル分の固まり「人中白」なんか民間薬としての歴史は長いですよ。当店ではお客さんがたの御協力を仰いでさまざまな人体成分を殺菌精製してですな、いや場合によっちゃ人体特有の菌を生かし培養してですな、私自身と有志の方々が実地に飲んで検証しておるところです。二十代処女の朝一番の尿をはじめ、幼稚園児の毛髪でしょ、更年期女性の経血でしょ、閉経後の女性の口髭粉末が美肌効果あるかどうかでしょ、定職あるティーンエイジャーの唾液エキスが疲労回復に効くかどうかでしょ」そういう開発をしているとは初めて聞いた。私はいつもの勉強机に座って聞き耳立てていた。「十代中絶経験済女性の脇毛粉末が便通よくするかどうかでしょ、いや従弟が渋谷でしばらくブルセラショップをやってまして。女子高生の唾やオシッコの瓶詰めが主力商品だったそうですがほんとに飲んじゃう客がけっこういたらしくて二、三食中毒出して営業停止食らったってんだけどそりゃ客が悪いよねえ、食い物として売ったわけじゃないんだからさ、てな例が身近にあった関係で私ゃ人体活用に燃えてるわけなんで、流産直後の三十代女性の目やにが関節痛に効くかどうかでしょ、糖尿病歴二十年超の精液に催淫効果があるかでしょ、肝炎患者の寝入りばなの鼻水が消炎効果ありかどうかでしょ、何でも試しましたよ零歳児の夜泣きの涙の血圧降下作用でしょ、心臓神経症患者のふけ粉末がコレステロール下げるかどうかでしょ、三十代童貞のオナニー中に出た額の汗に強肝作用ありかどうかでしょ、六十代無職男性の風呂上りの痰に滋養強壮効果ありかどうかでしょ、小学生男子の陰毛の根っこ粉末に前立腺改善作用ありかどうかでしょ、生理前の女子高生の下痢の上澄みに胃粘膜修復作用およびピロリ菌駆除作用ありかどうかでしょ、初失恋後の処女の初便秘の秘結弾内の細菌培養液が腸内善玉菌増やすかどうかでしょ、前立腺肥大七十代男性の血尿の澱が血糖値下げるかでしょ、八十代女性の疣痔の膿エキスが白髪を黒くするかどうかでしょ、色々な人体組織を精製してエキス化や粉末化を施して、私自身ずいぶん食べ比べてみました。お客さんには胆石、尿路結石からポリープ、各種の癌に至るまで、病院で取ったものは必ず持ち帰って提供するようにしていただいてます。目下これといった効果ある成分は発見できてませんが、体育会系大学生のカウパー腺液には勃起促進作用が、三十代女性の親知らず根っこを粉末化して歯槽膿漏のウミで練ったものには消化促進と胃部清涼作用が、二十代男性の包茎手術直後の切除包皮の粉末には精神鎮静と安眠効果がやや認められるようです。現在は純粋成分を各種個別に調べるのが精一杯でありますが、さまざまな割合で調合すれば多くの生薬効果が発見されるでしょう、どうかご期待くださいね」
絶望的な品薄ハンディを補う秘策はこれであったか! 私はこれまでの専文店にはなかった創造的な攻めの姿勢に感銘を受けたが、しかし考えてみると今まで店内でトイレを借りるたびに「ああ、これに採って持ってきてね」などと紙コップを渡されたもので、七文字、八文字製品を飲んで体質がどう改善されたのか尿検査してるんだろうと思っていたがあれも「小作りの男子中学生が薬店内で自習時に催した一番尿」として新製品開発に使われていたのだな、なあんだそれならそうとはじめからはっきり言ってくれればいいじゃないか、水臭いなあと落胆し、それから自然と多文字房には足が遠のいたのだった。
しかしこの、〈新サプリメントの私家版創造〉なる衝動は私の無意識に大モチーフを根付かせた。そして実際プラセンタやラクトフェリンものと並んで、多文字房製薬の『処女のしずく』(十代処女の朝尿、二十代処女の夕唾、三十代処女の夜涙、四十代処女の曙汗、レモン果汁)と『人糞エキスゴールド』(精鋭ボディビルダーの秘結糞、牛糞(国産)、デキストリン)そして『特濃目脂ドリンクV』(新生児の目脂末、新郎新婦の目脂末、御臨終の目脂末、二十代一卵性双生児の唾液エキス。50ml)といった〈三大人体サプリメント〉が約二十年後に特定保健食品の認可を受け全国のコンビニでも売られることとなるわけで(なお多文字房製薬製品なのに多文字タイトルでないことに留意されたい。経緯後述)、本書最後に読者諸氏に耳寄り情報が提示されるさいこの多文字房発の先駆的モチーフこそ巨大条件【成分4】別名【人体】として思い起こされねばならなくなるだろう。【成分4】別名【人体】。一応お忘れなきよう。
そのあと私は一文字館、カタカナ楼、ひらがな荘、A~Z舗の順に通い詰めることになるが、店の移り時というか「振り切りどき」を計る按配がこれ案外、ほいほい淡々軽々いけていいものでは決してなくサプリ文化の大本質に深く重く関わっていてそれについてはまた後で述べるが、そしてその頃には私のたとえば音楽の趣味もフランシス・レイ的湿式メロディアスからスティーブ・ライヒ的乾式ミニマリズムへ脱皮しつつあったので店から店への遷移反復もさほど苦にならなかったのだが、そのへんの美的成分と枝葉成分もろもろはさしあたり省略して各店要点のみ、あるいは雰囲気込みの枠組みを必要適正量(田七人参に譬えるなら一日2000mg、亜鉛に譬えるなら一日15mg、ユビキノン(ビタミンQ)に譬えるなら一日〔自分の年齢〕mg)だけ書きとめておくことにしたい。
多文字房を振り切ったあとは一文字館に通った。
一文字館には、多文字房店主よりさらに一回り大きなはっきり豚顔の、しかしチャーミングな声で説明してくれる三十代と見える女性がいつもひとりで応対してくれたので彼女が店主だったのだろう。日本製薬工業の『聳』(蛤 末、海馬末、牛黄、鹿茸末、海狗腎末、反鼻末、人参乾燥エキス、淫羊?末、菟糸子末、黄精末、オキソアミヂン末、トチュウ乾燥エキス、チアミンジスルフィド、コハク酸トコフェロールカルシウム)、コズミックジャパンの『源』(クロレラ)、ツムラの『活』(コウジン流エキス、ジャショウシ流エキス、オンジ流エキス、ゴミシ流エキス、トシシ流エキス、ニクジュウヨウ流エキス)50ml、ビタエックス薬品工業の『剛』(胎盤加水分解物、オキソアミヂン末、ニンジン流エキス)30ml、壮快薬局の『激』(プラセンタエキス、ガラナエキス、ショウキョウエキス、クコエキス)500ml、藤沢薬品工業の『昂ゴールド』(オウセイ流エキス、インヨウカク流エキス、カシュウチンキ、ニンジンエキス、ローヤルゼリー。外箱は細かい一様メッシュ)30mlと『昂ハイゴールド』(『昂ゴールド』と同成分同量にロクジョウ流エキス、ゴオウチンキ、シベットチンキ、ムイラプアマ乾燥エキスを付加。外箱は水滴様透かし彫デザイン)30ml(成分・値段の格差に応じた両者の金箱肌組織の差異に注目せよ)、アルファの『コラーゲンカプセル 純』(コラーゲン(たん白加水分解物)、コンドロイチン(ムコ多糖体))、ゼリア新薬工業の『ハイゼリーB 煌(きらめき)』(コンドロイチン硫酸ナトリウム、ローヤルゼリー、人参エキス、ゴオウ抽出液、イカリ草エキス、オウセイ流エキス、ガラナ軟エキス、クコシ流エキス、アミノエチルスルホン酸、塩化カルニチン。100mlドリンク剤には異例の1000円台)といった錚々たるメンバーが華麗に並んではいたが、アサヒ飲料の『優』(台湾産包種茶)の白~薄青緑~緑スチール缶や、日本コカ・コーラの『煌(ファン)』(福建省産武夷岩茶、色種、水仙)の赤~黄土(蔓巻模様)スチール缶のような340ml缶烏龍茶までもが壁をずらりと彩っているのが、ここもいかにも戦力の欠乏を物語っていた。いやむろん烏龍茶は、今でこそレア・ハーブティー的地位を完全放棄してメジャー化してはいるが歴史的には、いわゆる健康茶のハシリだったことは間違いなかろう(マックででもロッテリアででもフライドポテトと烏龍茶を注文して、ちょいちょいちょいと浸してみよう。表面に脂の膜ができたかと思うと、ほどなくスーーっと消えてしまうだろう。てきめん! 烏龍茶の脂分解作用→ダイエット効果はさぞかし確実なのだ)。しかしやはり今どき健康食品に缶ウーロン茶というのは……。持てない者がいかにして能率よく戦力を調達するかという創意工夫がしかしここでも好感をそそったことだけは確かである。
× ヘム鉄なんですからさ、緑茶と飲み合わせてもタンニ
カタカナ楼は正反対だった。
戦力が豊富すぎて、余裕が鼻につくのだ。
店主はぎしぎし痩せて身長おそらく百九十はゆうに越えている、まだ若そうなのに皺だらけの頬窪み顔のナナフシみたいな男で、そもそも私が初めて入っていったときも「フン、子供か」みたいな感じでそっぽを向いていたのが頭にきたが、概してどの客に対しても、自分がダントツ優位に立つのは当り前だと思っているせいか、つまり客たちが他店に離れてゆくような愚かな真似はできないだろうと高をくくっているせいか、きわめて高飛車な態度で指令しまくるのである。「はいだめだめっ、あんたは脂溶性ビタミンをそれだけ毎日摂ってるんですから今日からキトサン売りませんよっ。吸収悪くなりますからねっ」「何遍言ったらわかるんですかねッ。これに含まれてるのはヘム鉄なんですからさ、緑茶と飲み合わせてもタンニンによって吸着されるってことなく大丈夫なんですッ」「ほうらー。だめですよーカルシウムドリンクこんなに買うんでしたらー、マグネシウム錠剤も2:1の比率で摂ってバランスとらなきゃー、下手なカルシウム摂取は心臓悪くしますって言ったでしょー!」
