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バートランド・ラッセル 私の哲学の発展
16-06 経験的知識の問題における三段階

My Philosophical Development, 1959, by Bertrand Russell

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第16章 「非論証的推論語」n.6


ラッセル英単語・熟語1500
 分析不足の結果、人々はある種の知識を支持する主観的な先入見(偏見)をもつがゆえに非論証的推論のいくつかを認めてきたのであり、またその反対の先入見をもつがゆえに他のいくつかの非論証的推論を拒否して来たのだ、ということを私は発見した(気づいた)。(そうして)疑うことができないと思われる推論のいかなる個別事例において、その推論のよりどころとなっている原理を発見し、同じ原理にもとづく他の推論もまた認めなければならない、と私には思われた。(また)私は、経験のみで推論できることとできないことについて、ほとんど全て哲学者がいままで誤まった考えをいだいて来たということに気づいた。私は、経験的知識の問題を(次の)三つの段階に分けた。
(1) 自分自身についての知識
(2) 他人(の心)についての知識 ― これは他人の証言を認めることも含む。(訳注:他人の存在を認めるだけでなく、他人の言っていることも正しいと思えば認めること)
(3) 物理的世界についての知識
 自分自身についての知識をまず考察して見て、普通に言われているような独我論は、そのような(独我論というような)体系が触発された注意(caution)とは両立しない(相容れない)非常に多くのことを認めているということを発見した(訳注:注意とは、 「ある周囲の事物や事象の特定部分や心的活動の特定の側面に対し、選択的に反応したり注目したりするように仕向ける意識の働き」)。 私は自分が二歳になる以前に自分に起ったことを記憶していない。しかし、自分(私)は二歳のときに存在しはじめたのだと主張することが妥当である(plausible もっともらしい)とは考えない。また、その後の人生においても、自分が記憶していない多くのことが自分に起こったと確信している。(また)私が記憶していることでさえ、(実際は)まったく自分に起こらなかったものがあるかも知れない(可能性がある)。私は時々、全く想像上の夢記憶(draem-memories 夢のなかで記憶したこと)をもつ夢を見たことがある。(たとえば)私はあるときの夢の中で警察を怖がったことがあった。なぜなら、その(夢を見る)一ヵ月前にホワイトヘッドと私とがロイド・ジョージ(訳注:第一次世界大戦中の1916年12月に総辞職したアスキス首相に代わって首相に就任/ラッセルは第一次世界大戦に反対しており、ロイド・ジョージに反感を抱いていたため)を殺害したことを「(夢のなかで)記憶していた」からであった。従って、私が何かを想い出す(記憶している)からといって、それだけでは(per se)そのことが実際に起ったという決定的な証拠にはならない、ということになる。それゆえ独我論者は、自分が求めている論理的安全性(訳注:logial safety 意味としては「論理的確実性」)に達しようとするならば、私が名付けている「瞬間の独我論」 (solipsism of the moment) に限定されであろう(訳注:つまり、記憶を除外しなければ、「独我論者」とは言えない)。「物理的世界が存在するかどうか、また私自身の精神以外に他人の精神が存在するかどうか、私はを知らない」というだかでなく、さらに進んで次のように言わなければならない。「私は、自分が過去をもったかどうか、また未来をもつであろうかどうかを知らない(今、この瞬間に起きていることしかわからない)。というのは、私の過去や私の未来の存在は、(私以外の)他人や物理的世界の存在と全く同様に疑わしいからである。 (しかし)独我論者でここまで徹底した者はかつていなかった。従って、あらゆる独我論者は、他人や物についての推論以上に有力な保証を持っていない(ところの)自分自身についての推論を認めるという点において、自己矛盾を犯して来たのである。 

Chapter 16: Non-Demonstrative Inference , n.6

I found that, for lack of analysis, people had admitted blocks of non-demonstrative inference because they had a subjective prejudice in favour of certain kinds of knowledge, and had rejected other blocks on account of a contrary prejudice. It appeared to me that, in any particular case of an inference which seemed unquestionable, one should discover the principle upon which it depended and accept other inferences depending upon the same principle. I found that almost all philosophers had been mistaken as to what can and what cannot be inferred from experience alone. I divided the problem of empirical knowledge into three stages: (1) knowledge about myself; (2) knowledge about other minds -- which includes the acceptance of testimony; and (3) knowledge about the physical world. Beginning with knowledge about myself, I found that solipsism as commonly expounded admits a great deal that is incompatible with the caution by which such a system is inspired. I do not remember anything that happened to me before I was two years old, but I do not think it plausible to maintain that I began to exist at the age of two. And in later life, I am quite convinced that many things happened to me which I do not remember. Even what I remember may have never happened. I have sometimes had dreams in which there were dream-memories that were wholly imaginary. I once dreamt that I was in terror of the police because I 'remembered' that, a month ago, Whitehead and I together had murdered Lloyd George. It follows that my recollecting something is not, per se, conclusive evidence that the something really happened. The solipsist, therefore, if he is to attain the logical safety of which he is in search, will be confined to what I call 'solipsism of the moment'. He will say not only 'I do not know whether the physical world exists or whether there are minds other than my own', but he will have to go further and say, 'I do not know whether I had a past or shall have a future, for these things are just as doubtful as the existence of other people or of the physical world'. No solipsist has ever gone as far as this, and therefore every solipsist has been inconsistent in accepting inferences about himself which have no better warrant than inferences about other people and things.
(掲載日:2022.03.29/更新日: )