危険な世界において正気を保ちたいと思う者は,自分の心のなかで恐怖の議会を招集し,個々の恐怖を順にとりあげ,他の全ての恐怖によって,不合理であるとして票決されるべきである。
The man who wishes to preserve sanity in a dangerous world should summon in his own mind a Parliament of fears, in which each in turn is voted absurd by all the others.
Source: Bertrand Russell: Nightmares of Eminent Persons, 1945, Introduction.
More info.: https://russell-j.com/cool/46E-INTR01.HTM
<寸言>
「恐ろしいことに対して恐怖心を抱くこと」がどうして「不合理」なのでしょうか?
そう考えると、ラッセルが言っていることを理解できないかも知れません。「個々の恐怖を順にとりあげ,他の全ての恐怖によって,不合理であるとして票決されるべき」の意味するところがわかれば、ラッセルの言おうとしていることがわかりそうです。
そこで、試しに ChatGPT に聞いてみました。すると、次のような見事な回答が提供されました。
「恐ろしいことに対して恐怖心を抱くこと自体は不合理ではありません。恐怖心は、危険を察知し適切に対処するための自然な反応です。しかし、バートランド・ラッセルの文章では、恐怖心が"過剰"になり、それによって冷静な判断や行動が妨げられることが問題とされています。
ラッセルの言葉における「不合理」とは、「個々の恐怖が他の恐怖と比べて過度に大きく感じられ、全体としてのバランスが崩れてしまう状態」を指していると考えられます。すべての恐怖が同時に心の中に存在し、互いに対立し合うと、「特定の恐怖が過度に大きく見えるのは不合理」であると主張しているのです。
ラッセルが提案する「恐怖の議会」とは、すべての恐怖を客観的に見つめ直し、互いに比較し合うことで、「それぞれの恐怖が持つ相対的な重要性や現実性を評価」することです。これにより、「過度な恐怖心に支配されず、冷静で合理的な思考が可能になる」と考えています。
要するに、恐怖心そのものは自然で必要なものですが、「恐怖が過度に膨らみ、他の重要な事柄や現実的な判断を見失わせることが不合理」とされているのです。」
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