たしかにカタカナはそれだけの実力を備えているのだから誰も何言われても文句は返せない。なんといってもエスエス製薬の『エスファイトゴールド』(ビスベンチアミン・ビタミンB1誘導体、ビタミンB6、ビタミンB12、ガンマーオリザノール)だとか藤沢薬品工業の『ノイビタゴールド』(オクトチアミン・ビタミンB1誘導体、ビタミンB6、ビタミンB12、コハク酸d-α-トコフェロール、ニコチン酸)といった健康生活の大基本・ビタミンB製剤が豊富であるほか、大正製薬の『サモンエース』(地黄、沢瀉、茯苓、牡丹皮、山茱萸、山薬、知母、黄柏、人参乾燥エキス、コハク酸トコフェロールカルシウム)、佐藤製薬の『ユンケルゾンネロイヤル』(エレウテロコック乾燥エキス、黄精エキス、イカリソウエキス乾燥-A、ガラナ乾燥エキス、竜眼肉エキス、ジオウ末、西洋サンザシ乾燥エキス、乾燥ローヤルゼリー、ビャクジュツ末、ヤクチ末、リュウタン末、デヒドロコール酸)、武田薬品工業の『フローミンエース』(トチュウエキス、ニンジンエキス、ロクジョウ末、各種ビタミン、リン酸水素カルシウム、沈降炭酸カルシウム)といったマルチ生薬系滋養強壮剤のほとんど、さらにはコーワリミテッドの小粒錠剤『ビタランド ギムネマ・ダイエット』(ギムネマ、パインファイバー)、メタボリックの分封錠剤『メタボリック リンデン ダイエット』(リンデンエキス、イチジク、結晶セルロース、ジンセン、還元麦芽糖、バレリアンエキス、カバカバ、センテラエキス、パッションフラワーエキス、ココア粉、L-チロシン、微粒二酸化ケイ素)、マルヨシのノンカロリー50ml『サラシアレティキュレータ ダイエット』(エリスリトール、水溶性食物繊維、クエン酸、サラシアレティキュレータエキス、桑葉エキス、ビタミンB混合物、ビタミンC、クエン酸ナトリウム、ギムネマエキス)、カネボウ薬品の9kcal 50ml『アポメイト ビューティスリム ダイエット』(エリスリトール、デキストリン、ガルシニアエキス、グルコン酸カルシウム、V.C.、ハイビスカス抽出液、ギムネマエキス、ニコチン酸アミド、V.B.群)といったダイエットものの圧倒的多数がここに集中しているのが強味だった。マンナンフーズの『セブンファクターダイエット』に至っては「黒糖抽出物」(特許成分)で糖分をカットし「ベルフラボン」(特許成分)で蓄積を防ぎ「カプサイシン」でカロリーを燃焼し「キトサン」で脂っこい食物を排出し「ジフシエキス」(特許出願中)でアルコールをガードし「エビスグサ」で腸を清掃し「セントジョーンズウォート」でダイエット中の「食べたい!」イライラをなくすという至れり尽せりの画期的錠剤、全く必要を感じない私までがちょくちょくつまみ食いしたほどの魅力を発散していた。セブンファクターとくればレインボー何とかもあったりしてーと冗談交じりに言いかけたら「あッたりまえでしょーがっ」店主が背後の棚からすかさず取り出したクロスの『レインボーダイエット』(サラシア、シトラス、クロム、ギムネマ、ガルシニア、キトサン、セントジョーンズワート。しかし鬱対策でデビューしたセントジョーンズワートがこうして「間食のイライラ防止」の名目でダイエット系レギュラーに登録されてしまうとはなあ! 売るためにゃ何でも理屈はつくもんだ)をその店主の厭味な言いようが癪だったから私は隙をみて二箱万引きして、両親の皿にこんもり裏処方してやった。メジャーの末端にわが家が繋がったという自覚が心地よかったのはますます癪だったが、長いものに巻かれろ的な快感はこれいかんともしがたい。
本来ならこの戦力層の呆れるほどの厚みゆえカタカナ楼が文句なく独走態勢にあってよいはずだった。のだが、他の専文店すべてと均衡を保って商店街の力場の安定に寄与してしまっているというのが現実。三文字堂や四文字亭や多文字房などが同盟を組んでいるわけではないのに、カタカナ楼のずば抜けた力が、自然と他の店すべてを一対立項として意図せぬスクラム組ませ、反-カタカナ的力場を天然形成させてしまっているかのようだったのだ。自然力学の法則というか。実力抜群であるがゆえに実力に見合った独占力を禁じられるというパラドクス。店主は実力と現実のギャップに苛立ち、それを客にぶつけているようにも見えた。
実際、カタカナ楼メンバーの層の厚さときたら、ただ一部門・絶倫系列こそ三文字堂あたりに一歩譲りかねないが……しかしどうだろう、ここにも当然訪れたあの田中さん夫妻の絶倫報告を引用すれば……、
「持続すればするほど会陰が加熱されてゆくジェット噴射体験を味わい尽くすためには、マルマンの『メガエキサイト ラブドリンク』(サソリエキス、コブラエキス、タツノオトシゴエキス、赤まむしエキス、カバカバエキス、ガラナエキス、乳酸カルシウム、麦芽エキス、ハチミツ、リキュール)50mlでマルマンの『メガエキサイト』(コブラ粉末、サソリ粉末、タツノオトシゴ粉末、赤まむし粉末、カバカバエキス末、ガラナエキス末、サンゴカルシウム、麦芽エキス。黒パッケージに全裸男女が抱き合い「二人の気分を高めるラブ・タブレット」「エクスタシーサプリメント」「愛のエキス粒」……しつこいキャプションが羞恥と興奮を確かに誘うの)5粒を飲むべきでしょう。出そう、戻せ、出そう、戻せのシーソーサイケデリクスというかサーモスタットモードの持続を楽しむには、サプライズの『カーマ・スートラ』(SEX LIQUID. カバカバ、パッションフラワー、カミツレ、ホップ、ハイビスカス、オート麦、マリアアザミ、浜防風、ジンジャー、蓮根、甘草、蜂蜜、オレンジピール、発酵米、発酵大麦、玄米汁、ヨーロピアンアンジェリカ、バニラ)10mlで再春館薬品の『リビド』(ブラジル人参、シベリア人参エキス、ガラナ、桂皮、コチニール色素。桃色のうっすらこんな淫靡な芳香丸薬がまたとありましょうか!)4粒を飲まねばなりません。射精後に明日の約束や昨日の失敗のことを思い出すのを防ぐためには、阪本漢法製薬の『マムシホルモ』(マムシ抽出液、マムシ胆乾燥末、人参エキス、ゴオウ抽出液、ローヤルゼリー、DL-塩化カルニチン、D-パントテニールアルコール、酒石酸水素コリン、コンドロイチン硫酸ナトリウム、リコレックスNa-P)30mlでマルマンの『メガブラック』(コブラ粉末、無臭ニンニクエキス末、ガラナエキス末、パウダルコ粉末、アリ粉末、ムカデ粉末、ビール酵母、モルトエキス、カメリアティーエキス、イカスミエキス末)6粒を飲むか、さもなければ」ここで夫妻そろって呼吸揃えて頷きあうと再春館薬品の『ナイトクレオパトラ』(コラーゲン、ザクロ果汁、ローヤルゼリー、ガラナエキス、マカ抽出液、エゾウコギエキス、スッポンエキス、トナカイの角エキス、桃の葉香料)50mlのデラックス化粧箱ぱくっと開けパキッと蓋を切ってごくごく同時に飲み干し一息いれて(フんム)目配せで頷きあって、「さもなければキャラウェイの『マンゾクキング』(蜂蜜、リキュール、ローヤルゼリー、高麗人蔘エキス、ガラナエキス、マムシエキス、スッポンエキス、エゾウコギエキス、麦芽エキス、ニンニクエキス、サマーセボリ(学名サトレイア・ホルテンシス)、オットセイエキス。歌舞伎町などでおなじみの風俗店案内所「マンゾク」にて好評販売の気分高揚ドリンク)50mlまたはワンランク上の『マンゾクキング ミラクル』(ハチミツ、コブラエキス、ガラナエキス、スッポンエキス、アヴェナ・サティーバ、アルギニン、冬虫夏草エキス、高麗人参エキス、霊芝エキス、ローヤルゼリー、無臭ニンニク)50mlで日新製薬の『セイネンゴールド』(シベット散、カイクジンエキス末散、反鼻末、ニンジン末、カルシフェロール、ビタミンA油、L-アルギニン塩酸塩、T.D.S、イカリ草エキス、ジオウ末、ルチン、グリチルリチンアンモニウム塩、ビオジアスミン、サナルミン、コンドロイチン硫酸ナトリウム)2錠を飲む以外にどんな手があるというのでしょう。射精後に中で大きいまま空砲を撃つと同時にぎゅっと締め付けて第二戦の景気をつけるためには、大昭製薬の『オットコール』(海狗腎チンキ、牛黄チンキ、イカリ草エキス、人参乾燥エキス、鹿茸チンキ、反鼻流エキス、エゾウコギ流エキス、杜仲抽出液、ローヤルゼリー、生姜流エキス。