ラッセル英単語・熟語1500 |
ジョン・スチュアート・ミルが育てられたような,3歳でギリシア語の学習をはじめ,普通の子供らしい楽しみは何も知らない,というふうなやり方で育てることは可能である。単に知識を身につけるという観点だけからすればその結果はよいかもしれないが,全体的見地から見れば,私はその結果を賞賛することはできない。ミルが『自伝』の中で語っているところによると。彼は思春期に,あらゆる音符の組み合せはいつの日にか(いつか必ず)使い果たされ,そうして新しい作曲は不可能となるだろう,と考えて,自殺しかけたことがあった,とのことである。この種の強迫観念が神経衰弱の症状であることは,明らかである。
It is, of course, possible to bring up a child as John Stuart Mill was brought up, to begin Greek at the age of three, and never know any ordinary childish fun. From the mere standpoint of acquiring knowledge the results may be good, but taken all round I cannot admire them. Mill relates in his Autobiography that during adolescence he nearly committed suicide from the thought that all combinations of musical notes would one day be used up, and then new musical composition would become impossible. It is obvious that an obsession of this sort is a symptom of nervous exhaustion.
Source: Bertrand Russell : On Education, especially in early childhood, 1926
More info.: https://russell-j.com/beginner/OE10-060.HTM
<寸言>
岩波文庫版の安藤訳も,みすず書房版の魚津訳も,角川文庫版の堀訳も全て、「あらゆる音符の組み合わせは"一日で"使い果たすことができるので,新しい作曲が不可能になると考えて,自殺しかけたことがあった」と訳されています。「あらゆる音符の組み合わせが"一日で"使い果たすことができる」なんてことは,常識的に考えてありえないことであることから,誤訳だと思わなかったのでしょうか? 後に論理学の本も執筆するミルが思春期にそんなに論理的思考能力がないなんておかしいと思わなかった訳者の方々は、英語はできても論理的思考能力に少し問題があるように思われます。また "can be used up "ではなく "would be used up" と書かれていることにも注意が必要です。
結論を言うと ”one dey" は前置詞がついていないことから,副詞的用法であり「いつの日にか(いつか必ず)」ということであり,論理学者で「も」あったミルらしく,音符の組み合わせは膨大かもしれないが,その組み合わせは'有限'なものであるから,いずれ新しい曲など作れなくなってしまうという「強迫観念」にかられてしまった,というのが正解でしょう。
私のこの解釈を補強するよい説明が web上にないかと,Googleで検索したところ、日米ハーフの Jun Seenesac 氏の「one day と someday の違いと使い分け」という文章がありました。「英語学習コラム」の記事のひとつですが,お勧めです。
https://hapaeikaiwa.com/2014/07/09/%E3%80%8Cone-day%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%80%8Csomeday%E3%80%8D%E3%81%AE%E9%81%95%E3%81%84%E3%81%A8%E4%BD%BF%E3%81%84%E5%88%86%E3%81%91/
なお、英語学の大家の安藤貞雄先生がそんなことがわからないはずはないので、この誤訳は、ラッセルの文章を先入観を持って読んでしまったためだろうと想像されます。(安藤先生から生前、私が安藤先生訳の『幸福論』の誤訳をいろいろ指摘しているようだがその内容を教えてほしいとのメールをいただき、5,6箇所、サンプルでお知らせしたことがあります。安藤先生は「もし間違いがあれば増刷の時に修正したい」と書かれていました。安藤先生は5年前(2017年)に亡くなられてしまいましたが、多分、改訳をなされていないと思われます。)
安藤貞雄先生の人柄が忍ばれる興味深い追悼文が下記にあります(昨日発見したものです)。
https://teamhacchan.blog/2017/04/24/%E8%BF%BD%E6%82%BC%E3%83%BB%E5%AE%89%E8%97%A4%E8%B2%9E%E9%9B%84%E5%85%88%E7%94%9F/
#バートランド・ラッセル #Bertrand_Russell