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The Conquest of Happiness (HA23-050)(松下彰良・訳)

Back Next  Part II(Causes of Happiness), Chap. 12(Affection)   Contents (総目次)
'最良の種類の愛情'を定義することは、必ずしも容易ではない。なぜなら、明らかに、愛情の中にはある程度'保護的な要素'があるからである。私たちは、愛する人たちの苦痛(痛み)に無関心ではいられない(安藤訳では、「けが」となっているが、ここは「精神的な苦痛」も含めた意味ではないだろうか?)。しかし、不運(不幸)に対する'気遣い'(心配)は、実際に起こった不運(不幸)に対する'同情'とは異なり('同情'とは対比的であり)、愛情においてできるだけわずかな役割しか果たさないようにすべきである、と私は考える。'他人のことを心配すること'は、'自分自身のことを心配すること'よりも、ごくわずかよいだけにすぎない。さらに、他人に対する心配(気遣い)は、非常にしばしば、'所有欲のカムフラージュ'になっている(即ち)他人の不安をかき立てることによって、他人をもっと完璧に支配する力を得られると期待されるからである。これは、これまで男性が'臆病な女性'を好んできた理由のひとつであることは、言うまでもない。なぜなら、男性は女性を保護する(守る)ことによって女性を所有するに至ったからである。人がどの程度まで'気づかいの対象'にされても、自分を損なわずにすむかは、その人の性格による。大胆で冒険好きな人は、自分を損なうことなく大量の気づかいに堪えることができる。これに反し、臆病な人の場合は、あまり気づかいを期待しないように励ますべきである。
(注:ラッセルは、1926年に出版した『教育論-特に幼少期の』のなかで、理想的な人間(=男女とも!)の性格の基礎となる特質として「vitality 活力、courage 勇気、sensitiveness 感受性、intelligence 知性」の4つをあげている。)
To define the best kind of affection is not altogether easy, since clearly there will be some protective element in it . We do not feel indifferent to the hurts of people whom we love. I think, however, that apprehension of misfortune, as opposed to sympathy with a misfortune that has actually occurred, should play as small a part as possible in affection. Fear for others is only a shade better than fear for ourselves. Moreover it is very often a camouflage for possessiveness. It is hoped that by rousing their fears a more complete empire over them can be obtained. This, of course, is one of the reasons why men have liked timid women, since by protecting them they came to own them. The amount of solicitude of which a person can be the object without damage to himself depends upon his character: a person who is hardy and adventurous can endure a great deal without damage, whereas a timid person should be encouraged to expect little in this way.

(掲載日:2006.04.26/更新日:2010.5.3)