「動物臓器製剤」の字が効果大)50mlでケンコーの『ストロングナイトパワー』(マムシ末、スッポン末、トナカイの角の粉末、カキ肉エキス、ローヤルゼリー、ヤマイモ末、枸杞子末、無臭ニンニクエキス、真珠末、高麗人参末、ガラナ末)8粒に限りますが、締め付けに手コキ並みの微妙な強弱変化をつけるには芳香園製薬の『ロクジュウオウノーバ』(カイクジンチンキ、ロクジョウチンキ、ゴオウチンキ、ムイラプアマエキス、アミノエチルスルホン酸。「成人用強壮剤」の大文字が効果大)50mlまたは『ロクジュウオウ』(カイバチンキ、カイクジンチンキ、ロクジョウチンキ、ゴオウチンキ、ローヤルゼリー、アミノエチルスルホン酸。「成人用強壮剤」の大文字が効果大ってば)50mlでロート製薬の『ビバメイト』(絨毛組織加水分解物、オキソアミヂン末、チアミンジスルフィド、リン酸リボフラビンナトリウム、塩酸ピリドキシン、ニコチン酸アミド、グルクロノラクトン、胆汁末)4粒飲むのがほとんど義務ですよ。手コキ感覚は捨てても一晩三回を三日続けねばならぬと決めたなら、日本ヘキスト・マリオン・ルセルの『オンブレ・ユンク』(シベットチンキ、ロクジョウチンキ、イカリソウエキス-A、ゴオウチンキ、ニンジン流エキス、ハンピチンキ、オウセイ流エキス、トウキエキス、トチュウ流エキス、ゴミシ流エキス-A、カシュウエキス-A、ジャショウシエキス、オキソアミヂン末、ローヤルゼリー。一本¥3500という半端高値がすでに心身高揚を迫る)50mlで国際マーケティングの『ワンスモア』(スッポンの血たん末、スッポンの卵黄油末、スッポンの粉末、スッポンのオイル、β-カロチン、小麦胚芽油)6粒を飲むべきだし、一晩二回目に一回目と同じ量の射精を搾り出す締め付けをカマシたいと思ったらサプライズの『ピーチーズドリンク』(生姜エキス、ハチミツ、クエン酸、食用アルコール、ブドウ糖、ガラナエキス。100mgは有難味希薄なれどタイトル周りの喧しい飾り付きキャプション「Hな気分になっちゃう……? ガラナパワーでちょっとHで不思議な世界へ……?」が強引にH系ドリンクの聖域へ。ピンク+オレンジ+イエローの安易サイケデリック系)にナチュラルメディックの『ガラナエンペラー』(ガラナエキス、ナルコユリエキス、エゾウコギエキス、エタノール)を5滴垂らして米田薬品工業の『ヘルビタ「ゴールド」』(ニンジン末、イカリ草末、シベット散、コンドロイチン硫酸ナトリウム、強力オキソレジン末、カンゾウ末、反鼻末、ビタミンC、E、B群(異例なことにビタミンBT、ビタミンB13なる表記を含む!)、グルクロン酸、牛胆汁エキス、牛心臓抽出強心作用物質(ヘルツゲン)、安息香酸ナトリウムカフェイン、ルチン、龍脳)を2粒飲むしかないことは自明です。締め付け、緩め、締め付け、緩めの緩急に音楽的な1/fゆらぎ起伏つけ極楽昇天するためにはマホガニージャパンの『グレートセックスティー』藍色袋の男性用(ロスマリン、マロー、ペパーミント、スペアミント、バジル)と桃色袋の女性用(昔、男子禁制の修道院でその催淫効果が問題となり、シスターによくないということで栽培が禁止された禁断のハーブ・サリエット、ローズヒップ、ペパーミント、レモングラス、レモンバーム、レモンバーベナ)をいっしょに煮出してマルヨシのアーユルヴェーダ・ハーブ『アシュワガンダエキス』(アシュワガンダ(インド人参)エキス、マカ末、酵母、エゾウコギエキス、無臭ニンニクエキス、ガラナ、ビタミンプレミックス)4カプセルを飲むことが唯一の正解です。時間とともに締め付けの……」 「締め付け」の達成が熱心に言及されていることからわかるように、ここでは他店での報告とは逆に、奥さんの方が本文を受け持ち、括弧内の合いの手は旦那の方が「そぅれ」「はいよぉ」などアドリブ入りで担当していたことを明記しておこう。 三文字漢字、四文字漢字の鬱陶しさウェットさがなく、多文字房や一文字館のような窮乏の悲哀とも無縁、そんなカタカナ楼はもともと資源に恵まれているところへさらに駄目押しをするように、「戦力増強講習会」略して「戦増会」なるセミナーが毎週開かれていたことを特記しなければならない。このセミナーは、酒屋、弁当屋、八百屋、菓子屋など、町内の食品関係小売店主対象の〈売る方法〉伝授の講習会だった。サプリメントブームの今日、せっかくトレンドに転用できる商品いっぱい仕入れていながらそれで儲けない手はありませんよ。
といったカタカナ楼店主の勧告に従い、たとえば駅前に三代続く八百屋は、店内のほうれんそう、にんじん、キャベツ、トマトなどに、厚生省食品分析表データ準拠、各種ビタミン、ミネラルの含有量/グラムを記したタグを付けたところ、売上が倍になったと語った。四代続く老舗の菓子屋は、レジ脇の籠に置くグリコのチョコボールや森永のキャラメルの一箱一箱に「一日3~6粒を目安にお召し上がり下さい」「朝夕5粒ずつお召し上がり下さい」「食前または食間に一回2粒、一日3回お召し上がり下さい」といった文句をシールにして貼り付けたところ、ダイエット中なんですがとか夫が糖尿なんだけどとか問い合わせともども売れ行き三倍増になったと語った。カタカナ楼発の戦増会テクはこうして町じゅうを潤したのである。カロチンとかグリコーゲンとかファイバーとかタウリンとか微量でも含まれた成分選んで記せば健康食品に早変りという次第、健康成分におけるカタカナ優位の現状に乗った、一種余裕の地域サービスだった。
もう一つの重要イベントとして、随時カタカナ楼店内で行なわれていた「サプリ合わせ」がある。これはメンバー豊富なカタカナの土俵でこそ実現できた論争パフォーマンスだ。一見一聴、六文字舎における演劇練習や科白競争に似ているようで実は全然別の、もっと実利的直接的情報を求めた言語ゲームだった。後々サプリ文化のテーマセッターとなった重要なゲームなので、カタカナ楼店内、客たちが論争していた現場で私が書きとめたメモをもとに「サプリ合わせ」をいくつか再現しよう。
○ ブルーベリーを蝶番とした、交代シフト対単独シフ
「強精ハーブバージョンでいきますかぁ? よしきた。別名「韓国のバイアグラ」、トミー商会の『ソサナ』(植物胚芽抽出物、ビタミンC、ビタミンE、カキエキス、ローヤルゼリー、漢方エキス。「植物胚芽」「漢方エキス」といった企業秘密的成分名が趣アップに貢献)!」
「ふうむ。とくりゃ対するはですな、協和薬品の『インドラ』(ニゲル、ベルノキ、カミボウキ、サボンノキ、ツボクサ、セキトメホウズキ、ヤナギハグロ、唐辛子末。カーマスートラ色・バリ島の影絵人形劇的性愛イラスト付きパッケージ)。みどころ:絶倫亜細亜対決。韓国の最先端植物医学対インド・アーユルヴェーダの伝承ハーブの蓄積力!」
「いやぁピッタリか、やられましたな……」
「すっぽんカプセルバージョンでいきますかぁ? 宝仙堂の『パワーライフ』(すっぽん油)対……」
「ふうむ。それでは……、タキザワ漢方廠の『キングライフ』(スッポン全体末、スッポンオイル、小麦胚芽オイル、精製大豆油、ホップ、ローヤルゼリー、カワヤツメ(肝入)、骨焼成カルシウム)! みどころ……」
「いやちょい待ち! それ対、再春館薬品の『スッポンローヤルゼリー』(スッポン乾燥末、ローヤルゼリー、無臭ニンニクエキス、牡蠣肉エキス)。みどころ:みつどもえの激戦。すっぽんカプセル製品は、製造元・販売元がさまざまにしてなぜか酷似パッケージ多し、すなわちどれも薄金色+白+スッポン略画デザイン。誤認して買い間違える人も多いと推察するが、たぶん全体の売上増に繋がっているのでは。さて真のみどころはなんといっても、純スッポン路線『パワーライフ』と、ブレンド路線『キングライフ』『スッポンローヤルゼリー』との基本ポリシー賭けた戦いと、さらに後二者ブレンド戦線内のローヤルゼリー杯争奪戦とが一挙絡み合うその立体的錯綜ぶりっすよ!」
この「サプリ合わせ」のルールは容易に推測できることと思う。そう、先手が比類なきサプリと考えるものを挙げ、後手がそれを受けて、好敵手となりうる第二のサプリをすかさず挙げる、という言語格闘技である。すかさずとはいえ三十秒ほど考慮時間が与えられはする。好敵手が見つかって、しかるべき「対戦のみどころ」も付け加えれば後手の勝ち、好敵手もしくは「みどころ」が言えなければ先手の勝ちである。ただし後手が好敵手とみどころを挙げても、すかさず(今度は本当に間髪入れず)先手が第三の参戦サプリおよび三つ巴対決の「みどころ」を断定すれば、先手の勝ちとなる。後手もそのあとに付ける権利はある。ただし以下全て考慮時間なし。結局、最後に「みどころ」を完膚言いおえて相手の言論を断った方が勝ちとなる。むろん、サプリメントに関する知識が豊かだからといって、
「オット待った薄金色+白+スッポン略画デザイン路線としちゃホラ、『パワーライフ』『キングライフ』『スッポンローヤルゼリー』の御三家の背後にライフ薬品の『強力ライフ』(スッポン亀油、スッポン亀血胆末、スッポン亀肝臓末、牛の睾丸末、鶏の腎臓末、ハンピ末、コンドロイチン硫酸ナトリウム、鹿茸末、強肝油、ゴオウ、ニンジン、酢酸トコフェロール、安息香酸ナトリウムカフェイン、グリセロリン酸カルシウム、アミノエチルスルホン酸、d-ボルネオール)て超大物控えとりますわな!」
