キリスト教倫理に結びついている原罪の概念は,驚くべき量の害悪をなすものである。なぜなら,原罪の概念(注:人間は罪を背負って生まれてくるという考え方) は,人々に,自分たちは正当であり,高邁であるとさえ信じるところの,彼らの加虐趣味(サディズム)のためのはけ口を与えるからである。たとえば,梅毒の予防の問題を取り上げてみよう。前もって用心さえすれば,この病気に感染する危険は無視できるほどのものにすることができることが知られている。しかし,キリスト教徒はこの事実についての知識の普及に反対している,なぜなら,彼らは罪人(注:たとえば,婚外性交をするような者)が罰せられることは善いことだと考えるからである。
The conception of Sin which is bound up with Christian ethics is one that does an extraordinary amount of harm, since it affords people an outlet for their sadism which they believe to be legitimate, and even noble. Take, for example, the question of the prevention of syphilis. It is known that, by precautions taken in advance, the danger of contracting this disease can be made negligible. Christians, however, object to the dissemination of knowledge of this fact, since they hold it good that sinners should be punished.
出典: Bertrand Russell: Has Religion Made Useful Contributions to Civilization? 1930.
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/0466HRMUC-030.HTM
<寸言>
最近は大分変わってきているように見えるが,一般信徒の加虐的な感情は消えていない。同じ信徒同士は穏やかであっても,自分の嫌いな宗教(=邪教)を信じている者に対する感情はサディスティック(な人が少なくない)。