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政治的正義は、世界の工業化された地域で栄えた。そして工業化の進んでいない地域において今なお追求されている。しかし経済的正義は、未だなお苦痛をもって求め続けられている目標である。もし経済的正義がもたらされるべきものだとしたら、世界的な規模の経済革命が必要である。血を流すことなくしてどうしてそれが達成されるものか、あるいは経済革命なしでいかにして世界が辛抱し続けることができるか、私にはわからない。事実、いくつかの国々で経済革命のための措置がとられつつある。とりわけ、遺産相続の権限の制限という措置である。しかし、それらはごく一部でありかつ範囲もごく限られている。世界の広大な地域において、若者達がほとんどあるいは全く教育を受けられないという事実を、また大人達が生活を快適にするための基本的な条件を実現する能力を持っていないという事実を、考えるとよい。このような不平等は、妬みを生じさせ、大きな混乱の潜在的な原因となる。世界がより貧困な国々の状況を平和的手段により向上させることは、私の考えでは、極めて疑わしく、そうして、今後何世紀の間、最も困難な政治問題であることが明らかになりそうである。
Political justice had its day in industrialised parts of the world and is still to be sough in the unindustrialised parts, but economic justice is still a painfully sought goal. It requires a world-wide economic revolution if it is to be brought about. I do not see how it is to be achieved without bloodshed or how the world can continue patiently without it. It is true that steps are being taken in some countries, particularly by limiting the power of inheritance, but these are as yet very partial and very limited. Consider the vast areas of the world where the young have little or no education and where adults have not the capacity to realise elementary conditions of comfort. These inequalities rouse envy and are potential causes of great disorder. Whether the world will be able by peaceful means to raise the conditions of the poorer nations is, to my mind, very doubtful, and is likely to prove the most difficult governmental problem of coming centuries.
Source: The Autobiography of Bertrand Russell, v.3
More info.: https://russell-j.com/beginner/AB31-140.HTM
<寸言>
経済的「平等」と経済的「正義」とは違います。「悪平等はよくない」などといって、経済的正義がたもたれていないことに目をつむってはいけません。もちろん、「正義」というのも「多数派が正しいと考えること」といった側面もありますので、経済的「正義」の中身もよく精査して考える必要があります。多くの人は、自分が過大に持つのはよいが他人が過大に持つのはよくない、と考えがちです。いずれにしてもマイノリティは弱い立場に立たされます。
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