我々は,イスラム教徒(回教徒)が動物や人間の像を描こうとしない理由を知っている。(つまり)それは,予言者ムハンマド(マホメット)がそうしてはならないと禁じたからである。我々は,正統派のユダヤ人がなぜ野ウサギを食べないか,知っている。それは,モーセ(モーゼ)の律法が野ウサギは不浄だと宣告したからである。こういった禁令は,人々に受けいれられると実際的道徳に属するものとなる。しかし,もともとは(起源をたどれば/起源においては),ともかくもその起源がはっきりとしている場合には,個人の道徳に属していたのである。
We know why Mohammedans will not make images of animals or human beings; it is because the Prophet forbade them to do so. We know why orthodox Jews will not eat hare; it is because the Mosaic Law declares that the hare is unclean. Such prohibitions, when accepted, belong to positive morality; but in their origin, at any rate when their origin is known, they belonged to private morality.
情報源: Power, 1938.
詳細情報:https://russell-j.com/beginner/POWER15_170.HTM
<寸言>
創造神曰く:「私は存在してはいけない生物は創っていない! 悪魔も創っていない!」