バートランド・ラッセルの名言・警句( Bertrand Russell Quotes )

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 私達(ラッセルと妻エディス)の気分は,私の喉の障害がしだいにひどくなり'もの'をちゃんと飲み込めなくなったため,いささか落ち込んでいた。この喉の障害は,政治家達の意見表明を'鵜呑み'にすべく努力した結果として生じたものだ,と言って(今は)楽しんでいる。しかし,それよりも,私にとってはるかに悩ましかったのは,長男が重い病気(注:統合失調症だったと思います。)にかかったことであった。私達は,この'いわゆる'休暇の全期間を通して,長男に関する心配で悩まされ続けた。長男の三人の子供達のこともまた心配であった。当時私達は,多かれ少なかれ,その幼い子供達(孫達)の世話をしていたし,後にはほとんど全面的に世話をすることになった。

Our spirits were somewhat damped by the fact that I had gradually developed trouble with my throat which prevented me from swallowing properly, a trouble which I take pleasure in saying, resulted from my efforts to swallow the pronouncements of politicians. But much more distressing than any of this was the fact that my elder son had fallen seriously ill. We were beset by worry about him during the whole of this so-called 'holiday'. We were worried, too, about his three young children who were at that time more or less, and later almost wholly, in our care.
 Source: The Autobiography of Bertrand Russell, v.3
 More info.: https://russell-j.com/1502MFBR.HTM

<寸言>
 ラッセル家の親戚には精神を病む者も少なくありませんでした。遺伝的な要因が一番大きいと思われますが、何かが引き金となって発症してしまいます。ラッセルの長男(John Conrad Russell, 1921-1987/2番めの妻ドーラとの間に誕生)は「統合失調症」にかかりましたが、まったく遺伝的な原因だけなのか、人間関係なども影響したのか、私は詳しくは知りません。第二次世界大戦もある程度影響しているかも知れません。ラッセルがドーラと離婚したこともある程度影響しているかも知れません。(ラッセルがドーラと正式に離婚したのは1935年であり、それは大きな原因ではないと思われます。それに1946年に結婚した時は正常で幸福でした。) ラッセルのせいもあると指摘する人もいます。
 不幸なことに、ジョンの3人の子供(全て女性)もみな精神的な疾患にかかったとのことです。
 長男ジョン・ラッセルは、ラッセルの死後第4代ラッセル伯爵を継ぎますが、晩年はほぼ隠遁生活を送りました。

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