しかし,1926年に教育に関する本を出すまでは,どちらかというと貧乏(な状態)が続いた。それ以後1932年までは,特に1929年の『結婚と性道徳』と1930年の『幸福論』がよく売れたおかげで,経済的に豊かであった。この数年の間の著作の大部分は一般向けの(通俗的な)ものであり,またそれはお金を稼ぐために執筆したものであった。しかし,より専門的な著作も何冊か執筆した。
But I remained rather poor until the book on education in 1926. After that, until 1933, I prospered financially, especially with Marriage and Morals (1929) and The Conquest of Happiness (1930) . Most of my work during these years was popular, and was done in order to make money, but I did also some more technical work.
Source: Bertrand Russell: The Autobiography of Bertrand Russell, v.2 chap. 4: Second Marriage, 1968
More info.:https://russell-j.com/beginner/AB24-030.HTM
<寸言>
ラッセルは、1921年にドーラ・ブラックと再婚して子供が生まれるまで、お金を稼ぐための一般向けの本は執筆していませんでした。しかし、子供が生まれ、ある程度お金を稼ぐ必要がでてきたため、一般向けの本である『教育論』(On Education, 1926)、『結婚論』(Marriage and Morals, 1929)、『幸福論』(The Conquest of Happiness, 1930)を立て続けに執筆し、出版しました。そうして、これらの本は全て、英米でベストセラーになりました。【この期間に、これ以外にも『原子のABC』(1923).『科学の将来』(1924). 『相対性理論入門』(1925). 『哲学概説』(1927), 『懐疑論』(1928). 『科学的見方(科学の眼)』(1931)など、多数の一般向けの本を出しています。】
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