などと目輝かせて反撃してはならない。漢字混じりの『強力ライフ』がカタカナものに属する道理がないからである。調子に乗るは命取り。実際これをうっかり叫んで失格となった老人がショックで顎をはずし失禁しつつ狭心症の発作を起こしてカタカナ楼裏口から救急車で運ばれていく現場を私は目撃した。カタカナ楼の豊富な戦力を垣間見るために、「サプリ合わせ」のさらなる例をいくつか学ぼう。
「民間伝承系葉っぱバージョンでいきますかぁ? 大平生物化学工業の『サンクロン』(熊笹原形質液。生葉より樹脂を除去後処理したクロロフィル製剤)対……」
「ほいきた、日本葛化学研究所の『ヘリクロゲン』(野生の葛の葉から抽出した水溶性エキス顆粒粉末。ビタミンE配合)! みどころ:クロロフィル・イメージ対決。笹花伝説か秋の七草か? サンクロンの「細胞内容物を加水分解し、PH.7.3に処理した濾液で、クロロフィリンナトリウム塩0.25%を含む」といった専門的記載に対するにヘリクロゲンの「少量で多くの緑黄色野菜を食べたのと同様の、栄養補給ができる葉緑素といえます」なんてド素朴な記載がコントラスト満点、対決妙味を増強してますよー。名前的にゃほら、三井物産の錠剤『グロスミン』(ブルガリス・チクゴ株の100%筑後産クロレラ。一般のクロレラ製品のCGF(クロレラ・グロス・ファクター)ではないCVE(クロレラ・ブルガリス・エキス)を高濃度含有)もここに参戦させたいとこなんですがね、クロレラは惜しくも藻であって葉じゃないためカテゴリー違い。ただしカテゴリーずらしの「ねじれ美学」を狙うならば参戦の価値大ありでしょうな。液状『サンクロン』対粉末『ヘリクロゲン』対錠剤『グロスミン』、クロロフィル三大形状サプリ対決。バイオリズムからしてゴジラ文化黎明期の『ゴジラ、モスラ、エビラ 南海の大決闘』を凌ぐ脳波誘導的ハマリ度ですよぉ~!」
このように、乗ってくれば勝ちが決まっていながら自分でどんどん参戦サプリを増やしていってもよい。
「発酵菌バージョンでいきますかぁ? 日本ケフィアの『ケファー』(ケフィア、大豆オリゴ糖、蜂蜜、ローヤルゼリー、ショウキョウエキス。「ケフィアとは、高齢で健康な人達の多いコーカサス地方原産の“乳酸菌”、“酵母”と“酢酸菌”が共生する複合発酵乳です」。健康そうな老軍人の写真デザイン付き)50ml+ハーベスト・ジャパンの『マリアーナケフィール』(ドライマリアーナ・ケフィール(ケフィア)、乳糖)顆粒1包2.5g対……」
「直江コーポレーションの『カクメイキング』(納豆菌培養物、納豆。表彰台の3位にアシドフィラス菌さん、2位にビフィズス菌さんが「善」の旗を持って立ち、1位に納豆菌がストロングポーズをとるの図。要冷蔵)100cc+ナトキンの『ナトキンパワー』(納豆濃縮粘性エキス(ナットウキナーゼ含有)、ビタミンK2含有精製納豆油、大豆レシチン、EPA、スクアレン、ゴマ油)6カプセル! みどころ:ユーラシア奥地の酵母対極東列島の酵素。溶媒と溶質をクロスさせても別味の戦いが見られるだろう。すなわち『ケファー』+『ナトキンパワー』対『カクメイキング』+『マリアーナケフィール』!」 このように、先手がA+Bパターンで提示することも許され、この場合後手も基本的にC+Dで応じなければならなくなるので、圧倒的に先手有利となる。従って、この例のように後手が然るべく応じえたときには、先手勝利の場合の3倍得点を後手が得るレートに設定されている。得点は保有ポイントとして換算され、カタカナ楼での商品購入のとき割引券として使えるのである。
「えええぃ発酵菌バージョンもう一丁! マルヨシの『クレモナゴールド』(乳酸菌生産物質、ラクチュロース、乳果オリゴ糖シロップ、あした葉エキス、クロレラエキス、クエン酸)17ml対……」
「輸入者・天林水、販売者・チンチラーの『パウイ』(黄豆851菌培養エキス、羅漢果鮮果エキス。日本特許番号1764948、アメリカ特許番号4877739)50ml! みど……」
「みどころ! 伝統的乳酸菌ドリンク対外来ニューフェイス菌ドリンクぅぅぅ!」
このように、後手の出すサプリを予期して、「みどころ」を先回りして言ってしまえば先手の勝ちとなる。相手の札を推測して先を読む洞察力は囲碁や将棋に類し、戦後サプリ界に流行した「虹碁」(後述)のコンセプトを先取りしていたとも言えよう。
「果実ドリンクバージョンでいきますよぉ? 日水製薬の『シーアルパ ザクロドリンク』(ザクロ濃縮果汁、赤ワインエキス、野菜色素、大豆イソフラボン)100mlと同社『シーアルパ アイ ブルーベリードリンク』(赤ワインエキス、カフェイン抽出物、ブルーベリーエキス、プルラン、ビタミンB群)100mlを一日交代で飲み続けシフト対!」
「ロート製薬の『アイチャージ』(ブラックチョークベリー果汁、マスカット果汁、ブルーベリー果汁、各種ビタミン。50mlドリンクには珍しく炭酸飲料)毎日シフト! みどころ:ブルーベリーを蝶番とした、交代シフト対単独シフトの戦いッ!」
「う……ぐ……」
このように、先手がA+Bパターンを投げてきたからといって、後手は必ずしもC+Dパターンで打ち返さねばならないということはなく、きわめて高度かつ強引なワザであるがよほどうまく壺を得た「みどころ」さえ思いつけばシングルでやり返しても勝てるわけだ。ちなみに審判はいない。勝敗は王将の詰みと同じく一目瞭然なので第三者の判断は不要、対戦者同士が勝敗判定でもめることはない。サプリ合わせこそは紳士のスポーツなのである。
しかし例外的に勝敗の行方が混乱することもあった。
「甲殻類対決バージョンといきましょう! 富士バイオの『カニパックカニパック オリゴ・ミックス』(ラクトスクロース(乳果オリゴ糖)、キトサン、グルコース、フラクトース、フラクトシルラクトスクロース、ラクチュロース、ケストース。キトサンは、新鮮なベニズワイガニの脚だけを用い、カルシウムとタンパク質を丁寧に除去。脱アセチル化と品質管理を徹底)1袋2.2g 対……」
「……」
これは後手が三十秒経過後何も挙げられず、ひとまず先手勝利となった例である。キトサンに対しては、甲殻類と「類」で指示された以上は同じカニキトサンを挙げるわけにも行かず、かといってエビと行きたいのもやまやまだがエビの健康食品というのは聞かないし、かといって苦肉の策として成人病予防研究会の『ゴールデントナカイ』(ナチュラルペプタイド、トナカイ幼角エキス末)のようなものを挙げたとしても、たしかに鹿の角は犀の角のような角質とは違って骨質であり、甲殻類の外骨格と同じ骨類ということにはなるがむろん甲殻類そのものではないため不適で、後手敗北も仕方なかったであろう。ただしこれだと、いくらでも難しい条件が提示でき先手有利となるので、後手敗北の瞬間先手自身がただちに正解を言えなければならないとされている。この例において先手が述べた「正解」は、なんとマルキューの『サヨリパワー』(オキアミ、イサダ粉末。比重が小さく水面直下にサヨリを集めるので数釣りに威力を発揮します)だった。オキアミ、イサダのごとき小エビはたしかに甲殻類だが、「『サヨリパワー』? なに言ってんだ、撒き餌じゃないか!」「まあまあ、オキアミは人間が食っても十分栄養ありますから。それにサプリメント全体がしょせん裕福な〈健康予備軍〉を経済の水面におびき寄せる撒き餌みたいなもんですから」「ふざけんな、そりゃあんまりだ!」後手――シルバー人材センターの会員で、駅前自転車置場の整理をしている――の抗議によって周りの客たちも協議に加わり、結局、先手――斜向かいで開業している歯科医で、休診日には必ずカタカナ楼に来ていた――の失格とされた。のちの検討により、正解は光環の『カトルスマッシュ』(イカの軟骨の超微粒子)かせめて『シャークスマッシュ』(鮫軟骨の超微粒子)(界面活性の原理を応用した超微粒子製品。ミクロナイザーで有機物を常温で超微粒子化することがはじめて可能となりました。舌下吸収で癌消滅の驚異!)くらいかと結論されかけたが、「甲殻類」という限定詞が祟って結局正解なしということに落ち着いた。無理な発句を詠んだのでは先手が罰せられるのは当然である。サプリ文化批評込みで撒き餌を健食へ転用しようというジョークは私は好きだったのだが、それだけで歯医者さんの勝ちでOKじゃないかとも思ったのだが、おとなのルールはけっこう一途で「真面目なサプリ合わせで冗談が勝敗を決することがあってはならんですなあ……」というシビアさなのだった。
サプリ合わせで対決の組まれたサプリ同士の本当の対決、つまり、どちらが(三つ以上の場合はどれが)効能・デザイン・格調・味・香り・成分などにおいてまさっているか、という内容的判定は、サプリ合わせ第二種目として日を改めて行なわれることになる。これはあの四文字亭で見た「数合わせ」とほぼ同じ段取りで実行されていたようだ。
