バートランド・ラッセルの名言・警句( Bertrand Russell Quotes )

ラッセル英単語・熟語1500

 クロポトキン(P. A. Kropotkin.1842-1921、ロシアの無政府主義者)が、ロシア革命の後、長期の追放から帰国した時、彼がロシアに生まれつつあるのを見たのは、彼の夢みたロシアではなかった。彼が夢みていたのは自由で自尊心のある個人がゆるやかに結びついた共同体であったが、創造されつつあったのは 強力な中央集権的国家であり、そこでは個人は単に(全体=国家のための)手段と見なされていた。個人道徳と市民道徳とのこの二重性は、適切な倫理学説であれば考慮しなくてはならないものの一つである。市民道徳がなければ共同体は亡び、また個人道徳がなければ共同体の存続も価値を失う。従って、市民道徳と個人道徳とは良き世界のためには等しく必要不可欠なものである。

When Kropotkin, after the Russian Revolution, was able to return from his long exile, it was not the Russia of his dreams that he found being born. He had dreamed of a loosely knit community of free and self-respecting individuals, but what was being created was a powerful centralized State, in which the individual was regarded merely as a means. This duality of personal and civic morality is one of which any adequate ethical theory must take account. Without civic morality communities perish; without personal morality their survival has no value. Therefore civic and personal morality are equally necessary to a good world.
 Source: Bertrand Russell: Human Society in Ethics and Politics, (1954), chapter 1
More info.:https://russell-j.com/cool/47T-0106.htm

<寸言>
 当たり前のことを言っているにすぎないですが、その当たり前のことが実現していないのが、この世の中です。
 ラッセルは、1920年に英国労働党の代表団に加えてもらってロシアを訪問し、帰国後に、ロシア共産主義批判の書『ロシア共産主義の理論と実際』(The Practice and Theory of Bolshevism)を出版しています。
 訪露時、クロポトキンと会談しようとしましたが、許可されませんでした。
 ラッセルは、『自伝』で当時のことを思い出し、次のように皮肉っています。
 https://russell-j.com/beginner/AB22-130.HTM

「偽善的な見せかけだけの平等があり,すべての人間が,同志(ロシ共産党用語:tovarisch)と呼ばれていたが,驚くべきことに,この言葉も,声をかける相手がレーニンであるか,怠惰な使役人であるかによって,その発音の仕方は非常に異なっていた。ある時,ペトログラード --当時そう呼ばれていた(注:現在のサンクトペテルブルク。ソ連時代は「レニングラード」と呼ばれていた。)-- において,4人のみすぼらしい人たちが,私に会いにやってきた。彼らは,ぼろぼろの服を着,無精ひげ(a fortnight's beard),不潔な爪,ぼさぼさの髪をしていた。彼らは,ロシアで最も著名な4人の詩人であった。彼らのうちの一人は,韻律法の講義で生計をたてることを政府から許可されていた。しかし彼は,政府の役人たちがこの科目の授業をマルクス主義の観点から教えるよう強要している(無理強いしている)ことについて,また,韻律法とマルクスがどのように関係するのかどうしても理解できないことについて,不満を漏らした。・・・」

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