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ラッセル『私の哲学の発展』(松下彰良・訳)

My Philosophical Development, 1959

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第6章 「数学における論理的手法」 n.3


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 私がペアノから引き出した悟り(enlightenment 啓発/開明)は、主として二つの全く技術的な進歩から発したものであるが,私がそうであったように,算術を理解しようとして長年を過ごした後でなければ、その(技術的進歩の)重要性を認めること(appreciate 真価を認めること)は非常に困難である。この二つの進歩は、ペアノよりも前に既に G. フレーゲによって果されていたが、ペアノが当時そのことを知っていたかどうかは疑わしいし、私は少し後までその事実を知らなかった。難しい仕事であるが、それらの進歩が何であったか、また、なぜそれらは重要であったかについて、最善をつくして私は説明しなければならない。まずそれら(の進歩)が何であったか、ということから始めよう。

 最初の進歩は、「ソクラテスは死ぬものである(死ぬ運命である/不死ではない)」という形の命題を「全てのギリシャ人は死ぬものである」(注:全称命題)という形の命題から分離することで(その進歩は)成り立っていた。アリストテレスにおいては、また三段論法(注:syllogism 大前提→小前提→結論)に関する公認の学説(それをカントは永久に改善の余地はないと考えた)においては、この二つの命題形式を区別できないものとして、あるいは,ともかくも(at any rate いずれにせよ),重要な差異がないものとしてとり扱われている。しかし、事実(実際)、論理学も数学も、この(命題の)二つの形式は全く異なったものであると理解されるまでは(理解されない限り)、遠くまで進めない(進歩できない)のである。「ソクラテスは死ぬものである」は一つの述語(注:死ぬものである)を、名付けられた(固有名をもつ)一つの主語(ソクラテス)に帰属させる。(他方)「全てのギリシャ人は死ぬものである」は、二つの述語すなわち「ギリシャ人」と「死ぬもの」との関係を言いあらわしている。(つまり)「全てのギリシャ人は死ぬものである」を、完全な形で言いあらわすと、「 のあらゆる可能な値について、もし x がギリシャ人であるならば、x は死ぬものである」となる(注:従って「ギリシア人」は"本当の"主語ではない!)。ここには、主語-述語命題ではなく、二つの命題関数(函数)の結合があるのであり、これら命題関数の各々は、変項 x に一つの値が与えられると(assigned to 指定されると/割り当てられると)一つの主語-述語命題となるのである。(即ち)「全てのギリシャ人は死ぬものである」という陳述(文)は、特にギリシャ人(全体)について何ごとかを言っているのでなく、宇宙の全てのものについての一つの陳述なのである。(注:x は宇宙全体を対象にしている。)「もし x がギリシャ人であるならば、x は死ぬものである」という陳述は、x がギリシャ人でない場合も、x がギリシャ人である場合と全く同様に、真である。実際、ギリシャ人というものがまったく存在しなくとも真である。たとえば、リリパット国人(Lilliputians)は存在しないが、「全てのリリパット国人は死ぬものである」という命題は真である(注:偽であることを証明するためには、リリパット人で死んだ例を1つでよいので、例を示せばよい)。「全てのギリシャ人は死ぬものである」という陳述(文)は、「ソクラテスは死ぬものである」という陳述(文)とは異なり、いかなるものにも固有名を与えておらず(名付けておらず)、単に、二つの述語の結合を言いあらわしている(表現している)だけである。この命題は、枚挙(enumeration 単純枚挙/列挙)によっては証明できない。なぜなら(to repeat 繰り返しになるが)問題になっている x は、ギリシャ人であるところの x に限定されず、広く全宇宙のものを指しているからである。しかし、それは(単純)枚挙によって証明されないにせよ、やはり知られうるものである。私は翼がある馬が存在するかどうかを知らず、まったくそんなものに出会ったことはないが、それにもかかわらず、私は全ての翼のある馬が馬であることを知ることができる。要するに(in short)、「全ての」という語を含むあらゆる陳述は、命題関数を含むものであるが、それらの命題関数の任意の(何らかの)個別的な値を含むものではないのである

Chapter 6: Logical Technique in Mathematics, n.3

The enlightenment that I derived from Peano came mainly from two purely technical advances of which it is very difficult to appreciate the importance unless one has (as I had) spent years in trying to understand arithmetic. Both these advances had been made at an earlier date by Frege, but I doubt whether Peano knew this, and I did not know it until somewhat later. Although it is difficult, I must do my best to explain what these advances were and why they were important. I will begin with what they were.

The first advance consisted in separating propositions of the form 'Socrates is mortal' from propositions of the form 'All Greeks are mortal'. In Aristotle and in the accepted doctrine of the syllogism (which Kant thought forever incapable of improvement), these two forms of proposition are treated as indistinguishable or, at any rate, as not differing in any important way. But, in fact, neither logic nor arithmetic can get far until the two forms have been seen to be completely different. 'Socrates is mortal' attributes a predicate to a subject which is named. 'All Greeks are mortal' expresses a relation of two predicates - viz. 'Greek' and 'mortal'. The full statement of 'All Greeks are mortal' is 'For all possible values of x, if x is Greek, x is mortal'. We have here, instead of a subject-predicate proposition, a connection of two propositional functions, each of which becomes a subject-predicate proposition when a value is assigned to the variable x. The statement, 'All Greeks are mortal', says nothing about Greeks in particular, but is a statement about everything in the universe. The statement ‘if x is Greek, x is mortal' is just as true when x is not Greek as when x is Greek. Indeed, it is true if there are no Greeks at all. “All Lilliputians are mortal' is true, although there are no Lilliputians. The statement, ‘All Greeks are mortal', unlike the statement, ‘Socrates is mortal', names no one and expresses only and solely a connection of predicates. It cannot be proved by enumeration, since (to repeat) the x in question is not confined to the x's that are Greeks, but extends over the whole universe. But, although it cannot be proved by enumeration, it can nevertheless be known. I do not know whether there are any winged horses, and certainly I have never come across one, but nevertheless I can know that all winged horses are horses. In short, every statement containing the word all involves propositional functions, but does not involve any particular value of these functions.
(掲載日:2019.08.05/更新日: )