さて、かくも絢爛たるカタカナ楼から脱け出るのは至難だったが、意志堅く振り切って次に私が訪問したのは『ひらがな荘』。いま思うと、この「振り切りどき」を計って次の店に移るタイミングを次々に捉えていったこの頃の〈専文店遍歴〉が、私的サプリ道を窮める上で貴い訓練になっていたようだ。なんといっても通常、民間療法的にサプリメントを使う場合など、口コミやマスコミに踊らされつつ「血圧にドクダミがどうも効かないみたいだからヨモギをためそうか……いやもすこしドクダミ続けてみっか……」と迷うさいには、この「振り切りどき」を的確に読むことが重要となるだろう。〈専文店遍歴〉は構造上意外なところで、サプリメント文化の本質をなぞっていたのである。
ひらがな荘はカタカナ楼とは対照的に、そして多文字房や一文字館と同じように、戦力の欠乏に悩んでいた。
『よもぎ』『まむし』『すっぽん』『しじみ』『はちみつ』『くろず』『ひめまつたけ』『めしまこぶ』……、そういった素材そのまんまタイトル以外はほとんど見当たらず、一文字館と同様ここでも、サプリメントとは言えない普通の飲料類――日本コカ・コーラの『なごみ』(玉露100%使用)190g缶やキリンビバレッジの『きりり』(ラテンオレンジ果汁30%、天然水仕立て)350g缶、そしてサントリーのあらしぼり仕上げ野菜汁+果汁100%ジュース『ありがと』(にんじん、トマト、ほうれん草、キャベツ、パセリ、りんご、レモン、グレープフルーツ)290gペットボトルなどが動員されて棚に交互に並び辛うじてバラエティ感と量感を出しおおせていたが、資源的欠乏が一文字館や多文字房と比べてすらなお深刻であることは一目瞭然だった。
ただメンバー欠乏という同じ症状に悩んではいても、ひらがな荘では一文字館のような効率計算すら生ずる余裕がなかったせいで、極端な破滅顔は化粧も諦めるというか極度の巨躯はダイエットも放棄というか、実効性とはむしろ正反対の方向に走っていた。宗教である。
非実用的象徴風の神話というか、開き直った一神教的帰依主義がひらがな荘を支配していたのだ。唯一のひらがなオリジナル名製品と言えるのは、昭和製薬のダイエット茶『でるでる』(はぶ茶(特殊加工)、センナ茎(食用部位)、玄米、ガルシニア、ギムネマ、杜仲葉、オレンジピール)くらいだった。大高酵素の『ふげん』(小麦粉(無漂白)、植物性酵素、砂糖、塩)もサブを務めるがごとく脇に並べられていたが、『大高酵素 ふげん』というタイトルデザインの四文字ノイズが疵となったものだろう。『でるでる』一つが中央におしたてられることになったわけである。
ピラミッド型の配置は神殿のよう。頂点に奉られた『でるでる』――体重計からお祈りスタイルでぴょんと飛び降りている風呂上り女性のイラスト描かれた大型パッケージがどさっと壁壁壁と積み並べられている。輝かしい宗教的高位が、コミカルな漫画とコントラストをなして、却って不可侵の地位を誇っているかのようだった。
まだ二十代と見える受け口の色黒の男性店主は、毎日朝9時の開店時と夜9時の閉店時に神棚の中の『でるでる』に向かって拍手を打ちブツブツ祝詞を唱え拝んでいた。(後に、サントリーから発売されたやはりダイエット系の錠剤『くびれっと』(セサミン、緑茶カフェイン、トウガラシ末、キシロオリゴ糖)も尊重されて一時期『でるでる』と並べて神棚に奉られたが、タイトルの脇に記されている「自然のちから」という副題というかエピセットが仇となり、ほどなくして『ふげん』同様下位に控えさせられるようになってしまった。)
神棚への厳粛なる言祝ぎ中は話をするのも咳をするのも外に出るのも店内に入るのも厳禁だったから、ドアの外で耳澄まして言祝ぎが終わるのを待ちくたびれることもしばしばで「振り切りどき」には事欠かず、次に訪れた『A~Z舗』は、さてこれまたなんとも対照的だった。
五十歳くらいのいかにもやり手風の女性店主。白衣が微妙にところどころ黄ばんだり黒ずんだりしているのが好調のしるしだった。
A~Z舗の強みは、サプリ主力のビタミン製剤においてあのカタカナ楼にすら負けない布陣を敷いているところである。『ポポンS』、『チョコラBB』『リポビタンD』『ハイシーBメイト』『アリナミンEX』『キューピーコーワi』……。
むろん物量豊富にまかせて安逸を貪っているわけではなく、ここでも苛烈な鍛錬による日々精進が試みられていた。「ゲームα」である。AからZまでそれぞれを含むサプリを一個ずつ順に26個挙げていかねばならないというゲームα。カタカナ楼の「サプリ合わせ」に匹敵する過酷な実戦演習と言えよう。客はいつなんどきどのような条件付きで問われても、咄嗟に26項目クリアしなければならない。どのくらいの時間で言いおおせるかをストップウォッチで計られ、所要時間が少ないほどランキング上位を占めることになるのだ。私もさっそく訪問第一日目にこの洗礼を受けた。通常は、「ローヤルゼリー100mg以上含むもの」とか「粉末状のもの」とか「定価三千円以下のもの」とかいった条件のもとで行なうのだが、私の場合は初心者ということで、そのような限定はなしで、何でもよいということにしてもらえた。ただしこのゲームそのものの基本である「ルールα」には従わねばならなくて、それはすなわち、26個の各製品名においてどれも、
アルファベットは1個しか含んではならない。
アルファベットは最後にこなければならない。
アルファベット以外は全部カタカナでなければならない。
違反要因一件につき減点1。
当該アルファベットにつき一製品も挙げられない場合は減点5。
必ずアルファベットの順番に挙げていかねばならない。思いつかない場合は「パス」して次に行き、後で思いついても戻れない。
最低三分の一以上(9個以上)について、特徴を捉えたコメントをつけなければならない。
私が咄嗟に思い巡らして述べた回答は次のようなものとなった。
A 三井物産の『バイオアルゲンA』(クロレラエキス、クロレラエキス高分子成分、フェニルアラニン、イソロイシン)50ml
コメント:例の「グロスミン」ドリンク版。特許第595930号。
B 東宝製薬の『ローヤルバーモントB』(ローヤルゼリー、ゴオウチンキ、ロクジョウチンキ、クコシ抽出液、ジコッピ抽出液、ニンジン流エキス、イカリ草軟稠エキス、グルクロノラクトン「淀川」)30ml
C 佐藤製薬の『ユンケルローヤル・C』(黄精流エキス、ローヤルゼリー、ビタミンC、各種ビタミン)30ml
コメント:パッケージデザイン同一の、薬局で売ってる医薬品バージョンとコンビニで売ってる医薬部外品バージョンの唯一の違いは、アルコール量0.7ml対0.29mlてことだけなんですね。
D あかひげの『ダイナマイトセックス.D』(コラエキス、ガラナエキス、シャンピニオンエキス、トウガラシエキス、ローヤルゼリー、ハチミツ、グリシン、フェニルアラニン、イソロイシン、アスパラギン酸Na、スレオニン)50ml
コメント:媚薬仕立ての銀黒二色箱はわかるけどこの髑髏デザインは何? ドクドク……脈打つ! とあかひげ精力剤カタログには書いてあるけれど……。
E 美吉野製薬の『パスビタノーゼE』(オキソアミヂン末、ビタミン類)30ml
F 原沢製薬の『プリズマF』(プラセンタエキス)30ml
G エスエス製薬の『ロンピンG』(ムイラプアマエキス、ルーロンジン、イカリソウ抽出液、反鼻チンキ、人参流エキス)30ml
H 小林製薬の『DHA』(DHA含有精製魚油)【減点3】(ちなみに、救心商事の『延若Hゴールド』(杜仲チンキ、トウキエキス、オウセイ流エキス、ゴオウチンキ、カンゾウエキス)50mlを挙げたために、敵性回答者(二文字シンパ)として減点100を食らった主婦がいたという)
I すみません。パスします。【減点5】(ちなみに、天野商事の『金蛇精DI』(ロイヤルゼリー、反鼻チンキ、イカリ草エキス-S、塩酸リジン、塩化カルニチン、ゴオウチンキ-N、人参エキス-I、クコシエキス、塩酸アルギニン、アスパラギン酸カリウム・マグネシウム等量混合物)50mlを挙げたために、敵性回答者(三文字シンパ)として減点100を食らった会社員がいたという)
J 三共の『J-リゲイン』(ベンフォチアミン、アミノエチルスルホン酸)100ml 【減点1】
K 常盤薬品工業の『グロンビターデラックスK』(ニンジンエキス、ゴオウ、鹿茸チンキ、イカリソウエキス、クコシエキス)100ml
L 三共の『ツデイL』(天然型ビタミンE、ローヤルゼリー、ニンジンエキス、トウキエキス、ジオウエキス、ビタミンB群)30ml
コメント:銀+ピンクの典型的女性用ドリンク式外箱デザイン。「天然型ビタミンE」と大書してあるけど、「天然ビタミンE」よりはるかに劣る「天然型」を、しかもたったの10ml含有のままこの喧伝の心は?
