バートランド・ラッセルの名言・警句( Bertrand Russell Quotes )


 私は、核の脅威そのもの及び関連するあらゆる問題について検討するための科学者会議の開催を呼びかけた科学者の声明(ラッセル=アインシュタイン声明)(の内容)をどうしたら実行(具現化)できるか、既にロートブラット教授及びパウエル教授(1950年ノーベル物理学賞受賞、パグウォッシュ運動の創始者の一人/1947年に湯川秀樹が予測したパイ中間子を発見)とともに検討していた。ジョリオ・キュリー教授は重病のために我々の計画に積極的に関与することはできなかったが、遠くから私達を激励してくれた。そうして、この頃には、私達は、東西の優れた科学者達のグループを一堂に会させることが可能であるということをかなり確信していた。

I had already been considering with Professors Rotblat and Powell how we could implement the scientists' manifesto which had called for a conference of scientists to consider all the matters concerning and allied to the nuclear dangers. Professor Joliot-C'urie, who was himself too ill to take active part in our plans, encouraged us at long distance. We were fairly sure by this time of being able to get together a good group of scientists of both East and West.
 Source: The Autobiography of Bertrand Russell, v.3 chap. 2
 More info.: https://russell-j.com/beginner/AB32-280.HTM

<寸言>
 声明を出すだけならそれほど難しいことはないでしょう。しかし、体制を超えて(資本主義国も、社会主義国あるいは共産主義国も区別なく)、核に関わる世界中の一流研究者が集まって核の諸問題(核兵器撤廃、核の平和利用、その他)を検討する会議体を創設することは、通常は10年以上かかる仕事だと思われます。
 それだからこそ、ラッセル及びアインシュタインは、ノーベル賞(特にノーベル物理学賞)を受賞した多くの人達に声明に署名してもらうことは「必須」のことだと考えました。
 幸いなことに、ラッセル=アインシュタイン声明発表後、たった2年でパグウォッシュ会議の創設が実現しました(1957年7月7日、カナダ・ノバスコシア州パグウォッシュという寒村で第1回「科学と世界の諸問題に関するパグウォッシュ会議」が開催されました。カナダのパグウォッシュで第1回会議が開催されたのは、会議開催のための資金を提供してくれたカナダの富豪のサイラス・イートンの,−自分の故郷で開催してほしいとの−,意向があったからでした。)
 ちなみに、ラッセル=アインシュタイン声明の11名の署名者は以下のとおりです(順番は、姓のアルファベット順です)。インフェルト教授とロートブラット教授は声明発表当時ノーベル賞を受賞していませんでしたが、ロートブラットは1995年にノーベル平和賞を受賞しています(ポーリング博士は、1962年にノーベル平和賞も受賞しています)。また、インフェルト教授は、アインシュタインとの共著の『物理学はいかに創られたか』(岩波新書)で多くの人に知られています。

 M.ボルン教授(ノーベル物理学賞)
 P.W.ブリッジマン教授(ノーベル物理学賞)
 A.アインシュタイン教授(ノーベル物理学賞)
 L.インフェルト教授
 F.ジョリオ・キュリー教授(ノーベル化学賞)
 H.J.ムラー教授(ノーベル生理学・医学賞)
 L.ポーリング教授(ノーベル化学賞)
 C.F.パウエル教授(ノーベル物理学賞)
 J.ロートブラット教授
 B.ラッセル卿(ノーベル文学賞)
 湯川秀樹教授(ノーベル物理学賞)

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