興奮の時代においては,政治家は,推論する力(理性)も,客観的な(非個人的な)事実を把握するカも,知恵も,まったく必要としない。そのような時代の政治家が持っていなければならないものは,大衆が望んでいるもの(欲求しているもの)は必ず獲得することができることを,またそれを達成できるのは政治家の自分であることを大衆に信じ込ませる能力である。
In excited times, a politician needs no power of reasoning, no apprehension of impersonal facts, and no shred of wisdom. What he must have is the capacity of persuading the multitude that what they passionately desire is attainable, and that he, through his ruthless determination, is the man to attain it.
情報源: Power, 1938.
詳細情報:https://russell-j.com/beginner/POWER03_200.HTM
<寸言>
今やまさに「興奮の時代」にふさわしい政治家が世界にあふれつつある?