M ファンケルの『グッドチョイスM』(カロチノイド、ビタミンB群、ビタミンC、ビタミンE、カルシウム、キトサン、DHA、計7粒分封)
コメント:Mは男性用のM。女性用『グッドチョイスW』はキトサン、DHAが抜けて代わりにヘム鉄・鉄、ローヤルゼリーが加わった同数7粒7種です。
N ゼリア新薬工業の『ハイゼリーSN』(コンドロイチン硫酸ナトリウム、ローヤルゼリー、人参エキス、ゴオウ抽出液、イカリ草エキス、クコシ流エキス、ガラナ流エキス、DL-塩化カルニチン)50ml 【減点1】
O 大日本製薬の『ビタックスGO』(リケン人参乾燥エキス、ゴオウチンキ-N、ショウキョウエキス)30ml【減点1】
コメント:森田薬品工業・ビタエックス薬品工業の『ビタエックスG.O.』30mlと混同すべからず。
P ビタエックス薬品工業の『オリヂンP』(プラセンタエキス(E)10,000mg、イカリソウ流エキス、ニンジン流エキス)30ml
Q 金陽製薬の『トッカピンQ』(ローヤルゼリー、ゴオウチンキ、ハンピ流エキス、オウギ流エキス、イカリ草エキス、コンドロイチン硫酸ナトリウム)50ml
コメント:成分同一のまま、クリーム色ずんぐりパッケージから黄土色通常型パッケージにリニューアルしたとたん値段が十分の一になった不思議なドリンク剤。
R ファンケルの『DNA/RNA』(サケ白子エキス、酵母エキス、食用ホタテ貝殻粉、昆布抽出多糖類、植物油脂末、麦芽エキス)【減点3】(ちなみに、後にエンチームの『霊参茸R』(オタネニンジン抽出物、マンネンタケ抽出物、シイタケ菌糸抽出物、ローヤルゼリー抽出物、緑茶抽出物、各種クエン酸、リンゴ酸、パインファイバー)50mlを挙げたため敵性回答者(三文字シンパ)として減点100を食らった鼻ピアス女はあの釣り好きサヨリパワー歯科医の助手だったという)
S 明治薬品の『ダイヤテストンS』(リバオール(ジイソプロピルアミン・ジクロルアセテート)、ゴオウチンキ、人参エキス、ローヤルゼリー)30ml
コメント:トップの成分が耳新しすぎる。何なのだろう? 浮き彫り文字の高級志向系外箱。
T 米田薬品の『ヘルビタT-50』(タウリン、エゾウコギ流エキス、ニンジン流エキス)50ml【減点1】
U 宝酒造の『アポイダンU』(U-フコイダン含有昆布抽出物、レモン果汁、凍結乾燥梅肉粉末、紅麹色素)50ml
V ライフィックスの『タフグロンV』(ローヤルゼリー、ニンジンエキス、ロクジョウチンキ、オウギ流エキス、セイヨウサンザシエキス、アミノエチルスルホン酸)50ml
W 大昭製薬の『アコゲンW』(海狗腎チンキ、鹿茸チンキ、反鼻流エキス、人参乾燥エキス、イカリ草エキス、ローヤルゼリー)50ml
X 阪本製薬の『マムシゲンX』(マムシ抽出液、ゴオウチンキ、ニンジン流エキス、インヨウカク流エキス、トチュウ流エキス、オウセイ流エキス、クコシ流エキス、ムイラプアマ乾燥エキス)50ml
コメント:マムシゲンブラザースナンバー2。マムシゲンシリーズのみならず業界の最高峰5000円ドリンク『マムシゲンZ』(マムシ抽出液、ゴオウチンキ、ムイラプアマ乾燥エキス、エゾウコギ流エキス、コウジン流エキス、インヨウカク流エキス、オウセイ流エキス、トチュウ流エキス、クコシ流エキス、ニクジュヨウ流エキス、カイクジンチンキ、トシシ流エキス、ジョテイシエキス、サンシュユ流エキス、シベットチンキ、オウギ流エキス、ゴミシ流エキス、ブクリョウエキス、トウキ流エキス、オキソアミヂン末(加工大蒜)、ローヤルゼリー、アミノエチルスルホン酸、塩化カルニチン)50mlとの価格比3/5が妥当かどうかは一度飲み比べるより成分表を比較検討した方がなんとなく頷けますね。
Y すみません。パスします。【減点5】(日野薬品工業の『You Pace』(イカリソウ流エキス、セイヨウサンザシエキス、五味子流エキス、人参乾燥エキス、ゴオウ抽出液、ロクジョウ抽出液、コンドロイチン硫酸ナトリウム)30mlを挙げて【減点8】を蒙った主婦がいたという。『ユーペース』が正式名ゆえ。大多数の製品に併記されている英文orローマ字タイトルを全て認めるわけにはゆくまい。なお減点8の内訳は、『ユーペース』でパス同様減点5、『You Pace』で減点1×3)
Z 日本クリニックの『バランスターZ』(日本クリニックが世界ではじめて考案した製法特許(特許第1770901号)により抽出した、かき肉エキス中の特有成分、はちみつ、各種ビタミン)50ml
コメント:かき肉エキスオンリーで勝負する一途さ。特有成分Z物質(物質特許取得)をさらに濃縮・精製、3000mg含有。注意:よく見かける鮮やかスパークリングブルーの箱入り『バランスターZ2000』(成分同じ。50ml)と混同しちゃいけません。『バランスターZ2000』は明示的説明がなぜかないけどたぶんZ物質2000mg含有。なので『バランスターZ』は3/2ランク上位の高価製品。にもかかわらず箱なし裸瓶販売、デザインも地味。見かけはどうしたってこっちの方が低レベルだ。あえて誇示されざるこうした逆説もまた、洗練されたドリンク剤文化の魅力ですね。
なお、発売元の重複、および主成分の重複があるたびに、それぞれ一件につき1点減点されることになっている。減点分は、所要時間(秒単位の数字)に加えられる。私の場合、これを言いおおせるのに328秒かかってしまったが、初心者は350秒、経験者条件付きゲームαで400秒以内が合格ということ。減点0、すなわち満点を取った客が3名いたらしいのだが、私の実力ではいたるところで減点も避けられなかった。
私の回答のほとんど全てがドリンク剤で占められていることにお気づきだろう。アルファベット収穫のためにドリンク剤に頼るのは初心者の特徴だそうである。
ちなみに、「ルールα」は「ゲームα」専用の規約であって、A~Z舗の品揃えそのものの条件ではない。A~Z舗にはたとえば加藤翠松堂製薬のドリンク剤『Wヒットゴールド』(黄精流エキス、イカリ草流エキス、ムイラプアマエキス、リケン人参エキス、ローヤルゼリー)50ml、米田薬品の辛味ドリンク剤『ヘルビタ黄Wローヤル』(パントテニールアルコール、酢酸トコフェロール、タウリン、黄精流エキス、イカリ草流エキス、反鼻チンキ、シベットチンキ、ゴオウチンキ、ジオウ乾燥エキス、ニンジン乾燥エキス、クラテグスエキス、ローヤルゼリー)50mlや芳香園製薬のカプセル『ロクジュウオウEL』(冬虫夏草末、海馬末、肉?蓉末、菟絲子末、五加皮乾燥エキス、蛤?末、反鼻末、牛膝末、何首烏乾燥エキス)、カイゲンの丸薬『金粒ギョクピンN』(カイクジン末(オットセイ臓器)、牛黄、鹿茸末、カシュウ末、ジオウ末、人参エキス、イカリ草エキス、クコシ、甘草エキス)などなどが売られていたし、さらに言えば『AHCC』や『DNA/RNA』『EPA』『ANT』『DNJ』『MCM』『MVP』『AEPC』のように、アルファベットだけから成るものこそが最高位を占めて尊重されていることも確かなのだった(ただしたとえばスピードインターナショナルの媚薬系ラブパワードリンク『L.A.SPEED』(カランオイル、アヴェナサティーバ、ロイヤルゼリー、ロイシン、バリン、イソロイシン、スレオニン、リジン、カフェイン、ハッカ脳、リキュール、クエン酸、リンゴ酸。10ml)のごときは、輸入ものおしなべてアルファベット表記当然ゆえ安易ということで低位とされる)。だからむろん、この「ゲームα」の他にさまざまな応用編、たとえばAからZまでそれぞれを含みつつ、他のアルファベットも一つ以上含むものを順に26個挙げよという「ゲームβ」、AからZまでそれぞれを頭、末尾に含むものを順に52個挙げよという「ゲームγ」、AからZまでそれぞれを含みつつ、アルファベットを合計奇数個、偶数個含むものを交互に26個挙げよという「ゲームδ」などが演じられそれぞれのランキング表が作成されて会員の総合序列付けが毎週更新され、店内の壁に貼り出されていたのである。
なお、総合最下位から一ヵヶ月間脱出できない客は、A~Z舗会員から除名されることになっていた。
ゲームα系列以外の強力ゲームを一つだけ挙げておこう。ゲームアレフ。 客が、他の客の背後からいきなり「『マムシゲンZ』の中の最強成分って何でしたっけ?」など任意の質問を浴びせかけ、五秒以内に形式上整った理由付きの答えが発せられない場合には、店内の商品を五千円分質問者に買い与えなければならないという規則があるのだ。逆に、首尾よく答えられてしまった場合には、質問者が回答者の五千円分の買い物を肩代わりせねばならない。六十歳くらいの女性が入ってきて正面の私と目が合うなり投げかけてきた質問が「何だかんだいって一番効くのって何かしらねえ?」だった。二文字庵のときと違ってじっくり考えている暇はない。そもそも質問自体漠然としすぎていてマトモに考えても無駄、いわば流れの勝負なので私も何喋ってるかわからぬままうわ言のように、
「タ、タマノイ酢の『スーパーオリゴダイエットC3000mg』ていうか、あの、コンビニや駅売店でも見かけそうなこの、これ、たった150円だったか何かのそれ、えと、数あるサプリのその、成分王っつったらなんてっても、ビ、ビタミンCっしょ? ありきたりすぎてもやっぱCっす! 食物繊維含有デキストリン、エリスリトール、レモン果汁、大豆オリゴ糖酢、乳酸Ca、ベニバナ黄色素。ビタミンC3000mgてのはほら、瓶に「レモン150個分」ってこれいかに強力かってのはほら、ほら、ほらビタミンC10g療法とか12g療法とかあるじゃないすか、末期ガンのほら。決まりです。『スーパーオリゴダイエットC3000mg』毎日3、4本飲みつづけるだけで、末期癌レベルの大抗癌力を補給してることになるんですよー!」
