我々(人類)の道徳観(倫理観)は禁欲的であり、労働を美徳と見なしている。その結果、生産は善であり、消費は悪となる。この禁欲主義的な考え方のゆがみが、世界の半分は過剰生産のために貧しく、他の半分は過少消費(消費不足)のために貧しくなっている今の世界システムを生み出したのである。
Our morality is ascetic, which makes us regard work as a virtue; it follows that production is good and consumption is bad. This ascetic twist has produced a world system in which half the world is poor because it produces too much and the other half because it consumes too little.
Source: Mortals and Others; B. Russell's American Essays, v.1
More info.:https://russell-j.com/GO-MAD.HTM
<寸言>
富める者(国・地域・人々)が貧しい者(国・地域・人々)を支援すれば、世界はもっと苦痛の少ないものになるはずです。しかし、いろいろな理由で、そのような支援は限定的なものになっています。過剰生産によって物の値段が下がりすぎたり、過剰分を廃棄したり、過少生産によって争奪戦が起こったり、餓死者さえでたりします。そのような経済格差がひどい現在の世界においては、「労働」に対する考え方は、国や地域によって異なります。(注:「世界の半分は過剰生産のために貧しく、他の半分は過少消費(消費不足)のために貧しくなっている」のなら世界中の人々が貧しいということになり、「誤訳」ではないかと思う人がいるかも知れません。もちろん、富める者も世界中に分散しています。あくまでも、二種類の理由で世界は貧しくなっていると言っているだけです。)
先進国の多くの国民はもう「労働は美徳だ」なんて考えておらず、ラッセルの指摘は古いと言う人がけっこういそうです。ラッセルは、技術水準の高い現代においては、世界中の人が(生産調整した上で)「皆」4時間働ければ世界はまわっていくと主張しました。しかし、一部の人が働きすぎて働きたくても働けない人(失業者)が多数でたり、(保育所未整備等のため)女性が育児などに縛られて十分働けなかったり、「労働の美徳」を適用免除される特権階級(上級国民)がそこそこいたり、また、過剰生産と過少生産が共存したりなど、いろいろな理由で、労働時間を1日、4,5時間に減らすことなど、想像できない状況ではないでしょうか?」
「労働は美徳だ」と言っても、自分に適用する倫理・道徳と他人に適用する倫理・道徳とは異なっているように思われます。経済的に豊かな生活(人生)を享受するためには労働は必須ですが、労働を目的化する(労働を美徳と考える)と不幸をもたらします。多くの人がそう考えそうですが、たとえば、自分の部下が、労働は適度(1日6,7時間働けば十分!)にして人生を楽しむつもりですなどとまともに主張すれば、しぶしぶ認めたとしても、「戦力外」と見なし(見なされ)、以後、一人前に見る(見られる)ことはなくなります。
#バートランド・ラッセル #Bertrand_Russell