考えながら喋る、というより何が問われても対応し適用できるだけのリッチなA~Z情報をふだんから蓄えておかねばならないというわけだ。反射神経の鍛えあいというか、他の客が入ってくるたびにビクッとわななき、店内にいる他の客がいつ何を言い出すかたえず警戒しておらねばならないので心臓には悪いのだが、逆に言えばこうして心臓や神経の弱い人間は淘汰されて客層から脱落し、丈夫な者だけがA~Z舗に残ってゆく。三文字堂長男氏のあの名言「健康食品飲んで健康になるんじゃない、健康な人だけが健康食品飲めるってことなんです」の意味が重ね重ねじっくり噛み締められる環境だった。客みな戦士。臨戦態勢養成ゲームというか、自陣A~Z関連の日常学習をナチュラルに義務化する巧みな制度であったと言えよう。
こうした分業体制や文字的主義主張から離れて自由に俗世間並みに気楽にやっているのは、町内ではもちろんチェーンの薬店だったろう。マツモトキヨシ、ヒグチ薬局、ミネ薬品、くすりセイジョーといったスタンダードなラインが大通り沿いに、互いにそして各専文店と適度な距離を置いて営業していた。こうしたチェーン店には『三蔘』もあれば『ゼナF-Ⅲ』も置いてあり、『絶倫無双サソリ』もあれば『金精源』『イージーファイバー』『活』『でるでる』の姿も見える。みんな同列、まさになんでもあり。しかもチェーン店とてナショナリズムが薄弱なわけではなく、「ふん!」マツモトキヨシの前を通りかかったとき、店員が客と話しているのを私は耳にしたことがあった。「専文店専文店ってお高くとまってましたってねェ、どうせハイブリッドものに頼ってるのが現状ですよ」
○ 中枢に連動して赤面感覚が戻ってくるはずで
ハイブリッド。
私はハッと電撃に打たれたように背筋を伸ばした。
そう、ハイブリッド。混成種。たしかに……、三文字堂や四文字亭で目にした戦力のすべてが、純三文字や純四文字だとは限らなかったではないか。厳密にいえば、漢字にひらがなやカタカナが混じったりしたし、A~Z舗にいたってはアルファベットだけで構成された製品など少数派もいいところだったではないか。
そう。まさにそんな感慨に浸っていた最中だった、むつみ通りの一番外れ、コンビニとパチンコ屋に挟まれて喫茶店風佇まいを決め込んでいる『ハイブリッド院』に行き当たったのは。
ハイブリッド院。
(あ……。こういう専文店もあったんだ……)
この町この道の深さをここまで思い知っては立ちすくまざるをえまい。まさかハイブリッドまでが専文店として独立しているとはな……。というか当然私ははじめ、このハイブリッド院という店には『メモリーピーエス』も『エクセレンス精気源』も『スイカズラG』も『大蒜梅粕漬』も何でも均等に売られている、つまり派閥とは無縁の自由形何でもありにして量的質的に全種ちょうど釣り合いをとったベクトルゼロの中立聖域なのかと期待し感嘆したのである。ところがそうではなかった。逆だった。各専文店の総合ではなくて、各専文店の隙間だったのだ。
隙間。そう。漢字や仮名やアルファベットが各々単位を為す以前の状態で製品名に同居しているためどの専文店からもメンバーに迎えられない「はみ出し者」のみを拾い上げて作られた拠点が、ここハイブリッド院だったということである。専文外の専文、非専文の専文というスキマ産業がここハイブリッド院なのだ。そうとはまだ知らなかった私がうっとり入ってゆくと背の低い小太り四十男の店主はさっそくスキマ起業家らしい愛想笑い絶やさぬ赤ら顔を左右にたえず傾けて、……いや、この風土は、例により翌週巡ってきた田中さん夫妻絶精報告を聞くのがわかりやすいだろう。
「……のようなことに万が一にもならぬよう、ケンコーの『絶倫ナイトパワー』(マムシ末、スッポン末、トナカイの角の粉末、カキ肉エキス、ローヤルゼリー、ヤマイモ末、枸杞子末、無臭ニンニクエキス、真珠末、高麗人参末、ガラナ末)を3錠増やせばよいでしょう。同仁堂製薬の『絶倫キング』(コラ種子エキス、スッポンエキス、ローヤルゼリー、エレウテロコックエキス、赤マムシエキス、朝鮮人参エキス、麦芽エキス、ニンニクエキス、オットセイの骨格筋エキス、トナカイの角エキス、カフェイン100mg、蜂蜜、リキュール)50mlで再春館薬品の『金粒絶倫イレブン』(すっぽん、マムシ、闘牛のペニス、睾丸、トナカイの角、八ツ目ウナギ、ガラナ、甘草エキス、ニンニク、ローヤルゼリー、金箔)5粒を飲んで万一硬度が思うようにアップしなかった場合、アルファの『絶倫MAXサソリ』(サソリエキス、冬虫夏草エキス、スッポンエキス、マムシエキス、ローヤルゼリー、ガラナエキス、ニンニクエキス、カフェイン100mg、マカエキス、トナカイ角エキス、トウガラシエキス、蜂蜜、リキュール)50mlを続けて飲めばよいでしょう。再春館薬品の『絶倫ゴールド』(オットセイの骨格筋エキス、マムシエキス、スッポンエキス、ガラナエキス、ニンニクエキス、高麗人参エキス、エゾウコギエキス、麦芽エキス、ローヤルゼリー、カフェイン100mg、蜂蜜、リキュール)50mlでアルファの『絶倫MAX粒』(サソリ末、ガラナ末、スッポン末、ニンニク末、マムシ末、唐辛子パウダー)3粒を飲んで再勃起までの時間を短縮できたはいいが再々勃起には一時間もかかったという万が一の場合、アルファの『絶倫MAX粉末』(サソリ、マムシ、マカ、スッポン、ガラナ、トナカイの角、ヒメハブ、オットセイカロペプタイド、マムシ・スッポン胆・肝臓、タツノオトシゴ、牛睾丸、ケルプ)2匙プラス同仁堂製薬の『絶倫ジンク』(ケルプ粉末、ヒバマタ粉末、カヴァカヴァエキス、ガラナエキス、赤マムシパウダー、カキエキス、トウガラシエキス。男根力の源泉であるジンク=亜鉛含有を謳った絶倫製品の先駆。精子増産です)10粒か再春館薬品の『絶倫パワー』(すっぽん、マムシ、ニンニク、ガラナ)3粒か、それでもあやふやなら再春館薬品の『絶倫ハイパワー』(スッポン、マムシ、トナカイの角、闘牛のペニス、キングコブラの肝)9粒を飲み加えると確実でしょう。リブ・ラボラトリーズの『感じるふたり』(トナカイ角エキス、マカ、冬虫夏草、ビール酵母、ガラナエキス、無臭ニンニクエキス、オタネニンジン、舞茸。「1度取り出した粒はビンにもどさないで下さい」とあえて念入りな但書きあり。精力剤としては明るい白銀箱)10粒とコンデの大粒『男のなかの男』(ガラナ純末、カロ・ペプタイド、マムシ肝、ジンクイースト、セレンイースト。精力剤としては渋めの薄赤紫箱)2錠とオリヒロの『超精力王 とどめの3粒』(オットセイエキス、赤まむし末、すっぽん末、鹿のペニス末、アルギニン、亜鉛酵母、マカ20倍濃縮エキス、アシュワガンダエキス、緑茶抽出物、イカスミ末、精製大豆油)1包3カプセルを再春館薬品の『絶倫ゴールドMACA』(マカエキス末、マムシ抽出液、サソリ抽出液、スッポンエキス、冬虫夏草エキス、ガラナエキス、無臭ニンニクエキス末、トナカイの角エキス、トウガラシエキス、ローヤルゼリーエキス末、カフェイン70mg、蜂蜜、リキュール)50mlで飲み下したにもかかわらず愛してるよ関係のクサイ科白を前戯中恥かしくて万一囁けなかったなどという場合、コンデの大粒『はいぱわー8』(冬眠3年養殖スッポン、オットセイ腎、マムシ肝、ガラナ、マカ、ノコギリヤシ、ジンク、ハイセレニウム)3錠も追加すれば、前戯中のみならず終った後も愛してるよ愛してるよと愛撫をやめられなくなるでしょう。逆に万一、パワー全開はいいけれど恥じらいがなくなっちゃどうもというときは、ヘルスサポートステーションの『どきん28』(マカ、うこんエキス、田七人参エキス、いちょう葉エキス、ガラナエキス、カツアーバ、パフィア、エゾウコギエキス、レッドペパーエキス、無臭ニンニク末、マムシ肝臓、すっぽん血胆、ハブ、トナカイ角、緑イ貝、オットセイエキス、牛胆汁、セレニウム酵母、亜鉛酵母、マグネシウム酵母、カリウム、パントテン酸カルシウム、鉄、各種ビタミン)7粒をシンギーの『ニラ種パワー』(ニラ種、スッポン、鹿の幼角、杜仲葉、タツノオトシゴ、ケイヒ)6カプセルといっしょに阪本漢法製薬の『マムシホルモ内服液(A)』(マムシ抽出液、マムシ胆乾燥末、ゴオウ抽出液、鹿茸エキス、人参エキス、枸杞子エキス、イカリ草エキス、ローヤルゼリー、グルクロノラクトン、コンドロイチン硫酸ナトリウム、リコレックスNa-P)で飲み下せば、勃起中枢に連動して赤面感覚が戻ってくるはずです。再春館薬品の『絶倫7黒粒』(キングコブラ、闘牛(国産)のペニス、睾丸、トナカイの角、すっぽん、マムシ、ガラナ)6粒と富吉の『ハブの肝』(ハブ肝、骨。奄美観光ハブセンター製造)2粒と第一化学工業の『馬の心臓エキス粒』(馬心臓エキス末、無臭ニンニクエキス末、山芋末、トウガラシエキス末)8丸を、あるいは純赤まむしと赤まむしブレンドを念入比較する意味でワールド薬品の『血胆入り赤まむし』(粉末100%。セロハン中袋にずっしり瓶一杯圧縮装填)1匙と薬日本堂の『精の宝』(馬の心臓、馬のペニス末、トナカイの角末、トナカイのペニス末、海竜末、赤まむし肝入末、サソリ末、ガラナエキス末、紅参末、アガリクス末、ビール酵母)1匙とを脈動興奮効果比較しながら飲むために最も適したドリンク剤が万一わからないという場合とりあえずオットセイ製薬の……」 そう、万一戦略。店主はいつも、『どきん28』が万一ひらがな荘にさらわれた場合は、『絶倫ゴールド』が万一二文字庵に奪われたときには、『金粒絶倫イレブン』が万一四文字亭に引き抜かれた場合の対策として、明正バイオの養毛サプリ『ケフエーター粒』(乾燥ビール酵母、コラーゲン、ミレットエキス末、亜鉛酵母、茶抽出物、昆布エキス末、カキ肉エキス末、はと麦エキス末)がたとえケンコーの鮮黄錠『活髪工房』(サケ白子抽出物、サーディンペプチド、プラセンタエキス末(牛由来)、トレハロース、食用酵母エキス、L-メチオニン、L-シスチン、プラエリアミリフィカ末、デキストリン)に需要を奪われようともそんなことどうでもいいからひたすら万一「ケフエーター」と読み替えられて逆用される羽目になった場合に備えて……等々〈万一戦略〉を練り耽っていたのだった。全方位ベクトルの只中のゼロ座標に位置するハイブリッド院ならではの悩みである。 「なぜ『絶倫ゴールド』は二文字ではないか」と題する店主著の論文をホームページに発表して、全国から同意や励ましのメールを受け取ってメル友を増やしていた。都内の製薬会社や地方の漢方薬店と連絡をとって異論の余地なきハイブリッド製品(『げんきで酢ゴールド』とか『紫イペカプセルDX』とか)を次々に仕入れて非常時対策を図ったりもしていた。レジ脇にあるパソコンに向かって古式有機酸二大ドリンクであるカネボウフーズの『梅肉エキスドリンク50』(青梅50個分の梅肉エキス配合。アルカリイオンは、血液の流れを良くする効果があるといわれています)50mlと久米島の久米仙の『琉球王朝もろみ酢』(米麹、黒糖。クエン酸を主体に、必須アミノ酸全てを含む18種のアミノ酸を含んでいます)30mlをいつも交互に飲みながらメールを次々に書き送り、ホームページの更新作業に没頭していた。この町を越えた外部にシンパを着々増やしていく算段らしい。 私はハイブリッド院にしばらく所属したことで、サプリメントの理想形と名高い岩城製薬の『ビタミンC アスコルビン酸原末』をいよいよ大量に入手することができるようになった。朝昼晩両親に裏処方するだけでなく自分でも飲むようになったせいで、さすがはほんとにビタミンC、体調がきわめてよくなった。毎朝一番の下痢が爽快だった。ビタミンC唯一の副作用として一般に挙げられている放屁量増加というのもてきめんで、ほんとにすっきり快腸だった。
ハイブリッド院に一ヵ月ほど通って店主の外貨獲得策ぶりを見学しおえて、各専文店の性質をひとわたり堪能したことになった。そこで町全体の磁場の見取り図を描いてみた。店内の造作からして簡素・禁欲的、こちらの話を聞いてくれるわけでも問いかけるわけでもなかった三文字堂が一種以心伝心的「武道」であり、四文字亭が悩み相談人生案内風暖かさをもった元来の臨床「医学」もしくは「福祉」であるとすれば、五文字屋は客から問いと自発性を引き出す「教育」であり、二文字庵は禅問答風考察を誘う「哲学」、六文字舎は言うまでもなく「芸術」、そして多文字房は「実証科学」もしくは「テクノロジー」の場だった。一文字館は限られた資源をいかに能率的に活用するかという「経済」の原理で動いていたと言ってよかろうし、A~Z舗は反射神経と闘争心を競う「スポーツ」、カタカナ楼はべしべからずの原理で律せられる「道徳」、そしてひらがな荘は言うまでもなく「宗教」を体現していた。ハイブリッド院のスキマ産業的な権力闘争というか戦略思考というか「タブーをつくることだけがタブー」式装いの陰で頑なに「混成種」の純潔性を守り通そうという姿勢はまさに「政治」である。やはりサプリ道は人類文化の全ての側面を表現する豊かなメタ文化であったというか、まるで町ぐるみで、サプリ専文店を拠点に現代文化の分業がシミュレーションされているかのようだった。
しばらく私はこの町の表面にはあからさまに表われない内なるマグマ的衝突熱のパワーを感じながら、この町に限らず広く世界を支えている不可視のうねり的なものの密かなる実在に思いを馳せていた。自分の体と心もそうしたマグマに確実に繋がっているし繋がらざるをえないのだという自覚が、わくわくふつふつと脳髄と心臓に熱を点し、エネルギーが湧いてきて、二年生最初の実力テストでは三教科で学年トップの点数を取ってしまったのである。
一番というものを一度でも経験する人が全人間のうち何割いるのか知らないが、私の得た生涯ただ一度だけのこの一番から推せば、一番とはたぶん何度経験しても甘美なものであろう。
ただし私が成績トップに躍り出た原因としては、ちょうどテスト直前に2クラスで学級閉鎖があったほか、クラスのマドンナが九州に転校、一年生男子の自殺未遂、社会科教師の山岳遭難と救出、通い猫の轢死、暴走族によるガラス破損、PTA会長の横領疑惑、不登校生徒が二人復帰、創立三十周年講演会中止、三年生女子五人の補導、出入のパン屋と英語教師の不倫発覚に体育教師激昂、卓球部の全国大会ベスト4、教育実習生の遅刻、隣の文房具店半焼、教頭の入院、美術教師の受賞、国語教師の骨折、向かいの呉服店夜逃げ、所持品検査の再開、在校生の姉のアイドルデビュー、用務員の学校内感電死といった大中小騒動がたまたま続けざまに起きたため教師生徒が浮き足立っていたということが大きかったのだろう。マグマ流動の実感に熱く直立していた私ひとりが学校内騒動に無関心でいられたというわけだ。
学校内にとどまらぬ町全体の騒乱の暗雲が、しかしこのとき間近に迫ってきていた。 危うくも幸せな均衡を破るきっかけを私自身が爪弾いてしまったのである。セクハラ疑惑とかで失脚した前市長の後を決める選挙がめぐってきていたのだが、候補の一人が演説中の小休止のときあかひげの『絶倫粉液』(ハブエキス、赤まむしエキス、人参エキス、ガラナエキス、スッポンエキス、スッポン生血エキス、オットセイ肉エキス、ローヤルゼリー)50ml赤瓶を飲んでいたのを聴衆に紛れ込んでいた私がちらと目にしたのが始まりである。壇上で大っぴらに上向いて腰に手当ててぐい飲みしたわけではなく、壇を一旦降り支援者の陰で下向いてストローで慎ましく飲んでいたのだったが――本来ストローが箱中に付属していない『絶倫粉液』をあえてストローで飲んだところにこの候補氏の配慮というか貴き謙虚さが知れるというものだが――それでもたまたま近くにぼおっと立っていた私の視角に入った。そこで私は、このことをさっそく、というか何気ない軽い余談としてハイブリッド院店長に告げたのだった。
「なんだって……?」
店長は短躯を波打つように震わせて振り向いた。
「それは……許せんぞ……。違法だ!」
「え……?」
反作用の大きさに私はびっくりした。聞き流される程度の話題かと思ったのだが。
「公職選挙法違反だぞ! 大問題!」
またか、と思った。どうしてそれぞれ個性豊かな店主たちが、このテの問題になるとみな同じような仕方で激昂してしまうのか、私は些か幻滅しつつも何か取り返しのつかぬ面倒が始まりそうだぞと興奮しながら、店主が電子メールを忙しくあちこち送り始めるのを見ていた。
「緊急動議 市長選立候補者・真田要次郎氏が演説中に四文字ドリンクを摂取している現場を目撃した拙客がおります。公職に就かんとする者にあるまじき偏向であり、不公正なる強権発動であり、倫理に反したサブリミナルPRであり、恥を知らぬ官産癒着を示す不祥事というべきです。四文字シンパに殊更に便宜を図るがごときこれ見よがしを我々は挑戦と受け止め断固……」
いや、ちょっと違うんですけど、聴衆の中で見たのはたぶん僕だけというか、他の人たちは気づいてなくて……PRとかじゃなくて……私は弁明しかけたが「さあ緊急事態緊急事態。これから連絡網を確認せねばならんので今日は店、閉めます。閉めますからー」
私を含め三、四人いた客の背中を押して追い出して、がらがらがら、とシャッターを下ろしてしまった。なんとも嫌な予感がした。
案の定というか、翌日の選挙演説は、ハイブリッド院店主の打ったメール本文どおりの言葉で各候補が真田要次郎氏を攻撃していた。ハイブリッド院店主は四文字亭以外の全専文店に連帯を要請した模様で、午前中からすでにカタカナ楼やA~Z舗の店先に「市と四文字派との癒着を弾劾する!」という垂れ幕がかけられていた。まさかとは思ったが、三文字堂の入口にも同じ垂れ幕が掲げられていたのだ。
(あの三文字堂店主でさえこの激情の波に飲まれたとなると……)
これはのっぴきならない騒動になるぞ……、ハラハラと見守っているとその日の午後にはすでに、町じゅう小競り合いだらけになっていた。胸ぐらをつかみ合って口論している男たちがいた。停車中の車に向かって怒鳴っている女たちがいた。町に活力とパワーを供給し続けながら表からは隠れていたマグマが、私の不用意なほんの一言をきっかけに、どっと噴出し路地の隅々までを飲み込んでしまったのである。私の一押しが、いずれこぼれるはずのコップへの最後の一滴だったのか、それともブラジルの密林の中の小さな蝶の一羽ばたきが翌月のニューヨーク株式の暴落を招いたといったたぐいの偶然的カオスのメカニズムだったのか、はたまたセレン、モリブデン系列の微量ミネラルがあと0.0001μg加わったがために俄然身体機能が激変したというサプリ文化式識閾化学反応だったのか、ともあれ私のせいで町の相貌が一変したことだけは事実だったのだ。
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